神々の峰遙かなり/招待状が来たからには殴り込みにいかねえとな!

第28話

「で、さ。やつらの目的ってなに?」

 ふわふわと欠伸をしながら、オリエがアタカウカ将軍に尋ねた。

 一夜明けて、みなは首都であるキトを離れ、テパネカ王国時代からの神都であったクイコチャ湖の小島に辿り着いている。

 稀梢が装甲車を巡らせて回収できた兵士たちは二十人のうちたった六人で、ほかの兵士たちは殺され、昨日の夜の祭祀のための生贄として使われたものと推定されている。

 クイコチャ湖の小島は、湖岸から小島へ橋を渡し、小島にあったもともとの隆起を利用して、戦神にしてアステカ神教の主神ウィツィロポチトリと雨神トラロクを祀る神殿を建立している。

 ほかの神々の神殿は、もうひとつの小島を神々の庭に見立てて建造し、おおくの神々をそこで祀っていた。

 テノチティトランの神々の庭、なかでもその西方に聳えていた双子の大神殿ウェイテオカリには比べるべくもないが、テパネカ共和国の人々の信仰を集めるにふさわしい荘厳な佇まいである。

 またその形状から『アカリ』とも呼び習わされていた。

 彼らがいるのは、双子の大神殿ウェイテオカリの片方、トラロクの神殿の信徒のための部屋のひとつだ。

 第三の月小徹夜会トソストントリや第六の月エツァリ食会エツァルクアストリなどの祭祀月には、雨神トラロク神殿が使われるため、この神殿は信徒や祭祀の差配役で溢れかえるが、十四の月紅鳥ケチョリのいまは、ここで行う行事はないため、ひっそりとしている。

「『新しい世界の祀り』だな」

 アタカウカ将軍がアルパカの毛で編んだ円座に腰を下ろし、胡座をかいてパイプ煙草を深々と吸った。

「やはり、ポカテの調合した痛み止めは効くな」

「大将軍もお歳でいらっしゃいますからな、あまりご無理はなさいませんよう」

 ポカテと呼ばれた老齢の神官が、一礼して部屋を出て行く。大将軍に共感してクーデターに共和国側の神官として王国と戦った六名の神官のうちの、生き残りのひとりだ。

 煙草に鎮痛成分のある草を混ぜているのだろう。

 アタカウカ将軍はもういちど深く煙を吸い込んだ。

 ミシュコアトル神の従者紅鳥ケチョリとの戦いで、鎖骨にひびが入っている、との診断だった。

「では、その『新しい世界の祀り』とは?」

 葦で編んだ籠椅子に座る稀梢が尋ねた。ジャケットを羽織り、左腕がないのを隠している。

 シワトルとテノチカ神威少佐は医療室にいる。

 テノチカ神威少佐はもちろん、竜舌蘭の葉でえぐられた肩の治療だ。

「このくらい包帯を巻いていれば治る」

 などとかたくなな彼を

「心配するな、どうせすぐ、無理を承知でこき使ってやる。いまくらい休め」

 と言って安静を申しつけたのはアタカウカ将軍だった。

 シワトルには外傷はなく、昨夜の緊張と生理から来る体調不良で休息している。

「この世界は五番目の世界である、ということは、知っておるか」

 と、アタカウカ将軍が言った。

「あ、オレ知ってる!」

 オリエがにぱっと笑って手を上げた。

「テスカトリポカ神とケツァルコアトル神がかわりばんこに世界を造るんだろ? カトルが言ってた」

「そうじゃな」

 アタカウカ将軍が稀梢を一瞥する。

 稀梢もまた、頷いた。

「この国には祭祀を見学しにきたので、そのあたりのことはざっくりと。通り一遍の知識ですが」

「世界創造にはさまざまな異説がある。むかし、儂らがたくさんの部族に別れて――実際のところいまもたいして変わっとらんが――暮らしておった、そのせいだと言えるな。神話の伝えんとするところは、『テスカトリポカ神とケツァルコアトル神によって世界は幾度も創造されてきた。この世界は神の血と人の血が循環し、これを維持するためには、生贄が必要だ。怠れば世界の創世に関与することのすくなかったほうの神によって、世界は滅ぼされ、滅ぼした神によって新しい世界が生み出される』というものじゃ」

 稀梢が頷いた。

「今の世はテスカトリポカ神によって生み出され、この世界を存続させるか否かの審判を行うのはケツァルコアトル神だ」

「なるほど、『新しい世界の祀り』というのは、その新世界に関係している、ということですね」

 稀梢が物わかりのよいところを見せる。

「関係、というより、この世界を存続させるにふさわしくないと判定し、新しい世界を生み出そうとする祀りだな。だがな、判定するのはケツァルコアトル神であって、あやつらではない。まったく、ひとのぶんわきまえぬとはこのことだ。つくづくがたい」

「そんなんできんのかよ」

 急に興味を失ったか、オリエはふたたび欠伸をする。

「バカみてえ」

「だれしもそう思うな」

 アタカウカ将軍が煙草をおおきく吸い込んだ。

「気になるのはホウ殿の見た、『血を流す巨大な右腕』だ。これはテスカトリポカ神の腕と考えられる」

「『循環図』ですね」

 アタカウカ将軍が頷く。

 稀梢の言う『循環図』とは火神シウテクトリを中心に描き、四方に広がる世界を顕した図だ。そこには手・首・胴体・足に分断されたテスカトリポカ神が断面から血を流して描かれており、世界を潤している。

 テスカトリポカ神はそのおおいなる犠牲で以て、世界に血を循環させている。

 それによって世界は実り豊かに育まれている、というアステカ神教の根幹を示したものだ。

「これを現世に顕したと言うことは、やつらはテスカトリポカ神の血の循環を止めることで現世を破壊し、第六の世界の創造を促そうとしておるのだろう」

「そんなこと、できるんですか?」

 オリエとおなじことを稀梢も口にする。

 まあ、だれしも抱く感想だろう。

「できないと思うのかね?」

「どうでしょう? 『できない』あるいは『私の信じる教えにはそのような言い伝えはない』と言ってしまうことも可能ですが、それではあの腕はいったいなんなのか、と考えると……」

「むろん、貴殿が見た『腕』はテスカトリポカ神のものではなく、なにかもっと別なものとも考えられるな。もともとこのあたりはインカ帝国であり、アンデスの神々のしろしめす場所だったのだからな」

「けれど、あの腕は『テスカトリポカ神の腕』だと考えるのがもっとも妥当性がある、ということですね」

「まあ、そういうことだ。火山の裾野の採掘場で行った祭祀を起爆剤として、本来なら世界に遍く存在しているテスカトリポカ神の玉体を、現世に顕現させるかたちで繋ぎ合わせたのだ。ホウ殿が採掘場で見た黒いもやは、テスカトリポカ神の黒曜石の鏡だと考えられる。『煙る鏡テスカトリポカ』。曖昧なものを結び合わせ、形を映す鏡だ。そしてここにキラチトリが絡んでくる」

 キラチトリはシワトルがそうだと言われている、アステカ王国の祭祀にまつわる血統だった。

「キラチトリはな、その血肉で他の者の肉体を治癒できる……ある者の首と別の胴体をも繋いでしまう、特別な血肉と技術を持った血統のことなのだ。儂は、やつらがその血肉をもって、テスカトリポカ神の肉体を繋ぎ合わせ、神を甦らせることで天地創造を再現……というよりは六度目の世界創造を行おうとしておるのじゃないかと思っている」

 と、アタカウカ将軍は言った。


 

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