第25話
――
と、テノチカ神威少佐は言った。
「で、それは全部喰って良いわけだ」
血の鎖を引きずり、おのれの巨躯を持て余すかのように迫るミシュコアトル神と対峙するテノチカ神威少佐を残して、オリエは裏口から外へ出た。
ミシュコアトル神を拘束する鎖は表玄関に投げ込まれた生贄の死体に繋がっており、単純に考えれば表玄関からどこかへ延びていると考えられるが、オリエには二階に響いた物音が気になっている。
ドスン、と三回聞こえたあの音は、いったい何だったか。
――生贄が表玄関から投げ込まれたってのが、ブラフだな。
直感がそう告げている。
術者は、建物のなかだ。
オリエはコンクリートの壁面をのぼって、窓を覗き込んだ。
天井を逆さに歩けるのだ。九十度の壁を歩くことなどわけもない。
一階とおなじで、通路側には窓がなく、覗き見た会議室らしい部屋には異変はない。
マチェーテで窓の鍵をこじ開け、跳びすさる。
ドン
と鈍い爆発音。
これは『記念館』にもともと仕掛けられていた防犯用の爆索だ。部屋の照明がついていない状態で、窓が開くと爆発するようになっている。
――仕掛けがあるって聴いてなきゃ、手首吹っ飛ばされたな。
いちど爆発した窓を開けて室内に侵入する。
窓枠は歪んでいたが、窓硝子はよほど強固な防弾機能を有していると見えて、
「なに考えてんだ、あの爺さん」
――建物に押し入るのに、窓に仕掛けられた爆薬を起爆させるのが正解って、気が狂ってるだろ。
普通は窓を開けようとするうちに防犯システムが機能して衛兵が駆けつけるので、爆発する前に捕まるようになっているのだ。
会議室の扉を開けると、もちろん廊下だ。
建物は長方形のシンプルな造りだから、向こう側から、こちらまで遮蔽物なく見通せる。
なにもない。
いや――血の臭いが強い。真新しい肉の臭い。
床に臓物と骨付き肉がぶちまけられていた。おそらくは、これがドスン、の音の原因だろう。
天井から落ちてきたようすでもないが、神様だって喚びだせるような輩だ。ものを呪術的に移動させることもできるのだろう。
ただし、その人間の残骸には、皮がない。
そして血の筋が壁を伝って続いている。
――屋上? いや――
血の跡を辿る。階段だ。
――いた。
一階へ降りる階段の踊り場で、ガウンを着た神官を囲むふたりの男――男か?
人間の生皮を被っている。
その峰は朝日に輝き、
青草を食むアルパカの背は白雪の如くに輝く
その跳躍に陽光は踊る。
ああ、我が故郷よ
戦士を育みし麗しき獣よ
生皮の戦士のひとりがおよそ人間とは思えない跳躍でオリエに飛びかかる。
オリエはマチェーテでその跳躍の一撃を躱したが、二撃目、階下に残っていた戦士の機関銃の斉射を避けるため、攻撃に移れない。
深き森は豊かな実り
乙女らは冠をかぶり、
君の戴冠せし実りよ
ああ、我が故郷よ
戦士を育みし緑よ
機関銃の男の足から這い上るのは、トウモロコシの芽だ。
見る間にオリエに迫ってその身体を絡めようとする。
マチェーテで叩き切る。
が、切っても切ってもその若芽は迫ってくる。
オリエがアステカ神教に詳しければ、生皮の戦士はシペ・トテク神の化身となっているのだと分かったことだろう。
再生を司る神
いま彼らが口ずさんでいるのは生皮の持ち主の生前の記憶……故郷を讃える歌なのだと。
敗者の故郷、その土地のちからを生皮を奪い、記憶を奪って我が物とする祭祀。
「いちおう、あいつら人間の臭いがするんだけどな」
――いま、オレのほうがちょっと人間ぽくね?
どうでもいいことを考えられるだけ、オリエには余裕があるというべきだろうか。
あああっ
遠くで叫び声がした。
テノチカ神威少佐の声だ。
「いけね。早くナントカしてやらねぇとな。なんつっても向こうは神様相手にしてんだし。あいつ死んだらあのジジイとシワトルちゃん大ピンチなわけだから」
――ここはいっちょ人間らしくないとこ見せちゃいますか!
オリエは蔦を躱しつつ、飛びかかる生皮戦士のマチェーテを受け流していたが、自分の左手のマチェーテを逆手に持ち替え、そのまま反り返る。
植物を操る戦士が階段からこちらへ上がってくるのが目の端に映る。
逆手のマチェーテを床に刺し、それを支えに生皮戦士の足を払った。
飛びかかろうとしていた戦士の身体が揺らぐ。
機関銃の斉射
ほとんど床すれすれの姿勢のオリエには
オリエはその戦士の身体を『床』に見立てて蹴り上がり、天井に『降り立つ』。
そして機関銃の弾がいくつか中って穴が開いている生皮戦士の背に飛びかかって心臓にマチェーテを突き立てた。
マチェーテを抜くと同時に、真紅の蛇が天井に伸び上がる。
「さすが、軍用品。スゲえ切れ味」
オリエは蛇を咥え、じゅるん、とひと呑みにした。
ふたたび斉射
呑みかけの蛇がのたうつと、それに合わせて生皮戦士の身体が跳ね、銃弾を払い、盾になった。
血と脂肪を呑み尽くされた身体が廊下に落ちると同時に、さらなる機関銃の弾幕が張られたが、すでに銃手はオリエを見失っていた。
「あんたと違ってさ、オレ、生粋の人外なんだよ」
銃手の背後でオリエが囁く。
足元から蔦が湧きだし、オリエの身体を絡め取ったが、もう遅い。
銃手の首が跳ね飛んだ。
狂乱の踊りを舞うように吹き出す紅の蛇。
それもまたひと呑みにして、オリエは階段を駆け下りた。
血の鎖を握りしめ、祭祀用の黒曜石のナイフをまえに跪く神官の目が見開かれる。
オリエの唇が、にい、と持ち上がり、血まみれのマチェーテが軽やかに舞う。
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