跳梁/結局、殺し合いか……いやまあ嫌いじゃねえけどよ

第11話

 ピシュタコを恐れてオリエを避けるのは仕方がないとして、落ち着くどころか少々、恐慌をきたし、涙をほろほろと流しながらものを投げつけるシワトルを宥めるのに男三人が慌てる一幕があった。

 たしかにオリエは彼女になにもしていないが、彼女は一昨日、生贄にされそうになっている。得体の知れない薬も飲まされた。情緒が不安定で、ささいなきっかけで自分の情動が制御できなくなっても致し方ない。

 レオニードが慎重に宥めつつ、続き部屋に入っておくように彼女に声を掛ける。肩を抱いたり、顔に触れたりするのは逆効果だから絶対にしない。

 レオニードは民俗学調査で習慣の違う人々の警戒を解く技術を身に着けている。

 じろじろ見ない。落ち着いた声で、身振りも緩やかに語る。

 握手を求める程度のことをはじめ、身体を触るようなことは相手の文化に禁忌がないこと、相手がそういう行為を嫌っていないことを確認するまでしない。この程度のことだが案外、汎用性がある。

 生贄には清浄さを求められる場合があるから、今回、シワトルが衆目のあるところで全裸にされる以外で性的暴行を受けている可能性は低いし彼女の身体には確認できる限りで痣も怪我もないが、暴行は肉体的なものとは限らない。

 彼女がそこで体験した「目前に迫った自分の死を、なんの抵抗もできずただ受け入れさせられる」恐怖は、精神を蝕んでいるはずだ。外見的には問題ないように見えても、心身に影響がなくなるまでは充分に時間が必要になる。

 結局、オリエが妖怪ピシュタコであるとか、稀梢の事情など、この日は棚上げになってしまった。

 シワトルはレオニードの説得の結果、続き部屋に移動してくれたものの、まだ感情が高ぶりは長く続いた。

 稀梢がホテルのフロントに電話して、適当に理由をつけて鎮静薬を持ってきて貰った。

 不穏なようすの女性を囲んで、三人の男がなにかよからぬことをしているように見られては困る。テパネカ共和国はアステカ以来の伝統として、婚姻していない男女の交際には不寛容だ。稀梢の『術』が効いているのをいいことに、ホテルの宿泊者名簿にも、彼女の名前は男性名で記入している。

 彼女が続き部屋に入って声も聞こえないのを確認しつつ、ホテルの部屋の扉を開けて、ホテルマンの持ってきた錠剤を受け取る。

 念のため、スマートフォンであまり効果のきつくない処方薬であることを確かめる。

 本来なら鎮静薬を医者の処方なしに販売することは出来ないはずだが、そのあたりはいろいろと需要があるのだろう、ホテルのフロントも心得たもので、「ちょっと気分が優れないから、よく眠りたいんだ」くらいの理由ですぐに持ってきてくれた。

 シワトルに薬の内容を説明して、飲ませてようやく落ち着いた。

 薬の副作用で譫妄せんもうや呼吸困難が起きるのを心配して、シワトルが落ち着いたのを見計らって続き部屋の扉を開けておく。

 ベッドでうとうととしているシワトルを横目に、男三人の悩みは今後、彼女をどうするかだった。

 実際に真剣に悩んでいるのはレオニードで、稀梢はその悩みに話半分に付き合っているだけ、オリエに至ってはシワトルに嫌われたのをふてくされて、ソファにだらしなく座って居眠りしているだけだったのだが。

 稀梢は観光客だ。いずれはこの国を離れる。

 レオニードもオリエも一応、このテパネカ共和国に居住している場所があるが、研究のための滞在だった。旅暮らしに近い。

 この土地でたつきの道を得て生活していかねばならないシワトルと、一緒に暮らせるような環境にはないのだ。

 とりあえずは警察に保護して貰うのが良さそうだとは思うものの、警察は『王国支持派』の案件にはあまりかかわりたがらないのも知っている。

 『王国支持派』の案件は、人身供儀を行う祭祀の阻止を筆頭に、陸軍の案件だった。

 祭祀堅持派は、命を惜しまない。

 他人の命も、自分の命も。

 武装しているとは言え拳銃と防弾ジャケット、電流の流れる制圧警棒程度、その程度の装備すらひとり一式ではなく数名に一式を使い回している装備貧弱な警官は『王国支持派』と聞いただけで知らぬ振りをする。

 孤児院はどうかという案もあったが、彼女はすでに十五歳、内戦が終わったばかりで施設は子供で溢れている。充分な資金もなく人手もない。施設の管理者は十歳未満の子供にかかりきりで、それ以上の年齢となると放置されているのも同然だった。

 結局、シワトルにはもともと住んでいた場所に戻って貰おう、ということになった。

 彼女の身辺に注意してもらうために、念のため警察に相談しておく。

 警察の信用度は「担当者の正義感による」レベルなので、レオニードからみても最良の選択とは言えなさそうだったが、ほんとうにほかに案がないのだ。

 それに、『王国支持派』……というか、この場合『祭祀堅持派』といったほうがふさわしいが、彼らがこれ以上彼女に執着する理由がないようにも思える。

 テパネカ王国の祭祀には、生贄に特別の属性を必要とするものもあるが、レオニードたちが見るところ彼女はどこからどう見ても普通の娘だった。

 それなら、代わりになる娘はいくらでもいるだろうから、祭祀を滞りなく行いたい彼らにすれば、あたらしい身代わりを使って祭祀を行うほうが合理的だ。

 希望的観測かもしれない。

 『合理的』に見えるのは、あくまでもレオニードたちの価値観で推し量った結果に過ぎない。違う文化から見れば、シワトルでなければいけない理由があるのかもしれない。そうなれば、シワトルの命はまだ危険にさらされたままだと言える。

 加えて、もともと彼女は自分の村で生活できなくて、あの祭祀堅持派の偽の職業案内に飛びついたのだ。そこに戻って、それなりの暮らしをしていける保証などひとつもない。


 結局のところ、シワトルの『事案』を根本から解決するような魔法など、みな持ち合わせがなかった。

 だれも、スーパーヒーローになどなれはしない。多少、人間以外の力を持っていたとしても、それは変わりがないのだ。

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