episode3 これは取材?それともデートですか?

 日曜日の朝、いつもならお昼頃まで惰眠を貪り怠惰な一日を過ごす僕だったけど、今日は横島先輩に半ば強引に押し付けられた遊園地への取材のため朝から出掛ける準備を始めていた。


 天気はあいにくの晴れ。もし雨が降っていたのなら中止をすることができたのに、と恨めしく思いながら、僕はウォークインクローゼットに掛けられた数多くの衣類の中から今日着るものを吟味ぎんみしていた。


「さてと……どれを着ていこうか?」


 そう独り言を呟きながら、ハンガーに掛かった服をあれこれと物色する。

 休みの日の取材とはいえ、あまりラフすぎる格好はどうなんだろう。かといってあまり畏まった服では遊園地の取材には不向きだ。となると……。


「文春ー。朝ごはんできたよーって、何してんの?」

「夏姉ちゃん、ノックしてっていつも言ってるよね」


 服の物色をする僕の前に現れたのは、一つ上の姉で今年から大学に通っている蒼夏目アオイナツメだ。


「知らないよそんなの。妹が姉に文句言うもんじゃないわよ」

「僕は弟だよ」


 夏姉ちゃんは僕のことを一瞥いちべつし。


「なに? 服選んでんの? あんたにしては珍しいわね。流星君や有紀ちゃんと会うだけでしょ? いつものでいいんじゃない」

「いや、今日は部活動の女子二人と遊園地に取材に行くからさ。いつものラフな格好は控えた方がいいか――」

「はあ!? あんたが女子とデート!?」


 家中に夏姉ちゃんのかん高い声が響き渡る。


「デートじゃなくてしゅ・ざ・い! ただの部活動の一環だよ」

「いやいやいや! いやいやいやいや! 男一人に女二人でもデートは成立するだろ! うっわー、身内がハーレムしてるとかマジ痛いわ」

「言いたい放題だな」

「つか、私はてっきり有紀ちゃんとだと思ってたけど。まあ、あんたカスだからね。顔は美少女のクセして。いや美少女だからこそか」

「マジで言いたい放題だな!」


 はあ。夏姉ちゃんは人の話しもロクに聞かず、自分で妄想ふくらませて話しを進める節があるから疲れる。


「しかたない。お姉ちゃんがあんたを蒼家の恥さらしと呼ばせないようにしっかりコーディネートしてあげますか!」

「ええ!? やだよ! 夏姉ちゃんの選ぶ服って女の子が着るようなやつばっかじゃん! 僕はもう少し男っぽいのがいいの!」

「そんなもの家にあるわけねーだろ! あんたの服買ってきてんの私とお母さんだぞ! そんな『オトコ!』みたいな服なんて買うわけねーだろ!」

「別に『漢!』みたいな服にこだわらなくていいよ! 無難なのでいいの! てかやっぱ狙って女物っぽい服選んでたのかよ! もういい! 今からアキ兄ちゃんの部屋に行って服借りてくる!」

「あんたの身長じゃ兄ちゃんの服は絶対似合わない! いいから黙って私の選んだやつを着ていけ!」

「いやだぁッ! 秋兄ちゃんの服がいい!」


 僕は夏姉ちゃんを振り切って部屋を飛び出そうとした。が、瞬時に腕を掴まれ動きを止められる。


「いいからお姉ちゃんの言うことを聞けえええええぇぇぇっぃぃぃぃぃ!」


 家中に響き渡る夏姉ちゃんの奇声に驚いたのか、もう一人僕の部屋に入ってきたのは。


「秋兄ちゃん! 助けて!」

「げっ! アキにい!」


 僕らの前にのっそりと出てきたのは社会人で長男の蒼秋永アオイアキナガだ。夜にバーテンダーの仕事をしているので基本日中は家にいて、両親に代わって家事全般をしている僕の頼れるお兄ちゃんだ。


「日曜の朝っぱらから何騒いでんだ? 近所迷惑になるぞ」

「秋兄ちゃん! 服貸して!」

「やめろ! こいつは私の選んだ服でデートに行くんだ!」

「はあ?」


 夏姉ちゃんと僕が取っ組み合いを始める様子を見て、秋兄ちゃんは呆れた顔をする。


「デートって、文春に彼女でもできたんか?」

「ちがうよ! 僕はただ今日部活の取材で遊園地に行くって話しを姉ちゃんにしただけなの!」

「おい! 女子二人とをつけ忘れるんじゃないわよ! これはもうデートだろ!」

「ちがうわい!」


 秋兄ちゃんは少し『うーん』と考える素振りをしたところで。


「それはデートじゃね。羨ましい」

「ええ!? 秋兄ちゃんもそう思うの!?」


 どうやらこの家に僕の味方はいないらしい。


「そうじゃろがい! あんたはもうちょっと自分のビジュアルとそのめんどくせえ性根に向き合いなさい! ラブコメのカスがッ!」

「そっちもそっちでめんどくせえわ! 弟に優しい姉であって!」

「無理ッ!」

「即答かよ!」


 秋兄ちゃんは『うーん』とまた少し考えると。


「よし、ちょっと待ってろ」


 そう言って自室へ戻っていった。

 数分後。部屋から戻ってきた秋兄ちゃんの手にはいくつかの服が握られていた。


「ほらよ」


 手渡された服を見るとそれはいかにも男物といったテイストのもので、どこか安心するものだった。


「ありがとう! じゃあ僕は急いで着替えてく――」

「させるかボケぇ!」


 手渡された服は清流のごとくそれはもうなだらかな手つきで夏姉ちゃんによって窓の外に投げ捨てられた。


「あーーーーッ! 俺の服がーーーーーッ!」

「普通そこまでするか!?」


 荒れ狂う姉は僕にコブラツイストをかけると。


「だまって! 私の! 選んだ服を! 着ろッ!」

「ひっひぃぐううぅぅ! に、にいちゃ」

「……あきらめろ」


 そう言った秋兄ちゃんは『あれ高いのに』と呟くと足早に部屋を出て行った。


「む、無念ッ」

「オール・フォー・私!」


 その後、なんとか夏姉ちゃんの絞め技から解放された僕は自室で着替えを済ませる。


 はあ……やっぱこうなったか

 スタンドミラーに映った自分の姿を見て溜息をつく。そこに映っていた僕の姿はご想像の通りボーイッシュな女の子といった感じだった。


「これはこれで恥ずかしいんだよなあ」


 とりあえず少しでも男の子っぽさを演出しようとスポーツキャップを被ってみたが、ただのソロキャンプ女子みたいな無難な姿になっただけだった。


 改めて思ったけど、僕って男なのになんで女っぽい服が似合うんだろ? いや、まあ確かに昔から『可愛いね』とか『女の子みたい』とは言われてたけどさあ。でもそれって褒め言葉じゃないよね!?


 足早にリビングへと向かうと夏姉ちゃんがソファーに座ってテレビを見ながら寛いでいた。その隣では秋兄ちゃんもテレビを見ていたけど、僕に気づくと『おっ』と言って話しかけてきた。


「なかなかいいんじゃねえか? さすが俺の自慢の妹だな」

「弟だって」


『わりぃわりぃ』と意地悪な笑みを浮かべる兄ちゃんの横で夏姉ちゃんは『うんうん』と職人のように腕を組んでうなづいていた。


「…………姉ちゃんさ、デートだと思って服選ぶんだとしたらこうはならなくない? 普通はもうちょっとオシャレな男子高校生みたいな感じにならない?」

「自分で服買ったことねえやつが文句言ってるんじゃないよ。あんたはメンズ似合わないんだからさ、そういう系統の服着て『百合系女子デート』を演出してりゃいいのよ」

「もうめちゃくちゃだなおい」


 この姉の理不尽さ具合は家族イチだ。こんな絶対暴君みたいな人が高校時代はモテていたというのだから世も末だ。これに言い寄るのならもっと中身を見た方が自分のためになると思う。


「それにしても、やっぱり私の見立てに狂いはなかったね。これはもう休日遊園地デートで彼氏にいつもと違うアクティブなワタシを見てってていうスポーツ女子風小悪魔美少女だわ」

「僕は男だっつの。てかなにその盛り設定」

「デートってのはこういう架空の設定を心の中でイメージして臨むもんなんよ。おわかり?」

「わかんない」


 よく自分の弟を美少女呼ばわりできるよな。秋兄ちゃんも『たしかに萌えるわ』とか言ってるし。この兄妹は……。


「ま、これなら無難にデートできるでしょ」

「だから! デートじゃないって!」

「はいはい、わかったわかった」


 夏姉ちゃんの生返事に僕は少しムッとする。そんな僕の様子を見て秋兄ちゃんは『まあまあ』となだめると。


「待ち合わせまでまだ時間はあるんだろ? のんびりしてろよ」


 そう言った秋兄ちゃんは腰を上げるとキッチンへと向かって行った。そういえば朝食がまだだった僕はテーブルへ向かうと椅子へ座る。


「あ、そうだ文春」


 すると夏姉ちゃんが僕を呼び止める。振り返ると夏姉ちゃんは少し真面目な顔をして言った。


「あんたさ、有紀ちゃんのことはどう思ってるのよ?」

「どうって……普通に友達だけど」

「ふーん……」


 僕の答えに納得していないのか、夏姉ちゃんはじっと僕の目を見据える。


「夏姉ちゃん?」


 僕が呼びかけると夏姉ちゃんはハッとする。そして少し呆れた様子で溜息をつくと。


「まあ、あんたが誰とくっつこうが自由だけどさ」


 そう言って冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出すとコップに注いで一気に飲み干した。


「あんたも飲む?」


 僕は無言で首を左右に振る。すると夏姉ちゃんは『わかった』と言ってリビングを出て行った。なんだったんだ一体? そんな僕と入れ替わるようにして、今度は秋兄ちゃんが朝食を手に現れた。


「ほらよ、文春の好きなエッグベネディクトだ」

「ありがとう」


 秋兄ちゃんは僕の目の前に皿を置くと、そのまま自分の席についてテレビを見始める。僕も朝食を食べようと手を合わせたところで、ふとあることを思い出した。そういえばまだ言ってなかったな。


「秋兄ちゃん、夏姉ちゃん」


 その声に反応した二人は僕を見る。僕は二人に向かって言った。


「おはよう」


『おはよー』と二人の声が重なる。そんな二人に見送られながら僕は朝食を食べ始めたのだった。

 なんだかんだ言っても、僕はこの兄姉キョウダイが大好きかもしれない。女子扱いされなきゃ。



 ◇ ◇ ◇



 羊山メリーランドは地元の遊園地で僕が幼少のころから度々校内イベントで友達や家族と一緒に行った場所だ。昔訪れた頃と比べると建物や乗り物は新しくなっていたけれど、それでも懐かしさを感じさせる。


「今日晴れててよかったね!」


 遊園地前のゲートで僕らはチケットを購入するため行列に並んで、清水シミズさんはゲートの奥から見えるアトラクションに目を輝かせていた。

 服装はタイトなミニスカートと少し露出が多い気がするが、持ち前のスタイルも相まって品の良さも感じる都会の女性のような感じでさっきから周囲の男性陣の注目を浴びている。制服と違ってニットで胸が強調されているのもあるからかな。お、おおきい。


「はい! 取材楽しみですねっ」


 瑠璃川ルリカワさんの方はというと、清水さんと正反対で露出の少ないナチュラル系のワンピースを基調とした服装だ。『清楚』という言葉がピッタリ当てはまる。さすがは瑠璃川さんだ。


「それにしても――」


 清水さんは僕の方を見つめると。


「文春君の私服かわいすぎ! 最初見たとき文春君と思わなかった!」

「た、たしかに私も私服を見るのは初めてですが……帽子を被っていたとはいえ、蒼君が声をかけてくれるまで気づきませんでした」


 素直に褒められているんだと思うけど嬉しくない。だって男子に言うセリフじゃないもの。


「あ、あははー。二人ともありがたくないけどありがとう」


 なんか周囲で『あそこの女子三人グループレベル高くない!?』とか『やばっ! え? あの子めっちゃモデルみたいじゃん! 隣の子たちもかわいすぎでしょ!』とか『学生かな? あんな美少女たちがいる学校に通いたい人生だった』とか聞こえるけど気にしない気にしない。


「さて今日回るアトラクションだけど。取材で来てるわけだし、何かテーマを決めて行こうか?」


 そう、僕らはただ休日に遊園地で遊ぶために来ているのではなく、あくまでもメディア部として校内新聞の夏休み前特集という記事の取材をするために来ているのだ。


「そうですね……何かテーマがあった方が効率よく取材を進められそうですしね」


 僕と瑠璃川さんがテーマについて頭を悩ませていると。


「そんなの『遊園地デート』に決まってるよ!」

「遊園地デート、ですか?」

「そうそう!」


 たしかに夏休みともなればカップルでデートに出掛ける学生は多いだろうし妥当なテーマだな。


「でもそれだとカップル限定にならない?」

「それでいいんだよ! 学生の夏休みなんてほとんどはカップルと過ごす時間になるんだから!」

「部活とか、塾とかの習い事とかもあると思うよ……」

「そんなの学生じゃないよ!」


 そうなると僕の今までの学生生活全否定になるんだけど。


「ちょっと極端な気がしますけど……私も清水さんのテーマに賛成です。デートってカップル以外にもこれから付き合う人たちが好きな人と一緒に、ということもあると思いますし」

「でしょ!? 瑠璃川さんも同じ乙女だから話しが早いね!」


 となると、今日のこれはやっぱり夏姉ちゃんたちの言うとおりデートってことになるのかな。ようは『遊園地デート』を取材のテーマに二人とアトラクションを回っていくってことだもんね。

 そう考えるとちょっとやりづらい気もするけど、清水さんはともかく瑠璃川さんはメディア部の取材として休みの日に協力してくれているわけだし……僕もまじめにデートと思って過ごすしかないのか。


「とりあえず入園したら何に乗ろうか? 僕のおすすめはゴーカートだけど」

「私はジェットコースターがいいかな!」

「私はメリーゴーランドがいいです」


 意見が別れたな。よし。


「とりあえず三人で別れて――」


「「ダメ(だよ!)ですよ」」


 食い気味で断られてしまった。


「えー。取材を効率よく回るならそれぞれ別れて行ったほうがいいと思ったんだけど」

「それじゃダメだよ! 私のさくせ――じゃなくてっ! 初めての場所だから迷子になっちゃうと思うし!」

「そうですよ蒼君。それにこういうときは三者三様に感想をまとめて記事として書くのが一番いいと思います。そうでなければ三人で来た意味がなくなっちゃいますよ?」

「ぐっ。正論です」


 このメンツでは瑠璃川さんに軍配が上がる。だって正論だもん。

 チケットを購入し遊園地のゲートをくぐった僕たちは。


「んー、分かったよ。じゃあまずはゴーカートに行こう!」

「やったー! ゴーカートなんて久しぶりだな~」


 まず僕のおすすめしたゴーカートの広場へと向かうことにした。


「私は初めてです」

「え? そうなの?」

「はい。遊園地は小さい頃に何度か行ってましたが、私はゆっくり動く乗り物にしか乗っていなかったので……ちょっと不安です」


 なるほど。だからさっきメリーゴーランドを推していたのか。


「ゴーカートは一人乗りタイプだけど、そんなに操作も難しくないしスピードも出ないから大丈夫だと思うよ!」

「そうなんですねっ」

「は~、楽しみ! 昔住んでた場所の遊園地にお母さんと行ったときは二人乗りだったんだけど、スピード出し過ぎて怖くてて泣いちゃったんだよね~、お母さんが」

「へ~って、え? 今なんて?」


 おいおい、大丈夫かな? 今回は一人乗りだから瑠璃川さんが直接被害を被るようなことはないと思うけど。そんな初っ端からぶっちぎる気じゃないだろうな。


「清水さん、安全運転でお願いね」

「まかせてよ!」


 そう元気よく答える彼女の目にギラギラとした闘志が宿っていたことを僕は知っているようで知らない。フリをした。

 そして目的の場所に到着した僕たちは、それぞれゴーカートに乗車してハンドルを握っていた。


「うぅなんだか緊張します……」


 初めてのアトラクションに緊張する瑠璃川さん。


「大丈夫だよ。そんなにスピード出ないから」

「そ、そうですか? でも私、初めてで……」

「ペダルを強く踏まなきゃ大丈夫だよ。安全運転で行こうね」

「は、はい」


 そんな彼女の横で真逆のリアクションを取る清水さんは。


「マ〇カーで磨き上げた私のテクを披露するときがきたわ!」


 意気揚々と声を上げていた。


「清水さん? 瑠璃川さんは初めてで緊張しているんだから安全運転だよ?」

「初めてってなんかエッチね!」

「清水さん?」


 たまに清水さんはよく分からないことを口走るよな。

 そんなやり取りをしていたら、ゴーカートのエンジン音が徐々に高鳴り始める。

 こういう乗り物は男の専売特許とよく秋兄ちゃんが言っていたし。ここは僕の男らしい姿を見せて二人から学校のみんなへ、普段の僕とのギャップを伝えてもらおう!


「よーし! 二人とも僕に続いてね!」

「はーい!」

「が、がんばりますっ」


『それではみなさん! 安全運転を心がけて楽しんでくださいね!』


 そんなスタッフさんのアナウンスとともにゴーカートが発進した!


「わわっ! もう動き出しましたよ! 蒼君!」

「大丈夫! 最初はゆっくりだから落ち着いて瑠璃川さん」

「は、はい……」


 ゆっくりと加速していく瑠璃川さんのゴーカート。そしてやがて僕と距離が空いていき……。


「あ! なんかスピードが上がってきてます!」

「え? うそ!?」

「おかしいです! ペダルをいっぱい踏んでるのに!」

「それそれそれ! 原因それ!」


 どんどん加速していく瑠璃川さんの後を追って僕もスピードを上げていく。

 あれ? そういえば清水さんはどこに。


「カートは僕たち三台だけなのに。一体どこへ」


 ふと僕があたりを見回すと、先頭で爆走するカートが一台見えてくる。


「文春君! 私今風になってるよ!」

「清水さん!? ちょッ、これ同じ性能の乗り物だよね!? 何でそんな距離が離れているの!?」


 清水さんは卓越したドライビング技術で次々とコーナーをドリフトしていき、圧倒的スピードで僕たちとの距離を広げていた。

 マ〇カーでそこまでのテクニックを習得できるのか!?


『おおーーーっと! これは今日の最速記録が出たーーーーっ!』


 これもうゴーカートは取材うんぬん以前に最速RTAの話しを載せればいいんじゃね?

 見出しは『爆走転校生! ~最速RTAへの軌跡~』これにしよう。


「文春くーーーーん! 瑠璃川さーーーーん! はやくーーーーっ!」


 元気よく手を広げて僕らを呼ぶ清水さん。


「なんであんなに早いの!?」

「すごいです! あっ」

「瑠璃川さん前! て、うお!」

 

 よそ見をしていた瑠璃川さんはそのままコーナーを曲がり切れずコースアウトしてしまった。そしてそれに気を取られて前を見ていなかった僕も続けてコースから外れてしまう。


『お友達の二人はコースアウト! これは最速ゴールの子に魅せられたかーーーー!?』


 瑠璃川さんは『私たちだけゴールできませんでしたね……』とちょっと悲しそうに乱れた髪をまとめていた。

 僕はというと。


「こんな人前で恥ずかしいところを」


 羞恥に駆られていた。


「だ、大丈夫ですよ蒼君。私も次に乗るときはちゃんと気をつけますね……」


 そんな僕を励ましてくれる瑠璃川さん。余計にさっきまで先輩面感出してた自分が恥ずかしくなる。

 そしてしばらくして僕たちは清水さんのいる場所まで戻って来た。


「あ、戻ってきたね! もうッ、コースアウトなんてしちゃだめだよ二人とも!」

「う、うん。清水さんはドライブテクすごくうまかったね。まさか最速記録を出す瞬間を見れるとは思いもしなかったよ」

「かっこよかったです!」

「ふふん! すごいでしょ! よく小学生のころにお母さんから『速い女はモテるのよ』って言われて特訓したからね!」

「そういうのって普通は短距離走とかのこと言わない?」


 清水さんって結構わんぱくなところが多いよな。きっと賑やかな家庭で育てられたんだろうな。


「ちょっとはしゃぎすぎて喉乾いちゃったかも」

「たしかに今日ちょっと暑いし、ちょうど僕も飲み物飲みたくなってたんだよね。自販機で飲み物でも買ってあっちのベンチで休もうか?」


 僕が休憩を提案すると、二人ともムッとした表情で。


「文春君、そこは自販機で買った飲み物じゃなくてもっとオシャレな映えそうなやつを選ばないとデートにならないよ!」

「そうですよっ。デートだったら今のは減点になっちゃいます」


『ねー?』と二人で示し合わせたかのように顔を見合わせて頷く。


「えー? ただの飲み物に映えとか意識する? すぐ飲んじゃうんだよ?」

「ちがいますよ。飲む前に一緒に写真を撮って思い出に残すのがワンセットです!」


 同じ女子の有紀と出掛けたときは写真を撮るなんてことはほぼなく、それぞれ食べたり飲んだりを単純に楽しむことがほとんどだったので、そう言われると今までの僕の人生の価値観が他の同年代とズレていたのか疑わしく思う。


「そうそう! 女子はこういう何気ない一瞬一瞬にこだわるものなの! どこでも買える自販機の缶ジュース持って写真撮ってもただの日常にしかならないでしょ? でもその場所でしか買えないものを持って写真を撮れば、それはその場所でしか思い出にすることのできない特別なものになるの! それが映えだよ!」

「そ、そうなのかな?」


「「そうな(んです)の!」」


 そういえば僕が有紀以外の同年代の女子と休日に出掛けたのって初めてだったな。なるほど、写真映えを意識する子もいるのか。


「まあ、二人がそういうなら向こうのカフェで休憩にする?」


 僕の言葉に納得した様子の二人は大きく頷くと、清水さんを主導に三人で園内のカフェコーナーへと足を運ぶことにした。


 お店の入り口に到着すると店員さんに『いらっしゃいませ。こちら奥のテーブルにご案内します』と先導されて席へ移動する。

 三人で日当たりの良い窓際のテーブルに清水さんと瑠璃川さんが隣同士、僕が二人の前といった配置で座ると、メニュー表を開いて三人の中央に置いた。


「はい! 今日ここに来た一番の目的のものはどれでしょうか!」


 清水さんが僕の目の前にメニュー表を開いてみせたので、一番上に大きく載っている看板商品の写真へと目を配る。そこにはストローが二つ刺さった飲み物の画像が大きく載っていて、その隣には説明文が添えてある。


「えーっと、デートなら、スペシャルストロベリーWダブルチョコレートシェイクパフェ……かな?」

「正解! よくできました! さすが文春君! じゃあこれ注文しようか」

「ちょっと待って清水さん! 僕たちドリンクを飲みに来たのでは!?」


 価値観の違いというやつだろうか。僕は彼女の『何当たり前のことを聞いてるの?』とでも言いたげな瞳に動揺を隠しきれない。しかもこのパフェ、カップルとか複数人で食べることを想定しているから写真で見た感じでもデカい!


「え? パフェはドリンクでしょ?」


 え? 女の子にとってはパフェは飲み物なの!? まさか瑠璃川さんも!?

 僕は救いを求めるように瑠璃川さんへと視線を送ると。


「『シェイク』と入ってるのでドリンクだと思いますよ?」


 あー、そういうね。びっくりしたー。いやでも胃が持たれそうだな。


「私はパフェだけでは喉が渇いしてしまうので、ルイボスティーをアイスで頼もうと思いますっ」

「僕はアイスコーヒーにしようかな? ミルク多めで」

「私はレモネードソーダで!」


 結局清水さんも別で頼むんかい。


 清水さんはメニュー表を自分の手元へ戻すとドリンクを注文するために店員さんを呼んで注文をしてくれた。


「ドリンクは先にお持ちしましょうか?」

「はい、お願いします。あと、水を三つもらえますか?」


 僕がそう店員さんに伝えると『承知しました』と言って店員さんは一旦下がっていった。


「文春君って本当にこういうところ律儀だよね!」

「ドリンクだけならいらないかなと思ったけど、パフェも頼んでるからね。写真で見た感じあの大きさだと水もあった方がよくない?」

「飲み物だけでおなかが膨れちゃいそうですよねっ」

 

 瑠璃川さんの言葉に呼応するように僕と清水さんは揃って頷く。


「でもやっぱりパフェを注文しちゃう文春君が可愛くて好き!」

「ほぼ誘導尋問的な流れで注文させてたよね、清水さん?」

「女の子的にはポイント高いのです!」

 

 それはポイントが高いという意味だろうか?


 そんな話をしていると店員さんが注文したドリンクを三つ運んできてくれた。僕がそれを受け取ると、いつの間にか来ていたおしぼりで手を拭く。

 そして、いよいよパフェが来るとのことで二人がスマホを取り出してカメラモードにするとテーブルの中央に置きながら準備万端の構えをとった。

 

 僕はそんな二人を見ながらアイスコーヒーを一口飲むと、清水さんと瑠璃川さんのドリンクへと視線を移す。

 流れるように続けて店員さんが運んできたパフェをテーブルに配置すると、『ごゆっくりお楽しみくださいね!』とまるで仲睦まじい女子グループに微笑むように会釈えしゃくをして僕らの席を後にした。

 

 そうだよね。他人から見たら単なる女子会の光景だよね。


「これ結構でかいね。食べきれる?」

「食べるよ! 当然でしょ!」

「三人でなら大丈夫かもですね?」

「え!? 瑠璃川さんも食べるの!?」

 

 そんな僕の言葉に二人は再びムッとした表情を見せると。


「当たり前でしょ! 今日は遊園地デートの取材なんだから!」

「そうですよ蒼君っ。それにこんな大きいサイズを清水さん一人で食べきれないじゃないですかっ」

「え? 私はイケるよ?」


「「え?」」


 清水さんて意外と大食感たいしょくかんキャラだったんだ。桃色の髪に明るくて、かわいくて、大食感って某大手ゲーム会社のまん丸なあのキャラに似ているな。


「………なんか文春君失礼なこと考えてない?」

「いや、清水さんは何というかポピュラーな愛されキャラだなって」

「それ褒め言葉だよね? うれしいけどさっ」


 僕は『そだよ』とだけ言って再びアイスコーヒーを口に含む。

 清水さんもそれ以上追及しては来なかったので、三人で目の前のパフェを撮り始めると、瑠璃川さんが突然。


「そういえばですねっ」

「ん? どうしたの?」

「蒼君と清水さんって最近すごく距離が近いというか……仲良しですよねっ」

「んー、そうかな?」


 言わずもがなアプローチを受けている僕は何となく彼女清水さんの気持ち的なところは察しているつもりだけど。ここで変に意識をされてもと思ったので曖昧に返事をする。


「そー見える?」


 清水さんはなぜか嬉しそうに口元を緩めて僕を凝視する。

 この流れでそういう振る舞いをされると少し照れそうになる。


「はいっ。同じ部活の部員として転校生の清水さんが馴染んできたのも蒼君と一緒にいたからかなっと思ってましたが……」


 そこから先の言葉に悩んでいるのか、瑠璃川さんは僕を一瞥するとルイボスティーを一口飲む。


「だって私、文春君のこと好きだからね」

「ぶほっ!」


 突然の清水さんの爆弾発言に僕は思わず口に含んでいたアイスコーヒーを吹きこぼしてしまった。

 そんな僕を前に瑠璃川さんは少女漫画を読む乙女のような恍惚こうこつの表情を浮かべた。


「……え? なんで急にそんなこと……」


 僕がそう聞き返すと清水さんは少し頬を赤らめ。


「急だった?」


 といたずらな笑みで頬をつく。


「ち、ちなみにそれはラブの方ですかっ?」


 目の前のイベントに驚きを隠せないのか瑠璃川さんは食い下がるように質問を続けた。

 ちょっ、いきなりこんなとこでこの話し続ける!? 僕の気持ちも考えて! めっちゃ顔熱い!


「んー! 友人としてライクなのはあたりまえだけど……そっちは内緒!」


 そう言って清水さんは人差し指を口元に当てる。

 いや、内緒って……もう答え言ってるようなもんじゃん! まだこの後も三人で遊園地回るのに!


 瑠璃川さんも顔を真っ赤にしながら僕と清水さんを交互に見る。


「わ、私応援しますよっ!」


 瑠璃川さんのその言葉に僕も顔が熱くなるのを感じると、清水さんは『ありがとう!』とだけ言って微笑んだ。


「え、これ僕はなんて……」

「別になにもないでしょ! 告白したわけじゃいんだからっ」

「そ、そうかな? あ、そうだね……」


 僕の反応がよっぽど面白いのか彼女は『ふふっ』と微笑み『さて! ジョーダンはここまでにしてみんなでパフェを食べよう!』といつものように天真爛漫な少女に戻った。


 瑠璃川さんはそれ以上質問を続けることはなく、俊敏な動きで何やらノートにメモを書き込んだかと思えば、清水さんと二人で仲良くパフェを食べ始めた。


 僕は突然の出来事に脳が追い付かない状態のまま、ただアイスコーヒーで喉を潤すことに徹した。あ、もう無いや。


 その後、三人でパフェを食べながらぎこちなくも他愛のない会話をしていると、あっという間に時間が過ぎて。


「あれ? もうこんな時間?」


 清水さんの言葉にスマホの画面へと視線を送ると、閉園まで残すところ三十分というところまで時間が経過していた。


「そろそろいい時間になったね」

「あっという間の一日でしたねっ」


 僕と瑠璃川さんがそれぞれに今日一日の出来事に思いふけっていると。


「じゃあ最後の目的地に向かおうか!」


 未だ体力の衰えを知らない清水さんが声高らかに僕たち二人を引っ張り遊園地の奥へと進んでいく。


「最後の目的地ってどこなの?」


 僕は清水さんの疑問に素直に答える。


「最後といえば……でしょうか?」


 瑠璃川さんの問いかけに『そう! アレ!』と彼女が元気よく返すと。

 僕たちの目の前に観覧車が見えてきた。規模感は小さいが昔からずっとある年季の入ったものだ。


「どう!? デートの定番といえばこれは外せないでしょ!?」


 興奮したように話す彼女を前に、瑠璃川さんは申し訳なさそうに片手を上げて口を開いた。


「す、すみません。私、高所恐怖症で観覧車に乗れないので、最後のアトラクションはお二人で乗っていただけると……」

「あれ? 瑠璃川さんジェットコースターのときは大丈夫そうだったけど?」


 カフェの後に乗ったジェットコースターではわりと平気そうだったので、観覧車には乗れないのかなと僕は疑問に思い問いかけてみた。

 決してカフェでの出来事のせいで遠慮しているのでは? という下種ゲスの勘繰りではない。


「ジェットコースターのときはずっと目をつぶっていたのと……あまり高い位置からのスタートでもなかったので大丈夫でしたっ」


 たしかにこの遊園地のジェットコースターはほぼ平地をなだらかな坂で上り下りするだけだからな。それなら問題ないのかな。


「なるほど……それじゃあ観覧車は私と文春君で乗ることにしよっか!」


 こうなるとわざわざ断ることもできないので、僕は意を決して。


「そうだね。僕たちでそれぞれ感想を瑠璃川さんに共有して記事の最後を締めくくるようにしようか」


 このデートの最終決戦場ともいうべき観覧車に、さっき告白まがいのことを言われた女子と一緒に乗ることにしよう。


「お願いしますっ。私は近くのベンチで待っていますのでお二人で楽しんできてくださいっ」

「うん! りょーかい!」


 瑠璃川さんがその場を去っていくとなぜか一瞬、清水さんは不敵な笑みを浮かべたように見えた。


「ねえ文春君」

「ん? どうしたの?」

「これデートだよね?」

「うん……まあ、デートだよね……」


 僕は彼女の言葉に『取材のための』というところを強調して返すと。


「んー……でもこれってデートだよね?」


 清水さんが再び僕にそう問いかけてきた。

 僕は『え?』と思わず声が漏れる。そして、彼女の言葉の意図を探ろうと逡巡しゅんじゅんしていると。彼女は僕の目を見て口を開いた。


「だって私、文春君のこと好きだし」

「……は?」


 いや、そんな『あたりまえのことを言ってるだけ』みたいな感じで言われても!

 唐突に発せられた彼女の言葉に理解できず頭を回転させていると。


「あ、ほら! 私たちの番が来たよ! 乗ろう!」


 そう僕は彼女にされるがままに手を引かれて観覧車の中へと入って行った。

 観覧車の中へ入ると清水さんが率先して二人掛けの席に腰を下ろしたので、僕もそれにならうように彼女の前へと座る。

 僕たちが座席に腰かけると扉が閉まり、観覧車は時計の秒針よりもゆったり刻々と動き出した。


「ふふっ。文春君と二人きりだねっ」

「え? あ、そ、そうだね!」


 こんな狭い空間で二人っきりな状況でこんなに楽しそうな笑顔を向けられると、カフェでのこともあって意識しすぎて照れくさいのだが……。

 僕はそんな気持ちを悟られないように窓の外へと視線を移して平静を装う。


「なんかデートっぽくて楽しいねっ」

「あ、うん! そ、そうだね!」


 僕は『雰囲気に流されちゃダメだ』と自分に言い聞かせながら、なんとか彼女の笑顔に受け答えする。


「文春君は今、私と二人きりだと緊張しちゃう?」


 そんな僕の気持ちを察してか彼女は少し意地悪な笑みで僕に問いかけてきた。

 いや、そりゃ意識しないわけがないでしょ! いや! 意識しない方がおかしいでしょ!?


「そ、そりゃ……ね」


 僕がそう返すと彼女は『ふーん』と言いながら僕の顔を下から覗き込むように見る。その仕草に僕は思わず視線を逸らした。


「あ、今ちょっと照れた?」

「て、照れてない!」


 僕は彼女の視線から逃れるために窓の外へと視線を戻した。

 そんな僕を見て清水さんは『ふふっ』と笑うと。


「文春君ってかわいいよねっ」


 そう言ってきた言葉に、それは女の子って意味なのかと普段なら受け流すように答えられるはずなのに、今の僕にそんな余裕はなく。


「男にかわいいってなに!? 失礼でしょーが!」


 それにどっちかって言うと清水さんの方が可愛いっていうか……何を考えているんだ僕は!? 心臓がもたないからやめてほしいんだけど!

 そんな動揺する僕をよそに彼女は続けた。


「だって文春君ってすぐに顔に出るんだもん。ほんと見てて飽きないよ!」


 そう言いながら清水さんは再び笑顔に戻って今度は外を見ることなく正面で僕を見ていた。

 僕はそんな彼女の笑顔を直視できずに思わず視線を逸らす。


「そ、そう? でも僕なんて全然つまんないと思うけど……」

「私、文春君と一緒にいるとすごく楽しいよ!」


 彼女は僕の言葉を遮るようにそう答える。


「……そ、そうなんだ」


 僕は思わず彼女のまっすぐな瞳に吸い込まれそうになるから目を逸らした。

 そんなやり取りをしている間にも観覧車は頂点に達していたようで、窓の外の景色がゆっくりと回り始めると。


「あ! ほら見てっ! 今日私たちが回ってきたアトラクションが見えてきたよっ」


 清水さんが指差す方に視線を向けると、園内のあちこちから上がる光のパレードが遠くの方で見えている。


「ほんとだ! きれいだね……」


 僕がそう感想をこぼしながら再び視線を外そうとした時。不意に彼女が口を開いた。


「ねえ文春君?」

「ん? どうしたの?」


 彼女の方へと視線を戻すと清水さんは窓の外を指差して続ける。


「あの光ってさ……何色に見える?」


 そんな突拍子のない質問に僕は彼女の指先へと視線を移すと『うーん』と唸って答えた。


「そうだね……基本的には赤とかオレンジだと思うけど」


 僕がそう答えると清水さんは『うん、正解!』と言いながら頷く。そして彼女の指先には白い光が灯っていた。


「じゃああの光は?」


 再び彼女は外を差すので僕もそれに視線を戻すが、特に変わった光はないように思えるのだが……。


「ん? いや……ピンク、かな?」


 僕は素直に思ったことをそのまま口にすると彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「私の髪の色と同じだね?」


 気付けば彼女の顔は触れ合いそうなほどに近くそばまで来ていて、薄っすらと頬が桃色に染まっていた。


「……清水、さん?」


 彼女は息をのむように言葉を紡ぐ。


「文春君は私の気持ちに気付いていて、でも分からないフリをしてるでしょ?」


 真剣な彼女の眼差しに僕は言葉を発することができずにただ茫然ぼうぜんと目を合わせた。


「さすがに分かるよ? でも私は文春君のそんなところも含めて好きなの。転校した初日に一目ぼれしたの」


 少しずつ、少しずつだがたしかに彼女の口調がいつもと違う形に変化していくのを感じる。


「私の我儘わがままに付き合ってくれる文春君が好き。私の話を親身になって聞いてくれる文春君が好き。私が変なことを言ったりしてもちゃんと対処してくれる文春君が好き」

「……し、清水さん?」


 僕は彼女の言葉から少しづつ距離を置くように腰掛けた席をわずかに後方へとずらした。


「でも、今の天真爛漫な女子高生みんなに好かれようと演技をしている私で告白するのはダメよね……」


 彼女はそこで一度深く息を吐くと、僕の目をしっかりと見て口を開いた。


「文春君、だから私はね。素直な、ありのままの自分で、あなたに真剣に向き合って告白しようと思うの」


 そう覚悟を決めたように強く、けれど優しく微笑む彼女は夕日のせいか少し赤らんだ瞳で静かに僕だけを見つめていた。


 今まで異性から告白されるなんてことはあったが、僕はその度に部活や友情を理由に彼女たちの告白を拒んできた。そうすることによって、環境や関係が変わってしまわないようにするために。でも目の前の彼女は、自分を変えてでも僕に告白すると宣言したんだ。


 僕はまた、同じ理由で彼女の想いを拒んでもいいのだろうか? 彼女を傷つけてもいいのだろうか?

 ゴンドラの揺れきしむ音のみが響き渡るこの空間で、僕はそんな柄にもないことを考えていた。


 やがて観覧車での時間は終わりを迎え、僕たちはそれぞれお互いに沈黙のまま外へと出る。

 日は沈み辺りは真っ暗な風景に包まれていて、昼間の賑わいが幻だったかのように静寂さが閉園の合図を物語っていた。


「………お二人とも少し元気がないようですが」


 観覧車の中で僕たちに何があったか知らない瑠璃川さんは心配そうに声をかける。


「ううん! なんでもないよ! ちょっと乗り物酔いしちゃって。ねっ、文春君!」


 元気を振り絞ったように清水さんが明るい口調で僕に言葉を切り出す。


「う、うん! 久しぶりに乗ったから僕も揺れに酔っちゃって!」

「そ、そうでしたか! 私の思い違いでよかったですっ」


 瑠璃川さんは僕たちの返事に安堵を見せると『閉園の時間になりますので帰りましょうか』と先導して入場門まで歩みを進めた。

 その間、清水さんは普段と変わらない様子で瑠璃川さんと今日の思い出に花を咲かせながら話しをしている。

 僕はそんな二人を後ろから追いかけながらも、ゴンドラの中で起きた出来事について葛藤かっとうを抱いていたが、今ここでそんなことを考えるなんて無意味だと。僕は頭を振って先ほどのやり取りを忘れるように瑠璃川さんと清水さんの会話に参加することにした。


 その後、僕たちは軽い雑談を交えながら遊園地の中を並んで歩き、敷地外へ出るとタイミングを見計らったかのように瑠璃川さんが口を開いた。


 それは僕たちに気を遣わせないようにするためか、それとも本当に閉園時間だからなのかは分からなかったが、彼女は今日一番の笑顔で僕たちにこう告げた。


「今日は本当に楽しかったです! お二人ともありがとうございました!」


 僕は瑠璃川さんの笑顔につられるように、清水さんもまた笑顔で言葉を返すと。


「こちらこそありがとうねっ! すごく楽しかったよ」

「うん……僕もすごく楽しかった」


 そんな僕の言葉を聞いて瑠璃川さんは『よかったです!』と再び笑顔を見せる。

 そして、僕たちはそんなやり取りを最後に今日の遊園地デートはお開きとなった。


 帰りの駅改札ホームで僕と瑠璃川さんは清水さんに別れを告げると二人きりとなる。

 彼女は僕と同じ沿線の電車だったので僕たちは電車が来るまでの時間、駅ホームのベンチで腰を掛け今日の取材について話しをしていた。


 すると瑠璃川さんは唐突にについて質問をしてきた。


「清水さん、帰りは無理をして元気に振る舞っているように見えたのですが……やはり、観覧車の中で何かありましたか?」


 これは素直に答えてもいい内容なのかと僕が『うーん、とね』と言葉を濁すような態度をとると、瑠璃川さんは前のめりに口を開く。


「なにかあったなら教えてほしいですっ。今日一日三人で一緒にいたのに私だけのけ者扱いはひどいと思いますっ」

「いや、なんといいますか。プライベートな内容だから言いにくいといいますか……」

「それならなおさらですっ」


 なんで? と僕が疑問を浮かべると、彼女は得意げな顔で。


「私がの部員だからですよっ」


 妙に説得力のあるセリフに僕はガクッと肩の力が抜けた。


「き、記者魂ってかゴシップ魂がすごいよね」

「メディア部ですからっ。それにこういうことは周囲に漏らしたりなんて絶対にしませんので安心してくださいっ! 私と蒼君だけの秘密ですっ」


 なんだか些細なことでも話してしまおうと思える彼女の包容力、というか諜報ちょうほう力には目を見張るものがあると思うな。


「はー。横島先輩と違って、瑠璃川さんならそのへん信用できるか……分かったよ。話すよ」

「はい!」


 僕は観覧車の中で起きた事の顛末てんまつを何一つ隠さず瑠璃川さんへと話した。その間、彼女は真剣な表情で僕の話しに相槌あいづちを打ちながら聞き入ってくれた。


 そして、僕は誰かに今日のことを共有できたのに対して気が緩んでしまったのか、今自分自身が葛藤に大きくさいなまれているということまで話してしまっていた。瑠璃川さんの聞き力は恐るべしだ。


「そう……だったんですね。清水さんは本当に文春君をしたっているのですね」


 僕の話が終わると瑠璃川さんはそんなことを口にしながら神妙な顔で僕を見た。


「うん。でも僕はそんな真っ直ぐな気持ちを受け止められるほど、彼女に対して誠実じゃないと思うんだよ……」

「そうですねっ」


 彼女は驚くほど呆気駆らんとした態度で僕の言葉を一蹴した。


「私から言うと、蒼君は無責任に余計な事を考えすぎなんですっ。女の子の気持ちを分かってるフリして分かっていないんですっ。自己満足でことをなあなあに進めようとしてるんですっ」


 思いのほか辛辣な意見が出た。どれも心に突き刺さる分余計に辛いっ。


「まず第一に、蒼君と誰かが付き合っただけでその場の環境や関係が壊れたりするようなことでしょうか?」

「そ、それはだってさ、今まで友達だったのにー、とか、部活仲間だったのにー、とかで周りからそういう目で見られたりとかで」

「それは蒼君の思い過ごしですっ」


 瑠璃川さんは僕を一喝すると少し強張った表情で話しを続けた。


「蒼君が気にしているのは『周囲からどう見られるか』ってことじゃないですか? 好意を寄せている相手に対して『自分が誠実じゃないから』とかって言えるのは、単純に周りの環境や関係の変化に対して自分勝手に『変わるのが怖い』という理由だけで言い訳や屁理屈へりくつを重ねて答えをうやむやにしようとしているだけですっ」


 さすがはメディア部一年で一番仕事が出来るというだけあって分析能力がピカイチだ。

 僕は彼女の言葉に何も言い返せないまま、黙ってうつむくことしかできない。


「相手の気持ちに気付いて尚且なおかつそうしているのであれば……同じ女子の私からしてみても万死ばんしあたいしますよっ」


 まさかあの精錬淑女せいれんしゅくじょの瑠璃川さんの口から『万死に値する』なんて言葉が出てくるとは。これはちょっと怒っているかもしれない。


「でも――」


 そう彼女が言いかけたときに、その言葉に重なるように僕の口は自然と開いていた。


「でも、清水さんは僕が態度をとっているってことを分かっていても『好き』って言ってくれたんだよね…………」


 こんな最低なことをしている僕に彼女は真っ直ぐな瞳で好意を伝えてくれたんだ。


「……そうです。なにも私は蒼君に『清水さんと付き合ってほしい』なんてことは言いません。私はただ、目の前で真剣に自分の気持ちに素直でまっ正面から向き合って好意を伝えてくれる女性に対して、蒼君も同じようにきちんと正面を向いて正直な気持ちで向き合ってほしいだけなんです」


 そうだ。そうだよね。相手からの好意に対して、僕はただ自分が変わることが怖いからってないがしろにして、後ろを向いて逃げていただけだったんだ。

 ただ自分が恋愛沙汰に興味がないからと言って『付き合う気がない』からと一方的な自分の想いを専行させて。


「……ここまで私がアドバイスしたんですから、もう大丈夫ですよね?」


 彼女はそう言うと先ほどまでとは変わって柔らかな笑みで僕を見る。


「うん。瑠璃川さん、ありがとう! 僕、もう逃げないできちんと相手の気持ちに正面から向き合うよ!」

「はい! 蒼君です!」


 僕はもう変化を恐れない。どんな結果になろうとも、正直に相手の気持ちに向き合って前へと進むんだ。


 瑠璃川さんの激励を胸に僕は決意を固めた。

 しばらくして帰りの電車が到着し、僕たちはそれぞれの家路へとつく。

 自分の性格に真剣に向き合ってくれる友達はとても良いものだ。波乱の一日であったが、僕の心に迷いはなくただ清々しいほどに夜の冷たい空気を吸い込んで、深く星を見上げた。



 ◇ ◇ ◇



清水六花シミズリツカは帰宅早々にベッドへと倒れこむように突っ伏していた。

今日一日、文春たちとの遊園地取材(デート)を乗り切った彼女は、先日リサーチしていた『遊園地デート特集』のサイトを血眼で見あさっていた。


やっちまったわ! 私としたことがやっちまったわ! 雰囲気に流されてカフェで『好き』とか言った挙句に観覧車であんなラブコメのヒロインみたいなセリフを恥ずかし気もなく言うなんてッ!! やっちまったわ!


そう、本来であれば六花の今日起こした告白イベントはデート二回目で実行すべき内容であった。初日は無難に友達デートが今日の予定だったはずなのだ。


それもこれも瑠璃川さんのあの話しやすい雰囲気がいけないのよ! おかげでゲロっちゃったじゃない! もんじゃ焼き何個作れると思ってるのよ! もんじゃ焼きに失礼だわ!


「はあー、どうしましょう。場の雰囲気で素直な自分でとか言っちゃったし。あ、でも私に迫られた茫然とする文春君は最高だったわ。よく鼻血を吹かずにいられたわね。おかげで目がバキバキになって充血しちゃったけど」


とにもかくにもを言ってしまった手前、近日中に私がもう一度の状態で告白してくると思うわよね。まだ夏休み前よ。飛ばし過ぎじゃないかい?


「…………引くに引けないわよね。もう」


六花は深くため息をつくと覚悟を決めたように頬を叩いた。


「よし! こうなってしまったら仕方ないわ! 一旦週明けの様子を見て考え直しましょう!」


頬を叩いただけでは覚悟が決まらなかったらしい。


今日のあの反応を見た感じ、勝率は五分五分といったところかしら。厳しいわね。いえ、でも今まで積極的にアプローチを繰り返すも流されてきたことを考えれば、ここまで好感度を持ってこれたのは神の御業みわざに他ならないわね。さすがはペ〇ソナだわ。私のバイブル。


そうと決まればすることは一つよね。


「ペ〇ソナ5の二週目で予習をしなくちゃだわ」


夜空に満天と星が輝く初夏の夜。清水六花、彼女の星夜せいやはまだ明けない。


「あ、夜の予習はエロゲがいいわよね。Amazonesでポチらなきゃだわ」

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