第3話
「嘘だろ……嘘だと言ってくれ、ぴりりちゃんっ……!」
俺がそう叫ぶと、目の前にいたぴりりちゃんらしき女は目を大きく見開いた。
「あ……やば、リスナー……?」
「ファンですっ!」
ぼそりと呟かれた発言から、彼女がぴりりちゃんであることは確定した。ぴりりちゃんは少し青ざめた顔で、おろおろと慌て始める。
「えっと〜……こ、こんぴり〜、なんちゃって……」
その慌て方は、去年の夏頃のホラーゲーム配信で、ジャンプスケアに驚いて配信用カメラを壊した時の慌て方にそっくりだった。やはり、目の前にいるこのぴりりちゃんは、稲妻ぴりり本人だ。
「やっぱり、本物のぴりりちゃんなのか……? だとしたら、君は……君が……クイーンなのか……?」
俺の言葉に、ぴりりちゃんは言葉に詰まっているようだった。
「俺は、君の配信を楽しみに、この仕事をしていた。投げ銭したかったってのもあるが、もし鎧獣の影響が、表世界の君に及んだらって……」
全てはぴりりちゃんのために、と思っていた。推しの配信を、彼女がこの業界から去るその時まで末長く見守り続けるためには、この手で鎧獣を狩るしかないと思っていた。
だが、彼女がこの世界を歪めた元凶、クイーンであるなら、そんなことをする必要はない。むしろ、この世界を恐怖に陥れていたのは彼女だったということになる。
配信の時のぴりりちゃんの顔が浮かぶ。画面の中の彼女は、俺たちリスナーに様々な表情を見せてくれた。その全てが、嘘だったというのか。作り物だったというのか。
「ぴりりちゃん、ずっと……ずっと、人間を騙していたのか……?」
「ち、違うっ! 配信は本当に楽しくてやってたのっ! リスナーの皆を騙すつもりなんかこれっぽっちもない……!」
ぴりりちゃんは腕を払い、必死に否定した。クイーンというのが何なのかは分からないが……とても、嘘を吐いているようには思えない。もしこれが演技だとするなら、表世界の俳優陣では勝負にもならないほどの演技力だ。
「……本当に、君はクイーンなのか? 表世界を破壊しようと画策する輩には、とても……」
「……おじ様も表世界の人間だもん。きっと、話し合うことはできない。私たちはお互い敵同士。そうでしょ?」
俯き、そう言うぴりりちゃん。不意打ちでとんでもない威力の雷を落としてきた者と同じ相手だとは思えない。
——しかし、一つ、彼女の言葉には間違いがある。
「違う」
「え?」
ぴりりちゃんは俺たちを『敵同士』だと言ったが……それは間違いだ。彼女が俺の敵だったとしても、俺は彼女の敵ではない。
ぴりりちゃんは俺にとって、この世界の何よりも大事な
「俺は人間で、クイーンの敵である前に……ぴりりちゃん、君のファンだ!」
「おじ様……?」
「敵の親玉を倒すことなんかより、推しの配信の方が大事。俺は、そんな男だ。だから、ぴりりちゃん……とりあえず、事情があるなら話し合わないか」
推しの配信の方が、親玉討伐よりも大事だなんて、そんなおかしな人間は恐らく、この世に俺一人しかいない。だが、それでもいい。自覚はある。
俺の言葉に、ぴりりちゃんはほんの少し、涙を浮かばせた。そして、いつも配信で見せる、あの楽しそうで優しい笑顔を浮かべた。
「……おじ様って、本当に変わってる。本当の本当に、私のファンなんだ」
「ああ。初配信の時から今まで、全ての配信に投げ銭もしている。それくらいファンだ」
そう言うと、ぴりりちゃんはハッとした表情で口元を押さえた。
「えっ、全ての配信って……ま、まさか、『カラアゲサンドマン』さん!?」
「ああ。カラアゲサンドマンだ」
「嘘っ! 私がまだ登録者3人の時から投げ銭をしてくれてたカラアゲサンドマンさん!?」
「そのカラアゲサンドマンだ」
まさか、推しに認知されていたとは。というか、認知されるならもう少しマシな名前にしておいた方が良かった気はしないでもないが……この際、それはいいだろう。
ぴりりちゃんは少しの間嬉しそうに舞い上がっていると、冷静になったのか、一度、深呼吸をした。そして、真っ直ぐに俺の目を見つめる。
「——分かった。私、おじ様のこと信じる。でも、話し合うにしてもここじゃ……」
そう言って、ぴりりちゃんが周囲を見渡した、その時だ。突然、何かに気づいたように目を鋭くしたぴりりちゃんは、俺の背後に向けて右手をかざした。光り輝く右の手のひらから、細く、電撃が放たれる。
「伏せてっ!」
「うおっ!?」
彼女の言葉に従い、大きく前に飛んでうつ伏せに倒れ、頭を抱える。背後からは、電撃が何かに命中したのか、爆発音が聞こえた。爆風で耳がイカれそうになる。
直後、俺の体が何かに引き寄せられる。見れば、ぴりりちゃんが俺のそばに駆け寄り、背後にいたであろう『何か』から遠ざけようとしていた。
「い、一体何が……!?」
急いで体を起こし、振り返ると、そこには黒い戦闘服とボディアーマーで身を包んだ何者かがいた。全部で四人。そのうちの二人は銃の形をした何かをこちらに向けていて、一人は耳元に指を当てていた。
「——標的発見。やはり、クイーンと接触しています」
男の声だ。間違いなく、先ほどの爆発は奴らが原因だろう。装備の具合を見るに、間違いなく表世界の人間側……つまり、俺と同じような立場の人間であることは分かる。ただし、リンドウのような民間の企業ではないだろう。装備があまりにも整いすぎている。民間企業ならではの、チグハグ感や手作り感がない。
「あいつら、誰だっ……今、俺ごと攻撃しなかったか……!?」
クイーン、つまり、ぴりりちゃんを狙った攻撃なら百歩譲って理解できる。だが、今の攻撃……阻止するために放たれたぴりりちゃんの電撃の威力を考慮しても、あまりにも爆発の威力が強すぎる。あれではまるで、クイーン
「おじ様、あいつら、
「ジャッジ? 誰だそれ、聞いたことないぞ……!?」
まるで聞き覚えのない単語に、困惑する。だがしかし、間違いなく、俺たちと敵対している。
赤火刀に手を添える。四人が相手……それも、相手はかなり高性能の武器を所持しているらしい。勝ち目があるかは分からないが、このままむざむざとやられるのも惜しい。
臨戦体制に入ると、隣に立つぴりりちゃんがそっと腕に触れてくる。見ると、首を横に振っていた。『逃げよう』という意思表示だろうか。
あるいは、『戦ってはならない』ということを伝えるためか。どちらにせよ、ここで応戦を選ぶのは悪手とみた。
「……煙幕と炎で、視界を遮ることはできるかもしれない」
「五秒あれば十分だよ」
「分かった」
小声で交わされた短い作戦会議。俺はすぐさまベルトから煙幕玉を取り出し、奴らとの視界を遮るように地面に叩きつけた。
続けて、奴らが温度検知の何かを装備している場合も踏まえて、赤火刀を抜き、最大出力で炎を纏い、払う。確かこの煙幕に使われていた粉塵は、それなりに可燃性の高い物質だったはず。ならば、これだけ細かく舞う状況下で赤火刀を使って起きる現象は一つ。
一か八かの賭けだったが、目論見は成功した。煙幕は瞬く間に燃え上がり、巨大な爆発となる。その隙に何らかの技を行使したのか、ぴりりちゃんの体は電気を纏って発光していた。
「今! 逃げるよ、おじ様っ!」
手を差し出すぴりりちゃん。電気を纏っている手を取るのは少し躊躇うが……少なくとも、ジャッジと呼ばれた奴らとぴりりちゃん、信用できるのはぴりりちゃんの方だ。
差し出された手を取ると、体内を電気が駆け巡るような感覚に襲われる。痛みはない、が、とんでもない違和感だ。
そして、少しばかり目眩がすると、その直後には強烈な浮遊感。恐らく、というかほぼ確実に、空を飛んでいるのだと分かった。飛んでいるというよりは……射出されたとか、そういうニュアンスの方が正しいかもしれないが。
「すこーし痛いかもしれないけど、少しだけ我慢してね!」
これもぴりりちゃんの能力なのだろう。今どこへ向かっているのかは分からないが、どのみち、もう後戻りもできない。
「だ、大丈夫だ……どちらかと言うと、推しの手を握ることに少し抵抗が……」
「えっ、嫌だった!?」
「推しの綺麗な手を俺の手の常在菌なんかで穢したくなかった……!」
「そういう冗談言ってる余裕があるなら大丈夫そうだね、よかった〜」
冗談ではない……だなんてことを考えながら、あれやこれやと会話しつつ、しばらくの間空の旅が続いた。『旅』というほど優雅なものではなかったが。縦に飛び降りるのがバンジージャンプなら、これはさしずめ、横バンジーだ。『冒険』とかいう呼び方の方が正しい。
そうして、空の冒険が終わり、ゆっくりと着地する。磐石な大地というやつは最高だ。
「っとと……」
ずっと浮遊感に襲われていたからか、何だか違和感がある。ふらつきそうになったところを、ぴりりちゃんに支えられた。
「おじ様、大丈夫? 多分、普通の人でも耐えられるくらいの電気だとは思うんだけど……」
「大丈夫大丈夫。他の人より頑丈だから。それより、ここは……」
ぴりりちゃんに連れてこられたのは、何もない平野だった。他の裏世界と同じ、荒廃した荒れ地が続くただの平野。
もしや、この地下に何かあるのだろうか。そんなことを考えていると、ぴりりちゃんは手を掲げ、パチンと指を鳴らす。
すると、どうだろうか。何もなかったはずの平野の中央、ちょうど俺たちの目の前辺りの空間が、バチバチと音を立てて変貌していくではないか。これはまるで……そう。SFでよくありがちな、光学迷彩のような何かだ。
塗装が剥がれていくかのように、目の前の空間がひび割れ、剥がれ落ちていく。そうして顕になったのは、天井を透明なガラスに覆われた、ドーム状の何かだった。かなりの大きさがある。街一つがすっぽりと収まってしまいそうなほどに。
「ふふっ、紹介するね。ここが私たち、
そう言って、ぴりりちゃんに手を引かれる。訳の分からないことばかりで混乱する頭を冷やしながら、俺は彼女と共に、シェルターへと足を踏み入れた。
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