第29話 氷室さんだってニコニコしたい!その5

 秋葉原にはよく来る。だけど女の子連れは初めてだ。


「ここがアキバ…!」


 ニコはなんか興奮しているように見える。とりあえず目的のものを手に入れないといけない。


「とりあえず本屋さん行こうか。こっち」


 僕はニコを連れて大きめの本屋さんに連れていく。アキバらしくラインナップはオタ系ばかりだ。


「あった!アオト!あった!」


 目的の初版限定SS冊子付のラノベを見つけることが出来た。


「危なかった。あと一冊。アオトに感謝」


「どういたしまして」


 本を買って僕たちは外に出る。これで用は済んでしまった。だけどニコはあちらこちらを興味深げに見回している。


「どうせなら観光していこうか」


 ニコはこくこくと頷いた。これってデートってやつだよね?僕初めてなんだけど?!ドキドキが止まらない。


「えーっと。どこか行きたいところとかある?」


「どこでもいい」


 あれぇ?さっきまで色々キョロキョロしてたのに、どこでもいいって言われるのはなんか納得いかない。


「何処でもって言われても…。本とか見るなら同人誌ショップとかあるし、ゲームならショップもゲーセンもあるし、メイド喫茶とかでアニメとコラボイベントしてるところもあるし」


 ニコは渋そうな顔をしている。なんだろう。どこに行きたいのか。それとも今言ったどれも嫌なのか。よくわからない。


「わたし。ここ。はじめて。よくわからない」


 だから行きたいところを聞いたんだけどなぁ。どうすればいいんだろう。その時ふっと由和の言葉を思い出した。タピオカ屋さん。でもさっき昼岡相手には断っていた。悩む。


「ちょっと休憩しようか。あそこの喫茶店で」


 その喫茶店はタピオカティーも出すところだ。ニコはこくりと頷いた。その店はアキバにあるのに、ごく普通のおしゃれな喫茶店だった。別にメイドさんとかもいない。アキバらしさはまったくない。


「何飲む?」


「なんでもいい」


 またなんでもいいって言われた。


「僕はタピオカティー飲むけど」


「じゃあ。私も」


 あれ?糖質制限は何処へ行ったの?結局タピオカティーを二つ頼むことになった。


「タピオカ。わりと。好き」


「そ、そう」


 ニコはあまり表情を変えないけど、嬉しそうな声でそう言った。


「ねぇ。たしか昼岡くんには糖質制限とか言ってなかった?」


 ニコは首を傾げてから、はっとした顔になる。


「あれは。あの人。苦手だから」


「お、おう。割とさらりと嘘つくんだね」


「演技しただけ」


 ニコはシレっとそう言うけど、それってただの嘘では?まあいいか。


「やっぱり昼岡君のこと苦手なんだ」


「あの人。歌。下手。面白くない」


 けっこうバッサリ切るな。僕なんかはその昼岡よりも歌下手なんだけど。


「それに。周りの女の子。ブス。バカ。ビッチ。鬱陶しい。めんどくさい。それはいや」


 すごい毒を吐いてくる。愚痴がヤバすぎる。


「狭い世界の栄光。それだけしかない。教室のカーストだけしか魅力がない。学校の外でも通用する魅力なきゃだめ」


「けちょんけちょんだね」


「私も。あれには迷惑してる。早く高校を卒業したい」


 クラスカーストはやっかいだ。ニコみたいな子でもその影響から逃れられない。大学に行けば僕らも自由になれるだろうか。そうしたら。もしかしたらニコとお付き合いしたりとかも…。


「恋愛脳だけしかいない。だから高校は嫌い。私に恋愛をしている時間はない」


 ニコは真剣な眼差しでそう言った。声優を目指すってことはそれだけ大変なことなんだ。いいのだろうか。そんな彼女の傍に僕がいても。


「アオト。顔色よくない。タピオカ。まずい?」


「いやそうじゃないよ。ちょっと教室の嫌なことを思い出しただけ」


「そう。教室は檻。仕方ない。ところで」


 僕に向かってニコは顔を近づけてくる。


「今度。協力して欲しいことがある」


 艶々とした彼女の唇が、僕には扇情的に見える。


「公開オーディション」


「公開オーディション?」


「大手の出版社やレコード会社それに芸能事務所が開催するオーディション。大賞を取った人は即デビューで事務所の所属も決まる」


 ニコはスマホにそのオーディションの募集ページを僕に見せてくる。今度アニメ化するラノベ作品のヒロイン役に新人抜擢するオーディションで、これに勝つとそのままヒロイン役をゲット出来て、さらに事務所への所属も決まるというすごいやつのようだ。大賞じゃなくても入賞者には賞金が出るし、芸能事務所への所属も検討されるようだ。


「すごいね。出るの?」


「…出たい。でも自信がない。だから協力欲しい」


 今度はバックから一冊の本を取り出す。ラノベのようで、タイトルは『清楚なあの子のオタ友達になった件』


「テンプレラブコメ。清楚系美少女と秘密のオタ活をやるよくあるラブコメ」


「その作品なら読んでる。ヒロイン可愛いんだ」


「知ってるならいい。この作品のヒロインをこのオーディションで決める。実際に本番の公開オーディションでネット番組の収録でこの作品のヒロインの台詞を演じる」


「まじで?え?大丈夫?」


「ダイジョブじゃない。ステージの上になんか立ちたくない。でもやるしかない」


 ニコは暗い顔でそう吐き捨てる。


「だから協力して欲しい。役作りをしたい。アオトには主人公のオタ豚くんを。私がヒロインをやる」


「いつもの練習だね。それはかまわないけど」


「それだけじゃない。作中、ヒロインはオタ豚君と都内のいろんなところへデートで行く。それに付き合ってほしい」


 すごく嫌そうな顔でニコはそう言った。縋るような目で僕を見ている。


「頼めるのはアオトしかいない。お願いします。助けてください」


 ニコは頭を下げる。だけど僕にはこの申し出が死ぬほど嬉しく聞こえたのだ。オーディションまでまだまだ時間がある。ニコと様々なところでデートができる。それはなんて魅力的な提案なんだろう。


「僕にまかせて!ニコの夢を叶えるのに協力させてくれ!」


 僕がそう言うとニコは嬉しそうに笑って。


「ありがとうアオト。これからもよろしくね」


 そう言ってくれたのだ。



---作者のひとり言---


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