第5話
「ふぅん、なるほど。おっさんがここに来た経緯とやらは分かった。確かに、あんたみたいなガチのファンが目の前にいて、ぴりりが見捨てられるわけもないか」
テーブルの上に出された、何やら得体の知れない黒い飲み物を口に運びながら、烈王は頷いた。
俺が裏世界に来た目的と、そこでぴりりちゃんと出会ったこと。偶然にも、その俺がぴりりちゃんの熱烈なファンであったこと。直後に襲撃してきた、ジャッジという謎の集団のこと。隙を作り出し、何とか奴らから逃れたこと。
説明をしながら、自慢げに自分のリスナーを紹介するぴりりちゃんは、何度か烈王に頭を小突かれていたものの、概ね、ここに来ることとなった経緯は伝えられたと思う。
「しかし、ジャッジか……最近出くわす頻度が高くなってきたな。海理もこの間、襲われたって言ってたし」
「そのことで二人に聞きたいんだが……あのジャッジとかいう連中は何者だ? ぴりりちゃんを狙っていたのは、君たちが
あのジャッジとかいう四人組……装備の質からして、ただものではなかった。貧乏な民間企業のハンターではない。もっと高位の……それこそ、大企業や、
奴らの狙いは、明らかにぴりりちゃんだ。そして、彼女たちはジャッジの存在を知っていて、複数回接敵している。ずっと表世界でハンターとして生きてきた俺よりも、よっぽど、連中に詳しい。
俺の質問に、烈王とぴりりちゃんは顔を見合わせる。そして、真剣な面持ちでこちらを見つめた。
「そうだな、話してやってもいいが……一つ、条件がある」
「条件?」
烈王は首を縦に振る。
「条件というより、
「そんなに闇の深い話なのか?」
「かなりな」
即答だった。ジャッジが爆弾で俺を巻き添えにしようとしていた辺りから、きな臭い気配を感じてはいたが……改めて確認されると、少し、圧に押されてしまうような気がした。
ただ……そうなってくると、やはり俺に、既に退路はないように思える。裏世界に出入りする人間は顔写真付きでリストを作られているし、ジャッジに顔を見られた時点で詰みだ。仮に、ここで話を聞かずに帰ったとしても、事故か何かに見せかけて始末されるのがオチだろう。
それに、恐らくだが、ここで話を聞かずに表世界へ帰るとなれば、目の前にいる彼女に殺される。ぴりりちゃんからはある程度の同情心を感じるが、烈王は別だ。少しでも情報が漏れる可能性があるとすれば、即座に口を封じられるだろう。物理的に。
だから、実質的に俺に選択権はない。少なくとも、今は。
「……どのみち、表世界ではもう生きていけないだろ。あいつらに顔を見られてるわけだし」
「ま、そうとも言えるな」
烈王は分かっていたようにそう返した。彼女もまた、俺に選択権がないことを分かって、こう聞いている。
ふと、ぴりりちゃんの顔を見た。目が合って、彼女はきょとんと首を傾げる。一々、仕草が可愛い俺の推しである。
彼女は初めて会った時、俺に言ったのだ。『おじ様を信じる』、と。
何度でも言おう。俺がこの世で一番大事なものは、推しだ。稲妻ぴりりちゃんただ一人だ。彼女のためならば、たとえ世界を敵に回したっていい。そのくらいの覚悟はできている。そうでなければ、あの時、彼女の手を取らなかった。
そうだ。選択権がないのではない。俺は既に
そう考えると、途端に笑いが込み上げてきた。流石の烈王も、その反応は予想外だったのか、手を止めて目を丸くしている。
「……俺は、ここに連れてこられた時から、『こちら側』につく覚悟はしてるつもりだよ。むしろ、そのために来たんだ。ぴりりちゃんに『信じる』って言われたからな」
「おじ様……」
「へえ……おっさん、ただぴりりのことを推してるだけのガチリスナーかと思ったら……意外と豪胆なんだな」
「勿論、褒め言葉だよな?」
烈王はその言葉に、呆れたように口を尖らせる。まあ、褒め言葉として受け取っておこう。
「それに……おおかた予想はついてるんだ。俺たちが知っている情報と、裏世界の現実とが、あまりにも食い違いすぎてる。どこかが……恐らく、あのジャッジとかいう連中の親玉辺りが、自分たちに都合の良いように情報をねじ曲げてる。そんなことができるのは、国のお偉いさんだとか、そういう権力を持ってる連中だ。違うか?」
「おっ。見た目によらず、頭も物分かりも良いね、あんた。そういう人、嫌いじゃないよ」
『見た目によらず』という一言が少し気にはなるが、これも褒め言葉として受け取っておくことにした。そして、ここで烈王は改めて、俺に対する警戒心を緩めたのか……少し、肩の力を抜いた気がした。
よかった——ついさっきまで、喉元にナイフを突きつけられているような、鋭い殺気に晒されて気が気でなかったんだ。
これでようやく、落ち着いて、出された飲み物に口をつけることができる。得体の知れない黒い液体は、表世界で言うところの緑茶に近いような味だった。不思議と、気分が安らぐような味だ。
「はっ……やっと飲んだか。さっきまで落ち着かなかったんだろ? 私に
烈王は憎らしげな笑みを浮かべて、そう言う。『何を?』と聞き返したいところだが、とっくに答えは分かっている。
「まあ、そうだな。いつ切られるかとヒヤヒヤしていた」
「安心しな。ぴりりじゃないが……何となく、あんたは信用できる人間な気がするよ、如月」
「それはよかった」
どうにか、彼女の信用を勝ち取ることはできたようだ。こちら側で生きていくならば、信用など、いくらあっても足りるものではない。
そうしてしばしの安息を挟んだのち、烈王は再び会話を切り出した。
「じゃあ、まずはどこから話すか……あんたは、私たち『クイーン』のことをどこまで把握してるんだ?」
「そうだな……十五年前に、表世界と裏世界との境界を歪めた元凶で、謎の人型生命体、ってくらいしか……あとは、鎧獣を操ってるだとか、そもそも鎧獣の母体だとか、そういう噂話程度だ」
俺が答えると、ぴりりちゃんが嫌悪感を露わにした。
「うわっ、酷いねぇ、それ……私たち、そんなんじゃないのに」
「全くだ……誰が暗躍してんだか」
「違うのか?」
烈王は、首を横に振る。
「完全な間違いじゃない、ってところが卑怯なんだよ。確かに、一つ一つの要素を見れば、間違ったことは言ってない」
「うん。でもね、おじ様。私たちがそうしたのは、この世界を守るためだったの」
「守るため……?」
ぴりりちゃんは力強く頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「表世界と裏世界……両世界はね、おじ様が言うよりももう少し前……大体、三十年くらい前から、既に交流していたの」
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