第27話

 ドン

 稀梢はマチェーテを振りかぶった土塊テルーコに体当たり、ゼロ距離で銃を撃つ。

 肺を貫通した弾丸が駐車場の壁に血の跡をつけた。

 ジャガーの牙に傷つけられ思うように動かない腕を肩から振り上げ、土塊テルーコの振りかざすマチェーテの盾にする。

 腕が、伐り飛ばされた。

 しかし刃の勢いはそこで止まる。

 土塊テルーコの心臓はまだ動いているが、痙攣が始まっていた。

 稀梢は死にかけている土塊テルーコに、そのまま抱きつくように首に咬みつく。

「ったく、こんなところで慌てて食事を摂るなんて、おもむきもなにもない」

 血を啜りあげ、左手がないので拳銃を咥えて右手でサバイバルナイフを抜く。

 血を吸った土塊テルーコの首を伐り落とした。

 この間、三十秒も経っていない。

「首伐っとかないと甦ってくるのも面倒、とくる。いまどきドライブスルーのハンバーガーショップでももうちょっとゆっくり食事できるよ、まったく……食事くらいゆっくりおちついてさせて欲しい」

 サバイバルナイフをしまって、再び銃を手にする。

 鳳稀梢は、吸血鬼なのだ。

 先日、レオニードに冗談めかせて語ったとおりに。

 ただし、世に言う特殊なちからなどほとんど持っていない。

 首を切断されなければ滅びない、というのと、空を飛んだり大怪我をしなければ血を吸うのは年にひとりかふたりで良い、という燃費の良さで生き延びてきたようなものだ。

 本来ならインカ道カパック・ニャンでの土塊テルーコとの戦いで、どさくさに紛れて血を吸ってあったのでしばらくは食事が要らないはずだったのだが、空を飛んだ上に腕を切断されてしまったから、補給せざるをえない。

 車庫の外にこの戦いのようすが見えていたかどうかはよく分からないが、あちらがわには車庫内を構っているひまはなさそうだった。

 巨大な腕は相変わらず地面から這い出そうとのたうっている。

 腕のまわりには神官テオピシュキらしき土塊テルーコが四名ほどいて、腕に対してなにかをしようとしている。いや、五名か。ひとり、腕の下敷きになっている……それがすべての混乱のもとではないかと思われた。

「あれ、どうしたらいいのかな」

 稀梢にはあの腕を地中に戻す方策はない。

 正直なところいまの状態をみるに、あの神官テオピシュキたちにもそんなことができるような感じがしない。

 あれがなにで、どうするつもりだったのかは知らないが、自己責任で片付けて欲しい……と、切に願う。

 叩き伐られた腕だって、痛くないわけじゃない。ひとり、血を吸ったおかげで出血が止まる程度には切断面が再生に向けて整い始めているのが救いだが。

 正直、稀梢はあの巨大な腕には近づきたくなかった。

 もう車庫の空き地側の片側壁面は腕が暴れるせいでほとんどなにも残っていない。

 自分のような、非力な吸血鬼になにが出来る?

「腕、再生するの何日かかるかな……経験的には三日? もうあとひとりくらい、血、吸っときたいんだけど」

 装甲車の運転席に座り、エンジンをかける。

 機関銃の残弾を確認。ほぼ百パーセントの残弾数だった。

「懐かしいな、この飾り気もなにもない計器とか。やっぱり軍用っていまでもこんな感じなんだ。大戦中を思い出すな。いまの車って、運転席もおしゃれだもんね。無駄だろうけどこの機関銃、試しにあの腕に撃っとく? いや……たぶんこれ、運転席からは撃てないよね? むかしの戦闘機とかだとひとりでできる仕様だったけどね。スピットファイアとか。この車じゃ銃手がいるな。ま、いいや」

 ――英雄的行動はほかの人におまかせしよう。

 そもそも、稀梢は車を調達してこいと言われただけなのだ。

 ――あの腕の始末よりはもうちょっと勝率の高い英雄的行動ってのもあるしね。

 慎重にアクセルを踏み込み、車を動かす。

 目がついているわけでもないのに、巨大な腕は車庫の車が動いたのに気がついたようだった。あからさまに装甲車を目指して指を動かしてきた。

 稀梢はアクセルをさらに踏み込んで逃走行動に出る。


 ドガッ ズ、ズジュル……

 大地に爪を立て、いまだほとんどが地中に埋まっている肩の断面から大量の血を吹き出している腕……地中から這いずり出そうとするものに目もくれず、稀梢はハンドルを切った。

 神官テオピシュキたちが装甲車に構っていられないのが不幸中の幸いだ。

 正直、いまの状態で妖術的な怪物を差し向けられても逃げるくらいしか手がない。

 『記念館』にこの車を届けること。加えて、記念館のまわりを一巡りしてアタカウカ将軍の指示に従って集まってきているはずの兵士を回収すること。

 いまの稀梢にできる『英雄的行動』だ。

 彼は、身の程を知っているのだ。

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