第40話 新たなスタート、新たな波乱(終)
「きゃっ⁉︎」
「レオノーラ様、髪が……」
「あぁ、ありがとうリア」
リアは急な強風で乱れたレオノーラの髪を手櫛で直しながら、心配そうにレオノーラの顔を覗き込んだ。
スヴェンのダールトン王殺害のあの日から一週間。
彼の未来はレオノーラに委ねられたが、結局はスヴェンが王になる事を認め新体制でやっていく事に決まった。
レオノーラは元々王の座に興味は無いし、スヴェンももうすぐ子供が生まれる。
このまま彼に王位に着いて貰うのが最善策だと考えたのだ。
スヴェンは王になってから精力的に動いた。
まずはダールトンと共にレオノーラを陥れたジール将軍の処刑。
また、彼等に呼応し証拠や証言の隠滅を図った者も処罰した。
鉱夫が仕事を奪われている間に食事を提供した者達には可能な限りの謝礼を贈った。
リア達に関係する事で言えば……同性婚を正式に合法な物とした。
それまでは『同性の結婚を禁止する法律は無い』という事で事実婚のような状態を続けていた。
だがスヴェンから法律変えるから早く結婚しなさいと言われ、晴れてリアとレオノーラは正式に婦妻となり、リアはヴェールバルドの姓を得た。
スヴェンとミルラが強引に結婚式を推し進め、大勢の前でレオノーラと誓いの言葉とキスを交わすのはやはり恥ずかしい気持ちもあったが……その恥ずかしさを遥かに上回る程幸せな気分だった。
ただ、それであっても公務の時は従者として付き従うと決めた。
正式に王女の妻となった以上、素の荒々しい自分は抑制するに越した事は無いからだ。
その分夜になったら今まで以上に激しく愛し合うスパイスになるのでそれもまた良し、とレオノーラ共々納得している。
スヴェンはスラムに関しても全面的な支援を約束した。
ドラゴンによって全壊した居住区の復興資金まで出してくれたばかりか、予算も増額。
前々からレオノーラが渇望していた学校や病院の建設が始まった。
また、城下以外の場所も“町”と定義する準備も進めている。
この場所がスラムから町と呼ばれる日もそう遠くないだろう。
そして、まだ気が早いがレオノーラは新たに“町長”に任命された。
正式にはもっと長ったらしい名前があるのだが、分りやすさを重視して本人も町長と名乗っている。
町長……とは言っても多くの人口と主要産業を押さえた区域の代表だ。
その影響力は王に次ぐと言っても過言ではなく、レオノーラの成した偉業に対して相応しい地位と言える。
そんなレオノーラは今、新たな魔鉱石鉱山を開かんと現場で指揮を執っている。
「レオノーラ様、そろそろ休憩を……」
「ありがとうリア。でももう少しやらせて」
「……分かりました。ですが無理はなさらないで下さいね?」
「えぇ、分かってるわ。あ、はい! そこに穴を開けてください!
いえ、上級ではなく中級魔法で。出入り口になるので緩い傾斜を意識して……はい、お願いします」
鉱山を開くのも二度目。レオノーラの指示出しも随分と手慣れてきた。
「それにしても……よく此処の地下に魔素溜まりがあると分かりましたね。探知魔法の範囲外だったのでしょう?」
「此処はね、かつてお父様がサイクロプスを討伐した場所なのよ。
ずっと不思議に思っていたの。サイクロプスのような大型の魔物がどうして此処に居たのかって。
魔素量が足りない場所に大型が迷い込んでくる……というのは稀にあるから、その件もそうだと結論付けられたわ」
でもね? とレオノーラがリアに笑いかける。
「ドラゴンが出現した第五鉱山を調査した結果、探知魔法も及ばない地下深くに広い空間が存在していた事が分かったの。
きっとドラゴンはそこに生息していて、つまりそこには彼が生きていけるだけの魔素があったと言う事。
だから私はかつてサイクロプスが出現したこの地を土魔法で抉り、改めて探知魔法で調査した結果……」
「魔素溜まりを見付けた、と」
「その通り! 今は並行して他の場所も調査させているわ。
もしかしたらもっと鉱山が見つかるかもしれない。
いつか人口が増えた時の為に、働き口は幾らあっても良いもの!」
今の鉱山で溢れる程の人口増加。
いったいそれは何十年後の話なのか……とリアは苦笑した。
けれど、そんな未来を夢見るレオノーラの笑顔はとても魅力的で……その笑顔の為なら、自分も人生を懸ける価値があると思えた。
「後は黒の牙の事さえどうにか出来れば……」
「やはり捜査は打ち切りですか?」
「ミルラの生存が露呈してしまってはね」
かつて黒の牙がミルラを罠に嵌めてレオノーラ陣営の戦力を削ろうと暗躍した事件。
ミルラは己が死亡したと錯覚させる事で秘密裏に捜査していた。
主犯が内政官であるグスコフである事は突き止めたが、当のグスコフが行方不明の後に死体となって発見された。
そこから更に踏み込んだ捜査を……という所でドラゴンが襲来し、やむを得ず姿を晒して参戦した、という訳だ。
「他にも外交問題が……お兄様は融和政策を取るつもりだそうだけど……」
「それで今までの鬱憤が消え去る訳では無いですからね」
「それに騎士団の脆弱さもバレてしまった。お兄様が鍛え直してくれると良いけれど。
それに魔鉱砲も全て壊れてしまったし……再現出来るかしら?」
レオノーラは、はぁ……と溜め息を吐く。
「せめてこれ以上の厄介事は起きないでほしいわね」
「まったくです」
「……ねぇ、リア。お腹、まだ痛むの?」
「え? あ、いや……」
レオノーラに指摘されて、リアは無意識に自分の腹部を摩っていた事に気付いた。
「ごめんなさい、傷を残してしまって……痛いなら安静にしていた方が……」
「それは違いますっ!」
リアはレオノーラの肩を掴んで叫んだ。
あの時、飛び散る魔鉱石からレオノーラを庇い腹部に傷を負った。
レオノーラの治癒魔法で一命は取り留めたものの、途中で気絶したので傷跡が残ってしまったのだ。
だがリアはそれを不服に思った事は無い。
寧ろレオノーラを守った勲章として誇りに思っているぐらいだ。
だから……リアが腹部に触れるのはもっと別の理由からだ。
「その、最近お腹が出てきまして……食べ過ぎでしょうか?」
「えぇ? 確かに貴女は食べる方だけど、その分動くじゃない。ちょっと触るわね?」
レオノーラはリアの腹部にそっと手を添えた。
何らかの魔法を使っているのか、ほんのり暖かい。
「え? あー、うーん? んーーー、うん。えぇ……?」
「な、何か?」
予算の配分でもこんなに眉根を寄せない、という顔でレオノーラはリアの腹部を何度も摩っては首を傾げる。
そして暫し唸った後……意を決したように口を開いた。
「リア、貴女……」
「は、はい」
「お腹に赤ちゃんが居るわ。正確には……卵が」
「……はぇ?」
リアは、知らず知らずの内に新たな厄介事をその身に抱えていたのだった。
fin
無垢な王女と貧民少女のスラム改革〜培った人脈で魔鉱石採掘労働者の職場環境を改善せよ!!〜 生獣(ナマ・ケモノ) @lifebeast
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