第3話 お嬢様、お手をどうぞ 『シャングリラ・シャイニング』
このお話の舞台は、今から遠い遠い未来のお話です。
月面にはいくつかのコロニーと呼ばれるドームに覆われた都市があり、人々はそこで成長し、愛を育み、人生を謳歌しておりました。コロニーは、コロニーごとに自治権があり、このシャングリラでは、ヴィンサント家とチョコラート家という二つの家系が取り仕切っておりました。
しかし、両家の仲はすこぶる悪かったのです。
ヴィンサント家は軍事一般を司り、チョコラート家は政治と経済にパイプが強い家柄でした。バランスとしては、両者がにらみ合っているのは悪くありませんでしたが、実力行使をされると、ヴィンサント家に軍配が上がってしまいます。チョコラート家も、財力で傭兵を集めることは可能ですが、ヴィンサント家の方が、訓練された軍隊を持ち、軍事を取り仕切っているので、当然ですね。
ただし、経済を受け持っているチョコラート家の力がなければ、他のコロニーとの間での交渉や、貿易が成り立たないのを、ヴィンサント家は分かっております。
この二つの家が持ちつ持たれつなのが、このシャングリラでした。
とはいえ、形の上では、二つの家でこのコロニーを取り仕切っている以上、年に数回は、舞踏会が開かれ、表面上だけでも、親睦を深めているように見せかけているようです。
そして、そこで事件は起きるのです。
本日の舞踏会は、チョコラート家の、ティラ=ミス嬢の屋敷で催されました。
チョコラート家とヴィンサント家の有力な人々が、一つところに集まり、ワインなどを飲み、軽食をつまみ、楽団の演奏に耳を傾ける。ドレスやタキシードを着た人々が集い、華やかに舞い踊る。舞踏会は、社交の場でもあります。
社交界には、それぞれの家で、一人前と認められた、つまり、大人になったと認められた人が参加することが出来ます。
お嬢様は、既に社交界デビューをしています。そして、本日は、屋敷の主の娘、ティラ=ミス嬢の社交界デビューの日なのです。
そこに、チョコラート家のビスコッティと、友人、パンナ・コッタがやってきました。彼らもまた、社交界に参加する資格を持つ人たちです。
しかし、ビスコッティは、あまり乗り気ではないようです。
「おい、パンナ・コッタ。お前が友人だから言われたとおりに舞踏会に来てみたけど、俺はこういう気分じゃないんだよ」
「気分なんかどうだっていい。大事なのは、行動することだ」
パンナ・コッタは、嫌がるビスコッティの手を掴んで、強引に連れてきていました。
舞踏会は、男女の出会いの場でもあります。ビスコッティに、新しい恋をさせるつもりなのです。
「行動はした。僕にとって、心から尊敬し愛しているのは、トルタ=アル、ああ、愛しのトルティだけだ。彼女こそ、天地開闢以来……」
「彼女ほどの美人は見たことがないんだろ? その言葉、今まで一〇〇回くらい聞いてる。つまり、一〇〇人くらいの女性に同じ感想を抱いているわけだ。もう振られたんだろう?」
女たらしのビスコッティは、会う女性会う女性に運命を感じているようです。
迷惑ですな。
「彼女は照れていただけだ。そのうち、本当の愛に気づく」
「いいか? 世の中に、女性は星の数ほどいる。それを、お前は毎回、たった一人しかいないと思い込んでいるだけだ」
つまり、パンナ・コッタは、別の女に目を向けろ、といっているのです。
しかし、よく分からないところでもあります。
そもそも、この日、ビスコッティが失恋したのは、トルタ=アルお嬢様で、お嬢様がチョコラート家の令嬢だから失恋したはずで、なのに、なぜ、同じチョコラート家の舞踏会に来て、新しい恋を見つけろと言っているのか、パンナ・コッタの思考回路が良く理解できません。
ただし、その点については、シェイクスピアの昔から、「そういうもんだから」ということのようです。
「確かに、生物学上の女性は、星の数ほどいるかもしれん。でもな、今宵地上を照らす月は、たった一人なんだ。わかるか?」
「火星には二つ、木星には七〇個以上、月があるそうだぞ」
ビスコッティの熱弁も、冷静なパンナ・コッタには通じません。
「それは……屁理屈だろう!?」
「あと、女性を衛星に喩えて、自分を地球だと言いたいのかも知れないが、お前にそれほどの価値はない」
ビスコッティの情熱も、冷徹なパンナ・コッタには通じません。
「突然、口悪いな! 俺、お前を怒らせるようなこと、何かしたっけ!?」
「その目に自由を与えてみろ。他の女性をよく見てみろ。世界は変わるぞ」
と、吹き抜けのフロアの二階。カーブを描いた大きな階段の上に、一人の女性が現れました。
当家の令嬢、ティラ=ミス嬢です。
ティラ=ミス嬢は、少し緊張した面持ちで、階段上の踊り場から、フロアを見渡しています。フロアにいる一〇〇人を超える参加者たちは、口々に、ほう、と吐息を漏らしています。
ティラ=ミス嬢は、誰もが目を見張るほどに、美しく可愛らしく、そのドレスで着飾っておりました。
もちろん、ご本人も、とても可愛らしい方であるのは間違いありません。
フロアの端っこから、遠巻きにそのティラ=ミス嬢の姿を認めたビスコッティは、大げさに言って、電撃に打たれたようなショックを受けました。
すっかり、目が離せなくなったのです。
「おい、おい、パンナ・コッタ!」
「なんだ」
パンナ・コッタは、新しいグラスワインをもらいに行っていました。
「アレは誰だ?」
ビスコッティが指さした方角を見て、答えます。
「俺の親父だ」
パンナ・コッタは、目が悪かったのです。
「お前のハゲた親父なんかに用はない。その向こう、二階へ続く階段を、今まさに降りてこようとしている、あの女性だ」
目を細めて、パンナ・コッタは、一人の女性の姿を確認します。
「ああ。彼女は、この屋敷の令嬢、ティラ=ミスだ」
ビスコッティは、観劇に身体が打ち震えました。
「ティラ=ミス! ティラ=ミス! なんという情熱的で美しい名前の響きだ! まるで、俺を元気づけてくれるかのようだ!」
私を引っ張り上げて、転じて、私を元気づけて。
しかし、パンナ・コッタは冷静でした。
「一つ忠告しておく。トルタ=アル嬢と同じく、ティラ=ミス嬢も、チョコラート家の令嬢だ。今ここで諦めろ」
ところが、ビスコッティの燃え上がった恋の炎はすでにフォーティアルフィフトゥラ、炎の渦となって燃え上がっていました。
「それがどうした!」
「な、何ぃ?」
常に冷静なパンナ・コッタが、冷や汗をかいて、戸惑うほどの情熱を見せました。
「彼女こそが、光だ。希望だ。太陽だ。恵みの愛の光だ」
「む、むぅ」
どう考えても自業自得ですが、連れてきて失敗だったかなと、パンナ・コッタは思いました。
「おいおいおいおい、待て待て待て待て! いくら惚れっぽいとはいえ、急すぎるだろう!」
懸命に止めようとしますが、当然、こうなったビスコッティが、止まるはずがありません。
「ティラ=ミス。彼女をものにしなければ。それこそが、俺が生まれてきた意味だ!」
ようやく遅れて、舞踏会の場に、お嬢様と私が到着いたしました。
ただし、時既に遅し。
およそ、着替えに時間がかかったのですが、それ以上に、サイボーグ馬車の中でのおやつタイムが長引いたことが原因だと思われます。
「やばい! ビスコッティの目が、恋する肉食獣の目になってる!」
舞踏会の屋敷の中、二階にいるティラ=ミスと、フロアにいるビスコッティの姿が、視界に入ります。
すでに、ビスコッティは、目が離せなくなっています。
「惚れやすいにもほどがありましょうが、まだ接触はしていないようですね」
「情熱的直情型の突発性獣欲魔だから、接触した瞬間にもう抱き締めてキスしてそれ以上のこともやっちゃいそう」
というか、ゲームの中では、そうなってたんだよね、確か……と、お嬢様は小さくつぶやいておりました。
「今時珍しいタイプの男性ですね」
「制作スタッフの趣味なのかなあ」
それが誰なのかは知りませんが、
「二人が接近していますよ」
「止めに行かなきゃ!」
緊急事態です。
ティラ=ミスとビスコッティの間を邪魔しに行こうとすると、目の前に、パンナ・コッタが立ちはだかってきました。
「ちょっとお待ちを、トルタ=アル嬢」
「そこをどいてください、パンナ・コッタ様。邪魔」
すげなく言われても、パンナ・コッタは、立ちはだかることをやめません。
「そうはいきません。ビスコッティのところに行くおつもりでしょう? 彼は、今、あなたから振られた心の傷を癒やせるようになるのです」
「それが悲劇の始まりでも?」
お嬢様が、キッと睨みつけます。
「男女の運命は、常に悲劇です」
パンナ・コッタは、そう嘯きます。
馬鹿馬鹿しくて聞いてられないといった風に、お嬢様は、
「悪いけど、そんな問答をしている余裕はないの。どいて」
あくまでも、ティラ=ミス嬢の元へ行こうとしますが、パンナ・コッタは更に立ちはだかります。
「何故ですか? あなたは、ビスコッティを振った女ですよ?」
「振ったからと、嫌いだとは一言も言っておりません」
「ですが」
「どきなさい!」
お嬢様の一喝で、パンナ・コッタは一瞬ひるみました。
「……なるほど、ビスコッティの気持ちが少し分かりました」
「わかったら、とっととどいてください」
「いや」
「は?」
パンナ・コッタは、両手を大きく開いて、迎え入れるような体勢になり、
「トルタ=アル嬢、いや、トルティ。トルティと呼びますよ」
「えー、断ります!」
「あなたは私の月だ!」
と、近づいてきました。
お嬢様を守るべく、間に入ってパンナ・コッタの進撃を止めながら、私は、
「お嬢様。ビスコッティ青年が!」
と、叫びました。
三人が向けた視線の先では、階段の上でついに、ビスコッティが、ティラ=ミス嬢に近づき、あいさつをしていました。
「やあ」
屈託のない笑顔で、ビスコッティが、ティラ=ミス嬢に話しかけます。
ティラ=ミス嬢は、最初、自分に話しかけられていると思わず、一度辺りをキョロキョロと見渡してから、
「……やあ」
同じ言葉を返しました。
「キレイなドレスだね。よく似合ってる」
ビスコッティは、慣れた調子で話をつなげます。
「ありがとう。あなたは?」
一つ咳払いをして、応えます。
お初にお目にかかります。俺の名前は、ビスコッティ。あなたの運命の相手だ」
まっすぐにティラ=ミス嬢を見つめて、そう名乗りました。
「まあ。冗談がお上手」
「冗談だなどと受け取ってもらっては、心が悲しみます。君こそ、俺の太陽だ」
そう言うと、当たり前のように、ティラ=ミス嬢の手を握ります。
「まあ」
「あなたの名前は?」
ふふ、とまんざらでもなく笑って、ティラ=ミス嬢は、
「当ててご覧なさい」
と言ってみました。
「そうだな。当家の令嬢、ティラ=ミス?」
「知ってたのね?」
「いいや。運命だよ」
「まあ」
そんな二人の様子を、お嬢様と私は、こっそりのぞいていました。
「歯の浮くようなセリフですね。あんな手で引っかかる人がいるんですか」
「悪かったわね」
自分が仕える主を信じられないものを見る目で見たのは、初めてかも知れません。
「なるほど、彼の常套手段なんですね」
「もう、ほんっと、最悪!」
お嬢様は、今ではなく、かつての自分に苛立っているようでした。
「さあ、あんな男、放っておきましょう。いかがです。あちらでワインでも」
こっそり隠れて、パンナ・コッタも覗いていました。
「未成年なんで」
お嬢様は、すげなく断ります。
「では、ビールでも」
「未成年だっつってんだろ!」
お嬢様、口が悪い。地が出てます。
とはいえ、パンナ・コッタ。こちらもこちらで、なかなかしぶとい。
「お嬢様。進展がありそうです」
視線の先では、ビスコッティとティラ=ミス嬢が、こそこそと話したかと思ったら、ティラ=ミス嬢が、ビスコッティから離れました。
「離れましたね。お嬢様?」
ティラ=ミス嬢は、ダンスフロアの方角に歩いて行きました。
「ティラに会いに行きましょう」
「二階のフロアのようです」
舞踏会場になっている、ティラ=ミスのお屋敷の二階は、広いダンスフロアになっています。
そこでは、フロアの中央で、男女ペアで踊る人たちと、その倍以上の数の、壁際で立ってダンスを見ている人たちがいました。
ティラ=ミス嬢は、その中の人たちと、軽くあいさつを交わしていました。
そして、しばらくして、ようやく、お嬢様の姿を見つけました。
「まあ、トルティ! ステキなドレス!」
ティラ=ミス嬢は、社交の場の緊張が一気に解けて、ぱあっと明るい顔をしました。
が、お嬢様は、全く違うテンションで話します。
「なんで?」
「いいドレスがなければ貸してあげようかと思ってたけど、きっと、アルベルトが選んだのね? クラッシックないいセンス」
「恐縮です」
ティラ=ミス嬢は、意識的に無視しています。
「約束は?」
「ほらほら、そんな怖い顔しないの。可愛い顔が台無しだよ?」
「ティラ!」
「はいはい、大きな声出さないで。あなたの声は響くんだから」
お嬢様の剣幕にも、ティラ=ミス嬢は、全く意に介しません。
「約束したよね?」
仕方ないという風に、一度ため息をついて、
「でも、指切りはしてないから、針千本飲まなくていいでしょ?」
ティラ=ミス嬢は、そう嘯きました。
「なんで?」
「トルティこそ。あんなにかっこいい人だって、言わなかったじゃん」
「理由になってない」
「恋に理由はいらないわ」
ティラ=ミス嬢は、すでに、一歩も引く気がないようです。
「本気なの?」
「本気」
「お願い。やめて」
お嬢様は、懇願いたしましたが、ティラ=ミス嬢は、にべもありません。
「いやだ」
「なんで!?」
「もうやめてよ! 今宵は舞踏会。お屋敷には、たくさんのゲストがいらっしゃってるのに、トルティったら、大きな声を出してはしたない!」
そう言われ、お嬢様は、周りのゲストの方々のことを初めて気づいたかのように、ばつの悪そうな顔をしました。
「ごめん、でも……」
「しかも、人の恋路を邪魔するなんて、サイボーグ馬に蹴られて地球でも火星でも飛んで行っちゃえば良いのに!」
「ティラ!」
「これは運命の恋なの。誰にも邪魔させない」
もはや、運命の車輪は回り始めてしまったようです。
「さっき、何を話してたの?」
「馬鹿なの? 男女の約束を部外者に教えるわけないじゃない」
完全に、お嬢様が知っている、天真爛漫で仲のよい、ティラ=ミス嬢はいなくなってしまいました。
「ティラ……なんでそんなこというの?」
「私は私の恋を生きるの。邪魔しないでよ!」
大きな声で、ティラ=ミス嬢は、そう宣言しました。
「お嬢様、周りの人たちに注目されてます」
「ああ、もう!」
「女性二人で、何騒いでんだ?」
騒ぎが大きくなりそうなところで、先程別れたビスコッティが、戻ってきました。
「ビスコッティ! 助けて。さっきから、私たちのことを邪魔しようとしてくるの」
お嬢様は今度は、ビスコッティに問い質します。
「どういうつもり?」
「はぁ?」
しかし、ビスコッティは、昼間に見せた快活な態度はどこへやら、冷たく素っ気ない返答を寄越すのみでした。
「あなた、本気なの?」
やれやれ、と肩をすくめて、
「俺は、真実の愛を見つけたんだ」
「何が真実の愛よ。さっき会ったばかりで、相手の何が分かるって言うの?」
「黙れよ。女に乱暴するのは好きじゃないんだ」
そう言われて、お嬢様は、自分が何を言っても無駄だと悟りました。
「私にかけた愛の言葉は嘘だったの!?」
しかし、その返しは、予想外なものでした。
「おいおい。さっきから、誰だ、お前は」
「そうよ、誰よ」
ティラ=ミス嬢まで、のっかってきます。
「ふざけるな!」
パァン!
お嬢様が、ビスコッティを平手打ちにしました。
周りが静寂に包まれます。
「お嬢様……」
「黙って聞いてりゃ、愛だの恋だの洒落臭いこと言いやがって、このボケバカップル! いい加減にしろってんですわ!」
「お嬢様は、決して黙って聞いていたわけでもないと存じますが」
「はぁ!?」
「なんでもございません。ですが、ご自身がご令嬢であると言うことはお忘れなく」
実際、周りの方々からの視線は、けっこう厳しいものになってきました。
「もちろん存じ上げておりますわよ。ティラ!」
「はいっ!」
勢いに負けて、ティラ=ミス嬢が、返事をしてしまいます。
「私は、何度もご忠告申し上げましたわよね?」
「そうだったかしら……」
あくまでもとぼけようとしますが、
「聞いてないふりはもうけっこう。それから、ビスコッティ!」
「ああ?」
斜に構えて、いきった態度を崩さないようにしていますが、平手打ちされた頬をずっとさすったまま、ビスコッティは応えました。
お嬢様は、クソデカため息をたっぷり吐き出してから、今度は一気にたっぷり息を吸って、まくし立てます。
「はいはい、そうやってかっこつけるのもいいけど、ただの軟派者の浮気者のくせに、偉そうに真実の愛なんてありもしない幻想をその気になって語るんじゃありませんっての!」
もはや、令嬢としての嗜みなどは、この際目をつむりましょう。
「だいたい、女とみれば自分のものになると思い込んで、ところ構わず口説きまくって、そりゃあ、あたくしもちょっとばかしその気になった瞬間はありましたけれども、ええ、そんなの、ほんのちょっとの刹那ですわ、一回指を弾く間に六〇あるいは六五あるとされる時間の最小単位であり、一〇のマイナス一八乗の、そんな刹那ですわ! あなたには、一生、真実の恋なんて見つけられませんことよ!」
内容云々ではなく、そのあまりの剣幕に、ビスコッティは少し涙目になりました。
「……えっと……知らないふりしたの、怒ってる……? お前のこと、けっこう本気で……」
ところが今度はその言葉に、ティラ=ミス嬢が反応します。
「そうなの!? ひどい!」
と、弁解に追われます。
「いやいやいやいや! そういう意味じゃなくて!」
「じゃあ、どういう意味ですの?」
「いやあのそれは……助けろよ、執事!」
この場で唯一自分を責めていない私に話しかけてくる無意味さを思い知って欲しい。
「私が? なぜ?」
「そりゃそうか。パンナ・コッタ!」
呼ばれて、群衆の中から、恥ずかしそうに、パンナ・コッタがやってきました。
「お前な、いい加減にしろよ。パーティがめちゃくちゃじゃないか」
「だから、何とかしたいんだよ。頼む、知恵を貸してくれ」
「知るか。てめえで何とかしろ」
「薄情な! 友だちだろ!?」
友だちであろうと、状況が悪すぎるかと存じます。
が、さすが友だち、何らかのヒントになることは言ってくれるものです。
「今は舞踏会の最中だ。もし何かをしたいんなら、ダンスでも踊ってろよ」
「それだ! 二人とも、ダンスを踊ろう。それで、俺とダンスの相性がよかった方と、婚約するというのはどうだろう?」
如何にもナイスアイデアという風に言いましたが、前提条件が間違っています。
そんなことで騙せるのは、世間知らずな人だけです。
「ステキ」
「サイテー」
ティラ=ミス嬢は目を輝かせ、お嬢様の目はどんどんすわっていきます。
「え?」
このビスコッティという男、見た目がいいし、情熱的だし、もしかすると女性陣にはモテているのかも知れません。イケメン無罪という言葉も世間にはあります。
イケメンは、何をしても、どれだけしょうもない男でも、「でもイケメンだから」で許されるという、信じがたい現象です。一番信じがたいのは、「そんな人には引っかからないから」と言い張っている女性ほど、コロッとひっかかりやすいところですが、この辺りは私の個人的な感想になりますので控えておきましょう。
いずれにしても、あくまでも自分主体でものを考えるところが、男としてついていけません。
「あら、いいじゃない。ダンスを踊って、どちらが優れているか、今晩のゲストの皆様に決めていただきましょう。トルティが勝ったら、言われた通りに、ビスコッティ様のこと諦めるわ」
すっかり恋する乙女になってしまったティラ=ミス嬢は、ビスコッティの提案に食らいつきました。
「あなたが勝ったら?」
少しだけ、うーん、と悩んでから、
「そうね。私たちの邪魔をしないように、トルティをドームの外に放り出そうかしら」
文末に行くに従って、その目には、本気の度合いが増していきました。
しかし、ここで引き下がるようなお嬢様じゃあありません。
「無問題。勝つから」
その言葉は、嘲笑をもってはじき返されました。
「あらら。ダンスで私に勝てるとでも?」
「吠え面かかして差し上げますわ!」
売り言葉に買い言葉。
こうして、望まぬ形で、望みもしないお嬢様同士の真剣勝負が始まったのでした。
ところが、開始早々、そもそも大きな問題にぶち当たりました。
「私がどれだけこのゲームをやりこんだか知らないな?」
お嬢様は、意気揚々と話します。
「このゲーム、確かに申し訳程度のゲーム要素として、ダンスバトルがあったんだよねー。一応、リズムゲーだったし。で、八つのボタンを次々に叩いたり長押ししたりするのだったから、まあ、それは他のゲームでも良くあるシステムだしー、このゲーマーたる私にとっては、問題ないってわけよ」
へえ。
「お得意なんですか?」
いつもは猫背で姿勢が悪いくせに、ここぞとばかりにふんぞり返って、
「自慢だけど、がちのリズムゲーで、一瞬だけ、全国ランキングトップ一〇に入ったことがありますわ。ダンスゲームで私に挑もうなんて、超の付くお馬鹿さんですこと」
どういうわけか、ほーっほっほっほっほ! という高笑いが聞こえてきそうなくらいの自信です。
まあ、それはそれでよろしいのですが。
「お嬢様自身は、踊れるんですか?」
「踊れるわけないでしょ? ボタンはどこ!? ほら! コントローラ!」
ええと、
「ボタンなど、どこにもありませんが」
先程から何を言っているのか、少なくとも私は理解しておりませんでした。
が、ようやく現実を認識されたお嬢様は、
「はああああ? 生身で踊るとか、頭おかしいんじゃありませんの!?」
「歴史的にも空間的にも、ダンスは生身で踊る方が正解だと思われます」
「盲点だったあああああああ!」
頭を抱えておりました。
「棄権なさいますか?」
その頃、ティラ=ミス嬢とビスコッティは、二人、ダンスフロアの真ん中で、華麗に踊っていました。
会場は、拍手喝采。美男美女のダンスは、間違いなく、今回の舞踏会の最大のニュースになることでしょう。
音楽は、ダンスフロアに設置されているロボット楽団が、それぞれに楽器を持ち、クラシックなワルツの曲を生演奏していました。
「ちなみに、ティラ=ミス嬢は、今年、初出場したドーム対抗のダンス大会で上位入賞している強者です」
まじで。
「先にその情報くれないかな?」
「もう一つついでに、ビスコッティ様は、毎年、舞踏会ではチョコラート家、ヴィンサント家問わず、奥様方よりダンスパートナーとして引っ張りだこになるお方です」
「先にその情報くれないかな!? そういえば、そんな設定だった気もするけどもさ! リズムゲーム部分なんて、おまけ過ぎて楽勝だったから意識にも残ってなかったわ!」
お嬢様は、すっかり小さく丸まってしまいました。
「えっと。棄権いたしますか?」
「正規のルートとしては、このまま行けば、メインの攻略対象と正ヒロインが結ばれるんだから、主人公だったらいいことなんだけど……」
いろいろとお考えになっているようでした。
そこに、パンナ・コッタが様子を見にやってきました、
「そろそろ準備はいいかい?」
さりげなく、自分の腕をお嬢様に向かって差し出します。
何をしているんだ?
「えっと、何の?」
お嬢様も、理解できていません。
パンナ・コッタは、ちっちっちっち、と舌を鳴らして、
「貴女にもパートナーが必要だと思いまして」
と、胸をはって腕を押しつけてきます。
「けっこうです」
ですが、お嬢様はその手を払いのけて、
「ねえ、アルベルト。このままじゃ、私、負けると思うんだよね」
「潔いのは感心でございます」
「とはいえ実は、一つだけ踊れるダンスがあるの。で、相談なんだけど。ギター弾ける?」
「お任せください」
執事ですから。
「なにをするつもりです?」
状況をいぶかしげに見ているパンナ・コッタ。
「パンナ・コッタ様。一つお願いがありますの」
「なんなりと」
また腕を差し出してきますが、軽く無視して、
「この場の誰にも、私が踊り終えるまで、邪魔をさせないようにお願いできます? できますわよね、貴男なら?」
ウインクをしようとして、できなくて、一瞬両目を閉じたお嬢様でしたが、その動作にときめいたパンナ・コッタは、
「お安いご用です!」
引き受けてくれました。
私は、ロボット楽団の間に割って入り、その中でギターを持っているロボットからギターを拝借しました。そして、その他ロボット楽団員たちに指示を出します。
「リズムはブルース、Bから入って途中で変わるけど、適当に合わせて、付いてきてください」
こちらの準備が済んだ頃、お嬢様が、フロアの中央に立ちました。一人で。
「さあ、貴女の番よ、運動音痴のトルティ」
踊り終わって余裕綽々のティラ=ミス嬢が、偉そうに言います。
「パートナーはいるのかい? 僕がお相手しようか?」
軽口なのか、本当に心配しているのか、ちょっと不明なプレイボーイも声をかけてきて、隣にいるティラ=ミス嬢から小突かれました。
「ちょっと、ビスコッティ!」
「いらない」
お嬢様からの合図を待って、私は、ギターの演奏を始めました。
爆音で、ロックの曲が流れます。それに合わせて、お嬢様が、激しく踊ります。笑顔で。
今まで見たことがないダンスに、会場にいる人たちが、目を見張っています。
激しい音楽、激しいダンス。
そして、自然と湧き上がる拍手。なによりも、お嬢様の、輝かんばかりの笑顔。
次第に、会場にいる人たちも巻き込んでダンスは大きなうねりになっていきました。
対決していたはずのティラ=ミス嬢とビスコッティもまた、曲とダンスに、うずうずとしてきていました。
私の演奏も、次第に熱を帯びてきて、様々なテクニックを披露しましたが、言葉だけではお伝えできないのが心苦しいところです。
が、宴は突然終わりを告げます。
途中で、会場にいらしたどなたかが、叫びました。
「禁制の音楽よ!」
その瞬間、音楽が止まりました。私のギター以外。
ロボット楽団が楽器を放り出し、備えてあった武器を取り出しました。
同じタイミングで、ロボット衛兵たちが、フロアに続く出入り口から、続々と入ってきました。
パンナ・コッタが止めようとしれくれましたが、止められません。
この状況で、さすがに、お嬢様のダンスも、私のギターも、終わりました。
「今流れていた音楽は、禁止された音楽のはず。なんてことしたの?」
ティラ=ミス嬢が、声を震わせながら言います。
「禁止された音楽……?」
激しいダンスに、息を切らせながら、何のことか分からないというお嬢様。
そうなのです。
コロニーで生活してる人たちが、大事にしているもの。それは、それぞれのコロニーの文化です。
このコロニー、シャングリラは、中世イタリアの文化風俗を基調としておりました。
そのため、のちの世の中に影響を与えるような、時代を先取りした音楽などは、禁止になっています。あくまでも、中世イタリアの都市の雰囲気を保つように、様々なものが禁止されているのです。
中でも、ロックミュージックは、自堕落で退廃的だからと、完全に禁止になっていたようでした。
もちろん、それについては、私も認識しておりましたし、お嬢様も、分かっていらっしゃったと思われるのですが。
「だって、これしか踊れないし」
「私は、主の命令に従っただけです」
とはいえ、周りをロボット衛兵に囲まれては、どうすることもできません。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
返答がありません。
「……お嬢様?」
「ごめんね、アルベルト。巻き込んじゃった」
殊勝なお嬢様を見られるなど、珍しい。
「かまいません。それより、これを」
私は、ロボット楽団が持っていたブラスターを一挺、お嬢様にお渡ししました。
「出力は、最低の麻痺モードに合わせてあります」
「こんなの使えない!」
「持っているだけで良いんです。お守りです」
既に囲まれている私とお嬢様に、パンナ・コッタとビスコッティが、ブラスターを構えて近づいてきました。
「心苦しいが、貴女を捕まえるしかない、トルタ=アル嬢」
「大人しく捕まれば、悪いようにはしねえよ」
その二人に対して、チョコラート家の人々が、立ちはだかりました。
仮にも、チョコラート家の屋敷内で、乱暴は許さないと声が上がっています。
そのうち、それが大きな騒動になって、フロアのどこかで、銃声が響きました。
悲鳴が上がり、騒動は混乱へと変貌していきます。
この機を逃してはいけません。
「逃げましょう!」
「でも……!」
お嬢様の身を守るのが、私の勤めです。
「言うことを聞きなさい!」
私は、強引にお嬢様を連れて逃げました。
ロボット衛兵と、パンナ・コッタが追いかけてきますが、窓を突き破って、窓の外の庭へ飛び降りました。
会場が混乱する中、ビスコッティが、人目を盗んで、ティラ=ミス嬢を抱き寄せて、キスしようとしました。
すでに、ダンス対決も終わり、勝ったつもりになっているようです。
が、ティラ=ミス嬢が、キスを拒みました。
「なんでだよ」
「今はいけませんわ」
「今でなければいつだ。俺はもう、ガマンできない」
ティラ=ミス嬢は、少し考えて、
「すぐよ。でも、ここではダメ。庭から回って、二階のバルコニーにいらして」
「きっとだ」
「約束」
ビスコッティとティラ=ミス嬢は、名残惜しそうに、いったんその手を放しました。
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