第2話

積もらない初雪は、やがて地面にとけて、水になった。


数年前まで住んでいたはずのいえが、


まるでじぶんのものじゃ、なくなってしまったかように、


とけて、消える。


チャイムを押そうか迷って、


結局そのまま、とびらをあけた、


「…ただいまー…、」


1番最初に迎え入れてくれたのは、愛犬のぷーちゃんだった、


あとにつづいたのは、パジャマ姿のさくら。


「お姉ちゃん!?おかーさーん!お姉ちゃん来たよー!」


さくらの声で出てくる、おかあさん。


「あら、あかり!寒かったでしょー。」


おかあさんは、わたしを包んで、おかえりなさいといった。


「ご飯は食べた?」


「うん、家出る前に…。ケーキもってきたんだけど、よかったら…」


「あら、わざわざありがとう!ほら、早く入んなさい。風邪ひくわよ。」


こういうのを、あたたかい家庭とよぶことを、しってる、


それを素直にうけとめきれない、むず痒さも。


「おう、あかりか。よく来たな」


食卓の席は、おとうさんのよこが、さくら。


その向かいにわたしがすわって、となりにおかあさんがくる。


さくらが真っ先に箱をひらく、


ショートケーキ、チョコケーキ、モンブランにプリンアラモード、


むかしから、4種類ケーキを買うときは、これが定番だった。


「わーい!私チョコレート!お母さんはモンブランだよね?お姉ちゃんとお父さんはー?」


さくらがひとつずつ、皿に取り分ける。


それをわらってみてるおかあさん、


きっと、しあわせな空間、


「待ちなさい、さくら。」


「え、なにー?お父さーん」


すこし、間をおいてから、


「あかりは、チョコレートケーキだろ?」


おとうさんは、こちらに目をむけずにいった。


「あ、わたしは、どっちでも…」


いつからだったか、どっちでもいいが、口癖になっていた。


それが、だれもこまらない、魔法のことばだと、おもっていた。


「…えと、わたし、たべてもいいかな?さくら」


そのとき、となりにいたおかあさんが、目をまるくした気がした、


そして、おとうさんは、つづけた。


「あかり、好きな方を選んでいいんだよ。いつでも自分が我慢をしようとするな。」


そういっておとうさんは、プリンをひとくち、たべた。


「えー!お父さん、ケーキくらいでおおげさー!じゃあ私ショートケーキもらうねー!」


心臓のおとが、ドクンと鳴った。


家族のなかで、わたしとおとうさんだけは、遠い存在だと、ずっと、おもっていた、


だけど、


「おとうさん、ありがとう…」


いつも、こころにモヤがかかっていた、


それが、ことばひとつで、ちいさくなっていくようだった。


気がつくと、なみだがあふれて、とまらなかった。


「え、え!お姉ちゃんそんなにチョコケーキ食べたかったの!?」


わたしは、目の前のケーキをひとくちたべて、ふふってわらった。


「あ!じゃあさ、クリスマスはチョコレートのホールケーキにしようよ!ね?ね?あ!でもお姉ちゃんは彼氏と過ごすからむりかー」


さくらの発言に、ときがすこしとまった。


「え?あかり、彼氏できたのー?えー?言ってよー!」


「彼氏なんて、まだ早いんじゃないか」


「何言ってるのよお父さん、あかりもう21よ」


「まだ21だ」


「わー!お姉ちゃんごめーん!!!!」


その光景が、なんだかくすぐったくなって、


いっきに紅茶をのみほした。


「いつか、おとうさんと、おかあさんにも、紹介するね。」


だれも、わたしをみてくれないと、


ずっと、おもっていた。


しらなかった、


きづけなかった、


たった一歩近づいただけで、


ずっととおくにあったものに、


とどくこと。


さかぐちクンが、わたしに、近づいてくれなかったら、


わからなかったこと。


初雪は積もらない。


だけど、わたしのなかには、


ちゃんとなにかが積もっていっている気がした。

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