第36話 集いし者達


「ふぅ!」



七つ目の魔鉱砲に魔法陣を刻み終え、レオノーラは汗を拭った。

準備は確実に進んでいるが、状況は良いとは言えない。

前線で魔物を押し留める圧力が明らかに弱まっている。

疲労はあるだろうし、負傷者も増えてきた。


魔物の群れが大き過ぎて、ドラゴンの攻撃範囲外で戦えている事。

ドラゴンが餌となる人間にブレスを吐くという非合理的な行動をしないだけの知能があるのは行幸だったが、それでも徐々に向こうの侵攻速度が上がっているのも事実だ。



(急がなければ……!)



レオノーラが焦りを感じ始めた……その時。



「レオノーラっ!」



愛しい人の、声が聞こえた。



「リア?」


「連れて来たぞ!!」



誇らしげに笑う彼女の後ろには道を埋め尽くさんばかりの人々が付いてきていた。

その内の一人……肉屋のバーンズが木箱を抱えて高台に登る。

彼は干し肉をスラムに卸し続け、鉱山が封鎖された後も鉱夫達に食料を提供し続けた男だ。



「姫様、魔鉱石を持ってきましたぜ! 何処に入れるんです?」


「え、そこの魔鉱砲の穴に入れてくれれば……いや待って! その魔鉱石はどうしたの⁉︎」


「家にあるもん片っ端から持ってきました!」


「それじゃあ……!」


「えぇ、暫くは灯りを点けるにも火を起こすにも……日常生活は不便になるでしょうね。

ですが、ドラゴンや魔物に踏み潰されるよりはマシでしょう!」


「おぉともよ!」


「私の魔鉱石も使ってください!」



バーンズに続くように、他の住民達も魔鉱石を高台に運ぶ。



「皆さん……!」


「姫様」


「ドンデスさん、貴方まで……」



菓子屋のドンデスもまたスラムに飴玉を卸している男だ。



「実を言うとですね。最初お話を頂いた時は適当にやろうと思って娘に飴を作らせてたんですよ。

小遣い稼ぎになるからやってみなって。そうしたらねぇ……」



ドンデスは微笑んで、心底嬉しそうに口を開く。



「スラムじゃ完売! 住民達も美味い美味いって褒めちぎってたとレオノーラ様が教えてくれたでしょう?

その日から娘は真面目にお菓子作りの修行をするようになりましてね。

それまではやれ踊り子になるだとかやれ旅に出るだとか……そんな夢ばかり語ってた娘が、今やこの店を継ぐんだーってね。

だからこれは、娘の分も含めた私達からのお礼なんです」


「ありがとう、ございます……!」


「使っとくれ!」

「……ほら」

「持ってきたよ!」



『ヒポグリフの翼亭』の女主人、アンナ。

無愛想な鍛冶職人、ハイドン。

織物職人のエルザ。

そして、今まで交流を重ねてきた市井の民達が次々と魔鉱石を運んでくる。



「姫様ー!」


「バーラムさん、バルコさん! え、その魔鉱石は……」



バイトで鉱山の同行魔法使いを務めていた2人の学生。

彼等が複数の学友と思しき者達と魔鉱石を詰めた木箱を積んだ荷車を引いてきた。



「学校から持てるだけ持ってきました!」


「避難所にリアさんが来て何が起こっているのか教えてくれたんです。それで皆居ても立っても居られなくなって……」


「こんな事学校に知られたら退学どころの話じゃないわよ!?」


「友人が戦ってるんです! 僕達も何かしたいんです!」


「……!」



業種は違えど同じ場所で働いていた者達。

スラムの鉱夫達を、彼等は友人だと言ってくれた。



「ありがとう!」



これまでの活動が、自分の願いが、確かに彼等に届いていたのだと実感してレオノーラは目頭が熱くなる。



「はいはーい、皆さん道をお開けくださいなー」


「……!」



レオノーラは妙に甘ったるい、しかし親しみのある声に振り返る。

そこに居たのは城の衛兵やコック達を引き連れたヘルタ。

ミルラと共に裏に潜んで調査を行っていた筈だが、こうしてミルラが姿を現した以上は彼女もコソコソする必要が無くなったという事だろう。



「魔鉱石、お持ちしましたぁ♡」


「これは?」


「城から拝借しました」


「後ろの人達は……」


「賛同者の皆さんです」



父、ダールトンが魔鉱石の持ち出しなど許す筈がない。

つまりヘルタや彼等は、王の意向に逆らってまで魔鉱石をかき集めてくれたという事。



「ヘルタ、皆さん……本当にありがとうございます!」


「いえいえ、お礼なら各避難所で土下座しながら助けを求めたリアに言ってやってくださいな」


「リア……」


「レオノーラ、これで足りるか?」


「えぇ! これだけあればきっと大丈夫!

ありがとう、やっぱり貴女は私の自慢のパートナーよ!」


「へへ……」



レオノーラに抱きつかれたリアは少しの照れを表情に滲ませる。



「……さて、皆さんのお陰で魔鉱石は十分に揃いました。

皆さんは安全な場所に避難してください! このお礼はまた後日に……」



そこまで言い掛けて、不意に前線から歓声が上がった。

不利な戦況である筈なのに? と思わずそちらに目を向ける。


銀の鎧を纏い、ヴェールバルドの紋章が刻まれたマントを羽織った青年。

彼を先頭にした騎兵部隊が魔物の先頭集団を横から切り裂いていた。



「お兄様!」


「スヴェン様だ! スヴェン様がご帰還なされたぞっ!!」



スヴェンの参戦を切っ掛けに、それまで戦っていた騎士や鉱夫達の三割程が撤退を始めた。

スヴェンの指示で怪我人を退がらせたのだろう。

何人かは肩を借りながらではあるが、レオノーラ達の元へ歩んでくる。

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