1―“それ”を拾った日

店内を流れているのは、ジャズのオーケストラだった。


この曲の名前は…何だったかな?


曲名は思い出せなかったけど、傷心気味の俺の躰と心を癒やすのに充分だった。


――タン…!


俺は飲み干したグラスを勢いよくテーブルに置いた。


「――クッソ…」


グラスの持ち主である俺の心は惨めな思いでいっぱいだった。


――赤ちゃんができたんだ


今日の昼休み、女上司から告げられた言葉が俺の頭の中を離れない。


――あなたじゃなくて、旦那の子供が


「――セックスレスじゃなかったのかよ…!」


今日ほど自分の性格が嫌だと思ったことはないだろう。


俺は何でわざわざ、しかもご丁寧に避妊なんかしたのだろう?


もし俺がまじめに、そのうえご丁寧に避妊なんかしなかったら…彼女は俺の子供を妊娠して、迷わず俺のところにきただろう。


そんな後悔が俺の心の中を支配していた時だった。


「おにーさん、ずいぶんと荒れてるね」


その声に、俺は視線を向けた。


「こんばんは」


そう言って俺の隣に座った声の主は、黒髪のショートカットがよく似合う端正な顔立ちの女の子だった。


新雪のような白い肌に、猫を連想させるような切れ長の大きな瞳、小さな鼻、完熟トマトみたいな紅い唇――彼女を一言で言い表すとするなら、“美少女”だった。


「何の用だ」


毒づくように言った俺に、

「荒れてるなあって思って」

と、彼女はフフッと笑った。


――こいつ、俺に嫌みでも言いにきたのか?


嫌みを言いにきたなら帰ってくれと言うために口を開こうとしたら、

「寂しいんでしょ?」

と、彼女がそんなことを言った。


言われた俺は意味がわからなかった。


「人恋しいから、お酒で寂しさをまぎらわせているんでしょ?」


「――何が言いたい…」


そう言った彼女に向かって、俺は呆れたと言うように息を吐いた。


彼女は考えるように口を閉じた後、

「あたしを抱いてもいいよ?」

と、唇を動かした。


そう言った彼女に、俺はすぐに言葉が出てこなかった。


――こいつ、まさかとは思うけど金目当てか?


俺の頭の中を読んだと言うように、

「ヤだ、そんなんじゃないわよ」


彼女はやれやれと言うように息を吐いた。


「あたしをそこら辺にいる女の子たちと一緒にしないで欲しいんだけど。


と言うか、おにーさんからして見たら23歳は子供なの?」


彼女が言った。


23歳って、俺よりも4つ下じゃねーか。


その年齢のわりには、彼女はとても幼く見えた。


てっきり、19とか20くらいだと思ってたのに…。


「――だったら…」


「あたし、おにーさんにいい夢を見せる自信があるよ?」


俺の言葉をさえぎるように、彼女はフフンと得意そうに笑った。


「まあ、どうするかはおにーさん次第…って、わっ!?」


気がつけば、俺は彼女の腕を引いて店を出ていた。


「ちょっと、早いって!


ねえ、おにーさん!」


後ろで彼女が何かを言って騒いでいるが、俺はそれを無視した。


「――えっ…ここ、おにーさんの家だよね?」


彼女が驚いたのも無理はなかった。


俺は、自分の家に彼女を連れてきていたのだから。


別にそこら辺にあるラブホでもよかったのに、何故か俺は彼女を自分の家に連れてきていた。


彼女の腕を引いたまま寝室へ向かった後、

「――きゃっ…!」


彼女をベッドに投げた。


「ちょっと…おにーさん、大胆だね」


投げられた躰を起こそうとした彼女に、

「修司」

と、俺は言った。


「へっ?」


彼女はマヌケな声を出して、わからないと言うように首を傾げた。


「滝本修司(タキモトシュウジ)、俺の名前はおにーさんじゃない」


どうせ一夜だけの関係だ。


自分の名前を名乗る必要なんてないはずなのに、俺は何故か彼女に自分の名前を言っていた。


「――シュージ…」


彼女が名乗ったばかりの俺の名前を呼んだ。


「お前は?」


そう聞いた俺に、

「――あかり…」


彼女――あかりが名乗った。


その名前は、今思い出してとっさに名乗った名前かも知れない。


でも彼女の名前がないよりかは、まだマシだと思う。


「――あかり…」


俺は彼女の名前を呼ぶと、

「――んっ…」


吸いつきそうなくらいに柔らかい彼女の頬にさわった。


自分の頬をさわる俺の手に、あかりは気持ちよさそうに目を細めた。


あかりの顔に近づけると、自分の唇を重ねた。


――チュッ…


その音は始まりの合図のように、寝室に響いた。


あかりの両手が俺の背中に回った。


「――シュージ…」


名前を呼ばれただけなのに、俺の心臓がドキッと鳴った。


今から行うこの行為を止めるのは、無理だと思った。


「――ああっ…!」


あかりの柔らかな肌に唇を触れたら、薄紅色の花が咲いた。


彼女の肌が白い分、その花の色はよく目立った。


「――んんっ、シュージ…んっ…!」


あかりの首筋を唇で責めながら、俺は彼女が身につけている服を脱がした。


背中に手を回して、プチンとブラジャーを外した。


へえ、巨乳なんだな。


華奢な躰に似合わない彼女の大きな胸を観察するように見つめながら、俺は思った。


大きさは…CかDと言うところだろうか?


こんな大きな胸なら1度くらい窒息死してみたいかも…。


そう思った俺は本能に従うようにあかりの胸に顔を埋めた。


「――あっ…!」


俺の顔が埋まった瞬間、ビクンとあかりの躰が震えた。


感触はなかなかのものだな。


そう思いながらあかりの胸から彼女を見あげた。


「――んんっ、シュージ…」


あかりの手が自分の口に行こうしたところを、

「――ダメだ…」

と、俺は言ってその手を止めた。


何でと言うように、あかりが俺を見つめてきた。


「――声を聞きたいから」


「――やっ、意地悪…」


そう言った俺に、あかりは嫌だと言うように首を横に振った。


「結構」


俺は返事をすると、あかりの胸の突起に自分の指を這わせた。


そのとたん、あかりの躰がピクンと震えた。


「――ひあっ…!」


そのまま胸の先を指で弄ぶと、あかりは躰を大きくそらした。


「弱いんだね」


耳元で囁いてやると、それにも反応したのかあかりの躰がビクッと震えた。


「――んっ…!」


胸の先を弄んでいたその手をあかりの躰の中心に場所を移動させると…そこはもうすでに、熱く溶けていた。


「胸だけでもうダメだった?」


あかりの耳元で囁いた後で、彼女の中にそっと自分の指を這わせた。


「――あっ…!」


あかりは高い声をあげて、躰を震わせた。


どうやら、俺の指は彼女のいいところにさわってしまったらしい。


寝室に響くのは粘着質な水音と俺の指に反応しているあかりの声だけだった。


親指で膨れあがっている蕾をさわると、

「――いやっ、ダメ…!」


フルフルと、あかりが首を横に振った。


熱があるのかと聞きたくなるくらいに潤んでいる瞳が俺を見つめる。


そんな彼女をもっと乱れさせてやりたい――こんなことを思った俺は、嗜虐的(シギャクテキ)かも知れない。


「――イきたい?」


俺が問いかけると、あかりはフルフルと首を縦に振ってうなずいた。


「――お願い…」


消え入りそうな甘いその声に、俺の背筋がゾクッと震えたのがわかった。


「――シュージ…」


懇願するように、あかりに名前を呼ばれる。


「――あかり…」


俺はベルトを外すと、すでに熱くなっていた雄(オス)を取り出した。


それをあかりの中心に当てると、

「――あっ…!」


ビクンと、あかりの躰が震えた。


まだ入れていないのに、この反応だ。


彼女の躰は、もう限界なのだろう。


「――んんっ…あっ、やあっ…!」


それを中に入れた瞬間、あかりの躰がビクンと大きく震えた。


「――うっ…!」


正直なところ、もうすでに俺は余裕がなかった。


あかりの中はそれはそれはもう熱くて、ギュウギュウに俺を締めつけている。


俺の方が根をあげるのも、時間の問題だ。


「――んっ、うっ…」


あかりが苦しそうに息を吐いた。


「――あかり…」


名前を呼んでズンと突いてやれば、あかりの躰は震えた。


「――シュージ、ああっ…!」


最奥を突けば、あかりの声がさらに高くなった。


その高い声は、もはや俺を誘っているとしか考えられない。


そんなことを思った俺は、自意識過剰もいいところだ。


ましてや、失恋した後だって言うのに。


「――あかり…!」


「――シュージ、ああっ!」


もう、限界だ。


「――シュージ…!」


俺を呼ぶあかりの声に、躰が求めるように震えたのがわかった。


「――あかり…!」


俺は叫ぶようにあかりの名前を呼んで、限界に達した。


その直後にあかりの躰が大きく震えたことから、彼女も限界に達したんだと思った。


荒い呼吸をしている俺に震えているあかりの細い手が伸びてきて、汗で貼りついている俺の前髪にさわった。


「――シュージ…」


消え入りそうなあかりの声と同時に、唇にぬくもりが触れた。


答えるように舌を絡めると、あかりもそれを返してきた。


お互いの唇が離れると、あかりは優しく俺に微笑みかけた後で目を閉じた。


「――おやすみ…」


その声につられるように、俺も目を閉じた。



みそ汁の匂いが遠くなっていた意識を呼び戻した。


――ああ、もう朝か…。


俺は躰を起こすと、リビングに出た。


「おはよう」


キッチンにいたのは、あかりだった。


テーブルに視線を向けると、朝食が用意されていた。


ご飯にみそ汁、たまご焼きにたくあん――できあいのものではなく、ちゃんとした朝食だった。


その朝食を眺めていた俺に、

「冷めちゃうよ?」

と、あかりに言われて椅子に腰を下ろした。


「いただきます」


「はい、どうぞ」


俺はみそ汁を1口すすった。


「――美味い…」


あまりの美味しさに、思わず声が出てしまった。


「シュージの口にあったみたいでよかった」


あかりはホッとしたように笑った。


「お前が全部作ったのか?」


箸で朝食を指差した俺に、

「あたし以外に誰がいるの?」

と、あかりは言い返してきた。


ごもっともだ。


「冷蔵庫の中にあったもので、だけどね」


あかりはフフッと笑った。


朝食を終えると、俺は会社へ行く準備をした。


「行ってらっしゃい」


あかりが玄関まで見送りにきた。


俺は彼女に向かって答えるように手を振ると、ドアを開けた。

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