第4話
オリエは腰を低くし、
十メートル
狙うのは腕か、足だ。首は的としては高い位置にありすぎる。胴は狙いやすいが、勢いをつけて薙ぎ払っても両断はできないし、刃が肉に食い込めば、肉が粘ってマチェーテが抜きにくい。
マチェーテの刃は厚く、重みがある。腕くらいの骨なら、叩き
――ま、腕をぶった切られたってすぐには死なねえからな。『穏便に』だ。それ以上、戦えねえようにすりゃいいわけさ。
追い詰めかけていたはずの標的の攻勢。
どこからか現れた援軍。
あっという間に仲間のうち二人が行動不能。
しかしまだ五人いる。数でいえば圧倒的に有利なはずだ。が、とっさのことに慌てた
オリエの攻撃を、反射的に腕で庇おうとする。
庇った腕が
鮮血がほとばしる。
駆け寄る別の
タンッタンッタンッタンッ
距離を開けようとするオリエに詰め寄る
が、銃弾を恐れずさらに踏み込んできた
――そういう大技は脇ががら空きになるんだって。
オリエはさらに腰を落とした。
倒れたところ、足のふくらはぎをマチェーテで切りつける。
絶叫
「退くならいまだぜ? いまなら怪我人連れて帰れる。手当てすりゃ助かる。オレはおまえらのオンナを盗っちゃいねえんだ。これ以上怪我人出すの、意味ねえだろ」
――ま、穏便にな。
「生かして帰すの?」
ホウがオリエの背後で呟いた。
「ここでやつらが退くならな。殺すとレオのやつがうるせえんだよ」
「オリエ、君、銃が
意味が分からないことを聴くやつだ、とオリエは苛立った。痛いに決まってるだろうが、ボケ。
「痛えよ。ま、あんたの持ってる口径じゃ心臓でもブチ抜かれなきゃ死なねえけどな」
もう面倒くせえから退いてくれよ――オリエの願いも虚しく無傷の三人が飛びかかってきた。
ヒョーゥオー
貴人らよ、戦士らよ、恐れるな
我らは望む、黒曜石の刃による死を
三人の声が唱和し、倒れ伏す者のなかで声を出す余裕のある者も呼応する。
ヒョーゥオー
ただ望む、我らの心は、戦い、死ぬことを
我らはただ望む、この戦場で、黒曜石の刃による死を
踊るように、舞うように、花咲くように、笑いながら。
「ああ、やっぱダメだ」
交渉決裂。あれは
不退転、おのれの命を戦神ウィツィロポチトリに捧げ、戦う決意。
「やってらんねえな」
オリエはマチェーテを構え直して、前へ駆け出す。
「こんなバカみてえなとこで、イキがって命捨てるとか、おまえら底抜けのバカだろ?」
ヒョーゥオー
ただ望む、我らの心は、戦い、死ぬことを
歌を聴きながら、オリエは灌木を薙ぐように
血飛沫
だが
タンッ、タンッ、タタンッ
オリエに飛びかかろうとしていた三人のうちの無傷の一人が、脇腹を押さえて蹲った。
ホウが銃を撃ったのだ。
「やめろ! オレに中る!」
「でも死なないんだよね?」
あいつ、めちゃくちゃ言いやがる!
だが、三人がふたりに減った効果は
もはや敵の包囲はないも同然だ。ただ殺意だけがある。
オリエももう、自分の隙を気にする必要がなくなった。
多少、脇の甘い攻撃を仕掛けても、隙を突かれる心配がない。
オリエはマチェーテを振りかぶり、
首が、飛んだ。
真紅の蛇が天を目指すように、血が噴く。
ヒョーゥオー
我らは望む、黒曜石の刃による死を
歌ったのは、生き残りのひとりか、飛んだ首か。
オリエは薙いだ勢いのままに体を捻り、最後の一人に回し蹴りを決めた。
完璧に決まった蹴りの勢いに
道の端まで。
よろめき、道を踏み外す。
ガードレールなどありはしない。
――
そして絶壁に消える。
「殺し合い終了。マジうぜえ」
返り血で真っ赤に染まったオリエが溜息を吐いた。
《アステカ詩句参考》
『アステカ王国の生贄と祭祀 血・花・笑・戦』岩崎賢 刀水書房
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