ダニエルとアンナのクリスマス

 雪が降っている。これでは今日のフライトすべてやめになるだろう。今年初めての雪は、なかなかの勢いで降ってくる。ほとんど吹雪だ。これだけ降っていても、積もることはないのだから、不思議なものだ。


「アンナちゃん、交代の時間だよ」


 上司が声をかける。どうやら気を張りすぎていたようだ。時間の感覚も失っていた。おとなしく返事をし、引継ぎをする。いつも通りの仕事。いつも通りの手順。


「今日は恋人さんと過ごすの?」


 上司のにやけ声に、私は目を丸くする。確かに、相手と休みがかぶったり、時間があれば会うことが多いが、毎回ではない。この上司も、羨むことはあってもいじることはあっても、こんな風に聞いてくることはない。よくよく考えて、頭を捻る。


「あれ?違うの?せっかく今日ダニーさん休みなのにね」

「え、何の話ですか?」


 話がかみ合わず、聞き返してしまう。私の発言に、彼女はまじかぁ、とつぶやいて頭を抱えた。


「今日クリスマスでしょ」


 私も頭を抱えた。



 ロッカーで携帯を見たときに、ダニーからのメッセージか来ていて背筋が凍った。


『19時に最寄りで待ち合わせできるかな? せっかくだしごはんでも食べに行こうよ』


 今日の退勤が早くてよかった、と胸を撫で下ろす。今からなら、帰宅して、身なりを整える時間ぐらいはある。


『いいよ 今から帰るから、ドレスコードある店なら言って』


 返事を返し終わると、ポケットに突っ込み足早に部屋を出る。すれ違う人にあいさつをし、駅に向かう。彼の言う『最寄り』とは、彼の家に近い駅のことである。幸い、私の家から駅は近い。さらに、私の最寄りから彼の最寄りも近い。本当に良かった。


 家に帰り、そのままクローゼットへと向かう。ちらりと携帯を見ると、ロック画面に彼からのメッセージが表れる。


『いつもの服でいいよ アニーなら何着てもおしゃれだからね(^_-)』


 本人がいたらわき腹をつついているだろう。なぜ最後の顔文字はこれにしたのだろうか。いつものことだけれど。


 クリスマスで、しかもそこそこ人のいるところを通る。かつドレスコードほど固くなくて、でも特別な日に着る服。クローゼットの中を探すも、思い通りの服がない。何度見ても見つからず、肩を落とす。せっかくなんだから、今日くらい・・・


 服の下に、一つの箱がある。見覚えのない、いや、見覚えはある。この中身は、私が一番よく知っている。待ち合わせまであと一時間。



「ハニー、その服!」


 ダニーの顔に笑顔がはじける。別に特別な服ではない。普通の人から見たら。だが、彼にとっては違うだろう。


「ごめんなさい、せっかく貰ったのに着てなくて。あなたが選んだのだから似合ってると思うのだけれど」


 恥ずかしくてどんどん声が小さくなっていく。視線もだんだん下がる。癖で髪の毛を触ろうと手が空を切って、一つにまとめているのを思い出した。その手をゆっくりと、サイドの毛へと持って行く。


 しばらく静止していたダニーの手が、私の方へ伸びてきて、髪をいじる手を捕まえた。そのまま顔を覗き込む。


「似合ってるよ、アンナ」


 しばらく静寂が流れたが、目が合ったところで彼は顔を上げた。


「そろそろ時間だし、ご飯食べに行こうか。今日は予約してあるんだよ!」


 彼の唐突な言動にはいつも振り回される。けれど、今日は私の勝ちみたい。私の手を握り、目的地へと向かう彼の耳は赤く染まっていたから。思わず笑っちゃった。

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