第7話 お隣の小悪魔後輩をいつの間にかちょろビッチにしてしまった件(後)

 クラブは店によって音楽の方向性が結構違う。みんながみんな皿だけ回してるわけじゃない。俺はステージ裏の控室でベースの調律をしていた。


「今日の気分はメロウ系なんだけどなぁ。まあいいけど」


 今日DJが流す曲の楽譜はもう頭に入っている。だけど楽譜通りに演奏することをオーナーは求めていないのだ。


「つーかクラブのステージほんときらいなんだけどねー。客はなんかへたっくそに踊ってるし、男は女とやることしか考えてないし、女はナンパされて相手に酒奢らせるのを楽しんでるだけだし。馬鹿しかいない。ほんとつまらん」


 ベースの調律は終わった。適当にドレミファソラシドとならしてみる。まあまあかなって感じの音。これは俺のベースじゃない借りものだし、これくらいの音が出れば十分だろう。


「へーい!DJ!」


 俺はテキーラショットを決めながら今日の共演者のDJくんに声をかける。


「ああ。お前がオーナーがいきなりねじ込んできたベーシストか。つーか別にベーシストとかいらないんだけど」


「まあまあそう言うなよ。お前は皿をとにかくきゅきゅ回してろ。どうーせだれもDJの違いなんてわかんねーんだからさ」


「はぁ?そんなのいうならベーシストだって同じだろうが!」


「ちげーよ。もうぜんぜんちげーよ」


 酔ってハイになった俺は目の前のDJとは自信のレベルが違うのだ。


「まあ後ろから見てろ。俺が本物のグルーブってやつを教えてやるよ」


 そして俺たちはステージに立つのだった。










 挑発してきたルルミのプレイはほんと燃えた。


「はぁはぁ。もうぅ先輩マジでけだもの…」


「そりゃそうよ。挑発されればけものになっちゃうの。がおー」


 俺はルルミの首筋に甘噛みする。


「きゃん!くすぐったい。でも先輩がやったあのステージほど挑発できてないですよねわたしなんかは。すごかったなぁあのステージ。みんな先輩の作った波に乗ってた。あの波。すごく痺れちゃったの覚えてます」


「まあベーシストにならあれくらい誰でもできる。ギタリストにはできないけど。そうギタリストは所詮コードできらきらしているだけだで上っ面だけかっこよく見えるだけの陽キャのウェイウェイ表現できないのだ。ベース。ベースだけがグルーブを演出できる。グルーブを創れる。グルーブにみんなを乗っけてやれるんだ…!」


「え?なんかその語りオタっぽくてキモいです」


「えー。ちょっとぉ!そこはすごーい!とか言ってよ!」


「すごーい(棒)」


「やめて。惨めになるから」


「ふふふ。せんぱいかわいい」


 ルルミは俺を胸元へと抱き寄せてくる。ずるいよね。女の子はなんでもかわいいって言って、それでも男心を満たしてくれちゃうのだから。










 ステージから愚民どもを見下ろすのは気持ちがいい。俺はDJの皿回しに合わせて適当にベースラインを造って演奏していた。客たちはそれでもきゃきゃしていた。でもはっきりとわかる。まだまだ熱量が足りない。クラブは非日常だからどうせ放っておいてもみんな踊ってるものだ。だけどみんなの視線はあちっこっちばらばらだった。ステージの方を全然見ていない。俺たちプレイヤーはくらぶじゃただの音を出す玩具にしか過ぎない。


「勘違いしてんじゃねぇーぞ。ゴミカス陽キャども。俺が真のグルーブにお前らを染めてやるよ」


 俺はさっきまで高音域を鳴らしていたけど、ここでいきなり最低音のミの音を短音で響かせる。DJが俺のことをなんか空気読めないやつみたいな風に見てくるけど無視する。単音でずっとミを弾き続ける。そのうちDJは俺の出す不協和音に曲調を合わせてきた。DJはこれで俺の支配下に落ちた。真面目なやつはこっちがバカやってやるだけで責任感ですぐに堕ちるからちょろい。そして俺は本気を出す。さっきまではステージの隅っこに立っていたけどステージの中心に歩いていく。そしてベースの低音域でコード弾きを始める。


「おいおい正気かよ!」


 DJがそんなことを呟いているのが聞こえた。普通ベースの低音域でコードを鳴らしても綺麗には響かない。でもそれは俺以外の誰かの話だ。俺の奏でるベースのコードは綺麗でなのにお腹に響いてくるような迫力あるサウンドを響かせ始めた。


「え?なんか曲が変わった?」


「なにこれ?綺麗」


「すっげぇ響くぅ」


 お客さんたちがだんだんと俺の方へと視線を向けてくる。音で人々の視線を誘導する。そして次は俺のプレイスタイルだ。ギタリストのようにちょこまかちょこまか左手を動かしたりしないし、右手を邪んじゃか上に下にとピックを動かしたりしない。俺はここでスラップ弾きを始める。


「おおすげ!」


「なにあれかっこいい!」


 スラップ弾きはソロプレイでこそ輝く。見た目と重厚なサウンドが人々の心に鮮烈に焼き付いていくのだ。もう人々の視線は十分に集めた。俺はDJに視線を送る。それだけで向こうも理解してくれた。曲がそこで一気に盛り上がる。そして俺はそこでヘッドバンドを始める。すると客たちもみんな俺の真似をはじめた。最初は最前列からそしてだんだんとその動きは伝染していきフロア全体の客が同じようにヘドバンをしてくれた。そして曲が間奏に入る直前。俺は高くジャンプする。客たちも俺につられてみんなジャンプして、そこで曲はフィニッシュを迎えた。


「「「うおおおおおお!」」」「ひゅー!」「ぶらぼー!」「ううぇーーーーーい!」


 歓声が客の方から上がってくる。クラブよりもライブのノリに近いけどそこかこれから俺が調律する。DJに視線を送って二曲目を入れさせる。最初から全力のフィンガースタイルで美メロのベースラインを造り上げながら俺はステージでくるくるとまわってみる。そしてDJブース近くのマイクに向かって。


「みんな踊り狂えよ!俺についてこい!」


 いまDJが流している曲がぶっちゃけ何なのか知らない。だけど俺はフーンフーンと鼻唄をマイクに向かって流しながら、激しくベースを演奏する。すると徐々にフロアのボルテージが上がっていく。そしてだんだんと客たちの中でサークルができ始めた。ようは自然発生的にみんなが輪になって踊り始めたのだ。DJ君はそれを見て驚いた顔をしている。きっと今までタテノリみたいな踊りしか見ていなかったんだろうな。甘い甘い。躍らせるならもっと激しくしなきゃいけない。ベースという楽器はこういうことが可能なのだ。グルーブ感。それはリズムとリズムの調律だと俺は捉えている。個々人のリズム感は違う。だから踊りは無秩序になる。それをベースという楽器は波長を合わせて整えて統一することができる。と俺は信じているし、実際にできているからきっとそうなのだ。そして俺はその後一時間くらいずっと客どもを音で操り踊りまくらせた。曲を終えて一礼したときはアンコールが出まくったけどシカトした。


「イヤぁやっぱりいい演奏だね。踊りまくって疲れたお客さんがドリンク頼みまくってこっちはウハウハだよ。ありがとう」


 控室にオーナーがいた。儲かっているようでなによりですこと。


「もう終電も過ぎてるから、久瀬さんのいるVIPルームで過ごしてきなよ。ドリンクはただでいいよ」


「じゃあドンペリを入れても…」


「それは別料金かなぁ。節度あるレベルでタダ酒を楽しんでね」


「もうケチ!ほんじゃまたね」


 俺はオーナーにバイバイして、VIPルームに向かう。VIPルームはさっきのフロアを一望できるエリアにあった。


「よう。どうだった俺の演奏。ベースがいかに神かわかっていただけたと思う」


 後輩ちゃんはどこか恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。


「え?あ、はい。すごい演奏でした…こんなのはじめてですぅ…」


 というかよく見るとVIPルームのテーブルの上にシャンパンが氷漬けになっておいてあった。ドンペリではないけどそこそこの一品のようだ。


「これオーナーが持ってきたのかな?」


「あ、はいそうです。先輩へのご褒美ですって」


「あのツンデレめ。まあいいやいただこうか」


 グラスは二つあった俺はグラスの一つを手に取った。そしてシャンパンの瓶に手を伸ばしたのだが、その前に後輩ちゃんが瓶を手に取った。


「私が空けますよ。先輩の演奏すごかったです!ライブ成功おめでとうございます!!」


 そう言いながらシャンパンのコルクを後輩ちゃんは派手に飛ばした。そして両手で瓶を取って、俺のグラスに優しくシャンパンを注いでくれた。


「おお。気が利くね」


「ええ。わたしは出来る女の子ですからねー」


 そして自分の分のグラスに彼女はシャンパンを注いだ。そして。


「「乾杯!」」


 俺たちはシャンパンを静かに楽しむ。とてもうまく感じられた。


「へぇシャンパンってこんなにおいしいんですね」


「あら。意外。シャンパンなんてガンガン奢らせているように思ってたけど」


「わたしそんないやらしいおんなじゃありませーん!もう!シャンパン飲むのは先輩が初めてです」


「左様か。まあ飲むがよいぞ!今日はインタビュー頑張ったもんね」


「いえいえ。結局先輩が全部すごいのもってちゃいましたから。わたしなんて大したことしてませんよ。先の演奏ホントすごかったです。ここから見ててもドキドキしました。わたしもあのフロアの中に混じりたかったです。さすがちょっと怖いのであれですけど」


「俺もあの中に入るのはちょっと怖いな。踊るならしっとりと踊りたい」


「確かにそうですよね。二人っきりみたいな?」


 そこで俺と後輩ちゃんの視線が交わった。俺はまだ演奏直後の熱があって、後輩ちゃんにも同じような熱を感じた。俺は後輩ちゃんの手を取って立ち上がる。そして。二人っきりで身を寄せ合いながら踊る。


「なんででしょう。先輩のこと全然知らないのに。すごく楽しいの」


「俺も君のことをあんまり知らないけど、今日はとても楽しかったよ」


 俺たちのダンスはさらに密着度を深めていく。後輩ちゃんは俺の首にだきつき、俺は後輩ちゃんの腰に手を回し抱きしめる。ステップは適当。くるくるとただただまったりと回り続ける。


「せんぱいぃ…」


 後輩ちゃんは俺を呼ぶ。俺に何して欲しいのか。それはわかっているけど、女の子のために胸に秘めておくべきこと。俺は後輩ちゃんの唇に優しく奪う。後輩ちゃんは目を一瞬見開いたけど、すぐに艶やかな笑みを浮かべて目を瞑った。だから俺は少し激しくキスをする。


「…ちゅ…せん…ぱぃ…だめ…だめ…っ…ん…っちゅ…あ…」


 キスが終わって後輩ちゃんは目を開いた。しっとりと濡れてキラキラと輝いている。


「もっとお前が欲しい」


 俺はそう言った。後輩ちゃんは頷いたり首を振ったりはしなかった。ただただ俺を淫靡な笑みを浮かべて見詰めている。俺は彼女の腰に手を回して、一緒にクラブの外へ出た。そして近くにあるラブホに入ったのである。






 何度も何度も体を重ねて、気がついたら夕方になっていた。


「初めて学校さぼっちゃった。先輩のせいですよ。わたしのこと放してくれないんだもん」


「それは可愛すぎたお前が悪いんだよ。俺は悪くない」


 後輩ちゃんは俺に甘えるように文句を言う。そして俺たちはシャワーで汗を流して、ラブホの外へ出た。六本木の駅に向かうまで後輩ちゃんは俺の腕に絡みついて体重を預けていた。そして地下道に入って改札前まで行って、彼女は俺から手を離した。


「…わたし…今まで間違ってました…」


 俯きながら後輩ちゃんは暗い顔でそう言った。なに?これなに?すげぇいやな予感!


「人を挑発して思い通りに動かすのが楽しかった。タツキチくんとかほんとそれですぐに引っかかって顔赤くして可愛くて面白かった。でも知っちゃった。先輩がわたしに…忘れられなくしちゃった…もっともっと面白いことがあるって…わたし知っちゃったようぅ」


 タツキチって誰だよ?!てか何を言っているのかよくわからない。


「わたし…もうだめ…やってきたことが恥ずかしいの…先輩の傍にいちゃだめだよこんなのぉ…ごめんねぇ。さようなら!」


 そして彼女は改札を早足で通ってホームへと降りて行ってしまった。追いかけようとしたけど、すぐに電車が来た音がしたので追いつけないと悟ってしまった。


「またかよ!またなのかよ!蛙がにくいいいいいいいいいぎゃああああああああああ!!!」


 こうして二度あることは三度あるが実現してしまった。俺は三日連続でフラれたのである。心が痛すぎるようぅ。そして俺はとぼとぼと自分の部屋に帰ったのであった。




---作者のひとり言---

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これからもBSSをよろしくお願いいたします。

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