第6話
「さ、三十年前……?」
ぴりりちゃんが告げたのは、俺たちのような表世界の人間が知るものとは、全く異なる真実だった。
裏世界と初めて繋がりができたのは、十五年前。あの日、クイーンが世界を歪めたことで、鎧獣の影響が表世界に及ぶようになってしまった。ずっと、そう教えられてきた。
「うん。その当時は、まだお互い友好的な関係だったんだ〜」
「……それが、何故こんなことに?」
「昔はな。表世界からは優れた技術力を、裏世界からはマザーコアってもんから得られる莫大なエネルギーを、それぞれ提供しあってたんだ。ただ、表世界の連中には、『裏世界を制圧して強引に奪い取る』っていう過激な思想を持ち合わせる派閥がいた」
質問には、烈王が答えた。それもまた、俺の知らない真実だった。
つまるところ、交易をしていたということか。表世界と裏世界とで、三十年も前から。マザーコアというものが何なのかは分からないが、莫大なエネルギーということは、表世界で言うところの『超高性能の発電所』のような何かかもしれない。
そう言われて、気づいた。確かに、表世界では『技術の転換期』と呼ばれる時期があった。エネルギー資源の枯渇問題が突如として解決し、あらゆる技術が進歩した時期が。俺が小学生ごろのこと……ちょうど、三十年ほど前だ。
そんな、お互いに有用な取引をしていた二つの世界が、こうして対立するようになった。それが十五年前……。
「……そいつらが、十五年で台頭してきた?」
「そう。詳しくは知らないが、反乱でも起きたんじゃないか?」
ぴりりちゃんを見ると、彼女もまた、首を横に振っていた。理由はどうあれ、大事なことは、表世界の人間の手法が、『交易』から『略奪』へと変わってしまったことだろう。
しかし、そうなると一つ、疑問が生じる。二つの世界の扉は、十五年前ではなく三十年前には既に開かれていた。だとすると、十五年前に起きたという、『クイーンが境界を歪めた』という話は何なのか。
「……待てよ? 裏世界を制圧……まさか、両世界の境界を歪めた目的は……」
ある予想を立て、二人の顔を見る。二人は苦々しい顔で、頷いた。
「ああ……当時のクイーンたちは、表世界の連中を追い返したあと、再び攻め込まれないように境界を閉じようとしたんだ。——残念ながら失敗しちまったけど」
「それが、十五年前に起きた出来事の真相か……クイーンは境界を歪めたんじゃなく、開かれていたものを閉じようとしただけだった……」
逆だったのか。ありとあらゆるもの、全てが。クイーンや鎧獣が、表世界を攻撃していたのではなく、表世界の人間が、裏世界を侵略していた。裏世界に住む人々の抵抗は、正当防衛だった。
「それが真実なら……俺たちは、今までずっと、被害者の皮を被りながらのうのうと生きてきたのか……?」
「いや、それは……」
そんな真実がありながら、それを隠蔽できるだけの力を持ったやつが、表世界にいる。それが一体誰なのかは分からない。どこまでがそれを知っているのかは分からない。
だが……こちら側につくとなれば、一度、問いたださねばならない連中がいるようだ。勿論、ジャッジとかいう奴らの雇い主も。
表世界の人間として、俺がやらなければならないことが何なのか。おおかた、方向性は決まったかもしれない。とすれば、今すべきことは……。
——そんなことを考えていると、突然、サイレンのようなけたたましい音が鳴り響く。シェルター全体に響き渡りそうなほどの大きな音だった。
「な、何の音だ……?」
「これは……ここがバレたか」
「みたいだねぇ」
二人は何てこともないように、そう呟いた。
「ば、バレた……!? まずいんじゃないのか!? もしかして、俺がここに来たから……」
「いや、その可能性もなくはない……が、別に珍しい話でもない。あんたが原因とも限らないよ」
「うん。それに、シェルターはこういう時のために作ったものだから」
「こういう時のため……?」
と、サイレンが鳴り響いたかと思うと、今度は地面が揺れ始めた。規模で言えば、そこそこ大きな地震と同程度のものだ。
「じ、地震かっ……!?」
「安心して、おじ様。ここはそういう場所だから」
「どういう!?」
一体何を言っているのか分からない。が、一切慌てる様子を見せない二人の様子からして、本当に、珍しくもない事態なのかもしれない。
地震が収まると、烈王は机を一度ドンと叩いて、立ち上がった。
「さて……じゃあ、今外にいる連中には、一旦お帰りいただくとするか」
「そうだねぇ。私が行こうか?」
何やら、楽しそうに談笑をする二人。会話の内容からして、ここを発見した表世界の人間を排除するということだと思われる。
「ちょっ、まだ状況が……まさか、外にいる奴らを追い払うってことか?」
「ああ。殿ってやつだな」
「見られてると都合が悪いからね〜」
状況は相変わらず、よく分からない。だがしかし、誰かが殿を務めなければならないのならば、それは俺の役目だろう。烈王は擁護してくれたが、俺がここに来たことと、ここが連中にバレたタイミングを考えれば、やはり俺が原因である可能性は高いように思える。
「よく分からないが……それなら、俺に行かせてくれないか?」
「如月が?」
「ああ。確定ではないにせよ、俺が来たことでバレた可能性が少しでもあるなら……その責任は取りたい」
俺の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「別に、私たちはいいんだけど……あんた、強いの?」
「何人来てるのか知らないが、腕には自信がある」
普段は鎧獣専門のハンターではあるが、何も、対人戦闘が苦手というわけでもない。こういう業界にいると、多かれ少なかれ、色々と問題は起きるものだ。
烈王はなおも怪しんでいるようだったが、そんな彼女に、ぴりりちゃんが声をあげる。
「おじ様の強さは本物だと思うよ、れおちゃん。頭の回転も早いの」
「ええ……まあ、ぴりりがそう言うなら……」
烈王はこちらをじっと見つめる。その隣では、ぴりりちゃんがウインクをしていた。配信なら投げ銭チャンスだっただろう。
「……念のため言っとくけど、表世界に追い返すだけでいいからな。無理に殺さなくていい。同族だろ?」
「ああ……分かった」
赤火刀を抜き、起動する。無事に発火する。軽槍の展開にも問題はない。ただし、リンドウ支給の携帯や、世界間を移動するムーバーは壊れてしまっていた。ぴりりちゃんの電気で、機械式のものが全て壊れてしまったのかと心配していたが、幸い、武器は無事なようだ。
「おじ様、私も行かなくて大丈夫……?」
武装の確認をしていると、ぴりりちゃんが不安げな表情で首を傾げる。戦力を考えれば、当然、同行してもらった方が無難ではあるが……推しを、俺の都合で戦場に駆り出すなど言語道断。たとえ神が許しても、俺と同じくぴりりちゃんを推している同志が許さないだろう。
「大丈夫さ。俺みたいなおっさんは、推しが隣に立ってたら、緊張して戦えなくなっちまうんだ」
「本当……?」
「ああ。だから、ゲリラ配信でもして、皆を楽しませててくれ」
そう言って、二人に背を向ける。殿を務めるなら、あまり長い間話し込んでいても仕方がないだろう。
「じゃあ、行ってくる」
俺はそう言って、家を飛び出した。
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