第38話 救えぬ者達


「以上が事の顛末です。散らばった魔鉱石を集めたところ、ヴェールバルド一年分相当のエネルギーになる事が判明しました」



ドラゴン討伐戦から三日後。

レオノーラは気を失ってしまったものの、治癒魔法はちゃんとに使えたようでリアは一命を取り留めた。

まだ完治はしておらず入院中なので、護衛はミルラとヘルタが付いている。


そしてレオノーラはというと、魔力はまだ回復し切っていないが王城会議があるという事で無理を押して出席した。

そんなレオノーラの報告により議員達は感嘆の声をあげる。



「ですがドラゴン討伐に用いた魔鉱石の量を考慮すると決して収支は多いとは言えません。

その上多数の死傷者、現場となった第五鉱山付近の居住区も含め全壊。そして何より……」



レオノーラは全ての元凶……父、ダールトンとジール将軍を睨み付ける。



「第五鉱山は崩落。例のドラゴンが魔素溜まりの役割を果たしていたようで、数度調査しても魔素反応は微弱。

完全に死の鉱山となってしまいました。

分かりますか? お父様……いいえ、ダールトン王とジール将軍の強行により一つの鉱山を失った。

今後の魔鉱石の採掘量が20%もダウンするのです!

国王と将軍はその責任をどのように取られるおつもりなのですかっ!」


「責任? 余の行いに責任があると?」


「当たり前でしょう! 王が鉱山全てを封鎖しろと命令したから……」


「否。これはドラゴン出現の可能性を知っておきながら黙っていたレオノーラの責任である」


「如何にも! 幾ら我らヴェールバルド騎士団が勇猛果敢と言えど流石にドラゴンは手に余ります。

ドラゴンが出てくるとあらばワシは全力で反対していたでしょう」


「……はい?」



この男達は何を言っているのだろう? 頭をそんな思考に支配されながらも、レオノーラは何とか口を開いた。



「何を……! 私は何度もドラゴン出現の可能性と危険性について忠告したではありませんか!

それを無視し、私を投獄し……強引に進めた故のあの結果でしょうっ!!」


「記憶に無いな。他の者はどうだ? レオノーラがドラゴンについて言及していた記憶はあるか?」


「いいえ、ありませんな」


「私もです」


「……っ、書記! あの時も記録は取っていたのでしょう? その時の記録をすぐに持ってきてください!」


「ひっ、あ、あの……申し訳ございません! 私の不始末で、その…あの時の記録を紛失してしまいまして……」


「なっ……!?」



あぁ、そうか……と、この時になり、レオノーラは理解した。

ダールトンとジールは責任から逃れる為にあの会議での出来事を“無かった事”にしたのだと。

レオノーラは怒りで手と声を震わせた。



「貴方達はどこまで腐って……!」


「話は終わりか? ならば次は貴様の番だ、レオノーラ」


「私に何か落ち度があると?」


「落ち度どころの話では無い。貴様はドラゴン討伐の際に魔鉱石の窃盗及び強盗の疑いが掛かっている」


「なんですって!?」


「住民を脅し魔鉱石を奪い取り、学生や城の者を脅し学校や城から魔鉱石を盗ませた」


「姫様に脅されて仕方なく加担した……という者も大勢います」


「……」



それは嘘だ、とレオノーラは確信していた。

あの時、全ての住民が己の正義に従って魔鉱石を提供してくれたと自信を持って言える。

だが、それを主張したところで無駄だと言う事も分かっている。

奴等は架空の共犯者を作り出し、それを根拠に自分を陥れる事に何ら躊躇いが無い事は今のやり取りでハッキリしている。



(お兄様……)



救いがあるとすれば兄スヴェン。

騎士道精神に溢れ、正義感の強い彼ならきっと自分の味方をしてくれる。

そう信じて彼の言葉を待つが、一向に動く気配が無い。



「悲しいが我が娘とて悪き者は裁かれねばならん。衛兵よ、レオノーラを捕らえよ」


「はっ!」


「くっ……」


「姫様、どうかご容赦を」



衛兵が手枷を持ってレオノーラに接近する。

しかしその間を縫うように、二人の人影がレオノーラの前に立ちはだかった。



「お待ちを。これは余りにも不当です」


「お顔だけではなく性根まで汚いんですねっ! ドン引きです♡」


「ミルラ、ヘルタ……」



リアに代わり護衛を務める二人のメイドの登場に衛兵はたじろいだ。

ヘルタはともかくミルラの強さは城の者なら知っている。

少なくともこの衛兵が敵う相手ではない。



「おっと、ここは厳粛なる会議の場だ。荒事は控えてくれるかい?」



だが、この男……スヴェンならば話は別だ。



「お兄様……」


「レオノーラ、大人しくお縄に付くんだ」


「……っ」



レオノーラは唯一の味方だと思っていたスヴェンにも見捨てられた。その事実が重くのしかかる。

唖然とするレオノーラを庇うようにミルラが口を開く。



「お言葉ですがそれは承服出来ません。

私達は姫様の従者として不当な扱いに断固抗議致します」


「魔鉱石の窃盗はヴェールバルドの根幹を揺るがすと同じ。

レオノーラを庇い立てすると言うのなら容赦はしない」


「ここで退いてはリアに顔向けが出来ません」


「……!? ダメ、やめて! お兄様には敵わないわ……!」


「主人の名誉より己の命を惜しむメイドなど居ません」


「お願い……っ」


「くっ……」



レオノーラのあまりに悲痛な表情に、ミルラとヘルタも怯んでしまう。



「お願いがあります、お兄様」


「なんだい?」


「私は全ての罪を認めます。大人しく拘束されます。

ですから従者の事はどうか見逃してください……」


「……分かった。約束しよう」


「ありがとうございます。……ねぇ、ミルラ、ヘルタ」


「はい」


「貴女達のプライドを踏み躙ってごめんなさい。

でも、私のせいで傷付いてしまう人を見るのはもう嫌なの。

私の心の平穏の為に、どうか危険な事など考えないで?」


「……承知、致しました」


「ありがとう。リアとスラムの事、よろしくお願いね?」



レオノーラは最後に儚げに微笑むと、メイド二人の間から歩き出して両手を差し出した。

衛兵がその細い手首に枷を掛ける。



「こちらです」


「はい」


「よし。レオノーラの従者であるメイド達も拘束しろ。抵抗してくれるなよ? 他の者も全てだ。入院しているリアもな」


「……え?」



他の衛兵達がミルラとヘルタに詰り寄り、その手首を拘束する。



「な、何故ですか!? 私が大人しく拘束されれば彼女達には手を出さないと……っ」


「悪を断ずる為だ。野放しにしていてはレオノーラの脱獄の手助けをしてしまうかもしれないだろう?」


「っ、貴方は! 貴方までも……!!」



レオノーラは激昂しスヴェンの元に歩み寄ろうとするが、拘束された身で大柄な男二人に両脇を抱えられてしまっては成す術が無い。



「お待ちください! どうか、どうか従者への無体な真似は……!」


「これ以上抵抗するのであれば代わりに従者が罰を受ける事になるぞ。

君のフィアンセはまだ体力が戻っていないのだろう?」


「……っ、うぅ……」



未だ入院中のリアを人質に取られてしまっては、レオノーラに抵抗する術は無い。

悔しさに涙を滲ませ、ガックリと項垂れた。



「ハッハッハ、見事だスヴェン! 悪を裁くその姿……正に聖騎士に相応しい!」


「気が早いですよ父上。聖騎士叙勲の儀は明日ではないですか。

市民を脅して私腹を肥やす悪逆王女、レオノーラを捕らえた功績を讃えた、ね」


「……そう、だったのですね」



レオノーラは全て合点が行った、とスヴェンを睨み付ける。



「全て計画通りだったのですね! お父様にとって目障りな私に濡れ衣を着せ、それを捕らえさせる事で功績としお兄様を聖騎士に……っ!」


「流石は我が妹、聡い子だ。僕はずっとこの瞬間を待っていた。

このチャンスを与えてくれた君には感謝しているよ」


「許さない……! いつか必ず罪を犯した全ての人間に正当なる裁きを下してみせます……っ!」


「妙な気は起こすなと言った筈だ。今頃はリアの身柄も確保している事だろう。……連れていけ」



レオノーラは衛兵に無理矢理立たされ会議室を追われた。

普段の優しく可憐な調べを紡ぐ口から放たれる怨嗟の声は、深く深く響き……やがて暗い闇に消えていった。


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