残機99の結末改変《ハッピーエンド》

濵 嘉秋

第1話 普通の高校生

 この世界には超能力が存在する。

 いつからか現れた超常の力を行使する人間…異能力者と呼ばれる彼らを集めた人工島サントラズが来年、創立100周年を迎える運びとなった。


「とはいえ…あんまり変わり映えしないよなぁ」


 猫真創ねこまたくみは大々的に宣伝される『サントラズ100周年記念セレモニー‼』という電光表示を見上げながらそう零す。それを隣で聞いていた同級生の阿部真羅あべのしんらが同意する。


「通年行事の度にこんな感じだもんな」


 年末年始、ハロウィン、クリスマス等々…イベント事は各企業の稼ぎ時だ。毎年毎年、飽きが来ないよう試行錯誤に追われる企業様には脱帽だが、おかげで盛大に祝われるであろうこの100周年もあまりワクワク感がない。


「でも当日に成れば楽しむんだろ?」


「まぁね」


「だけどその前にクリスマスだ」


「それ、俺に言う?」


 真羅が悪戯に笑う。彼女がいるコイツにはさぞ楽しみな行事だろうが一人な猫真からするとその言葉は一種の嫌味だ。当日の利点がクリスマス特価のコンビニスイーツくらいしかない者には相応しくない笑顔…無論、確信犯だろうが。


「ま、ネコちゃんも彼女作れよ。24日まであと4時間と少しだけど!」


 異能力者の街でも学生の門限は変わらない。まぁそれを守るかどうかは本人の意思によるが、真羅は守らない側の人間だ。きっと24日の深夜から大学生の彼女と性なる時を過ごすのだろう。

 担任教師秋葉先生に報告してやると決意した猫真は、後ろ手に手を振りながら去っていく真羅の背中を見送った。





 サントラズは四方を海で囲まれた人工島だ。島の地形は中央が窪んだ山のような形をしており、23ある地区はその山の傾斜に建設されている。そう聞くと生活に不便があるように感じるが、猫真には理解できない建築技法で問題の傾きは微塵も感じられない。山頂にあたる窪みは貯水池とされ、ここから島中への水道が引かれている。

 12月24日…猫真創は担任教師の紅秋葉に頼まれて島の側面に来ていた。発展した街並みは鳴りを潜め、広がるのはまさに島の浜辺。遠くに街を囲む外壁が見えるのを含めても猫真にとって珍しい景色だった。


「先生、コレは?」


「うーん…うん!それも確保だ」


 浜辺には不釣り合いな何かの機械部品を見せると、赤みがかった長髪の女性が停車しているトラックを指差す。紅秋葉くれないあきば…猫真の通う高校の教員で、猫真の担任教師だ。26歳という年齢にその美貌を持って生徒のみならず独身教師を魅了している彼女から連絡があったのは24日の早朝だった。


『バイトしない?』


 そんな簡潔なメッセージに既読を付けると同時にやってきた着信によって、猫真のアルバイトが決定した。

 内容は島の浜辺に不法投棄された機械部品の回収。とはいえ清掃活動ではない、有用な部品を回収しているだけだ。なんでも大学生の頃に世話になった教授からの依頼で、断るのも悪いが一人でやるのも骨が折れるということで猫真が召集されたらしい。


「でも先生。これ、大丈夫なんですか?やってることもゴミ捨て場を漁るホームレスじみてるし」


「あら。ホームレスなんて知ってたの」


「…前から思ってましたけど、俺のこととんでもない無知だと思ってます?」


「とんでもないとまでは思ってないけど…サントラズってホームレスいないじゃない」


「まぁ確かに実物は見たことありませんけど」


「じゃあアレか。ユニコーンとかツチノコとかそういう」


「そこまで高尚なものとも思ってないです」


 サラリと話題を逸らされながらも部品の回収をしていく。こうしていると分かるが、島から捨てられたのか他所から流れてきたのか分からないが、やけに機械部品が多い。よくテレビで問題視されるプラスチックごみなんかよりも部品が目立つくらいには多い。

 科学とか理科とかに明るくない猫真にはこの部品たちの価値が分からないが、秋葉にはその価値を判別できるようだ。どちらにせよあまり褒められた行為じゃないのは何となく理解できる。

 そもそも、普通ならここに来ること自体不可能に近いのだ。異能力者を集めた人工島…そんな機密情報の巣窟、当然外部との交流はシャットアウトされる。一般人の島への入場は年に一度の異能祭を覗いてほぼ不可能。お偉いさんでも厳しい審査の末に数年に一度の来賓があるくらいだ。

 出入りが厳しく制限される人工島…その中で島の側面たるこの浜辺に立つのはある意味では島の出入り以上に難しい。飛行機の滑走路に一般人が立てないのと同じようなものだ。

 とはいえ、猫真たちがここにいるのは島中を監視しているカメラで丸わかりだろうし、未だ何のアクションもないことを考えるとサントラズ側にも許可を得ての行動なのだろうが。


「じゃあ私はトラック動かすから…ソウくんは先に向こう行ってて!」


 駆けていく秋葉とは反対側に進む猫真の視界に、奇妙なものが映る。プラゴミでもなく、機械部品でもない…砂浜の波打ち際、倒れている人影があった。


「は?」


 思わず声が出る。どうしてここに?なぜ倒れている?そんな疑問の前に、猫真はその人影に近寄っていた。距離が詰まっていくにつれて、その人が銀髪の少女であることが分かってきた。


「おいおい、クラゲに刺されてたら大変だぞ…!」


 サントラズ近海には、密航防止の目的で島によって品種改良がされたクラゲが放たれている。従来のクラゲ同様に毒を有し、しかしその濃度はハブクラゲが可愛く思えるものらしい。被害に遭えばサントラズに救助を求めて処置をしてもらうしかない。当然、その後に待っているのは治安維持局セーブによるキツイ取り調べだが。

 とにかく、そんなクラゲに刺されてこの有様ならすぐに救助を呼ばなくてはならない。すぐ傍まで駆け寄った猫真はやっとその以上に気づいた。

 

「なんで…?」


 その少女は服を着ていなかった。何も身に纏っていない…裸だ。クラゲの存在は公表されているし、万が一にも密航するならその対策は必須だ。全裸で来るなんてあり得ない。何よりも今は12月…こんな時期にこれはもう自殺行為でしかない。


「ま、まさかもう」


 クラゲの毒以前に、凍死していてもおかしくない。恐る恐るその肌に触れてみるとやはり冷たい。だが微かに呼吸を確認できた。というよりもコレは…


「寝てる?」


 寝息を立てている。真冬の海岸で裸のまま寝息を立てている。全く状況が分からないが、このまま放置もできない。身に着けていたコートを少女に被せるとその体を抱き起す。

 丁度、トラックが近づいてきて秋葉が降りるのが見えた。近づいてくる彼女は猫真の腕に抱えられた少女を見ると怪訝な顔をしている。

 そりゃそうだ。ほんの数十秒離れていた教え子がコート一枚の少女を抱えているのだから、そういう顔もする。


「ソウくん…先生流石にそれは擁護できないかな」


「誤解です」


 秋葉の言わんとしていることは分かる。猫真だって客観的に見て自分がどんな立場なのか理解している。とはいえ秋葉が本気にはしていないのも分かる。


「どうしたの、その子」


「ここに落ちてました」


「……密航者?」


 秋葉は周囲を見渡す。大破した船を探しているようだがそんなものは見当たらない。

 秋葉の考察も無理はないのだ。というか猫真もそう考えている。ここで倒れている人物など外から侵入しようとした輩だとしか思えない。

 その結論に異議はないが、しかしそれ以外に気になることがある。


「裸、よね。そのコートはソウくんのでしょ?」


「はい。この子は預けますね。俺が抱えてても」


 裸の少女を抱える男子高校生の図はよろしくない。まだ同じ女性である秋葉のほうがいいだろう。

 少女を秋葉に渡そうと一歩踏み出したところで、猫真の意識は途切れた。






 猫真は真っ暗な空間にいた。もう数回見た光景だ。そして次の展開も読めている。

 足場もなく、浮遊した状態の少年の前に、大きく数字が浮かび上がった。その数は『95』…それを最後に、猫真の意識は沈んでいった。





「ッ!」


 覚醒した猫真は周囲を見渡す。が、異常らしいものは見当たらない。


「ソウくんっ!」


 駆け寄ってくる秋葉に視線を戻し、砂浜に落っこちた少女を拾い上げる。


「なに、今のは⁉」


「さぁ、残機が減ったんでまぁ…死んだんでしょうね」


 そう言って顔をひきつらせた猫真。彼に抱えられた少女の肩には彼女のものではない血液とそれに付随する砂や砂利が付いている。

 そして猫真の足元では……紛れもなく彼自身から噴き出した致死量の血液が引き寄せられた海水によって洗浄されていくのだった。

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