第2話
『皆、こんぴり〜! 今日もアルカナクエストやっていくよ〜!』
「うおぉ〜!!!」
『うおぉ〜!!! じゃありませんよ! また配信見てますね!?』
右の耳からはぴりりちゃんの声が。左の耳からは音割れしている英美里の声が聞こえる。眼前にはクモ型の鎧獣がいて、こちらに向けて何度も糸を吐き出している最中だ。
「ちょっと、邪魔するんじゃないよ、えみちゃん。今日は一番面白い五面の配信なんだから」
先日の一件で遂に痺れを切らしたのか、英美里はとある提案をした。鎧獣との戦闘の際の、音声サポートだ。
といっても、これ自体はなんら特別なものではない。リンドウの中でも一部のハンターは事務員のサポートを受けながら戦っているし、本来はその方が非常時にも対応が効くのだろう。片耳を塞がれるのが嫌で俺は好まないが、あまり彼女の機嫌を損ねすぎると、端末に制限をかけられて配信が見れなくなる、だなんてことにもなりかねない。それは死活問題だ。
『いやいや、クモ型の鎧獣って攻撃方法が多彩で危険度高いんですから! 配信見てたら死にますよっ!?』
「平気平気。俺、こう見えても経験は豊富だから」
クモ型の鎧獣は、どこで生成されているのか、無尽蔵に糸を吐き続けてくる。この糸は粘着性が非常に強く、靴の裏などに付着してしまうと、一歩も動けなくなってしまうほどだ。
それに加えて、脚に生えている小さな棘からは毒液が分泌されており、こちらもまた毒性が強い。ただし、傷口から体内に侵入しなければ効力を発揮しないため、こちらは比較的対処が容易だ。
鎧獣そのものの動きが早く、こちらの動きを制限する糸や、毒液を使用する厄介な相手。毎年のように、このクモ型に殺されるハンターが現れては後を絶たない。確かに、英美里が言うように危険な相手ではある。
だが、ハンター歴十四年の中で、この型の相手は何度もしてきた。この業界は一に経験、二に才能、三に努力で四に運という世界だ。今更遅れをとるような相手ではない。
携帯片手に、ぴりりちゃんの配信を見ながら鎧獣の攻撃を弾く。クモ型の吐く糸は粘着性が強く、驚異的ではあるが、熱に弱い。火で少し炙ってやれば、粘着性を失い、ただの糸になる。そのために、今日は刀身が燃えるリンドウ技術班お手製の『
加えて、脚から分泌される毒液は、傷口から侵入されればほんの少しでも死に至るが、裏を返せば、怪我をしていなければなんてことはない。
「ほら。別に、慣れてしまえばクモ型なんてただのでかいクモだよ」
『このおじ様、経験豊富って感じでかっこいいな〜』
「び、ぴりりちゃん……!」
『ぐ、偶然噛み合っちゃった……』
アルカナクエスト五面に登場する、とあるお助けキャラを褒めたぴりりちゃんの言葉が、奇跡的にこの状況にマッチする。これはもう星座占い一位で間違いない。
まるで自分に向けられたかのような言葉に舞い上がり、調子も上がる。これは上限額いっぱいの投げ銭、通称レインボー小判を投げるしかない。三回くらい投げよう、そうしよう。
配信を見ながら、鎧獣との距離をじりじりと詰める。そういえばぴりりちゃんは虫が苦手だと、初配信の時に言っていた。車より大きなクモの怪物なんて目にしたら、卒倒してしまうんだろうか。
鎧獣の前脚を赤火刀で斬り落とし、すぐさま背中に差していた長細い棒に持ち替える。一見するとただの物干し竿のようだが、持ち手の部分を回転させると、装甲が展開して巨大な槍になる。リンドウ技術班お手製の武装、『
『あっ、この敵って首元の肉質が柔らかいんだね! 教えてくれてありがと〜!』
「そうそう。首元が弱点なんだよ」
『いやっ、クモ型の関節装甲は硬いですよ!? 軽槍では……』
「いや、ぴりりちゃんの配信の話だから」
『配信の話するのやめてくれませんか! ややこしいので!』
英美里があれやこれやと言っているが、クモ型鎧獣の弱点も似たようなものである。クモ型は口内に糸の射出機構が存在しているからか、鎧獣の中でも特に口から喉にかけての内部肉質が柔らかい。そして、都合の良いことに、糸を吐き出すために大きく口を開いてくれる。
「……そこ」
クモ型が口を開き、糸を吐き出した。それを体を捻って躱すと、勢いをそのままに軽槍を投擲した。
軽槍は風を切り裂きながら飛来し、クモ型の口から内部へと突き刺さる。巨大な怪物といえど、所詮は
クモ型が倒れ、巨大すぎる質量で風が起こる。埃が目に入って、少しばかり涙が滲んだ。
「はいはい……クモ型鎧獣討伐完了。この音声通話をもって完了報告とする……ってことでいいかな、えみちゃん」
『は、はい……お疲れ様でした、如月さん』
倒したクモ型から槍を引き抜き、軽く血を払い落としてから背中に差す。リサーチャーのために杭を刺すと、ぴりりちゃんの配信に目を映した。ちょうど、アルカナクエスト五面の中ボスを倒したところだった。
『よおし! 五面中ボスクリア! ということで、ちょっと短いけど今日はこれでお開きにするね! 今日はこの後、お仕事の予定が入ってるのっ! それじゃ、ばいぴり〜!』
「うぅむ……せっかくのんびり見られるようになったのに今日はもうお開きか……」
ぴりりちゃんは時折、一時間程度で配信を終えることがある。その後に控えている仕事のためだと本人は言っている。雑誌の表紙を飾ったりだとか、企業案件を受けていることもあるから、恐らく、そういう類のものだろう。いや、俺は善良なただのファンであるから、彼氏とデートをしているのだとしても、ぴりりちゃんが幸せならそれでいい。
「えみちゃんよ。ぴりりちゃんの配信も終わったし、今から帰投するよ。討伐報告もしてるし、切るけど構わないかな」
『了解です! えっと、明日からもこの調子で討伐報告お願いしますね、如月さん。次の始末書は前回の三倍を予定しているので』
「聞きたくなかった〜」
そう言って通話を切り、地図を開く。今回の推奨帰還座標は少し遠い。この辺一体が公共の施設で人の目が多いらしい。
「さて、帰るか……」
鎧獣も倒した。死体に杭も刺した。討伐報告もした。もうやり残したことはないだろう。
その場から離れようと、振り返った。その時だった。
「……むっ」
妙な気配を感じ、腰に差した赤火刀に手をかける。直後、強烈な殺気に肌を灼かれる。
「まずっ……!」
すぐさま飛び跳ね、大きく距離を取る。それとほぼ同時に、討伐したクモ型鎧獣の上空から、巨大な雷が落ちた。
落雷は轟音をあげながら空気を震わせ、クモ型鎧獣の死体を一瞬で灰にする。これまで見たこともないような威力の攻撃。
確信した。何か、得体の知れないものの攻撃を受けている。そしてそれは、きっと、十五年前……この世界をこんな風にしてしまった連中なのだと。
表世界と裏世界との境界を歪めてしまった、謎の人型生命体。女性のようなシルエットから『
「あれ〜。凄いね、おじ様。死角からの一撃……避けた人、初めて見たよ。
「!!」
どこからともなく、女の声が聞こえる。この落雷を仕掛けてきた相手で間違いないだろう。周囲には人影は見当たらない、が……声がしたのは、頭上からだった。
いや、しかし。そんなことはどうでもいい。問題なのはこの
「……馬鹿な。そんな、馬鹿な」
「よっ、と。もう不意打ちじゃ倒せそうにないね。おじ様、もしかすると、私が見てきた中で一番強い人間かも」
声の主は、どこからともなく地上に舞い降りた。鎧獣であった灰が、その風で舞い散る。
謎の人型生命体。クイーン。目の前にいるそれは、間違いなくクイーンだった。女性で、天災をも操る力を持ち、裏世界にいて、人間への殺意を明確にした。確定的に明らかだ。
だが……黄色い髪に黒いエクステと、雷を模ったようなヘアアクセサリー。丸っとしたその瞳は、まるで俺の知っている誰かのようだった。
「嘘だろ……嘘だと言ってくれ、ぴりりちゃんっ……!」
毎日見て、聞いてきたから分かる。目の前にいたクイーンの正体は、俺のただ一人の推し配信者、稲妻ぴりりの姿をしていた。
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