推しの配信>ボス討伐
お茶漬け
世のため人のため推しのため
第1話
『それじゃあ、今日の配信はここまで! 明日は三面のボス討伐目指して頑張るよ! 皆、ばいぴり〜!』
「……ふぅ」
——
ド派手な黄色い髪に黒のエクステ、雷のような形をしたヘアアクセサリーと丸っとした瞳がチャームポイントの、一見すればアニメに登場するキャラのような彼女。
画面の中の彼女は、視聴者に向けて笑顔で両手を振っている。コメント欄は彼女の口癖……というより、設定したお別れの挨拶である『ばいぴり』というコメントで埋め尽くされ、いわゆる投げ銭というお布施が飛び交っていた。その中の一つは、俺のものだ。
つまり、何が言いたいのかというと——彼女は俺の
「……ん」
今日も可愛かった。そんな風に満足しながら携帯をポケットに仕舞うと同時に、仕舞ったばかりの携帯が震えた。見ると、画面には『えみちゃん』という名前が表示されていた。
「もしも」
『
スピーカーから発される音割れした怒声に、耳が痛くなる。耳から遠ざけているというのに、何を言っているのかはっきりと聞こえてしまうほどだ。
『全く、何度注意したら治るんですかっ! 鎧獣を討伐したらまずは迅速な報告! これ、鉄則なんですけどっ!!』
「はいはい。えみちゃんは今日も声大きいね。分かってるよ」
耳から二〇センチほど離した携帯から、あれやこれやと文句が飛んでくる。最近の若い子というのは活きが良いらしい。
「あー……とりあえず裏世界出るから、終わったら直帰するわ」
『え、ちょっ、まだ話終わってないですよ如月さん! 如月さんっ!?』
有無を言わさず電話を切り、再びポケットに携帯を仕舞う。そして、勢いをつけて
——色彩のない灰色の世界。そこに倒れ込んでいたのは、大型トラックほどの大きさの怪物。全身を鎧に覆われた獣のようなその見た目から、奴らは
俺たちの生きる世界の裏側に、ぴったりと張り付くようにして存在する、通称『裏世界』。俺たち人間やその他の動植物が表世界の原住民だとするなら、奴ら鎧獣は、この色彩のない裏世界の原住民だ。
この二つの世界は決して混ざり合うことも、交差することもないはずだった。少なくとも、表世界に暮らす人々の大半は、裏世界や鎧獣の存在なんて微塵も認知していない。
それが、十五年前——謎の人型生命体によって、この二つの世界の境界線が歪められてしまった。裏世界に暮らす鎧獣たちの力の一部が、表世界に影響を及ぼすようになってしまったのだ。当時、世界各地で同時多発的に発生した大地震や天災の殆どが、この一件の影響とされている。
ちょうど、その頃からだっただろうか。当時は名称すら設定されていなかった鎧獣や裏世界の事案に対処するべく、秘密裏に活動する組織が現れ始めたのは。
十五年経った今でも、一部の組織や民間企業が秘密裏に鎧獣の調査、討伐を行うことで、表世界の平穏は保たれている。かく言う俺も、今年で十四年目の、所謂古参ハンターというやつだ。
「よっ」
討伐したトカゲ型の鎧獣の頭部に小さな杭を刺す。こうしておくことで、後でリンドウカンパニーの調査担当班、通称『リサーチャー』が杭を頼りに鎧獣を調査、処理しにこられるという寸法だ。
杭を刺した後は、携帯に表示された地図を頼りに、特定の座標へ移動する。裏世界は、まるで表世界とは別物の荒廃したような世界だが、表世界にぴったりと張り付いたように存在していることもあってか、表世界のものと同じ座標データが使える。そして、表世界から裏世界、裏世界から表世界に移動する時は、それぞれ同数値の座標へと移動してしまう。
つまり、ここで特定の座標に移動してから世界間を移動しなければ、マンションの壁の中に埋まったり、人前に突如現れたりしてしまう、というわけだ。好ましいのは人のいない路地裏などである。
尚且つ、鎧獣の力が表世界へ影響を及ぼす原因となっている
ちなみに、先ほどトカゲ型の鎧獣の頭部に刺した杭は、この歪みを一時的に再現するものだ。あれを刺し忘れると、同じ地点の裏世界に戻ることが困難になるため、リサーチャーに死ぬほど怒られてしまう。前科何犯だったかはもう忘れてしまった。
「大体この辺か……」
目的地に到着すると、小さなカード型の機械を取り出す。中央の液晶に親指を乗せると、指紋を感知してシステムが起動。世界間を移動することが可能となる。
システムが起動すると、目の前の景色が、ノイズがかかったように揺らいでいく。そして視界の端から徐々に
……見慣れた女もいる。
「……やあ、えみちゃん。先回りが得意なようで」
「ええ……先回りと声が大きいことだけが取り柄ですから……」
こちらの座標を確認して先回りしていたのか、目の前には英美里が立っていた。いや、仁王立ちしていた。相当お怒りのようである。顔が茹でたタコのように赤い。
「討伐報告二時間遅れ……今日は会社に帰って始末書を書いてもらいますよ、如月さん……」
『ゴゴゴ』という擬音が浮かび上がっているように見えた。これは、直帰は不可能そうである。
そもそも、悪いのはぴりりちゃんの配信時間内に暴れ回る鎧獣と、その時間に討伐依頼を振ってくる会社ではないか。何度か配信時間内の勤務拒否の申請はしてみたものの、その訴えは無事に棄却されている。
「いやぁ。ぴりりちゃんのさ、配信に夢中になってたら二時間遅れてたよね」
「また『配信見てて遅れた』ってやつですかっ! 配信より報告の方が大事でしょう!」
「いや、推しの配信より大事なこと、ないから」
鎧獣討伐でさえ、最近はぴりりちゃんへ投げ銭をするために
そして、自分で発した言葉ではありながら、直後にその間違いに気がつく。
「いや……推しの笑顔の方が大事かも」
「知りませんけど……」
英美里は呆れたようにため息をこぼしながら、頭を抱えた。
「はぁ……これさえなければ討伐成績トップの凄い人なのに……」
「これがあっても討伐成績トップなんだから褒めてほしいし、許してほしいね」
「そういうのを甘やかすと、なぁなぁになって他の人に悪影響が出ますので」
「手厳しいなぁ」
あっはっはと笑うと、見かねた英美里に腹を殴られる。ボクシング経験者の英美里の制裁パンチは、ここのところ、日に日に威力を増しているようである。噂によると、事務員専用の談話スペースには、ストレス発散のためなのか、はたまたハンターに鉄拳をくだす特訓のためなのか、サンドバッグが設置されているらしい。
「ほら、前に車停めてるので、駐禁切られる前に戻りますよ。始末書書くまで帰しませんので」
「うぐ……パワハラ反対……」
「はいはい。くだらないこと言ってないで」
英美里に手を引かれ、車に乗せられる。そのまま会社へと連行され、本当に、始末書を書くまで帰らせてもらえなかった。
なお、突然始まったぴりりちゃんのゲリラ歌配信を見ながら書いているところを目撃され、始末書の量は増えた。
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