召喚/むかしのダチに感謝しねえとな
第19話
オリエは居並ぶ偽警官たちに体当たりした。
咄嗟のことに跳ねとばされた男たちは、しかしながらすぐさま態勢を立て直す。
それだけでも彼らがこれまでの追っ手とは違うことが読み取れた。
動きが、よく訓練された戦士のものだ。
が、オリエのほうがひとつ先を読んでいた。
そして彼は人間ではない。
重力に逆らって天井で足を踏ん張り、椅子で男たちの頭を殴る。
椅子がばらばらになる。
どんなに訓練した男たちでも、それは人間向けであろう。まして内戦は七年前に終結し、以降、掃討戦はあれど大規模な戦闘もない。
実戦経験に乏しい戦士など、オリエの敵ではない。
オリエはそのまま天井を走ってホールの出口に向かった。
飲食客はみな、テーブルに突っ伏している。
何人かは呻いているが、ほとんどは微動だにしない。
――眠ってるだけならいいんだが。
店員たちは?
客の心配などしていなかった。みな手に手に祭祀用の黒曜石のナイフを持ち、慣れた手つきでおのれの耳朶を切り、周囲に血を撒いている。
態勢を立て直した戦士たちは、しかしオリエに銃を向けない。
もちろん、シワトルに当たると拙いからだ。
焦っているようすもない。みな、薄笑いを浮かべている。
――逃げてもいいってか? それとも――
「どけよ、こら!」
オリエは天井から入り口のまえに着地、目の前の店員を蹴り倒した。
そして出入り口の扉を、足で蹴り開け――ようとした。
ぼよん
間の抜けた……しかし気味の悪い音を立てて、足が空を搔いた。
扉に触れられない。
――呪術!
オリエはもういちど店員を見た。
無表情に黒曜石のナイフを手に、なにものかに祈っている。
店の奥、女が嗤っていた。
「商人の守護神にして戦の先触れを担う神、ヤカテクトリの加護が我らにはある。その娘を我らにかえしなさい。キラチトリはみな、この祀りに身を捧げねばならない」
「バカか、てめえ」
オリエは女の言葉を鼻で笑った。が、この状況、手がないのもたしかだ。
「娘をかえせば、その、奥で眠るお仲間とおまえは店から無事に出してやる」
奥から、レオニードが引きずり出されてきた。
それでも目覚めない。
オリエはこうなる前に一度逃げ出したかったのだ。
仕切り直す。
いまほど不利な立場ではなく、すくなくとも反撃可能な状況に持ち込んで交渉したかった。
レオニードは交換条件用の人質として生かされる可能性が高いと踏んでいた。オリエはそれに賭けていたのだが。
「……え」
オリエの胸のあたりで、声がした。
「……ふえ。死者の笛。
声の主はシワトルだった。
眠りの淵から必死に這い上って、オリエになにかを伝えようとしていた。
オリエは首にかけている鎖を引っ張り出した。
ペンダントトップ……の、ようなものを手に取る。
汚れてくすんではいるが、黄金の髑髏だ。
シワトルはこれをどこで見たのか?
――コインランドリーか。
迷っている暇はない。
オリエは髑髏の首、おおきな穴に口を当て、吹く。
音が出た。
地の底から吹き出す風のような音だ。
死者たちが地上を恋う声。
戦場で、生者の、生ける者の血肉を求める叫び。
途端、店の床が緩んだ。
泥が入り交じるように、化粧板張りの床の木目模様が融ける。
腐った血肉の臭いとともに、赤黒い腐肉を纏った死者が姿を顕した。
手に手に、骨剣を持っている。
「……なぜおまえがケツァルコアトル神の笛を持っている?!」
女が呻いた。
――知るかよ!
オリエもまた驚いていたのだ。
――これは昔のダチの形見なんだ。
しかし所有者の当惑とは別に、冥界の兵士たちに惑いはなかった。
動くものを求めて、足に、腕にへばりついた腐肉を引きずりべちゃり、べちゃりと歩いて行く。
いまや店内は強烈な腐臭に満ちていた。
何発もの銃声が響き渡る。
警官の姿をした者たちが、死者と戦っていた。
銃弾を受けても、椅子で殴打されても、決して怯まぬ死人戦士。
ヤカテクトリの呪法を行っていた術者の一人の胸に、骨剣が突き立てられた。
ぼよん、ぼよん
と、出入り口を塞いでいた見えざる封印が撓む。
「退け!」
女がそう叫んだときだ。
ホーホウイー
麗しタモアンチャンの花
その
緑の羽を
ホーホウイー
勇ましき戦士たちを空へ
彼らにふさわしきは太陽
トナティウの足元に
建物を包むように、歌声が響き渡った。
ひとりの声だ。
が、不思議とおおくの者たちの合唱に聞こえる。
「非合法祭祀を執り行った容疑で、拘束する」
店内にはいつのまにか陸軍の兵士たちの姿があった。
あの死人戦士たちの姿は掻き消えている。ただ、強烈な腐臭は残っていたから、あれが夢ではなかったことはあきらかだ。
兵士たちは倒れ伏す飲食客を確保し、違法な術者たちを拘束している。
オリエが気配を感じてふと右に目を遣ると、陸軍の軍服を着て、黒曜石のナイフを持った青年が、かたわらに立っていた。
髪を革紐で編んでいるところからアステカ神教の神官だと分かる。
共和国の神官だ。
手のひらに、一筋、刃の傷があり、床に血が滴っていた。
「外道の分際で、神聖なる我らの
オリエのほうを見ることすらなく、吐き捨てるように言う。
「間に合いましたね」
店の入り口からひょっこり顔を覗かせて。鳳稀梢がにこりと微笑んだ。
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