第8話 罪と罰 〜インターミッション〜




 さて。

 もう、長いことお話をしてきましたが、少しおやすみになられますか?

 乙女ゲーム。

 そうですね。そちらについて、ご説明申し上げるべきでしょうね。

 乙女ゲームというのは通称で、基本は、恋愛シミュレーションゲーム。ゲームという架空の世界の中で、擬似的に恋愛を楽しむものです。

 ゲームというのは、ちょっといろいろと説明がややこしいので、割愛しますが。

 乙女ゲームと呼ばれるジャンルには、とにかくたくさんの男性キャラが登場します。

 そのいずれもが美形で声が良く、やんちゃ系、ツンデレ系、クール系、カワイイ系、チャラい系などなど、さまざまな性格的見た目的特徴を持っているようです。

 この男性キャラたちの唯一の共通点といえば、主人公であるヒロインのことを、なぜか、ええ、なぜか、まったく意味不明ではありますが、なぜか、ヒロインたった一人のことをみんながみんな好きになってしまう、ということです。

 乙女ゲームは、この大量の男性キャラたちからとにかく意味不明に愛されまくる女性キャラをプレイヤーが操作して、一人一人籠絡していくことを目的としています。

 言わんとすることは分かっております。

 全員がヒロインに恋い焦がれているのにも関わらず、ヒロインは苦労して籠絡していかなくてはならないのです。

 ヒロインは、放っておいてもモテるのですが、キャラクターによっては、特別なイベントやアイテムなどがないと会話すら成立しない奴もいるからです。

 恋愛が理不尽にやっかいなのは、現実もゲームも同じ、ということでしょうか。

 ただ、序盤ではまったく交流がないどころか、嫌われてるのかも、と思っていたキャラも、結局会話が成立してみたら、「実は前から好きだった」とか、「本当は照れて何も言えなかっただけ」とか、「お前と出会って俺は変わっちまった」とか、何だかんだと理由を付けて、最初からヒロインのことを好きになっていたことが多いので、いろいろと当てにはなりません。


 そして、シャルロッテお嬢様は、そういった乙女ゲームの世界を、いくつも、渡り歩いたのです。

 ご紹介した、未来の月面都市で恋人を奪われる話や、幕末日本で新撰組の隊士と交流する話などと同じく、アイドルになって歌って踊る中で、マネージャーと交流する話、吸血鬼や狼男などの化け物たちの中で、唯一の人間として過ごす話、刀の妖精たちと、歴史を守るために戦う話、戦場で戦う軍人たちの指揮官になる話、などなど。宇宙の果てから、魔法の世界、果ては学園を舞台にした、青春ものまで。

 どんな世界も、たくさんの男性と、何故かその世界にはたった一人しかいないんじゃないかと思われる女性との交流を楽しむものです。ゲームですから。そういうものです。

 もしかすると、今私たちのいるこの世界も、ゲームの世界かもしれませんよ。


「なんなのよ、なんなのよ、いったい!」

 お嬢様は、時折かんしゃくを起こしていました。

「お嬢様、お気を確かに」

「ギロチン、銃殺刑、切腹、絞殺刑、ピストル自殺、火あぶりの刑、思い出したくもないたくさんの処刑……なんで、こんな目に遭わなくちゃいけないの……?」

 かんしゃくを起こすのも致し方ないかな、という気がして参りました。

「お察しします」

「もうやだ……もうやだ!」

 とても、ご紹介すること自体がはばかられるような、残酷な処刑もたくさんありました。

 しかも、それぞれの世界では、ほんの少しの難癖で、厳しい刑罰を科されてしまうのです。主人公であるヒロインの恋を邪魔するということが、その世界では最大級の罪であるかのように。

 もちろん、そのための理由もはっきりしています。

 あるゲームでは、お嬢様は、ヒロインの義理の姉でした。

 お城で王子様の婚活パーティとしての舞踏会が行われるからと、お嬢様はめかし込んでドレスをまとって出かけましたが、ヒロインには、雑用と家の掃除を言いつけるなど、意地悪をしていました。

 ところが、王子様はヒロインを見初め、ヒロインの恋路を邪魔した報いとして、お嬢様は殺されてしまいます。

 古式ゆかしい悪役令嬢です。


 またとある別のゲームでは、お金持ちだったヒロインが、両親が事故で亡くなってしまったため一文無しになります。

 同じ学校に通うお嬢様には許嫁がおりましたが、この許嫁がヒロインを見初め、お嬢様を捨ててヒロインと結ばれることになるのですが、ここでも、お嬢様は二人の恋路を邪魔をした結果、ヒロインと元許嫁のハッピーエンドの後、国外追放されてしまいました。

 どう転んでも、悪役令嬢には、幸せは訪れないのです。

「もうやだ。もう、誰のことも好きにならない」

「よろしいので?」

「だって、人のことなんか好きになるから、こんなことになるんだもん」

 頬を膨らませて、ぷんすか怒っています。

「人を好きにならなければ、失恋することもない」

「そう! それでいいんじゃないかな。もう」

「出来ますか、お嬢様に?」

「出来るもん」

「ですよね。愚問でした」

「そうだよ、愚問だよ」

「どうぞ、ソフトクリームです」

「うわあああああああ! ありがとう! 美味しいいいいい!」

 二口ほど、ソフトクリームにかじりついてから、お嬢様にしては珍しく、それ以上食べる動きが止まりました

「お口に合いませんでしたか?」

「違うの。美味しいの。美味しいの」

 そう言いながら、お嬢様の目からは、大粒の涙がぽたりぽたりと、まるでその音が聞こえるのではないかという重さで、流れ落ちていました。

「ハンカチをどうぞ」

「泣いてないもん」

「口の周りにソフトクリームが付いてます」

「デリカシー」

「どの方のことも、お好きだったのでしょう?」

「デリカシー!」

 口をとんがらせて、奪い取るように手に持ったハンカチで、顔全体を拭きとります。

「ブラート王子は、優しかったですよね」

 ふと、動きが止まりました。

「……小さい頃、まだ、ただの幼なじみの許嫁だった頃……勉強教えてくれたの。たくさん、お話しした。将来について。いつも、私は、シャルロッテは、ブラートのお嫁さんになるって話ばっかり。王妃になりたかったんじゃない。ただ、ブラートのお嫁さんになることだけが、望みだった」

 温かい笑顔が、お嬢様の魅力です。

「ビスコッティ青年は、かっこよかった」

「どうしようもない男って、いると思うんだ。でも、かっこよかったら、やっぱり気になっちゃう。別にイケメンが好きなわけじゃないけど。でもやっぱりイケメンだし。笑顔が可愛くて。私はただ、自分を愛してくれる人を、好きになっただけなのに、なんでああなっちゃうんだろうね」

 心底理解が出来ない、理屈が通じないと思って悩んでいるようです。

「代々木恋一郎は、不器用でまっすぐだった」

「出逢ったすぐから、人のことを好きになれる、まっすぐでかっこいい人。そのくせ、いろいろ抜けてて。低音ボイスがゾクゾクッとして。それよりなにより、あんなに、面倒を見てあげなきゃって思った人は、初めてかも。私が面倒見るんだよ? すごくない?」

 普段は、どれだけ面倒を見てもらっているのか、誤認識があったようで安心しました。

「しなの殿は、優しかった」

「……本気だったんだよ。もちろん、武士としてとか、男装してる身としてとか、たくさん考えて、考えすぎて、だから、恋一郎に譲っちゃったけど。でも、それがしなの殿の望むことなら、しなの殿が幸せになるならって思って……」

 どの恋も、本気で、だからこそ、苦しんでいらっしゃる。

「吸血鬼の彼も、文学青年も、アイドルの人も、軍曹も、みんな。みんなそれぞれ、違った魅力があった」

「私、浮気者なのかな」

「お嬢様は、それぞれの世界で、本気で人を愛しただけです。それに、愛する人が一人でなければならないなどと、誰も決めておりません」

「何の解決にもならない話だけど、ちょっとは気が楽になる」

 はあーっと、息を一つ吐き出しました。

「ソフトクリーム、溶けますよ」

「大丈夫。一口でいける」

 コーンも含めて、一口でがぶり。


 さて、シャルロッテお嬢様は、悪役令嬢。

 ヒロインの恋路の邪魔をするキャラクターで、ゲームの設定上は、いわゆる嫌われ者です。

 そのシャルロッテお嬢様が、いくつもの乙女ゲームの世界を、次々に転生していきました。

 しかし、どのゲームの世界に行っても、お嬢様は必ず悪役令嬢で、最期には必ず何らかの罰で、死んでしまう。

 そして、死んだらまた別のゲームに転生する、ということを繰り返していました。

 エンディングまで到達したら、それがどのような結末であれ、また別のゲームに行き、エンディングまで生きる。

 終わりなき終わり、エンドレスエンド、それが、シャルロッテお嬢様に課せられた罰。

 もちろん、どの世界に行っても、フラグ回避をしようといくつもの選択肢から慎重に行動していきました。

 しかし、どうあがいても、必ずバッドエンドになってしまう。

 悪役令嬢は、悪役なので、もちろん、報われることはありません。

 なんとかその運命を変えようとしているのですが、悪役令嬢は、主人公のヒロインと攻略対象の男性キャラ、二人の恋を邪魔する存在であり、どのように動いても、必ず悪役になってしまうのです。

 なぜなら、転生するお嬢様もまた、攻略対象のキャラクターのことが好きだからです。もしかすると、その恋を諦めさえすれば、何の問題もないのかもしれません。

 むしろ、そのようにして破滅フラグを回避するのが、悪役令嬢ものの基本なのかもしれません。

 ですが、シャルロッテお嬢様は、諦めないのです。


「ねえ。アルベルト。もし、自分の好きな人が世界一の幸せ者になる代わりに、自分のことを忘れちゃうボタンがあったら、押す?」

「なんですか、それは。そんなものあるわけないでしょう」

「もしもの話。仮定の話。ifの話。なんかのゲームに、そんな設定があった気がするんだよね」

 そうであるならば、と、少しだけ考えました。

「もし可能なら、好きな人が世界一の幸せ者になる代わりに、私自身がその人のことを忘れたいです。そういうボタンなら、ためらうことなく押すでしょう」

「どういうこと? 自分が忘れちゃうの?」

「私は、そんなに強い人間じゃありません。だから、愛する人に忘れられるのは、きっと堪えられません。ですが、私が覚えているままで、大切な人が、私とは別の方と、私と関係のないところで幸せになっているのも、またそれはそれで辛い……でしたら、いっそ死にたくなります」

「へえ。以外。独占欲があるんだ」

 普段、私自身のことを話すことはないので、お嬢様は、興味津々で話を聞いてくれます。

「とはいえ、もし私が命を絶ったら、きっと、その愛する人の人生の重しになってしまいます。それでは、世界一の幸せ者にはなれません。だから、もし、私自身がその人のことを忘れていれば、心が引き裂かれるような痛みに苦しむこともなく、この身も死なずに生きていられるかも知れません。それならば、誰も苦しむことはありません」

 自分なりに考えたことですが、果たしてお嬢様は、どう捉えるやら、不安でした。

「そっか。そんな考え方もあるのか」

「戯れ言ですよ」

「なんか、アルベルトらしいじゃない」

「私は、大切な人のそばにいることが、人生の生きがいですから」

 それを聞いてお嬢様は、珍しく色めき立ちました。

「初耳! そんな人いるんだ!」

「そりゃあいますよ」

「もしかしてそれって」

「お嬢様はまず、マナーと服装のセンスから身につけるべきかと」

「デリカシー!」

「失礼いたしました」

「でもさ、そんなに大事に思ってもらえるなんて、うらやましいな、その人」

「そうですか? お嬢様にも、きっといますよ、そういう人が」

「悪役令嬢に、恋する人がいるとは思えないけどね!」


 お嬢様は、悪役令嬢とは言え、そもそも、際だって悪いことをするわけじゃありません。

 ただただ、自分の心に従って、愛する人を愛していると言っているだけです。

 まあ、時折行きすぎて暴走することもありますが、愛嬌と言うことで片付けましょう。攻略対象への気持ちだけは、嘘がつけないのですから。

 だけど、悪役令嬢は、ヒロインに、どうやったって勝てないのです。

 卑怯な手を使うわけじゃなく、正々堂々と向かって行っても、やっぱり攻略対象から遠ざけられてしまう。

 そして、難癖に近い理由を付けられて、最後には死亡破滅エンドが待っている。

 さて。

 どれほどの悪行を前世で積んだら、こんな運命を流転しなければならないのか?

 気になりますよね。

 では、シャルロッテお嬢様、いや、本当のお嬢様が何をしたのか。

 どうして罰を受けなければならないのか。

 その罪について、お話ししましょう。

 コーヒーのおかわりは……はい、すぐにご用意いたします。


「ねえ、アルベルト」

「なんでございましょう」

「私多分、押すと思う」

「なにをですか?」

「ボタン。愛する人が幸せになるなら、たとえ自分のことを忘れても、一人ぼっちになるとしても。今の私は、押すと思う」

 とてもすっきりとして、お嬢様はそう言いました。

「左様でございますか」

「あれ? 反応薄いな。押すと思ってたの?」

「さあ。ですが、どういう結果になったとしても、私はそばにおりますよ」

「アルベルト……」

「なんといっても、これほどまでに手間のかかるご主人も、そういませんから。私がいないと、何もできませんし」

「むー!」

「はいはい、むくれないむくれない。お口直しにショートケーキはいかが?」

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