第30話 氷室さんだってニコニコしたい!その6

 デート!デート!ニコとデート!なんて素敵な響きだろう!もちろんそれはニコがオーディションを突破するために必要な役作りの一環でしかない。けど。それでも。楽しみに思う自分がいるのは間違いないのだ。支度には十分時間をかけた。服だって地味とまではいかないけど、ちゃんとしたものを選んだ。そして待ち合わせ場所である。横浜駅にやってきた。


「あれ?ニコ。早くない?」


「時間厳守。役者さん。必須マナー」


 僕は待ち合わせ時間の十五分前につくようにしたのだが、ニコはすでにそこへいた。


「あの。本編の小説だと、ヒロインはいつもおしゃれに時間をかけて遅刻してくる設定だったけど」


 ニコの格好を見ると、清楚系なワンピースにカーディガンを羽織っていた。そして可愛らしい帽子を被っている。そのまま女性ファッション誌のモデルが出来そうなくらいにぴっしと隙なく決まっている。


「…あー。そう。たしかに」


 渋い顔でニコは悩んでいるようだった。


「じゃあ一度家に帰る」


「いや!そこまでしなくてもいいでしょ!次からは気をつけるってことで!」


 役作りってのがどこまでやるべきものなのかは知らないけど、今帰られても僕が困る。そして僕たちは横浜の街へと繰り出したのだった。





 横浜と言えばおしゃれな街。そのイメージはやっぱり間違っていなかった。海近くのショッピングセンターなどは本当にレンガ造りがおしゃれだし、カップルだらけだ。そんな中でニコは原作のラノベを広げていてすごく浮いていた。


「ニコ。デート中にラノベを広げるのはちょっと」


「必要なこと」


 ぴしゃりとそう言ってニコは僕の発言をスルーした。いくらニコが美人でもラノベを片手におしゃれなショッピングモールを歩くのはちょっとアレだと思う。


「ここのカフェ」


 ニコは通りかかったカフェをじーっと見つめる。


「主人公はここでヒロインにタピオカほうじ茶ラテを買ってあげるの」


 そう言ってニコは僕に千円札を渡してきた。


「私に奢って」


「え?渡されたお金で奢るって変じゃない?!」


「必要経費は私持ち。だって提案したのは私だから」


 普通デートって男が全額出すって聞いたんだけど。あるいは割り勘とか。だけど僕はその千円札を受け取って、タピオカほうじ茶ラテを買ってきて、ニコに渡した。そして僕らはカフェのテーブル席に着いた。ニコはタピオカほうじ茶ラテを手に取ってじーっと見たりなでなでしたりとして一向に飲もうとしない。


「原作だとヒロインはタピオカほうじ茶ラテのカップを持って頬を染めるとある。ここは主人公視点であり、ヒロインの心情の確定ができない」


 原作ラノベを片手に演技を語りだすニコはすごくシュールに見える。他のカップルはもっと日常的な会話をしているのに。


「奢ってもらってうれしかったんじゃないの?」


「…私は女だけど。昼岡君や学校の他の男子によくドリンクやお菓子を奢ってもらうけど、別に嬉しくない」


 そんなことあったんだ。ニコが改めてすごくモテることを確認した。


「むぅ。悩む」


 ニコは天井を見上げて腕を組む。


「奢られて喜ぶ。ではなく別の解釈が欲しい」


「好きな人から貰ったから嬉しいとかじゃなくて?」


「好きな人からなら何を貰っても嬉しいはず。それならタピオカの意味がない。タピオカを貰って嬉しい気持ちの解釈が欲しい」


 仮に僕だったら、ニコから何を貰っても嬉しいだろう。


「原作はこの時点で、ヒロインは主人公に恋愛感情はほぼないはず。むしろタピオカあげた後以降好感度が上がっているように思える。なぜ?」


「女の子はタピオカ好きだからじゃないの?」


 ニコは首を傾げている。


「それはつまりタピオカを貰ったから好きなったと言いたいということ?」


「うーん。でもきっかけにはなったんじゃない?」


 納得がいっていないようで、ニコは渋そうな顔をしている。そしてタピオカほうじ茶ラテにストローを刺してチューっと吸い始める。


「味は美味しい。だけどそれで一緒にいる男を好きになる?」


「よくあるパターンだけどさ。優しさに触れたから好きになったんじゃないのかな?」


「なるほど。タピオカほうじ茶ラテは優しさのメタファーと解釈すると」


 ニコはそのまますぐにタピオカティーを飲み切った。そして近くのゴミ箱にカップを捨てた。


「解釈はわかった。納得はいかないけど。理解はした」


 納得してないんかい。べただと思うんだけどなぁ。主人公がとてもやさしい男だから好きになるヒロインって普通だよね。それに現実でも優しい男が好きって女の子はいってるとおもうんだけど。


「次の場所。行く」


 ニコはすたすたと歩いていく。僕も立ち上がり彼女の後を追った。








 海辺の公園を二人で歩いた。ベンチが空いていたので、座って二人で自販機で買ったお茶を飲みながら休憩する。


「海は綺麗。楽しい」


 楽しかったようだ。それを聞くと僕も嬉しい。だけど例によってラノベを取り出してそのシーンを読みだすのはどうなのだろうか?


「ヒロインはこの海のシーンで両親の不仲を主人公に告白している。さっきの優しさというキーワードから考えると確かに主人公の優しさに惹かれているように解釈できる」


 相変わらず演技のことになると饒舌だ。


「家族関係の不満は物語の王道。さっきのタピオカのやさしさを思い出しながらやってみる」


 ニコはベンチから立ち上がり、海沿いの柵に手を当てながら、演技をする。


「わたしのお父さんとお母さんはいつも喧嘩ばかり。だからわたしは信じられないんです。この周りのカップルの皆さんのように男の人と女の人が仲良くしているのが。なんでお互いに思い合えるのか」


 声にははっきりと芯があるように思えた。僕はニコが台詞を語る様に魅了されていた。


「でも今日少しだけわかりました。あなたのお陰です。そんな気がします」


 演技が終わってニコはベンチにちょこんと座る。


「どう?」


「すごくよかった」


「そう。ありがとう。ならここら辺の解釈はあってるということ。ヒロインは優しい男が好み」


「好みって…。普通に優しい人が好きってことじゃ…?」


 僕がそう言った時だった。後ろから女の人の声が聞こえた。


「でもあたしも小川の解釈が正しいと思うなぁ」


 僕たちは後ろを振り返る。するとそこにいたのは派手めなかわいい女の子だった。クラスで見たことがある。一軍グループに属している女子だ。名前はたしか土橋咲良。


「誰?」


「土橋さんだよ!同じクラスだよ!」


 ニコは首を傾げていたが、ポンと手を叩いて。


「ああ。珍しくブス、馬鹿、ビッチじゃなさそうな高カースト女子ね」


「あたしのことどんな覚えかたしてんの?!氷室さんちょっと冷たくない?!」


 土橋さんはちょっと不満げに唇を尖らせていた。だけどニコはどこ吹く風といった感じだ。


「あの。土橋さん。なんでここに?」


「なにって。あたしもこれだよ」


 そう言って土橋さんは、例のオーディションの原作ラノベをバックから取り出した。


「原作のロケーションを確認して、役作りしてたの。そしたら同じことをしてる人がいたから声かけちゃった」


 土橋さんは快活に笑った。明るくて元気そうな素敵な笑顔だった。


「そう。でも。なんで私の解釈よりもアオトの解釈の方が正しいの?」


 なんかニコは不機嫌そうに見えた。土橋さんはちょっと目を見開いて驚き、それからにんまりとした笑顔を浮かべる。


「単純な話だよ!氷室さんの解釈はつまんない!小川君の解釈は客にウケる!それだけ!」


 ニコはすっと目を細めて土橋さんを睨む。だけど土橋さんはひるまない。


「証明してあげる。あたしの方がずっとウケるお芝居できるってね!」


 そう言って、土橋さんは僕の横に座った。そして肩に頭を乗せて、悲し気な顔をしながら、演技を始めた。


「わたしのお父さんとお母さんはいつも喧嘩ばかり。だからわたしは信じられないんです。この周りのカップルの皆さんのように男の人と女の人が仲良くしているのが。なんでお互いに思い合えるのか」


 そして顔をあげて、土橋さんはウルウルした目を俺に向けながら演技を続けた。


「でも今日少しだけわかりました。あなたのお陰です。そんな気がします」


 正直に言おう。すごくドキドキした。僕は顔を真っ赤にしてたと思う。


「ね?小川君の顔見なよ!あたしの演技の方が正しいでしょ!」


 ニコはそれを聞いてすごく不機嫌そうな顔になった。


「あなたの演技は上っ面しか感情が動いてない!深さがまるでない!」


 確かに演技の深さみたいなものだったらニコの方が圧倒的に上だと思う。


「でもお客の感情は動かせた!ねぇ氷室さん!演技は見世物だよ!なんか氷室さんの演技ってメソッド演技バリバリって感じじゃん!脚本の解釈とか物語の役割とかよりも、お客が喜ぶ芸の方が大事でしょ!違う!?お客さんが楽しいか楽しくないか!それがすべてだよ!浅くて上等!それでも喜ばさせるならそれでいいの!」


 二人は対照的に見えた。冷たく鋭いニコと明るく朗らかな土橋さん。どっちが正しいのかは僕にはわからない。だけど演技に関して二人が本気なのは伝わった。


「てか。氷室さんも声優目指してるの知らなかったわ。まああたしも学校の人には隠してるし。そんなもんだよね。あ!そうだ!」


 土橋さんがどこか悪戯っ子の様に笑って言う。


「あたしにも小川君貸して!今度のオーディションにはあたしも本気賭けてるからさ!相手役の男の子いたら助かるんだよね!」


「駄目」


 ニコは土橋さんのお願いをすっぱりと切った。


「でもさっきカフェのやつも見てたけど、氷室さんは小川君のこと持て余してるっていうか、ちゃんと使えてないよね?」


 そう言われればそうなのかもしれない。


「オタ趣味に理解があって、演技の練習みたいなめんどくさいことにも付き合ってくれる男の子は貴重だよね?独り占めはズルくない?」


「ズルくない」


「じゃあさ聞くけど。こういう時原作の主人公のオタ豚くんはどうすると思う?他の女の子が何か必死に頼み込んで断れるほど冷たい人?優しいから断らないんじゃない?」


「む!?その言い方はズルい!」


「ズルくないもーん。小川君がオタ豚君に徹するならあたしのお願いは聞いてくれるのが筋だよねー!」


「ぬぐぐ。わかった。認める」


 ニコが口げんかで負けた。というか土橋さん強い!


「あの僕の意見は?」


「「え?」」


 そこで二人そろって首傾げるのひどくない?僕にも意思はあるんだけどな。だけど土橋さんはニコとは方向性が違うけど、可愛くてきれいな女の子だ。そんな子とデートできると思うとワクワクする自分がいる。


「アオトのバカ」


 ボソッとニコが何かを呟いたけど、それは風の音にかき消されていった。僕の演技協力はニコだけにとどまらず土橋さんにも広がったのであった。








---作者のひとり言---


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