第4話

「……裏世界に、こんなに人間が……」


 シェルターというドーム状の街の中には、両手では数え切れないほどの人がいた。裏世界には人間は存在しない、という話だったにも関わらず。


「驚いた? 表世界では、裏世界には人間なんていない、鎧獣だけが住む世界だ、っていうのが通説なんでしょ?」

「ああ。それに……シェルターの中は、色があるのか」


 裏世界は、色彩のない荒れ果てた世界だ。どこまでも続く虚無の世界。だと、思っていた。


 だが、街の中には色があった。植物はきちんと緑色だし、人にだって色がついている。思い返せば、裏世界の住人であるぴりりちゃんも、鮮やかな色彩に包まれていた。


「外は白とか黒とか灰色だけのつまらない世界だもんね〜。ま、本来はこっちが正しいんだけど……あっ、あの建物だよ」


 そう言ってぴりりちゃんが指差したのは、三階建の、他よりも少し大きめの建物だった。表世界のものと造りは違うが、恐らく民家だろう。


 ぴりりちゃんに連れられ、その建物へと足を踏み入れる。がちゃりと扉を開くと、玄関などは何もなく、キッチンやリビングらしき部屋が広がっている。その奥には一人の女が立っていた。後ろ姿しか見えないが、炎のような赤毛が特徴的だ。


「ただいま〜」

「なんだ。今日は早かったな、ぴりり」


 女はゆっくりと振り返る。と、途端に怪訝そうな顔をした。


「……誰だ? その男」

「私のリスナーさんの、カラアゲサンドマンさん」

「……如月冬子きさらぎとうじだ」


 そういえば、ぴりりちゃんにはまだ名前を教えていなかった。自分のハンドルネームが嫌いなわけではないが、これから先も知り合い全員に『カラアゲサンドマン』と紹介されるのは、少しばかり恥ずかしいところがある。


 赤毛の彼女は『ふぅん』と言って、興味もなさげに、再び振り返り……そして、綺麗な二度見を見せた。


「……ん? リスナー?」

「うん、リスナー」


 すぐさま、彼女がこちらに詰め寄ってくる。そして、ぴりりちゃんの両肩を掴んで、ぐわんぐわんと揺する。首がもげそうだ。


「あんた……リスナーってことは、まさか表世界の人間連れてきたってこと!?」

「うん」

「うん、じゃなくて……! あんた、これがどれだけ大変なことか……!!」


……やはりというかなんというか、こうなったか、という感じである。ぴりりちゃんの様子からして、表世界と裏世界の人間同士で対立していることは確定的に明らかであるし、その表世界の人間を連れてきたらこうなることは自明の理ではあったが……。


 だがしかし、他にも気になるところがある。さっきから聞いていて考えてはいるのだが、どうにも赤毛の彼女の声に聞き覚えがある。彼女自体に見覚えはないというのに、声だけを聞いた覚えがあるのだ。


「……もしかして、火崎烈王ひざきれお?」


 俺がそう口にすると、彼女はぴくりと肩を震わせ、ゆっくりと、視線をこちらに向けた。


「……な、なんで私の名前を……」

「いや……三年前、一度だけぴりりちゃんの動画に出てたよね。声だけ。確か、エムオカートの実況で、対戦相手がいないってことで」


 確か、そうだ。ぴりりちゃんの配信に一度だけ登場した、ぴりりちゃんの友人、火崎烈王。少し低めの声だったから、リスナーからは『男か』と質問攻めにあっていた。彼女の反応を見る限り、その予想は正しいらしい。


「わぁ、おじ様凄いっ! れおちゃんが出てたの、あの一回だけなのに!」

「いやこえーよ……なんで声だけで分かんだよ……」

「ぴりりちゃんのファンなもんで」


 赤毛の彼女改め、烈王は再び、のほほんとした表情のぴりりちゃんへ視線を向け、睨みつける。


「いや、ガチリスナー連れてきてどうすんだよ……いやこれ、どうすんだよ本当……こいつが表世界の連中に情報を流したら……」

「……うん。それは、ごめん。反省してる」


 項垂れるぴりりちゃん。その姿を見て、烈王は彼女の肩から手を離した。


「でもね、おじ様なら……きっと、話を聞いてくれるって思って。きっと、この世界を良くするために力を貸してくれるって思ったの」

「世界を良くするって、あんたねぇ……」


 烈王は、ぴりりちゃんと俺の顔を交互に見る。そこに、微塵たりともふざけた様子が見られなかったからか、大きなため息をこぼして頭を抱えた。


「……尾けられてないだろうな」

「……うん。おじ様の携帯も無力化させてもらったし」

「え? いつの間に?」


 試しに携帯を取り出すと、本当に、うんともすんともいわなくなっていた。いつの間に壊されたのか。可能性があるとすれば、ここに来る時に流された電気か。これがないとぴりりちゃんの配信が見られ……なくなることは、まあ、この際置いておいてもいいか。目の前に本人がいて、それどころではない。


 やがて、呆れたのか、はたまた諦めたのか。烈王は再び大きなため息をこぼした。


「……仕方ない。連れて来ちまったことに文句言っても何にもなんねえか。如月とか言ったな、その辺で寛いでな」

「っ! ありがとう、れおちゃん!」

「あんたは後で説教だけどね、ぴりり。海理かいりの奴にもチクってやる」

「ぴぇっ」


 海理、というのが誰かは分からない。が……子犬のように小刻みに震えるぴりりちゃんを見る限り、ここでのボス的存在なのだろう。もし会うことがあれば、逆らわないようにした方がいいかもしれない。


 烈王はキッチンに向かい、カップらしきものを用意している。ここはお言葉に甘えて、寛がせてもらうとしよう。


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