リゾートホテルで優雅なひとときを/え? そこで悲鳴上げるわけ?
第6話
そろそろ太陽が中天にさしかかろうとしていた。
オリエとレオニード、鳳稀梢とシワトルの四名は、高原都市キトの新市街にある観光客用のホテルの一室に腰を落ち着けた。
キトはアステカ王国が疫病交錯後の遷都で、王都に選んだ都市だ。現テパネカ共和国首都でもある。
ただし、アステカ王国の遷都前の首都テノチティトランは王府兼神都だったが、キトに神殿はない。
遷都後の神都の機能は、キト近郊のクイコチャ湖に移されていた。テパネカ人はクイコチャ湖に浮かぶ島に神殿を造り、そこを『
ホテルはインカ様式の建物ではなく、ヨーロッパ発祥の現代式建築物だ。神殿建築を除けば最高で四階ほどしかないインカ様式の建物と違って、十階建てである。
高層階からはキトの旧市街の街並み、北側の丘にそびえる旧王宮が一望できるのが売りのホテルだった。
十階建ての八階、
居間は旧市街に面した南側全面が
寝室の窓もおなじく南側は窓になっているが、こちらは
寝室の
コカの木は標高千メートル以下の場所で栽培されているから、標高三千メートルのキトでは、赤道直下といえど、コカを栽培するには寒すぎるのだ。
金持ちだけを相手にするようなホテルではないが、寝る場所が確保できれば良いと割り切った宿泊施設でもない。
どうやら鳳稀梢はそこそこ金持ちのようだ、とオリエは値踏みした。
リゾートホテルにしては珍しい前金制の四人分の宿泊費はすべて彼が出している。
金持ちなのは結構だが、いろいろ胡散臭いやつだ、とも。
――ま、オレが言えた義理でもねえけどな。
オリエには稀梢が人間ではないことが『分かる』が、いまそのことで事を荒立てるつもりはなかった。
彼が自分たちに危害を加えようとするようすはない。どちらかというと役に立ってくれているからだ。もちろん、そもそもの発端は彼にあるとしても。
――オレらの害になるんなら、オレが
そのくらいの見極めはできるし、稀梢がどんな
時はしばし遡る。
三時間前、四名は小屋で今後のことを話し合っていた。
鳳稀梢は自信ありげに、
「ちょっと術を仕掛けてあるんで、この小屋はなかなか見つけられないよ」
などと、
稀梢は残りの三人がこの小屋で待っていてくれたら、自分ひとりで街に戻って着替えや水、車の手配をして戻ってくると提案したのだが、オリエは彼のことをそこまで信用する気にはなれなかった。
そもそもオリエはなんの支障もなくこの小屋が『見える』のだ。稀梢の言っていることが信じられるはずもない。
稀梢はちょっと溜息を吐いて「それなら」と、オリエとシワトルになにか耳慣れない言葉を掛けた。そして、
「この術は、相手の注意を逸らす程度の効果しかない。建物は自分からは動かないから、術の
と、言った。
途中でキトに食料品を運ぶトラックと行き逢ったとき、オリエは稀梢の『術』とやらが本当に効力があるらしいことを思い知った。
トラックの運転手は、彼ら四人をこころよく荷台に便乗させてくれたのだ。ごく普通の身なりの稀梢と高山病でぐったりしているレオニードはともかくとして、シワトルはお尻のあたりがぎりぎり隠れる程度の丈しかないTシャツ一枚、下着すら身につけていない。オリエは血の雨に降られたように全身、血まみれ。異様な組み合わせの四人組なのだ。
かなり刺激的な格好の十代の娘を連れている、暴力沙汰にかかわっているのが明らかな三人の男……控えめに言っても傷害罪を犯したうえで未成年者略取、警察案件の四人組。
しかし運転手は「そこの兄ちゃん、高山病かい? 大変だね。いいよ、どうせついでさ、キトまで載せてってやるよ」と、気安く請け合ってくれた。
たしかに
が、さすがにこの風体の四人組なら、警察に通報こそしないまでも、関わり合いになることは絶対に避けようとするはずだ。
新市街の入り口でトラックを降ろしてもらい、オリエはまだふらついているレオニードと、街中を歩き回るには支障のある格好のシワトルをコインランドリーに連れて行った。
だれも注目しないのをいいことにパンツ一枚になって血まみれの服を洗濯機に突っ込み、トイレ横の洗面台を真っ赤に染めて顔と髪を洗い始めたオリエに、シワトルはもの申したいような顔をしたが、結局、黙ってランドリーの椅子にぐったり腰掛けているレオニードの世話を焼いていた。
稀梢が古着屋でシワトルとオリエが着られそうな服を数着見繕ってきて、コインランドリーで着替えさせた。
「慣れない街でも、いまは便利だよね。スマートフォンでたいていのお店の場所が分かるから。あ、下着はなかったんで、あとでホテルで買おう。あるはずだよ」
検索結果を表示して、「ジャケットはここで買ったんだよ」などとシワトルに説明している稀梢は、相変わらずの脳天気さだ。
レオニードを病院につれていくかどうかで多少、話し合いがあり、結局、本人の「大丈夫」という意思を尊重することになった。
だいぶん顔色も良くなって呼吸も正常になっているとは言え、もしこの四人組にレオニード以外の常識ある大人がいれば、
「本人の『大丈夫』ほど大丈夫でないものはない」
と、問答無用で受診させただろうが、あいにく、オリエも稀梢もその面ではちょっとズレている。
多少、身なりはまともになったとはいえ、よく見ればいろいろとおかしい彼らを、ホテルのフロントもまた、まるで気に留めたようすはなかった。
こうなってくると、オリエは稀梢の『術』の便利さに感心した。
――銀行強盗とか、やりたい放題じゃねえの? いや、監視カメラが誤魔化せるかどうかが問題か……でもそっちはオレがなんとかしたらいいわけだよな。
などとろくでもないことをついつい考えてしまう。
ホテルに腰を落ち着けて、ようやく……そう、ようやく、落ち着いて『自己紹介』タイムだ。
「オレはオリエ・ケチャル。そこのレオの用心棒みたいなもんだな。レオは、レオニード・ハレス。え、と、サンパウロ大学のなんたらって研究所の教授」
「サンパウロ大学応用人類学部社会人類学研究所所属研究員です。まだ教授じゃない」
リクライニングできる肘掛け椅子の背もたれをすこし倒し、ゆったりと寛いだ姿で、ようやく自分でしゃべることができるくらいには回復したレオが付け加える。
『大丈夫』という自己申告どおり回復しつつあるわけだが、もちろんこれは運が良かっただけだ。
「え、と、私は
ここまではオリエはすでに聴いている。三時間前には倒れて意識が朦朧としていたレオニード向けの紹介だ。
レオニードは、
「鳳……東方国のフェニックスだね」
と、稀梢が
「まあ、だいたいそうです。テパネカ共和国には
鳳稀梢が困ったように笑んで頭を下げた。
「らしい、じゃねえよ」
どこからどう見てもあんたのせいだよ、と、ソファに座っていたオリエが椅子の前に乱暴に足を投げ出した。
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