episode4 想いを伝えるのは君のため?自分のため?

ある日の夕方、まだ教室に残る学生たちの話し声が校内の廊下へと聞こえていた。梅雨も明けてもうすぐ夏が始まろうとしているせいか、窓の外から射す夕差しはじわりと熱い光を帯びて校内へと突き抜けている。

校舎の外では運動部のかけ声、顧問の先生が叱咤激励を生徒たちへ浴びせる光景が色濃く写し出されていた。


そんな中、バレー部の顧問を職員室から呼び出しに行くよう指示を受けた天野有紀アマノユウキは、小走りで廊下を進んでいた。


くっそー。またジャンケンに負けちゃったよ。毎回負けて先生を呼び出しに行くことになってるんだから、たまにはジャンケン不参加にしてくれてもいいのに。


億劫おっくうな様子で職員室へと向かう有紀はふと、幼馴染の蒼文春アオイフミハルが所属するメディア部の部室の前で足を止めた。


…………今日も文春はあの女清水さんと一緒にいるのかぁ。


中学時代からひとえに文春に対して好意を寄せる有紀は、二週間ほど前に転校してきた清水六花シミズリツカに対していきどおりをつのっていた。

それもそのはず。自分は今までごく自然な感じでアプローチをしてきたのとは反対に、彼女は転校初日から文春に対してかなり積極的にアプローチに乗り出してきたを目の当たりにしてきたのだから、当然そんな感情が積もっていくばかりだ。


ま、まあ、別に文春は学校内でしか清水さんに会ってないみたいだし! それに部活動なら他の部員も一緒にいるわけだし! 毎日二人きりってわけでもないし! あたしは別に心配なんてしてないけどッ。


そう自分に言い聞かせるように有紀は心を落ち着かせる。


「………あたしのこと、『かわいい』って言ってくれたのに」


そう呟いた有紀はなでるように文春から貰った雫のチャームに触れ、小さなポニーテールを手でさくように揺らした。


彼女は自分の想い人に積極的に好意を寄せる六花のことを嫉妬するとともに、同じように行動することができない自分と重ねて羨ましくも思っていた。

初対面からすぐに自分に好意に真っ直ぐ突き進める彼女と、昔からの関係性に甘えていつでも思い切った行動に踏み切れない自分のことを。


「はあ。早く先生のところに行かなきゃ――」


自分に呆れたようにため息をつく有紀は再び足を動かそうとしたとき、メディア部部室から気になる言葉がこだましてきた。


『これ、羊山メリーランドのチケット! 夏休み前に地元の遊園地の紹介記事を書いたらどうかって、先生に渡されたんだよ! 私と一緒に行く予定だった友達が急に予定入ったみたいでさ! よかったら代わりに行ってきて! てか行け!』


有紀は一歩踏み出した足を時が止まったかのようにピタリと止めた。


『メリーランド? 遊園地?』

『そういえば清水ちゃんはこっちに転校してきたばかりで行ったことないんだっけ? ちょうどいいから、蒼君と瑠璃川ルリカワちゃんの三人で一緒に行ってきなよ! もちろん蒼君は強制ね』


「――ッ!?」


メディア部の先輩らしき人物が発した言葉に、有紀は動揺を隠しきれなかった。


遊園地!? 文春と!? 清水さんが!?

ま、まずい!? それは今の清水さんの文春への態度を見ても確実にまずい! デートじゃん!!


「これはゆゆしき事態ね。まさか、文春と清水さんが遊園地デートに行くなんて……あたしはどうすれば」


咄嗟とっさに有紀はポケットからスマホを取り出し、こんなとき使い勝手のいい、というか頼りになりそうな人物である幼馴染の北斗流星ホクトリュウセイのもとへとメッセージを送信した。


「これ以上あの女の好き勝手にされないように監視しなきゃ!」


有紀はメッセージを送信したスマホを慌ててしまい、再び職員室へと足を急がせた。


「失礼します!」


職員室のドアをノックもせずに勢いよく開けた有紀は、面食めんくらった表情で彼女を出迎えた顧問の前へと足踏みする。


「先生! 試合形式の練習に移るのでコーチお願いします!」

「……あ、ああ、わかった」


普段とは違うやや強い口調と様子に気圧された顧問は戸惑いながらも、首肯しゅこうした。


「では! 体育館で待っています!」

「あ、ああ」


有紀は顧問の返答を聞くとすぐに職員室から飛び出し、体育館へと向かった。

……これはまずい! 非常にまずい! もしこのまま清水さんが文春とデートに行ったらどうなるかわからない! ……いや、別にあたしは行く気なんてないけどッ!? でも万が一ってこともあるしッ!? それにあの清水さんなら何してくるかわかったもんじゃないしッ! だからあたしは監視して、またあの女が文春に変なちょっかいかけないように――。


「おい天野!」

「わっ!?」


有紀は体育館に向かう途中でいきなり後ろから肩を叩かれ、思わず大きな声を出してしまった。


「……ん? あ、なんだミナト先輩か」


振り返るとそこには同じ女子バレー部の先輩である加賀湊カガミナト先輩の姿があった。小柄な体格からよく一年生に間違われることがあるが、これでもれっきとした二年生である。


「なんだじゃないだろ? 先生呼びに行くのに時間かかり過ぎだ。どっかでサボってたのか?」


湊は疑いの眼差しで有紀を睨む。


「ちがいます! あたしは今自分に課せられたミッションをフューチャーし奮い立たせようと意気込んでいたところです!」

「なんだそのベンチャー企業みたいな意気込みは? それにお前に今課せられたミッションは大会に向けての練習だ。一年でレギュラー入りしてんだから少しは自分の立ち位置を自覚しろ」


有紀はふいっと顔を背けた。


「はあ。どうせ例のお前の幼馴染? とかのことで騒いでたんだろ?」

「なんでそれを!?」


そんな湊からの唐突な言葉に、有紀は少し戸惑いを見せる。


「そりゃあお前、ウチの部じゃお前がその幼馴染のことを好きなのは周知の事実だからな」

「……えっ?」


有紀は鳩が豆鉄砲を食らったような表情で湊の方に目を向けた。


「……こ、この事は誰にも言わないでくださいねッ!?」

「みんな知ってるっつの」

「うう……は、恥ずかしい……」

「いや知らん。むしろバレてないと思ってたことに驚きだよ」


湊は呆れたように息をつくと、改めて有紀に向き直った。


「で、お前はどうしたいわけよ? その幼馴染と付き合いたいんだろ」


少しニヤついた質問に、有紀は少し自信なさげに返す。


「……それはまあ、そうなんですけどぉー」


そんな煮え切らない有紀の様子に湊は続ける。


「いつまでも悠長ゆうちょうに構えていると他の奴に取られるぞ? 部活に集中するためにも早めに気持ちの整理をつけろよな」

「気持ちの整理、ですか?」

「手っ取り早く告って付き合うか振られるかしてこいってことだよ」


告白……。あたしが文春に、か。そんな勇気を振り絞れたら苦労しないんだけどな。


「……先輩は彼氏いるから余裕ですもんね」

「なんだ? 嫌味か?」

「べっつにー」


ベーっと舌を出す有紀を小さく小突き、湊は彼女の襟を掴み引きづるように体育館へと連れて行く。

有紀は途中で通りがかったメディア部部室を恨めしそうに見つめながら、先ほどメッセージを送った流星からの返事がまだ来ていないことに気づきスタンプを連打していた。


そしてそのメッセージを受け取っていた流星はというと、校庭の隅に位置する場所にある陸上部の部室で一人険しい表情でスマホとにらめっこをしていた。


「『文春 清水 遊園地 デート 監視 絶対』ってなんだこりゃ? 検索ワードみたいな文送りつけてきやがって」


どこでこんな情報を知ったのかはどうでもいいが、フミが女子とデートね。それも最近転校してきた校内で美少女と言われてる女子と。…………まあアイツ面食いなところあるしな。俺としてはやっと女子に対して興味がわいてくる時期になったんかと思うだけだが。


「有紀のやつはそうはいかねえよなぁ」


幼馴染三人でよく行動していた仲もあり、流星は有紀が文春に好意を抱いていることを知っていた。というか身近にいなくても、彼女のリアクションで周囲の人間もそれに気付くのに時間はかからなかった。

だからこそ、尚更に彼女がどれだけの想いで一緒に過ごしているのかも理解していた。


「『監視 絶対』ってことはこれ強制参加かよ。でもまあ、ぶっちゃけ人の色恋沙汰を遠巻きに見るのは楽しいし面白そうだから行ってみっか」


陰ながら有紀のことを応援している流星であるが、ほぼほぼ野次馬根性である。


「あっ、やっべ。返信してねーからスタンプ連打してきやがった!」


流星は急いで既読をつけ、有紀に返信を返した。


『面白そうだから行くわ』


そんなメッセージを送った後、すぐに彼女から返事が返ってきた。


『あたしは全く面白くない! でもさんきゅー。バレないように尾行するから変装してきて』

「変装ってなんだよ」


流星は有紀からの返信に、思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。


『てきとーにしてくわ』


そんなやり取りをしていると、部活のマネージャーである少女が部室に入ってきた。


「あ、いたいた! ちょっといい? 北斗君」

「ん? どうした?」


流星はスマホをポケットにしまいながら彼女の方へと足を運ぶ。

『明日は面白い一日になりそうだな』と一人楽観的な彼は肩を躍らせるように揚々とグラウンドへ走って行った。



◇ ◇ ◇



約束の週末となり舞台は遊園地の入場門前広場……のベンチの後ろに切り替わる。

入場門前の近くでは文春たちがチケットの売り場へと並ぶ姿が尾行する二人のサングラス越しに映っていた。


「お前さ……」

「……なに?」


先日、文春が女子と二人でデートをすると連絡をもらっていた流星は今日という日を楽しみに待っていたのだが、実際に来てみればそこには女子二人と文春一人という構図で、どう見ても友達同士の付き合いにしか見えない光景に大きく落胆していた。


「これはデートとは言わねえだろ」

「……ごめん。部室の前から聞こえてきた声を頼りに聞いてたから、その辺聞こえてなかったのかも」


有紀は若干申し訳なさげにその場にうつむく。


「で、でもハーレム状態には変わりなくない? あれはどう見てもハーレムでしょ!」

「まったく思わん。ただの女子会にしか見えねえ」


女子二人はともかく、フミは女子みたいな恰好しすぎだろ。たまにアイツが同性と思えなくなってくる自分を客観的に見て死にたくなる。


「――許せない」


唐突にそんな言葉を発した有紀は怒りのこもった瞳で文春たち三人を見据えていた。


「ど、どうした?」

「文春のやつ『かわいい』って言われたことに対して笑顔で『ありがとう』って返してる。あたしのときは『そんなこと言うな』と冷たく返すのにッ」

「俺にはありがたくなさそうに見えるんだけど」


マジかコイツ。この調子で一日中目くじら立てるとか言わねえよな? 来るの断ればよかったわ。


呆れた表情で嫉妬に燃える有紀をしり目に、流星は自販機へ飲み物を買いに向かおうと背を向けると、文春たちの会話がおぼろげに聞こえてきた。


『そんなの『遊園地デート』に決まってるよ!』


あろうことかこの言葉を発した人物は今有紀が最も敵対視する六花本人であった。

有紀は下唇を噛みしめ苦渋くじゅうの表情に顔を歪ます。


「くぅぅぎぃぃうぅぅッ! やっぱりデートじゃんかああああああああああああああッ」

「遊園地で出す声じゃねえぞ?」


それにしても前々から思ってはいたけど、六花って文春のこと好きなんだな。周りから見てたらモロ態度に出まくりだわ。もう一人のおしとやかな感じの女子は文春の友達か? つっても有紀が部室前で盗み聞きしたとか言ってたから同じ部のやつか。


「てかこれ普通にアイツの部活の取材かなんかでここに来たってだけじゃね? デートってのも話しの流れで六花が言っただけだろ」

「あたしにはそう思えないよ……だって」


有紀は大きく深呼吸をすると顔を上げて。


「メスの顔しとるやんけッ!?」

「メスの顔ってなにッ!?」


カッと見開いた目を血走らせた彼女に流星はツッコむ。だが、興奮しきった様子は収まらずにさらに続ける。


「今時あんなあざとさマックスのテンション高め、距離近め、上目遣い多めのやつが現代に蔓延はびこるか!? アイドルみたいな感じで文春に接近して! 文春が男だったら確実に食われてるよ!?」

「いや、アイツは男だから」


たしかに遠目から見ても六花の一挙動は自分のポテンシャルを生かしたアプローチに見えなくもないが。


「なーんか、俺には六花がようにしか見えないんだよなぁ」


六花の言動に違和感を覚える流星はどこか腑に落ちない様子で三人を凝視する。


「そうだね。『かわいいは作れる』って言うもんね」

「そういうことではねーんだけど」


流星たちがそんなやり取りを続ける中、当の三人はアトラクションの方へと移動を始めた。

そしてそれを後から追うように流星たちも一定の距離を保って尾行していく。


「おっ。最初はゴーカートか」

「懐かしいね。あたしたちもよく遊園地ここに来たときは必ず乗ってたよね?」

「お前が『ここに乗りたい!』って駄々こねるから俺たちは付き合ってやってたんだよ」

「えー? そうだっけ?」


俺たち三人はよく有紀が先導切って前を歩いて、俺と文春はその後ろからコイツが何かやらかさないかをハラハラしながら見守るって感じで一緒にいたよな。


「あたしたちの思い出の場所に今、文春は知らない女と来ているんだね」

「『知らない女』って。クラスメイトだろうが」


ゴーカートを楽しむ文春たちの光景を遠目から見る彼女の後姿が哀しく映る。


『おおーーーっと! これは今日の最速記録が出たーーーーっ!』


アトラクションの会場内に響き渡るアナウンスにふと我に返った有紀は大きく目を見開いた。


「え? なんか清水さん一人でゴールしてるけど? え? なんか文春がもう一人の女子とイチャイチャしてるんだけど?」

「お、すげえなッ。フミの方はフォローしてるようにしか見えねえけど?」

「いや、あれはイチャついてるよね? コースアウトしてお互いに顔を合わせて通じ合ってるみたいな感じ出してるよね?」

「出してねえよ」


もう一人の女子にまで目を付け始めやがったな。みじめすぎていよいよ目も当てられなくなってくるぞ。


「なんか今日の文春いつもと雰囲気違くない? すごい楽しそうに女子としゃべっててさ」

「そうか? わりと俺たちといるときもあんな感じだろ?」

「そうだけどそうじゃないの!」

「意味がわからん。てかお前もさ、そこまで気になるんだったらとっとと告は――」


言いかけたところでそれを遮るように有紀は流星の腕を引っ張り歩き始めた。


「カフェの方に移動し始めた! 行くよ!」


ホント人の話し聞かないのな。そういうとこだぞ。


賑やかなに会話をしながら移動する文春たちに続いて、有紀たちはカフェへと入って行った。

店内に入ると有紀は『すみません。あそこのグループの近くの席にしてもらってもいいですか?』と女性の店員に懇願こんがんし席へとつく。


『はい! 今日ここに来た一番の目的のものはどれでしょうか!』

『えーっと、デートなら、スペシャルストロベリーWダブルチョコレートシェイクパフェ……かな?』

『正解! よくできました! さすが文春君! じゃあこれ注文しようか』


「う、上手いッ。文春にあんな甘々のカップルしか頼まなそうなパフェを注文させるなんてッ」

「ちょっと評価しちゃってるぞー」


流星は退屈そうにコーラを一口飲み、文春たちの動向に逐一目を光らせるデートGメンを静観する。


「やっぱりこれはデートだッ。もう一人の女の子はきっと見届け人みたいなポジションなんだ!」

「さっきも聞いたわ。つうか高校生のデートに見届け人呼ぶようなやつなんて聞いたことねえよ」


『はあー』と流星は大きくため息をつくと少し真剣な表情で口を開いた。


「お前もこの前フミとデートしてきたんだろ? そんなやつが他人のことに口出せる立ち位置にあるかね。ましてや恋人でもないのに」

「ぐッ! で、でもあたしのときはああいうデートっぽいことはなかったよ!」

「でもプレゼント貰ったんだろ? その髪のやつ」

「それは! そうだけどさ!」


そう言うと有紀は嬉しそうに頬を赤く染める。


「お前がフミのことを好きなのはわかるけどさ。こんな後つけていちいち嫉妬なんてするくらいなら、告白してアイツの気持ちを聞くことくらいに踏み出したらいいんじゃないか?」


この先まだ二年も残ってる高校生活をこんな風に過ごさせたくないしな。いち幼馴染として。


「そ、そりゃあたしも告白はしたいよッ。でも、文春はあたしのアプローチを軽く受け流すからさ……脈ないのかなって思って。告白したあとに関係がギクシャクするのが嫌なんだよッ」


俺自身、フミが有紀の気持ちに気付いていてわざと好意を避けているんじゃないか、とは思ったこともある。いや、事実アイツは避けているんだろう。その理由は、おそらく有紀と同じだと思うが。

だから、今目の前のコイツに必要なのは周りの人間同じ幼馴染からの言葉なんだろう。


「でもそれは『自分可愛さ』にお前が告白に踏み切れないようにしか見えないけどな」

「ッ!!」

「結局さ、お前も、たぶんフミも、今の関係がなくなるかもしれないってのが怖くて前に進めないでいるだけじゃねーの?」


俺は別にコイツらに気の利いたアドバイスなんて出来ないが、背中を押してやることは出来る。


「告白して、付き合おうが振られようが、俺たち三人の関係なんて変わんねーよ。もし、お前らの関係がギクシャクしたときは、ちゃんと俺がフォローしてやるから安心しろ」

「……その言い方だと、あたし振られる前提になってない?」

「そうか?」


流星は意地の悪そうな顔で微笑むと、つられて彼女も笑みを零した。そこには彼の言葉に安堵あんどしたのか,

柔らかな笑顔で真っ直ぐに瞳を輝かせる少女の姿があった。


「ま、流星がフォローしてくれるって言うんだったらさ。あたし、文春に告白したいと思うよ!」

「思うだけ?」

「今は!」


本当に世話のかかる幼馴染だ。お前らは。


「応援してくれてありがとうね! 昔からここぞというときに流星は頼りになるよね!」

「そう思うんならあんまし面倒ごとは控えてくれよ? お前とフミは根っからのトラブルメーカーなんだからよ」

「善処します!」

「……ホントかよ」


有紀にいつもの笑顔が戻ったところで、店内が混んできたからか雑多なざわめきが止まない中で文春たちの会話が二人に聞こえてきた。


『そういえばですねっ』

『ん? どうしたの?』

『蒼君と清水さんって最近すごく距離が近いというか……仲良しですよねっ』


どうやら見届け人と思しき女子が文春と清水の関係に言及しているところらしい。

その言葉を聞くや否や、有紀は獲物を求める狩人かりゅうど形相ぎょうそうで三人を静かに覗く。


『そー見える?』

『はいっ。同じ部活の部員として転校生の清水さんが馴染んできたのも蒼君と一緒にいたからかなっと思ってましたが……』


「そんな身構えて聞く内容か?」

「しッ! 会話が聞こえなくなるでしょーがッ」


彼女はぼんやりと呟く流星を一喝し再び聞き耳を立てる。


『だって私、文春君のこと好きだからね』


場の空気が一瞬にして凍り付いたのを流星は実感した。


「マジでか。って有紀、さん?」


殺気を感じた流星は恐る恐る有紀の顔を覗き込む。

悪鬼羅刹あっきらせつがおった。


「あの女許すまじてッッ!!」

「そ、そうだよね~。さっき決心ついたところで告白なんて先越されちゃね~。で、でもな有紀。告白に早いも遅いもないんだぜ? な? だからそのフォークを一旦テーブルに置こうぜ?」


やばい。死人が出る。


そう直感した流星は荒ぶる有紀を抱えて店内を後にすることにした。

その間彼女は何やら会話を続ける三人から目線を逸らすことなく『ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに。ぽっと出のくせに』と呪詛じゅそでも流し込むように言葉を吐き続けた。


そんな有紀の様子に女性店員は終始ドン引きした様子で愛想笑い混じりに『ま、またお越しくださいませ~』と二人を見送る。


カフェから離れて二人は再び入場門前のベンチに腰を掛けていた。変わらず有紀は呪詛のような言葉を吐き続けており、流星は『なんてタイミングで告白してんだアイツ』とうなだれる。


「はあー。とんだ瞬間に出くわしちまったな」

「……」

「あ、呪詛止んだ?」


フミのことだからあの場で告白の返事を、なんて度胸はないだろうけど。それに後半で『んー! 友人としてライクなのはあたりまえだけど……そっちは内緒!』という六花の声が聞こえてきたから、今日のアレはガチの告白ってわけでもなさそうだ。


「とりあえず、あの後の会話の感じだと本気の告白ってわけではないだろうから、ひとまずお前は落ち着け」


そう有紀をなだめると流星は自販機で買ってきた炭酸飲料を渡す。


「……ありがと」


力なく返事する彼女に流星は居たたまれない気持ちで話しを続けた。


「今日は半分フミをからかうつもりで六花はああ言ったんだと思うが、どのみちアイツは告白すると思うぞ」

「……そうだね」


フミも普段ならああいう冗談まがいのやり取りは受け流すもんだと思っていたが、あながち満更でもない反応をしていたからな。これはちょっと頑張んないとだな。


「別に今すぐ告れなんてことは言わねーけど。お前も本気で決心して向き合わねーと」


この場を励まそうと言葉を絞り出す流星に有紀は重たい口を開く。


「……うん。わかってるよ。正直、清水さんがあんなに本気で文春のことを好きだなんて思わなかったし」


有紀は気付いていた。冗談めかして話しを続けた六花の表情に一瞬哀しげな様子を覗かせいたことを。同情するつもりではないが、彼女もまた自分と同様に不安を抱いているのだということを。


「あたしはさ。たぶんあの子が転校してきてこなかったら、ずーっと今の関係のまま何もできずにいたんだと思う」


彼女の瞳にもう迷いは消えていた。流星の言うとおり『告白に早いも遅いもない』というのは事実だ。もし、あの後二人の間に何かがあったとしても自分の胸にあるこの想いは伝えなくちゃいけないんだと、そう心に薪をくべるように有紀は自分を奮い立たせていた。


「あたしは自分のために。今まで言えなかったこの気持ちを正直に伝えるために。文春に告白するよ」

「あぁ」


やっと良い面構えになってきたじゃねえか。お前が真剣にバレーボールやってるときのツラに。

これは直接言わねえけどさ。中学の時に、フミはお前がバレーやってるときの姿を見て、そのひた向きで一生懸命に好きなことに熱中する姿を見て、興味がないとか言ってた陸上部に入部してきたんだぜ。


「俺が応援してるんだ。どっちに転んでもいいように保障してやるぜ?」

「そこは『成功する方に賭けるぜ』とかって言えよ」


有紀と流星はお互いに笑い合った後、家路へとついた。来るべき、告白の日に向けて。


『告白するときは近くで見守ってて』


「…………え? 俺もそっち行かないとダメなの?」


帰宅後、スマホに届いた有紀からのメッセージを見て流星は今日一番の深いため息をつくのであった。



◇ ◇ ◇



夜空に満天と星が輝く初夏の夜に僕はどこか宙に浮いたような気持ちで空を見上げていた。


今日は部活の取材で友達と三人で遊園地へと行き、きっといつもと変わらない一日でごく平凡に幕を閉じるものだと思っていたんだ。でもそれは、清水さんからの告白で一遍することになってしまった。


あんなに素直に好意を直接伝えられたことのなかった僕にとって、今日起きた出来事というのはとても刺激的なものだった。

そして恋愛沙汰に興味はない、といつもどこか他人事みたいに考えていた僕は、今日ほど相手に対して自分がしてきた行動が棘のように胸に突き刺さる思いに駆られたのも初めてだった。


僕はもう一度自分の気持ちを整理しようと夜の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込み、小刻みに震える手を落ち着けて家の玄関のドアを開いた。


「愚弟。ここへなおれ」


閉めた。


玄関を開けたら仁王立ちで待ち構える姉がいた。恐怖を感じた。

あの目は絶対に今日のことを根彫りはぼり聞き出そうとする、そんな目だった。


怖いなー。やだなー。


僕は早く自分の部屋に入って今日のことを整理したいっていうのに。あんなところに我が家のボスがいたら大人しく部屋に入れないじゃないか。


もう一度僕はドアノブに手をかけ、恐る恐る扉を開いてみる。


「――ッ! あ、いなくなった。よかっ――」


そこからは一瞬の出来事でした。瞬く間に口を塞がれ、一番上の秋兄ちゃんは僕を米俵を担ぐ百姓さんのようにリビングへと連れ去り、二番目の夏姉ちゃんは手足を縛ったのでした。

もしこれが家の外で行われていれば、確実に誘拐犯の実行現場です。


「いきなり何するのさッ!?」

「愚弟。私はな、帰ってきたお前がどこかおかしいことに気がついていた。そう、あのワンコンタクトでな」

「は?」


最初に玄関を開けたときのことを言っているのだろうか。


「そして、お前は一度逃げた。実に怪しいよなぁ。だから私はお前にお仕置きをすることにしたのだ」

「いやいや! 僕は別に何も怪しいことなんてないし! てか口調がなんか変だよ? キモイよ?」


そう、僕は何もやましいことはしていない。ただ、清水さんに告白されただけだ。でもそれを正直に言うのはなんだか恥ずかしいし……それに姉ちゃんたちに言えば絶対に茶化されるに決まっている。だからここはなんとかして誤魔化さないといけない。


「いいから、とっとと吐けよ! ラブコメしてきたんだろ? 酒池肉林かオイ」

「うぇ? なんで僕が夏姉ちゃんたちに言わなきゃいけないのさッ! まず酒池肉林なんてしてない!」

してない? つまりそれ以外のことはあったということね? アンサー?」

「あ、いや、その……」


何だこれ? 誘導尋問されてんの?

僕がどう説明しようか言葉を詰まらせていると、秋兄ちゃんが肩に手を置き温かい目で囁く。


「文春。(女に)目覚めたか?」

「意味わからんけどわかるのがムカつく」


『妹が立派になってッ』と涙ぐむ兄に僕は軽蔑の眼差しを向ける。

どんだけ僕をにしたいんだこの人は。


「で? 何があったの?」


そんな兄を払いのけて夏姉ちゃんは『しゃべらんと玉潰してホントに女にする』と物騒な言葉を交えながら僕を問い詰める。

ぐうぅッ! やむを得ないか。まあ瑠璃川さんにも相談してたし、身内に話すくらい(本当は嫌だけど)いいか。何か年上としてのアドバイスも貰えるかもしれないし。


「…………その、女子に告白された」

「ほーん。で、返事はどうしたの?」

「え? 返事って?」

「は?」


夏姉ちゃんは拍子抜けしたような顔をしていた。


「……だから、その告白に対しての返事だよ」

「まだだけど……」

「マジで言ってんのか? このラブコメのカスは」


夏姉ちゃんは呆れたようにため息を吐く。


「女の子が勇気を出して告白したっていうのに何やってんだオメーはよ」

「文春くんサイテー」


兄妹二人そろって『仲良し女子グループが友達のために告白された男子を詰めに来た』みたいな構図で僕に責め立てる。


「ちょっと話を聞いてって! たしかに告白はされたんだけど、また別の日に告白するって言われたから答えが出せなかったんだって!」

「ほーん? それなら別の日にあんたは何て返事をするわけ?」

「え? いや、それは……」


正直迷っている、と言ったら嘘ではない。今までの僕なら即答で断っていたのだが、今回清水さんが自分の素直な気持ちをさらけ出してくれたことが今までの自分の態度に重くのしかかり答えを出せないでいた。


「わからなくて……」

「はぁ? あんた、迷ってるってワケ?」

「ち、違うよ! 迷っている、とういか、僕はただ、その……今までアプローチされてたのを避けるようにしていたのに……」


僕はポツリと言葉を続ける。


「その子はそれを分かっていても僕のことが『好き』だって言ってくれたから、僕も正面からきちんと相手の気持ちに向き合おうとは思うんだけど。どう答えればいいのかわからくなって……」

「まあお前みたいなラブコメの主人公キャラにそんな高等テクニックは無理だよな」


秋兄ちゃんは僕の頭をポンポンと叩き『ドンマイ』と励ましてくれる。いや、励ますならもうちょっと優しくしてくれよ。


でも、やっぱり僕は恋愛がわからない。今まで誰かを本気で好きになるという経験をしたことがないし。

だから、今はこんな優柔不断な自分が嫌だし、情けないとも思っている。


「童貞どころか恋愛拗らせて無駄にモテると人間ここまで醜くなるものね」


それはさすがに言い過ぎじゃないかな。


「私だったら、迷うくらいなら試しに付き合うけどね」


夏姉ちゃんは興味なさそうに呟く。


「だってさ、告白の返事って『付き合う』か『付き合わない』かのどっちかでしょ? 別に自分がちょっとでも『良いな』って思ったら付き合うでしょ? 相手のことどう思うかなんて付き合ってから考えていけばいんだし」

「いや、夏姉ちゃんならそうすると思うけど。みんなが同じ考えってわけじゃないでしょ?」


そう訊くと夏姉ちゃんは隣に視線を向けて『秋兄ちゃんはどう思うよ?』と話しを振る。


「俺は顔とおっぱいがタイプなら付き合う」

「うわぁ」

「引くわぁ」


あまりのストレートな返答に僕と夏姉ちゃんはドン引きする。まあ、それが秋兄ちゃんらしいと言えば秋兄ちゃんらしいけど……。


「エロ兄のことはほっといて。小難しいことばっか考えてないで、純粋にその子と付き合ってみたときのことをイメージしてみればいいんじゃない? 例えば、手つないでデートしたり、出先でキスしたりセッ――」

「もうわかったから! もう充分だから!」


僕は夏姉ちゃんの言葉を遮るように叫ぶ。いくら身内とは下ネタを聞かされるのは恥ずかしい。というか身内から聞く下ネタは嫌だ。


「で? なんであんたは『付き合う』って答えが出ないわけ?」

「……やっぱり、正直いうと僕は自分の好きになった人と付き合いたいな、って」

「面倒臭いカスだな。そんなん付き合ってから考えたらいいじゃねぇんかよ」

「そういうのとは違うんだよ……」


恋愛経験のない僕は、どうしても付き合う=結婚みたいなイメージがある。だから『好き』という気持ちだけですぐに付き合うのは違う気がする。

でも、そういう気持ちも大切だけど、もっと大切にしたいことがある。


「僕は、その子と『ずっと一緒にいたい』って思うんだ」

「それってもう好きってことなんじゃないの?」


僕は夏姉ちゃんの言葉に少し驚いたように目を丸める。そして秋兄ちゃんはどこか納得したような様子で頷いていた。


「まぁ、文春は今『恋愛』に悩んでるわけじゃないもんな」


図星をつかれたかのように思わず心臓が脈打つように跳ねたのを感じる。

ふと脳裏に浮かびあがったのは瑠璃川さんに言われた『蒼君が気にしているのは『周囲からどう見られるか』ってことじゃないですか?』その言葉だった。


秋兄ちゃんは僕を一瞥すると『それじゃこの話しはここまで~。飯作るから、夏目も少し手伝え』と残しゆっくりとキッチンへ向かっていった。

夏姉ちゃんは僕の煮え切らない態度が気に入らないのか、少し不服そうにしながらもその後を追いかけていく。


僕は瑠璃川さんに言われたことをもう一度掘り起こすように頭を悩ませ、自分の部屋へと戻っていく。

『ずっと一緒にいたい』か。それは今のあのに対して、僕が心の底から思えることだな。


「恋愛って難しいな……」


窓の外からうかがえる夜空に輝く星々が僕の曇った心を照らすことはなく、ただただ暗闇の中で自分がどうしたいのかを茫然と考えるのだった。

夜はもう遅く、もう少しで時計は明日を迎える。


怒涛の夜が過ぎるのは早く、気付けば今日は月曜日。僕はうなだれた様子でその重い足を引きずり教室へと入る。

遊園地でがあった手前、なんだか今日は清水さんと顔を合わせづらい。

こういうときは普通にしていれば良かったんだっけ。そんな鬱屈する思いに縛られながらも、僕は自分の席へと腰をおろした。


「おはよ。文春」


真っ先に声を掛けてきたのは有紀だった。いつもと変わらない日常の始まりに僕は少し安堵した表情を見せる。


「おはよう、有紀」

「……なんでちょっと安心した感じしてんの?」

「え? そ、そう見える?」


顔に出ていたのか。僕としたことが有紀に挨拶されただけでこんなに安心するなんて。


「何かあったの?」

「べ、べべべっべべべ別になんでもございませんこと?」


動揺し過ぎだ僕。中世の貴族みたいな語尾になってしまっているぞ。


「何その口調? ストレートにキモイよ?」

「傷つくぞ」


僕と有紀が他愛もない会話をしていると、続けて流星が教室へと入ってきた。

週末は部活の練習がよほど忙しかったのか。疲労気味気な表情であくびをしていた。


「おーっす。なんだお前ら? 何話してんだ?」

「文春の口調がキモイから指摘してあげてた」

「キモくないわい!」

「相変わらずバカやってんなー」


いつもと変わらない様子で僕たちは会話を続ける。どうやらまだ清水さんは登校していない様子だった。

やっぱり週末のあの出来事のせいで学校に来づらいのだろうか。そう思うと胸が締め付けられるような気持ちに苛まれる。


朝のホームルームの時間が近づいてきた頃だった。

廊下から急いで走ってくるような勢いよく地面をける音が教室の中まで響き渡ってくる。そしてその音はやがて僕たちの教室へと近づくと、勢いよく扉を開けて清水さんが息を切らしながら入ってきた。


「お、おおっはよー。は、はぁ、はぁ、ち、遅刻する、とこだったッ」


相当急いで登校してきたのか、かなり疲れた様子で倒れこむように席へとついた。


「あ、文春、くん。おっは、よー」

「お、おはよう清水さん。なんだか今日はギリギリみたいだったね? 寝坊?」


僕は平静を装いつつ普段と変わりないように言葉を絞り出した。


「ね、寝坊というか、昨日は夜(エロゲにハマって)寝れなくて……」


そうか。清水さんも夜眠れなかったのか。そりゃ遊園地のあの後だもんね。寝付けようと思ってもいろいろ考えこんじゃって寝れないよ。


文春は勘違いしていた。六花はただエロゲのやりすぎで寝坊しただけで、別に告白の件についてはそれほど考えていなかったのだ。


「と、とりあえず呼吸を整えて落ち着こう?」

「ヒッヒッフーだな」

「それはラマーズ法だから。普通に深呼吸してね? 清水さん」


茶化すように流星が後ろから声を掛ける。

それを隣で見ていた有紀は真剣な表情で唐突に口を開いた。


「清水さん、今日の放課後に少し時間もらえるかな? ちょっと話したいことがあって」


有紀がそんな目をするのはバレーの試合で集中しているときくらいだ。何か清水さんに対して真面目な相談でもあるのだろうか。


清水さんはそんな有紀を見て、何かを察したように静かに答える。


「いいよ。私も天野さんに話したいことがあったから」

「……わかった。それじゃあ、放課後に屋上で待ってるね」

「うん……」


何やらただならぬ空気を二人の背後から感じ取れずにはいられない。

流星はその光景を目の前にして『これは思い切ったことすんなー』と感心したように頷いていた。


一体彼女たちは何をするのだろうか。それを知る由もない僕はただ目の前の光景を静観することしか出来なかった。



◇ ◇ ◇



夕立昇る放課後。校内はいつにも静けさを帯びた雰囲気でオレンジ色の風景が濃く校舎を照り付けていた。

夏の始まりを告げるような暖かい風が屋上まで吹き抜けている。


今朝、有紀に屋上まで来るようにと告げられた六花は、彼女が自分に何を言いたいか理解した上で階段を一段一段踏みしめて、夕差しに導かれるように前へと進む。


なぜタイミングで私を呼び出したのかしら。私が文春君へ先走って告白したことをどこかで知った? でもあの現場には文春君を除いて、瑠璃川さんしかいなかったはず。あの子が周りに言いふらすようなことをするだなんて考えつかないわ。それに観覧車の中でしたことについては私と文春君の二人だけしか知らないはず。


「女の勘、というやつかしらね」


六花は週末からすぐのタイミングで有紀に呼び出しを受けたことに驚きつつも、自分の信念は揺るぎがなく、同じ相手を好きになった人間として彼女にもの自分自身をさらけ出すかを迷っていた。


おそらく天野さんは私に対して『告白すること』を宣言しようとしているのだわ。少女漫画で読んだからこういう展開も織り込み済みだわ。だったら尚更、私は彼女に対しても素の自分を見せるのが筋ってものだと思うの。でも。


六花が有紀に素の自分を見せるか迷う理由、それは彼女がの覚悟で告白に臨もうとしているのか、その点であった。


正直、今までの天野さんの言動を見た感じだと、積極的に文春君にアプローチをしているような雰囲気ではなかった。むしろ一線を引いて、関係を壊さないように臆病にしているイメージだったわ。

彼女がそんな態度を見せているようなら、私の敵ではないわね。


「といっても、それこれも――」


六花が屋上へと続く扉を開けると、そこには覚悟を決めたように真剣な眼差しで真っ直ぐに自分を見据える有紀が待っていた。


「――あなたのその表情を見て確信したわ」


私は幼馴染なんかに負けないわよ。


「来てくれてありがとう。清水さん」

「いいえ。話したいことは分かっているわ。天野さん」


二人は互いに認め合ったかのように笑みを浮かべた。

ぶつかり合う目線の先で窓ガラスに反射した夕日が火花のように飛び散る。


「……清水さんはキャラ作っていたんだね?」

「気付いてたのね? 他の学校でもほとんど気付かれたことなんてなかったのに」

「今時、あんな漫画みたいな天真爛漫な転校生キャラなんて違和感しか感じないよ?」


え? お兄ちゃんはアレで大丈夫って言ってくれたのに。


「フッ。高飛車お嬢様キャラくらいの方がよかったかしら?」

「それはもっとありえない」


そうなるとあとはドジっ子転校生キャラしかないわね。どうしようかしら。


「はあー。なんか気が抜けてきた。正直、あたしはいつもの明るいキャラよりも、今の清水さんみたいなクール系の方が接しやすいけどね」

「同感よ。私もいつものポンコツ先走り幼馴染キャラよりも、今の天野さんみたいな燃えるスポーツ系の方が話しやすいわ」

「あたしはキャラ作ってないんだけど!?」


序盤は負け幼馴染ヒロインみたいなムーブかましてたのに意外と漢気あるのね。見直したわ。


「なんか今失礼なこと考えてなかった?」

「そんなことないわよ。ただ負けヒロインムーブが漢気を見せて感心していたのよ」

「まだ負けてないわッ!」


有紀は普段と真逆のリアクションを見せる六花に半ば呆れつつも話しを切り替えした。


「いつまで経っても話しが進まないから単刀直入に言うよ。……あたしは文春ことを一人の異性として本気で好きだよ。清水さんは?」


少し震えた声で語気を強めて話す有紀に対して、六花も同じように力強く口を開く。


「私も文春君のことを異性として本気で好きよ。毎晩ベッドを濡らすくらいにね」

「最後のいる?」

「あ、もちろん安心して。ベッドを濡らすのは私一人よ」

「そこ心配してないから」

「あらそうなの?」

「……なんかもうペース狂わされる。ていうか、清水さんって結構、あの、言動がアホッぽいんだね?」


私がアホですって。心外ね。キャラ作りでアホの子になることはあっても、素の私自身はこんなにクールビューティーな真面目キャラだというのに。


「私は至って真面目な人間よ?」

「だー! 話が逸れる!」


有紀は話しが進まないことに苛立ちを覚えつつ、再び六花へと向き直り言葉を続けた。

対する彼女はそんな有紀を前に余裕の表情を浮かべる。これこそが有紀が苛立つ原因ともいえよう。


「とにかく! あたしは文春が好きだから告白するの! だから――」


少し言いよどんだ有紀は決心したかのように口を大きく開いて。


「――清水さんもあたしと同じ時間、場所で文春と告白しよう! そして、どっちが選ばれても文句なし! これを提案したかったの!」


彼女の声が屋上で静かにこだましていく。

六花はその言葉を聞き勝ち気な表情で笑顔を見せた。


「いいわねッ。その提案乗ったわ! 正直、私も自分一人で告白するよりも誰か彼に思いを寄せている人間と一緒に告白した方が良いと思ってたのよ」


周りの目を気にする文春君だからこそ、その壊したくない関係に含まれる天野さんの隣で告白することによって、私は自分の勝率を上げるッ。だってが『どっちが振られても恨みっこなし』という名目のもと同じ場所、時間で告白が行われるんですもの。互いに別の日に告白をして、変にそれぞれ時間を置かれて考えこまれるよりも遥かにこっちの方がいいわッ!

おそらく、天野さんも私も同じ考えで――


「い、勢いでこんなこと言っちゃったけど、あたし大丈夫かな?」


ポツリと呟く有紀をよそに六花は思った。


天野さんってやっぱりバカなのね!


この場のテンションでこんな提案を思い切って出来るその胆力には感服するけど、そこから先は一切考えていなかったのね。そうやってパニくって判断力鈍らせて暴走するから負け幼馴染感が出てるんだわ。ああはなるまい。


「天野さん? 告白の日時はどうするの?」

「ん。それならもう決めてるよ。明日の放課後にこの屋上で告白するよ」

「急ね」


ホントに何も考えてないわね。大丈夫かしらこの子。


「そうと決まれば、今から二人で文春にメッセージを送るけど。準備はいい?」

「……ええ。問題ないわ」


二人はそれぞれスマホでメッセージ文を打ち合うと、送信ボタンへと指を掛ける。

ここまで来たらもう後戻りは出来ない。言いようのない緊張が二人にじわじわと迫る。


「そ、それじゃあ、いくよ? せーのっ」


同時にメッセージを送信した二人は、自身の肩にのしかかる不安と緊張に押しつぶされそうになりながらもお互いを見据え、プレッシャーで笑いが込み上げるのを我慢するようにただ真っ直ぐ相手に視線を注いでいた。


二人にとっての決戦はついに明日へと迫りくる。


彼女たちの負けられない戦いが今、火ぶたを切るであった。


そして、二人の送ったメッセージは文春のスマホへと届く。


『あたしと清水さんの二人から文春に話しがあるから、放課後に屋上まで一人で来て!』

『天野さんと一緒に文春君にお話ししたいことがあるので屋上まで来てほしいわ』

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文春くんは大ばかやろう 茶葉茸一 @chabatakeichi

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