妖戦/サイコーのパーティーナイトってやつだろ!
第23話
鳳稀梢は空を飛んでいた。
そんなに高空を飛んでいるわけではない。だいたい十五メートルくらいの高さだった。
背中に黒い翼が生えているが、しっかりと実体があるものではなく、翼のような形をした
稀梢は空を飛ぶのはあまり好きではない。
すぐに空腹になるからだ。
雅趣のない形容をするなら、『飛行は燃費が悪い』ということになる。
手にはアタカウカ将軍から借りた拳銃、腰にサバイバルナイフ。
いちおう、念のために防弾・防刃チョッキも着ているが、妖術師の攻撃に役立つかはよく分からない。
「チョッキが役立つような近接戦闘なんか御免被りたいところだけど」
というのは、稀梢の希望だ。経験則的には、この手の希望はだいたい裏切られることになる。
ドオン、ドオン、ドオン
どこかで音がしている。太鼓を叩くような音だ。が、どこかくぐもった印象の音だ。
高所を利用して、あたりを見回す。
街は部分的に停電しているようだった。複数、サイレンの音がする。稀梢はこの国のことはまだ充分な知識があるわけではないが、救急車のサイレンだろう。
遠くの方に、ちいさな炎が見えた。
おそらくは地震で起きた火事だ。ただ、そんなに規模はおおきくなさそうで、暗いせいかもしれないが、急迫した印象はない。
ドオン、ドオン、ドオン
音は続いている。
となりの……とはいっても広い庭で隔てられているから隣接しているわけではない旧王宮も、ざわついてはいるが無事のようだ。
ざわつきは地震の被害状況を確認するために、残業していた官僚たちがさらに退勤時間を延ばして対応にあたっているためだろう。
――おかしいのはこの『記念館』周辺だけか。
タタタタタッ
連射式の銃声がする。
稀梢は夜目が利くが、そちらに目を向けても建物の影になってよく見えない。
――無事に将軍のところに辿り着いてくれたらいいんだけど。
アタカウカ将軍は、装甲車を戦車とおなじ運用で使うつもりだろうと思われた。
無線で連絡のあった怪我人とシワトルたちを装甲車に乗せ、兵士とオリエたちを装甲車とともに移動する歩兵として使う。
装甲車の機銃を突破力として使い、歩兵に装甲車を守らせる。
戦車を中核とする機動戦の教本に書いてある基礎の基礎だが、もちろん有効な作戦だった。化け物が出てきたとして、その基本戦術が役に立つかどうかは分からないが、いまから化け物の心配をしても仕様がない。
――旧王宮と、記念館のあいだ。記念館よりの――
あった。平屋の車庫の屋根が見える。
街灯は点いていない。
建物にも灯りはない。
車庫の入り口には警備兵が二名、立っているはずなのだが人影もない。
それから――
車庫の横の空き地が、不自然に盛り上がっていた。
そこからドオン、ドオンと、地を震わせるが如き音が闇に近い夜の静寂に響き渡る。
地震ではなかった。
地の底から、なにかがこちら側に向けて、『扉』を開けようとしている――そんな音に感じられる。
「もしかして、こっちがはずれ?」
稀梢は、ほんのすこしは期待していたのだ。敵と遭遇せず、戦わずに済むことを。だが、これはどう見ても無理そうだ。稀梢は装甲車を取りに来たことを呪いかけた……が、気を取り直す。
――いや、どっちもはずれなんだろうな。
ドオン、ドオン、ドオン
正体不明の音は続いていた。
稀梢が駐車場の門の前に着地すると、血の臭いがした。兵士たちはおらず、道には血痕が散っている。
ドオン、ドオン……ゴッ
音が変わった。
隣の空き地から、血の臭いが嫌いではない稀梢ですら息が詰まるほどの血の臭いが襲いかかってくる。凄まじいばかりの生臭い鉄錆の臭い。
稀梢は車庫脇の人間が出入りする扉をそっと開け、車庫の奥に目的の車を見つける。
十台くらいの車両が格納されているが、一番奥、装甲車は一台きりだ。
薄紅い非常用電源のみのなか、車両のそばに人間が、三名。
アステカ戦士のガウン。
テパネカ共和国の兵士ではなかった。王国支持派、祭祀堅持派、もしくは
車庫の電源が落ちているのは、地震のせいか、それとも彼らがわざと落としたのか。
「面倒なことになるまえに、退散しましょうかね」
抜かりなく姿を見えにくくする術はかけているが、今回ばかりはどのくらい頼りになるか。
稀梢は扉の脇にあるちいさな小部屋、守衛室のパネルの主電源が落ちているのを確認。
主電源を入れる。
車庫内の照明のスイッチは無視して、すぐさまもうひとつスイッチを入れる。
ごん、と車庫の扉に動力が入り、がしゃがしゃと開き始める。
当然、車庫内の
稀梢は守衛室から飛び出て、まっすぐに
タンッ
と、銃声がひとつ、男が倒れた。
が、稀梢のアドバンテージはここまでだ。
残りの
つまり、相手に稀梢の姿は見えている!
――
身体を捻り、マチェーテを避けた、そのときだ。
背後に圧力を感じた。
人外のなにか、異形の影。
――ジャガー!
それは
左腕に、食いつかれる。
稀梢は間違わなかった。
タンッタンッタンッタンッ
獣には目もくれず、獣の牙で腕の肉がこそげ落ちるのにも構わず神官のほうに向き直り、銃を撃つ。
一発、神官の肩に
影の獣の重みが消えた。
灰は灰に、影は影に。
左腕は利かなくなっているが、仕方がない。
「あとひとり!」
そのときだ。
車庫の天井と壁が剔れた。
五カ所、巨大な指のようなものが突っ込んでくる。
否、『ようなもの』ではない。
巨大な、指。手のひら。そして、腕。
右腕だった。
その右手は車庫の壁と屋根を厚紙のように掴み千切って、こちらに向かってくるように、見えた。
空き地から、生えている。
肩より上はないようだ。
まだ全部出てきてはいないが、ときおり土のなかから切断面が覗き、泥のように粘った血が、大量に溢れてくる。
「なに、あれ?」
稀梢の疑問に答えてくれそうな者はここにはいない。
ヒョーゥオー
貴人らよ、戦士らよ、恐れるな
我らは望む、黒曜石の刃による死を
頬が上気し、誇りに瞳を輝かせて、舞うようにマチェーテを振るう。
間違いなく、あの『右腕』は、彼らにとって士気を高揚させる良きものなのだ。
稀梢はそのマチェーテをかろうじて躱し、なんとか銃撃の間合いを取ろうとするが、できない。
銃を撃つだけなら間合いを取る必要はないのだが、片腕が利かないいま、間合いがなければ攻撃を防ぐ手段がない。
――いや、いけるか。
ヒョーゥオー
ただ望む、我らの心は、戦い、死ぬことを
我らはただ望む、この戦場で、黒曜石の刃による死を
腕が駐車場に転がる死体を掴んだ。
稀梢が銃撃で殺した最初のひとり。
そして握りつぶす。
剔れた壁から向こう側の空き地が覗いている。
空き地には神官が二、三名。
なぜか焦っているようにもみえる。
――制御不能って、ことかな?
稀梢は意を決してマチェーテを振りかざす
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