ワンライ 魚が星を食べる話
夜空にくらげがふわりと泳いでいる。その横をするりと魚たちが通り抜ける。ちかちかと輝く星たちを、ぱくぱく食べながら、本能のままに泳いでいく。僕の隣にもやってきて、ほっぺをつんつんしたら気が済んだのか、どっかに行ってしまった。
「
はあい。返事はしたものの、中に入る気は全然ない。母さんもそれがわかってるのか、しつこく注意しない。ありがたいな。
海の中にいるように、暗くて冷たい夜。明るい月は魚に食べられてどんどん新月に近づいていく。でも気が付けばまたもとの形に戻って、満月になる。そしてまた魚たちに食べられる。星たちは魚に食べられると消えてしまうのに、月はなんでか元の形に戻っていく。不思議だよなぁと友人に言ったことはあるけど、「そんなん当たり前じゃん」と呆れた声で言われた。不思議なものは不思議なんだよ。
ぴぴぴ
腕時計のアラームが鳴る。さすがにもう寝なくちゃ。ひとつ伸びをして、中に入る。そのままベッドにイン。さすがに今日は冷えたな。ふかふかの羽毛布団が僕の体温を吸って、ほかほかになっていく。目を閉じると意識が暗闇に吸われていく。おやすみ、と心の中で魚たちに声をかける。もうすでに僕は、夢の世界へと片足を踏み込んでいた。
『宇宙の星が減少傾向にあるのではないか』
そんな論文を、どっかの雑誌で見た気がする。魚たちの星を食べるペースは、星が作られるよりも早い。ひとつ星ができる間に、何個かの星が食べられているのだ。食べられた星は、もともとなかったかのようにその場から消えてしまう。世界の偉い研究者さんの発表だ。しかし、別の偉い研究者さんは
『魚たちは寿命が来て消えそうな星を食べているのではないか』
という見解を示している。僕らが見ている星たちは、何万光年離れている。そのせいで、僕らのみている光は何万年前のものだと言われている。もし今消えてしまったとしたら、それは数万年前に消えてしまっていた、ということになる。しかし魚たちは、“今寿命が来た星”を食べているのではないか、というのがその研究者さんの発表だ。
つまり、前者は
『新しいものも古いものも、どちらも食べている』
という見解に対して、後者は
『古いものばかり食べている』
という見解になる。ただこれらは観測が難しく、なかなか難航しているらしい。研究が進めば進むほど、いろんな人のいろんな研究発表が見れておもしろい。僕も将来そこに進みたいな、なんて思うけどそんなことなんだか恐れ多くて。ちょっと気が引けていたりする。
「
先生の苦笑いが目に入る。“なれるわけがない”と顔に書いているのがバレバレである。
「成績は良いし、授業態度もいいから、どんな高校にも入れそうなんだけど・・・ちょっともったいないわねぇ」
なりたい職業のために頑張ってた勉強も、こう否定されるとなんだか嫌な気持ちになる。別にいいじゃないか。まだ中学生なんだし。
「はぁ」
「それとね、女の子なんだから“僕”よりも“私”の方がいいわ。将来不利になるわよ」
でた。決まり文句、“女の子なんだから”。自分の呼び方くらい自由にさせてくれ。去年も一昨年も聞いた言葉を右から左へと流して、気が付けば面談は終わっていた。なんでいつもいつもこんな先生ばっかり当たっちゃうのかな。
くらげの浮かぶ夜空に向かって問いかけてみる。僕が女性だから?成績優秀だから?なんで自分を否定されなきゃいけないのか。先生や友人は
「成績いいんだし、銀行員にでもなったら?」
と言うが、じゃあ成績が悪かったら好きな職業に就いて文句言わないのか。医師になりたい子は成績が良くないとなれないだろうが。成績がいいんだから、“そういう“仕事につけだなんて押しつけだ。研究職は成績優秀者には余る、って言うのか。まったく。
夜空は寛大だ。僕の暗い気持ちも、全部飲み込んでくれる。魚たちが星を食べるように、夜は僕の気持ちを食べてくれる。星を観察するのは楽しい。星と一緒に泳ぐ魚たちや海洋生物たちを見るのも楽しい。ささくれた心に沁みる。
“お・・・お・・か“
頭のどこかから声が聞こえる。
“おうか、おうか”
僕の名前だ。満月が眩しく輝いて、目が眩む。あれ、そういえば昨日も満月だったっけ?頭がくらくらする。風邪でも引いたのだろうか。早く中に入らなきゃ。
ぼーう
クジラの歌が聞こえる。と、街の端からクジラが出てきて半回転。ばしゃり、と音を鳴らすかのように向こう側へと消えていく。そういえば、魚が海を泳がなくなったのはいつから?なんで空を泳いでいるの?
クジラが大きな口を開けて空の端を食べていく。クジラが食べたところから眩しい光が差す。朝日だ。
「桜香!遅刻するよ!」
時計を見るともう八時。
「わ!ほんとだ!ごめん母さん!!」
下の階に向けて返事をする。充電していた携帯を取って、下に降りる。クジラとクラゲのストラップが揺れる。
こうして、慌ただしい“私”の一日が始まる。
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