第37話 決着
「怪我人はこちらに! 臨時の診療所として民家を開放しています!」
「所属、出身に関係無く怪我をした方はこちらに!」
「……え?」
レオノーラは何も指示を出していない。
城下の住民達が自らの意志で、スラムの住民にも救いの手を差し伸べている。
「……! よしっ!」
レオノーラはその光景に一層の気合いを入れて、今まで描き続けてきた魔法陣に最後の仕上げを施した。
「準備が整ったわ! ヘルタ、撤退の合図を!」
「はいはーい」
ヘルタはワンドを空に向けて赤い閃光を三回放つ。撤退の合図だ。
それを機に騎士団と鉱夫、それを指揮していたメイド隊も敵に背を向けてこちらに向かってくる。
当然追走する魔物も居るが、それ等は尽くスヴェン騎兵隊によって蹴散らされている。
「はいはーい、歩ける人はちゃっちゃか奥に進んでくださーい!」
「ここで止まったら後続が詰まる! 重傷者以外は歩き続けろ!」
リアとヘルタが撤退してきた者達を手際よく誘導していく。
レオノーラはその声を頼もしいと笑みを浮かべて、精神統一の為に深い深呼吸。
「遍く全てを滅する光よ。神の鉄槌、悪魔の雷撃、大自然の報復。
万象を討ち倒す叡智の証。空を覆い地を穿つ魔力の奔流。我は御身を讃え、崇め奉らん」
紡がれる呪文と共に、レオノーラの周囲が光り輝き始める。
「我が眼前に立ち塞がりし者共よ。
慈悲深き神の子羊を害する愚か者共よ。
今、汝等の罪業を白日の下に晒さん!」
撤退を助ける為に殿を務めていたスヴェン達も戻ってきた。
レオノーラは詠唱中なので言葉を交わす事は叶わなかったが、それでも兄の無事に安堵して微笑む。
「我らが母よ、大いなる神々よ。どうか我が手に御身の奇跡を!」
「あ、ドラゴンが……!?」
「と、飛んだ……!」
詠唱に集中しているレオノーラの視界にもその様子は映っていた。
ドラゴンは翼を羽ばたかせ、ブレスを吐く体勢だ。
意図は分かる。空に上がればそれだけ魔法の範囲を広めざるを得ない。
そうなれば必然と威力は下がる。だが……
(関係無いわ)
レオノーラの心に、不安など微塵も無かった。
「偉大なる浄化の光よ! どうか我の願いに応えその力を貸し与え賜え! 広域殲滅魔法・ホーリーレイ!!」
レオノーラの号令と共に、魔鉱砲から極太の光が放たれる。
それはまるで光の柱。その光はドラゴン諸共魔物の群れを呑み込み……
「……ふぅ」
その全てを消し飛ばした。
地上の魔物は跡形も消え去り、空中のドラゴンも多少は粘ったが、すぐに口惜しそうな断末魔を上げて身体が霧散。
体躯に見合う魔鉱石を残して消滅した。
「おぉ……!」
初めは誰が零したかも分からない感嘆の声。
それは隣に、次に前後にと伝播していき……
「うおおおおおおぉぉ!!」
歓声が爆発した。
「姫様!」
「姫様はヴェールバルドの英雄です!」
「ありがとう! 本当にありがとうございますっ!!」
「……ふふ」
歓声を背中に受けてレオノーラは膝を着く。
魔力も体力も底を尽きかけていた。
それでも彼等を、この国を守る事が出来て本当に良かった……そう思える筈なのに。
(……?)
“何か”を忘れているような気がする。
魔物は一掃した。最大の障害であるドラゴンも倒して。
その証として、空中には巨大な魔鉱石が……
(落下、して……っ!?)
そう。空へ飛んだドラゴンが生き絶え、そしてそこに現れた魔鉱石は地上に向けて高度を下げ続けている。
「っ、みんな隠れて! 魔鉱石の破片が飛び散るわ!!」
「え……!?」
レオノーラの危機迫る声に全ての住民が応えられる訳でなく。
しかし反応出来た者……メイド隊の面々はすぐに前面に防御魔法を展開した。
不運だったのは……ホーリーレイを放つレオノーラただ1人、群衆から離れた位置に居た事だ。
「あ……」
硬質な破壊音。
まるで流れ星のように尾を引き、砕けた魔鉱石の破片が全包囲に飛び散った。
どれか一つでも当たれば容易に皮膚を貫くであろうソレに対してレオノーラは抗う術を持たず……
「レオノーラッ!」
代わりに、間に立ち塞がったリアがその小さな凶器を受け止めた。
「かはっ!?」
「……え?」
腹部を抑えて倒れ込むリア。
手の隙間からは鮮血が滲み出し、その顔は痛みに歪んでいる。
幸運にも当たったのは一つだけだった。
しかし、その一つは十分に命を奪い得る。
「リア……リア! リアっ!!」
レオノーラは重い身体に鞭打って、這いながらリアの元に向かう。
「いや、いやよ……! 待ってて、すぐに治してあげるから……!」
「ダメ、だ……魔力、使いすぎ……死んじ、まう…ぞ……」
「黙ってっ!!」
レオノーラはリアの腹部に手を当てて、治癒魔法を発動させる。
確かにリアの言う通り魔力は殆ど残っていない。
だから、命を削る。
己の生命エネルギーから無理矢理に魔力を削り出し、搾り出し……リアの命を繋ぎ止める。
(もう傷は塞がったのかしら……あぁ、ダメ。
もう何も見えない、リアの息遣いも聞こえない。
分からない。分からないから、止める訳には行かない。
もっと魔力を込めるの……もっともっともっと……)
限界のその先。
寿命を縮めてまで魔法を行使したレオノーラは……やがて糸の切れた人形の様にリアの上に倒れ込んだ。
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