第14話

 ドンドン

 だれが客室のドアを叩いているにしても、ずいぶん荒っぽいノック音だ。

「ルームサービスです。お連れ様のご用命でお荷物をお持ちしました」

 扉の向こう、廊下から声がした。

「今取り込み中でね。あとでフロントに取りに行くよ」 

 ソファの隙間に挟んでいたマチェーテを一本、抜き放ち、もう一本は腰に差す。

 片足に肘掛け椅子のフットレストを引っかけて、オリエは扉のむこうのだれかに答えた。

「朝飯喰ってから調子悪くてさ、いま動きたくねえんだ。悪いね」

 ドンドン

 三度目のノック

「だれが来たの? レオニードさんたちが帰ってきたとか?」

 シワトルが続き部屋のドアを開けて尋ねる。さきほどの「ルームサービスです」の声はシワトルの位置には届かなかったらしい。

「違うね」

 レオニードたちなら「帰ったよ」とでも言ってノックせずに鍵を開けるだろう。

「ま、オレらにはよくないやつらさ。大急ぎで荷物まとめて張り出し台バルコンに出る窓の鍵を開けておきな。あと、そこのドアの鍵は閉めないで」

 オリエがそう言った、そのときだ。

 カ……チャ、としずかに鍵が回る音がした。

 合鍵を使って、だれかが開けたのだ。

「五人」

 気配を読んで、オリエが呟いた。

 音もなく、薄くホテルの廊下へと続く扉が開く。

「入ってくんなよ。るぜ」

 オリエの宣誓。と、同時に、

 ダン!

 と、勢いよく扉が蹴り開けられる。

「娘を渡せ」

 と、先頭の男が怒鳴った。

「そうこなくっちゃな」

 オリエは足に引っかけていたフットレストを先頭の男の足元に蹴り飛ばした。

 先頭が転び、次の男がよろめく。

 三人目が機関銃を掃射。

 南側の窓硝子に銃痕が並び、白い罅を縦横に走らせて、割れ落ちる。

 オリエは機関銃の洗礼を天井に飛び上がってやり過ごした。足が天井に貼り付き、逆さの姿で侵入者に接近する。身体を捻って機関銃の男の脇に着地、間髪入れず、腕を伐り飛ばした。

 絶叫

 腕の切り口から勢いよく真紅の蛇が飛び出てくる。

 峻厳なアンデス高地の大気に磨き抜かれた清らかな陽光が、窓から差し込んでいた。

 その光を浴びて煌めく鱗の、真紅の蛇身。

 オリエは血の蛇を『掴み、咥えた』。

 じゅるう

 真紅の蛇がオリエの喉に消えていくのと同時に、腕を切られた男は萎びてゆき、倒れ伏す。

「ば……ばけもの」

「アンデスの超人気アイドル、ピシュタコちゃんですよ。よろしくね!」

 口のまわりをぬらぬらした脂で光らせ真っ赤に染めたオリエが、おどけた口調で男たちに嘲笑わらいかける。

 侵入してきた男たちに動揺が走った。

 男たちのうち、ひとりは建築労働者風の、ふたりはキトの街でよく見かける民族衣装の、そして残りのふたりはホテルのボーイの姿をしている。

 彼らはシワトルを奪還しようとやってきた『王国支持派』なのだろう。

 土塊テルーコは、祭祀に関することを除けばほかの市民となんら変わるところはない。

「いいねえいいねえ、生きてるやつの血と脂肪はクズでも美味い。まったく、たまんねえよな」

 フットレストに出鼻をくじかれ、よろめきながら起き上がった男に反撃の暇を与えず、オリエはその首を刎ねる。

 噴き上がるように首から飛び出す蛇たちが、天井に張り付いた。

「昨日はさ、ホウに正体ばらすのもアレかなって我慢してたけど、昨日のやつらも喰っときゃよかったよな」

 四人目の男が機関銃を構えた。

「遅いね」

 オリエは一気に距離を詰めて男の腕を薙ぎ払う。

 断ち切られた腕の断面から飛び出す真紅の蛇。

 室内は広くても、入り口は狭い。

 侵入者は五人のチームだと思っていただろうが、いまの彼らは個人だった。

 そして、一対一でオリエに敵うはずもないのだ。

 天井で揺れる蛇、腕から飛び出し床を這う蛇をオリエはマチェーテを持っていない方の手で無造作に掴み、口に押し込んで呑み込んだ。

 じゅるずる

 蛇身は死体に繋がっている。そしてその繋がった蛇をオリエに呑まれた死体は、見る間に乾涸らびてゆく。

 残ったふたりのうち、ボーイ姿の男が手榴弾のピンを抜いた。

「あ、バカ。それ部屋で抜くな!」

 オリエは跳び退すさってシワトルのいる続き部屋のドアを開けて飛び込むと、間髪入れず、シワトルのベッドをドアのほうに押しやる。

 かなり重いベッドだがオリエは軽々と動かした。

 ドン!

 手榴弾が壁の向こうで爆発した。

 石膏ボードの壁などひとたまりもない。

 ただ、ベッドが支えになってかろうじて人が飛び込めるような穴は開かなかった。

 男たちがテーブルなど、家具を使ってボロボロになった石膏ボードを崩していく。

「逃げるぞ」

 オリエはリュックを背負って窓辺に立つシワトルに言った。

 オリエが血の蛇を丸呑みにする姿は見ていないが、機関銃の音、硝子の割れる音、爆発音、充分に刺激的な展開だ。

 そしていまのオリエは口元はもとより、全身、血まみれだった。

 シワトルは目を見開き、息を詰めている。あまりのことに身体が動かないのだ。

「飛び降りる」

 オリエは張り出し台バルコンの窓を全開にして立ったまま動けずにいるシワトルに手を差し伸べた。

「は、八階」

「大丈夫だ、オレ、死なないようになってるから」

「あたし死ぬ……!」

 ダン! ダン! ダン!

 向こう側で扉を開けようとしているのだろう、石膏ボードが割れ、へし曲がって崩れていく。

 シワトルは絶叫した。思い出すことがいくつもあるのだろう。

「これでも噛んどけ。舌噛むとヤバい」

 オリエが枕カバーを、耳を塞いで叫ぶシワトルの口に押し込む。

 そして彼女の腰を強引に抱いて、張り出し台バルコンの手摺りを乗り越えた。


「下だ! 急げ!」

 張り出し台バルコンから身を乗り出した男たちがそう呼ばわるのを聴きながら、オリエは八階下へ、地面へとまっすぐに落ちて行く。

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