第22話
どん、とおおきな縦揺れが来て、横揺れが続いた。
家具がガタッガッタッと鳴る音に加えて、重層低音のように、ごと、ごとごとっと石の動く音がする。
地震だ。
すぐに、ピッピッピッと将軍の机にある機材が音を立てた。
『大将軍、敵襲です。規模不明、応戦中。現在負傷三名』
どこかから通信が入る。
「『記念館』執務室に参集せよ。ただし、状況次第では各自個別に脱出することを優先。こちらにはテノチカ神威少佐がいる。復唱不要」
『了解』
無線の指示を終えてアタカウカ将軍はシワトルたちに向き直った。
「兵士が足りない。ホテルとレストラン、すでに分かっていた祭祀場所に人員を割いていて、いまここにいるのが二十五名だ。儂らを含めてな」
アタカウカ大将軍警護のために常時、それなりの数の警備兵がいるはずなのだが、非常事態の調査に出払っていて、たまたま人員がいない、ということだろう。
「逃げましょう」
間髪入れず稀梢が提案した。
「地震が起こるタイミングが合いすぎる。地震とともに現れるなんて、ろくでもないものに決まってますよ。大将軍は、どこに逃げれば良いかご指示ください」
合理的に過ぎる稀梢の提案に、オリエが「賛成」と同意する。
「ただし、オレはその辺でメシも喰う。なんつーか、血と脂肪食べ放題の予感?」
オリエは楽しそうだった。
「逃げるなどと、貴様……!」
テノチカ神威少佐にとっては、稀梢の提案が気に入らなかったようだ。掴みかからないまでも、ものすごい形相で睨み付ける。
「敵規模不明、こちらは全部集まっても二十五名で、相手がさっきのレストランの妖術師みたいのだった場合、対応できるのは何名でしょう? あなたとオリエさんくらいじゃないです?」
「貴様は勘定に入れないのか? 人外だろうが」
「それは人外に対する偏見ですよ。私はね、『魔法』らしいことでできることと言ったら、枯れ木に花を咲かせたり、ちょっと姿を他人から見えにくくしたり、静電気起こしたり、六十キログラム程度の荷物を持って一キロメートルくらいなら空を飛んだりできます。その程度ですよ。戦闘向きじゃないんです。これでも千七百年以上生きてますけど、これで困ったことなんかほとんどありません。お金がなくて困ったことの方が多いくらいです。だいたい相手が襲ってきて、まず応戦しようという思想が間違ってる。私の祖国では、『
――作戦で、我々を守って死ぬ兵士が浮かばれませんよ。
稀梢が冷静に……しかしながら強い口調でまくし立てた。
「あなたはきっととてもお強い。それは分かります。でもいまは逃げましょう。おそらく多勢に無勢です」
「道理だな、テノチカ神威少佐」
稀梢がまくし立てているあいだ、どこかに無線で連絡を取っていたアタカウカ将軍が、無線を切って頷いた。
「この場所を死守する戦略的合理性はない。くわえてこの場所以外では、地震の被害だけが報告されている状況のようだ。被害は出ているが通常の災害対応にとどまっている。敵の規模は不明だが、敵がなんらかの手段で直接強襲できる『通路』を繋げられたのは、この『記念館』の敷地だけのようだ。つまり、ここを脱出できれば仕切り直せる可能性が高い」
「爺さん、マチェーテあるかい? あったら二本、欲しいんだけど」
レストランで愛用の得物を取り上げられてから、腰がさみしいオリエが手を上げる。
「おお、あるぞ。好きなだけ持ってけ」
アタカウカ将軍が壁に埋め込まれたクローゼットを開けて見せた。
旧式のものがおおいが、銃は拳銃、ライフル、機関銃及び各種弾薬が揃っていて、ほかにも剣、斧、手榴弾など、ずらりと並んでいる。
オリエはそのなかのマチェーテを二本、手に取った。
軍用で、持ち手の部分が手に馴染みやすくなっている。
「おお、スゲえ。重さが絶妙だ」
「だろう? 我が国では遷都以来、その形状の刀を使ってきた。武器は使いやすいのが一番だ。運用性、強度、耐久性、くわえて殺傷能力、すべてにおいて最高の品だぞ」
「骨付き肉ぶった切るのにもってこいだな」
オリエがにぱっと笑う。
「ま、前衛は任せな」
あたらしい得物を腰に差して、得意げにオリエがうけあった。
「ならばホウ殿、貴君は空が飛べることと姿が見えにくくなることを生かして装甲車を取ってきてもらえるかね? 貴君らが乗ってきた車だ。貴君が本館裏手、この部屋のすぐ右に車両を乗り付けるまで、我々はほかの兵員の参集を待ちつつ、この場の確保と敵の撃破を行う。貴君の任務完遂時点をもって、我々はこの拠点を放棄し、ヤヴィラクの丘中腹にある陸軍駐屯施設に転出する。以上だ」
「了解ですよ、大将軍」
稀梢が、にこりと笑って雑な敬礼を執った。
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