22 関 ――覚醒――




「うーー、何だって、」

いてえ、と腰を押さえて眉をしかめていう関に、あきれたように斉藤がいう。

「そんな処で寝てるからだ。ほら、コーヒー」

「すまないな、…くそ、いて、…」

「おはようございます、関さん」

「おは、…橿原さん?…ようございます、…そっか、くそ、…」

目を閉じて首を振り、身体を伸ばして受け取ったコーヒーを飲む。

「鷹城はどうなりました?」

「昨夜は異常は特になかったようです。連絡もありませんでした」

「そうですか、…。で、あれから何かまた掘り出せましたか?」

橿原が注意を向けるボードを関が振り向く。

「山下君に作ってもらいました。僕は素人なので、一目で解る方がありがたいものですから」

橿原がいってみせる相関図に、関が言葉を失う。

 運び込まれたホワイトボードに、一枚の写真を中心に、日付、事件名、被害者等の情報が書き込まれているが。

 それらは、唯一つの事件について語るものでは無かった。

 一枚の写真から引かれる線が。

 関が顔を顰める。

「…まさか」

一枚の写真と、そこから引かれた線の多さ、そして。

「全部事件じゃない、ことになってるんですか?」

「その通りです。すべて当初は事件性を疑われて捜査が行われていますが、どうも、すべて事故として決着がつけられているようです」

橿原の言葉を斉藤が引き取る。

「無理もない、…――どれも、死亡にまでは至ってないんだ。それに、見事に事件に関連性がないからな。場所も、被害者の関連も、―――怨恨も何も無い。ばらばらだ、共通点がないんだよ」

いやそうにいう斉藤に、あっさりと山下が反論する。

「共通点はあります。毒が、―――毒草が混入された事故という点です。そして、」

山下が途切れさせた言葉に気付いて、関が相関図を見直し、眉を寄せる。

「高槻香奈、…全部の事件に証人として関わってるっていうんですか?」

寒気を覚えたというように、関がコーヒーのカップを握る。



 斉藤が実にいやそうに写真をみる。

「いやになるよな、こいつは異常だよ」

「その通りですね。気が着かなければ見過ごしてしまう処ですが、一度気がつけば、―――」

「すべての事故に顔を出してる。…まるで人の気付かない処に署名でもしてるみたいだ」

「そうですね、それが彼女の虚栄心だったのかもしれません。そして、」

斉藤と山下の言葉を引き取る橿原の発言に、寒気を憶えたように斉藤が顔を顰め、山下もまた微かに眉を寄せる。

 関が考えるように、こめかみから額に手を当てながら、相関図を睨みぼそぼそとくちにする。

「…――それに、鷹城は気付いていた?八年前に?だけど、いまになってまた何故、あのばかは、…―――」

「いまになったから、かもしれません。関さん。調べてもらったように、――鷹城君が証言をして関わった事件以来、今回の殺人未遂事件まで、八年間」

橿原が淡々としめすボードに記された事件の日付を一同がみる。

 集中して事件の起こっていた八年前と、今回までの空白が。

 感情のみえない瞳で、橿原がくちにする。

「空白になったように事件も事故もまったく起こっていません」

関が目を閉じて額をつかみ、唸るようにしてくちにする。

「それがいま再開されて、鷹城が気付いた?」

その関を観察するようにみて、橿原が悠然とくちにする。

「そう、例えば八年前、鷹城君に疑いを抱かれた為に、一時、行動を休止していたというのは考えられるのではないでしょうか」

「…――――」

無言で額に拳を当て、目を閉じたまま何かを考えている関に。

 心配そうにみながら、斉藤がくちにする。

「それで、そろそろほとぼりが冷めたかと思って再開した?」

斉藤がいうのに橿原が頷く。

「しかし、彼女の犯行ではないかという疑問を抱いていた鷹城君が、事件に注意を払っていて、今回の事件を見つけ、彼女に接近し、証拠を得ようとしたら、――――それで、鷹城君が排除されようとしたなら、理屈には合います」

「理屈には合いますが、あいつはばかですか、…!そんな件を警察にもいわずに、――――第一、そういう事件があったなら、おれに話せばいいんです!」

淡々という橿原に、関が顔をあげていうのに。

「あら、関さん。いつも、あの子が事件に関わろうとすると、怒るのはあなたじゃないですか。鷹城君が今回の事件や、八年前の事件を調べようとしていたと知ったら、あなたはどうしました?」

橿原の問いに関が詰まった顔で見返す。

「…第一、あいつは、――鷹城は刑事じゃないでしょう!そもそも!警察官でさえないでしょうが!そういうのは俺達に任せて、自分の仕事をしてればいいんです!」

怒る関に、やれやれ、と橿原が嘆息する。

「きみもねえ、…過保護なんですから。さて、山下さん」

「…――ちょっと待ってください、誰が、誰に過保護何ですか!誰も別にだから、あいつの保護者とかいうなら、滝岡の方でしょう!」

「滝岡君は、鷹城君の親戚筋ですからね。それに、一応身元引受人ですし」

「…―――知ってます!ですから、おれは別にあいつの保護者とかじゃ、―――」

関の肩を、どうどう、と宥めて斉藤が、袋の口をあけたバウムクーヘンの欠片を突っ込む。

「…――――!」

「おまえと組んで長いけどなあ、…。関、反論は無理だと思うぞ?」

「…――――さ、さいとう!」

いいながら、食わされたバウムクーヘンを咀嚼しながら、ついでに手渡されたコーヒーを呑んで睨み返す。

 ぽんぽん、とその肩を斉藤が適当にあしらって叩いている前で。




「と云う訳で、そろそろ照合したデータや証言等を纏めて、課長さんに報告してあげてほしいんです。責任は取っていただきますけど、あまり何も知らないのだと、可哀相でしょう?」

「わかりました。可哀相だとは思いませんが、そろそろいいタイミングですね。それにしても、―――」

山下が、データの取り纏め依頼をする橿原に頷き、ホワイトボードを見る。

「それにしても、…――――――これをすべてやったとしたら、…」

「いえ、おそらくこれだけではないでしょう」

「橿原さん?」

眉を顰める山下に、淡々と橿原がくちにするのに。

 関と斉藤も視線を向ける。

 同じくボードを眺めながら、何でもない事のようにして。

「これはおそらく事故として表に出た分だけです。本来はもっと多くの回数を重ねているでしょうね」

「橿原さん、…」

何ともいえない顔になって、寒くなったように斉藤がボードを見直して。

「これが、これ以上ってことですか?」

「違いますか?通常、こうした犯人は、発覚する前に、もっと多くの事件を起こしているものです。小さな事から試し、その範囲は徐々に広がっていく」

ぞっとしたように顔を顰めてから山下が指摘する。

「けど、本当に、立件はどれも無理でしょうね。…もう証拠とかもないでしょう」

「くそっ!」

関が拳を握り、堪え切れないようにいう。

「だが、…こんなのは、―――留めなければ」

関の言葉に、橿原が優雅に頷く。

「その通りです。止めなくてはいけません。被害は重ねられない。これからもこれを続けさせる訳にはいきません。それに、鷹城君の件もあります」

「橿原さん」

斉藤と関が顔をあげて橿原を見る。

山下が呟く。

「鷹城さん、―――」

「しかし、…タイプが違いませんか?その、毒を使うのと同じ犯人が、―――鷹城さんや、関を襲ったりできますかね?そんな力がありますか?」

斉藤の疑問に橿原がホワイトボードを見直す。

眉を寄せて関もまたボードに貼られた楚々として美しい女性の顔をみつめる。

 美しい黒髪に涼やかな黒瞳の細面で優しげな顔。

誰がみても淑やかで優しげな美人というだろう高槻香奈の写真を。





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