第3話

 ゴゴゴ、と遠くから地鳴りがして、大地が揺れた。

 オリエは運が良かった。両足が地面についているときに揺れたからだ。

 咄嗟に姿勢を低くして揺れをやり過ごす。

 おおきく揺れたのは、五秒。

 ――イヤな揺れだ。

 大地神トラルテクトリが怒りに身震いしている。

 オリエはそう感じた。

 創世神テスカトリポカとケツアルコアトルによって身体を引き裂かれ、人間のために実りをもたらすように定められたアステカの大地の女神が、犠牲の血を、慰めの心臓を求めて身悶えている。

 とはいえインカ道カパック・ニャンは地震に強い。この程度の揺れなら、道が割れることも土津波で埋まることもない。

 土塊テルーコのうち三人が倒れていた。揺れのせいだろう。

 あとの四人も身を堅くしている。

 ――相手が三人くらいなら、この隙に一人、二人、足でも切って動けなくできるんだが。

 敵が七人いるいまの状態では、おおきく仕掛けるとどこから隙を突かれるか分からない。

 揺れからすばやく立ち直れた者たちの攻撃。

 オリエもまた身をかわして攻撃をしのいだ。

 正面、左右から繰り出される土塊テルーコたちの刃を、自身の刃で受け流す。

 ――やっぱ七人は厳しいな。

 オリエは内心、歯がみしていた。

 ――もうしばらくは保つ。が、数を減らさねえと、うしろ、取られちまう。

 ――動き続けろ。隙を作るな。

 毒矢をかわす。

 オリエの身体には、毒自体はたいして効かない。

 が、あたればその部分がじんわりと痺れる。

 痺れると動きのキレが鈍る。

 鈍ればマチェーテを躱しきれない。

 ――ぶった切られれば、オレでもヤバい。

 右、左と突き出される敵の刃。囲まれては終わりだった。

 ――名に聞こえるアステカ戦士の末裔ってか? 掠り傷程度じゃ、ひるまねえな。

 オリエの攻撃で多くの土塊テルーコは傷を負って血を流していた。

 ギャングの下っ端や街のチンピラなら引き下がる程度には深い傷だ。

 ――デカく仕掛けてえな。

 とオリエは苛立つ。

 いまは相手の攻撃を躱しながら手傷を負わせるので精一杯だ。

 致命傷を与えるには勢いがいる。勢いをつけるには動作がおおきくなる。それは、隙を生む。

 ひとりで七人を相手にしているいま、隙はこちらの致命傷だった。

 身体を捻って、左手、マチェーテを振りかざして迫ってきた土塊テルーコの刃をこちらの刃ではじいた。

 勢い、よろめいた男に巻き込まれた土塊テルーコがふたり。

 ――イケるか?

 左手の攻撃が緩んだ隙に、右手から迫る土塊テルーコの腕を狙う。

 が、別のひとりが左手、倒れた男たちを乗り越えてオリエの背後に回ろうとする。 

 咄嗟にオリエは姿勢を低くして背後を狙う土塊テルーコの足を切りつけた。

 おかげで背後は取られずに済んだが、結局、右手の敵も左手の敵も、たいした傷を負わせられない。

「鬱陶しいやつらだ」

 車が一台通れる程度の道幅しかない場所なのだ。手もなく背後に回られたり小屋に突撃されたりするのは防げるが、オリエもまたおおきく撹乱できない。


 タンッタンッタンッ

 軽い音がして、敵がひとり倒れた。ベージュのガウンの右肩、血の花を咲かせている。

 痙攣。死ななかったようだが、傷口をかばうように背を丸め、動かない。

「君がオリエ?」

 背後に人が立った。

 タンッタンッタンッ

 オリエの前方、右斜め。離れた場所から毒矢を放っていた目障りな土塊テルーコが前へのめる。呻き、うずくまる。

「そうだ。あんたは? なんでオレに加勢する?」

 ――充分警戒していたはずだ。こいつ、いつオレのうしろにまわりやがった?

 気味悪くは思えど、敵ではない気がする。殺気は感じられるが、自分に向けられたものではない。

「私はホウ・シィシャオ。ほかはあとで話すよ」

 ちらりと目を遣る。童顔だがたぶん、二十歳程度。……いや、それは見た目だ。オリエの直感が、ほんとうの年齢はきっと違うと告げている。

 男だ。

 垢抜けた白いジャケットに小綺麗なジーンズ。白い肌と腰近くまでまっすぐに伸びた黒髪。

 言葉はこのあたりでも使われているケチュア語……タワンティン四地方連合の公用語だが、耳慣れない訛りがある。名前の響きからして、東方の大国出身だろうか。

 敵を撃った得物はMAP1911、自動式拳銃オートマチックだ。

 かつては北米軍の制式モデルだった銃だ。この南米テパネカ共和国は七年前まで内戦状態だったこともあり、北米からは大量の武器が流入した。いまでも大都市……キトの裏通りでは換えの弾倉込みで五十ドルで中古が買える。

 ――こいつ……この気配……人間じゃねえのか?

 見た目はどこからどうみても人間にしかみえないが、オリエは『目が良い』のだ。

 はじめて感じる異形の気配だった。だが、いま気にしても仕方がない。

 いま必要なのはこの背後の人物が敵か味方か、という情報だけだ。

 そして彼は味方だ、とオリエは判断した。なら、人間だろうが妖怪だろうが構うことはない。

「支援する。彼らを片付けよう」

「なんだかしらねえけど、ありがたいね!」

 オリエはマチェーテを構え直し駆けだした。


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凄餐の祭壇 翼ある蛇と煙る鏡 宮田秩早 @takoyakiitigo

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