第2話 ニート、奈落に入る
午前8時
クロスは意気揚々と家をでて奈落に向かう。天気も良く、絶好の旅立ちとなった。クロスはこの時点では楽して稼げるくらいにしか思っておらず、完全に奈落を舐めていた。
1時間近く歩き、クロスはやっとの思いで奈落へとたどり着いた。仕事も運動もしていないクロスは奈落までの約3キロの道のりで既に疲れていた。
「しんどい…一休みしてから入ろう…」
水ボトルを開け水分補給をし、クロスは淵から奈落を覗き込む。底は見えず、ずっと先まで奥に続いている。
「しかし、どこから降りるんだ?」
奈落の広さは670㎢ほどある。この圧倒的な広さのため、何も知らないクロスはどこから入るのかわからない。実は奈落の入り口はその全てであり、どこから入っても始まりはかわらない。そして不思議なことに、奈落を出た時は入ったところに戻れる。
しばらくすると別の3人組の冒険者達がやって来た。3人組の冒険者の1人の女性が声をかける。
「あなたはお一人ですか?」
「え、はい」
目付きの悪く、斧を背負っている冒険者の男と知的な見た目の弓を持つ男がクロスを見る。
「たった1人で、しかもその格好。お前奈落を舐めすぎだろ」
「観光の方じゃないかな?」
クロスは面倒だなと思い適当にこたえる。
「観光です、少ししたら帰ります」
と言ってその場を離れた。冒険者達は奈落のほうにいくと突然姿が見えなくなった。
「奈落へはあそこから入るのか?」
奈落に入る前にクロスはあの鉱石を探して入り口付近を歩き回る。一時間近く散策するが何もない。
「ってそりゃそうか、入り口にあるんだったら他の冒険者が持って行ってるわな」
クロスは先程冒険者達が通って行ったところに向かう。
「何もないぞ…まさか、落ちたのか?」
クロスは奈落の淵から覗き込む。漆黒の奈落は何も映さない。
「あ、やべ!」
乗り出しすぎたクロスは奈落に滑り落ちる。
【奈落 第一層】
「痛って」
奈落に落ちた瞬間、クロスは床にぶつかる。辺りの雰囲気が変わっていた。淵からみた漆黒の闇とは全然違う。まるで遺跡の中にいるような景色になる。見上げると何故か天井まである、幅は4mほど、高さは3mくらいか。所々に松明があり、中は意外と明るい。後ろには登り階段がある。
「ど…どうなってるんだ!?」
遠くから争う音が聞こえる。奈落は迷路のようになっており、分かれ道が多く入り組んでいる。
「なんだ?モンスターか?」
クロスは音のする方に進んでいく。
「近いな、この辺か?」
クロスは慎重に近づき、音のする方を覗き込んだ。すると先程の3人組と別の冒険者が戦っていた。話しかけてくれた女性は明らかに致死量の血を流して倒れている。残る2人もダメージは大きそうだ。対する冒険者は2人組、こちらも中々ダメージを受けている。
「な…何なんだよ、なんで殺し合ってんだよ!?」
クロスは引き返そうとするがすぐ後ろにバスケットボールほどの大きさのコウモリのモンスターが迫っていた。
「うわっ!」
クロスは声をあげてしまう、しかし冒険者達は戦いに必死でこちらは一瞥もしない。
大コウモリはクロスの腕に噛み付く、牙は革の手袋を貫通しクロスは出血する。
「痛っ!この野郎!」
クロスは大コウモリを振り払い、青銅の剣で反撃にでる。鉄より軽い青銅の剣はいまのクロスの力でも振れて、大コウモリを倒すだけなら充分な威力を持つ。
「ギョエエ」
振り下ろした一撃は大コウモリを捉えた。大コウモリは悲鳴をあげて地に落ちると、一本の牙を残して消滅していった。
「よし、やつけたぜ…これ売れるのかな」
クロスは大コウモリの牙をカバンに入れた。冒険者達の方をみると、目つきの悪い冒険者のみが立っていた。彼はその場に座り込むと1人呟く。
「くそ、1人じゃ探索なんて無理だろ…」
座り込んでいる男の後ろから大コウモリが襲いかかろうとしている。
「あ、あぶない!」
男はクロスの声に振り向くが、もう戦う力が残っていない。クロスは全力で走り、大コウモリを突き刺す。刺された大コウモリは一撃で絶命し、消滅した。今度は何も残らなかった。
「…お前は入り口にいた奴か」
男は立ち上がり、自己紹介をはじめる。
「俺はジャン、助けてくれてありがとな」
「俺はクロス、無事でよかった」
クロスはなぜ冒険者同士が争っていたかジャン尋ねると、戦っていた連中は冒険者からアイテムや金を奪おうとする盗賊だった。探索で疲れた冒険者を狙う卑劣な悪党である。奈落の敵はモンスターだけでは無いと言う事だ。
「あんたがいなきゃ俺は死んでた」
奈落の恐ろしさをしったクロスと、満身創痍のジャンは帰る事にした。クロスが奈落にきた時に後ろにあった階段を登ると、いつの間にか覗き込んだ時に滑り落ちた場所に戻っていた。冒険者達が奈落にいた時間はたったの1時間ほどだった。クロスに関しては10分程度である。
クロスの初の奈落探索はこうして終わった。大コウモリの牙一つと、腕に怪我を負っただけという結果はクロスの奈落に対する意識の持ち方を変えた。
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