第28話 忠義者


「あ、あぁ……私はなんという事を……っ」


「ミルラ、もう良いのよ。貴女は悪くないわ」



レオノーラは泣きじゃくるミルラを優しく抱き留める。

しかしミルラは首を振って否定した。



「仕えるべき主を見間違え、あまつさえ襲うなど……悪くない筈がありません。

お願い致します。どうか私に相応しい罰をお与えください」


「その前に現状の把握が最優先よ。どうすればミルラが魔道具を着けさせられるような状況になると言うの?」


「それが私にもよく……ヘルタと会話をしていたのは覚えています。

そして、いつの間にかレオノーラ様がレーゼ様であると認識していました」


「ヘルタ……?」



レオノーラは困惑した表情をヘルタに向ける。

それを受けたヘルタは特に悪びれる様子もなくにんまりと笑った。



「えぇ、その通りです。その魔道具をお姉様に着けたのはこのヘルタ・クリシュラーネで間違いありません♡」


「貴様……っ、貴様あぁぁぁぁぁ!!」


「かはっ!?」



ミルラは怒りに歯を食い縛り、ヘルタを押し倒して首を締める。



「駄目よミルラ! 手を離してっ!!」


「落ち着いてください師匠!」



レオノーラとリアは怒りに震えるミルラを止めようとそれぞれ腕にしがみつく。

腕力の問題でレオノーラは然程戦力にはなっていないが、その分リアが気を吐いてどうにかこうにか引き離した。



「ケホ、ケホ……だって仕方ないじゃないですかぁ。

お城で普通にお給仕していたらいきなり黒の牙にコレを渡されて……従わないと殺されるところだったんですよぅ?」


「そんな理由で私に姫様を襲わせたと……っ!? やはり貴様を殺して私も死ぬべき……」


「ミルラ! お願い、死ぬなんて言わないで……っ」


「姫様……」



泣きそうなレオノーラにミルラは困ったように眉尻を下げる。



「……申し訳ございません。少し、頭を冷やして参ります」


「お願いだから早まらないで。私の側から居なくなったりしないで。ね?」


「……勿論でございます。私の心は何時も姫様と共にあります。

どうかリアと歓談し、私が傷付けてしまった心を癒してくださいませ。行くわよ、ヘルタ」


「はぁい♡」



レオノーラに一礼し、ミルラはヘルタを引き摺って部屋を出ていく。

二人の姿が見えなくなったのを確認して、レオノーラは深く安堵の息を吐いた。



「リアと話せ……と言う事は監視や盗聴の類は無いと思って良いのよね?」


「そうだと思う」


「なら意見の擦り合わせをしたいわね……クシュンッ」


「その前に服を着ないとな」


「そうね……」



そういえばリアと愛し合っている際に襲われてそのままだ。

今更ながらにその事実に気付いてレオノーラは顔を赤らめた。



「それで、ヘルタの事なんだけど……味方、よね?」



リアに身体を拭いて貰い寝間着を羽織り、リアの隣りに座ってレオノーラは確信を持って尋ねた。



「少なくとも、俺はそう思ってる。俺を縛るロープを緩めたし、あのマスクを取れば師匠は元に戻ると耳打ちで教えてくれた」


「私もよ。ヘルタ、私を呼称する時は一環してレオノーラと呼んでいたわ。

ミルラへの洗脳を深めるなら、ヘルタも私の事をレーゼと呼んだ方が良いのに」


「ヘルタは洗脳が深まる事を良しとしなかった?」


「えぇ。それに、そもそもの話になるのだけど……もしヘルタに敵意や悪意があったのなら、ミルラが不意を突かれる事は無かった筈よ。

敵意が無かったからこそ、ミルラはヘルタの行動に反応出来なかったの」


「ヘルタに悪意は無かった……では何故あんな事を?」


「推察になるけれど……ヘルタの発言に重要なヒントがあったわ。

城でお給仕していたら黒の牙にマスクを渡された……つまり城に黒の牙の関係者が入り込んでいるという事」


「……!」


「そしてもう一つ。犯人は私達の事を知り尽くしている。

私を殺める、失脚させる最大の障害がミルラだという事を理解していた」


「それは、まぁ……」



レオノーラの言葉にリアは口籠る。

確かに戦闘力も知識もミルラには及ばない。

しかし、今付きっ切りで仕えているのは自分なのに、と。

それに気付いたレオノーラは優しく微笑みながらリアの肩に頭を預ける。



「勿論、リアの事は信じてるわ。でも対外的に見たら、ね?」


「あぁ、分かってる」


「うん。そして犯人はミルラを排除する事も難しいと理解していた。

強く、賢く、主の為に死力を尽くす精神力を持つ人だから。

きっと私を殺せと洗脳されても必死に抵抗して……打ち勝っていたでしょうね」


「だからレオノーラをレーゼ……母親と誤認させ、襲わせた」


「ミルラがそれだけお母様を愛していたという事ね。

犯人はそれを知っていたという事になる。娘である私ですら知らなかった事を、ね。

そして自責の念に駆られたミルラは私の前から姿を消し、人知れず命を断つ……それが犯人の思い描いたシナリオ。

犯人はミルラの抱く愛情と責任感を利用しようとした。

そしてヘルタは……その思惑を逆手に取った」


「もしこのまま師匠が姿を消せば犯人は師匠が死んだと思うだろうな」


「えぇ。そういう行動を取ると判断したからこそ、貴重な魔道具を使わせたのだしね。

だからこそ、ミルラは自由に動ける。城の中枢に入り込んだ不穏分子を調査出来る。

ミルラはこの城の中だと有名人だしね」


「死んだと思わせるぐらいじゃないとまともに動けない、か」


「犯人の誤算はヘルタが完全にミルラに服従していると見抜けなかった事。

上手く取り入った黒の牙の仲間だと勘違いしている事。

ヘルタは下手したらミルラに殺されると理解していながら、それでも中枢に居る敵を排除する最短ルートを進んだ。

ミルラの主である私もまた忠誠の対象……ヘルタの言葉に偽りは無かったという事ね」



そして、とレオノーラはリアの手に自身の指を絡ませる。



「ミルラはこれから姿を消してこの一件の調査を開始するでしょう。

そして、一時的にでも側を離れるという選択を取れたのは……貴女のおかげなのよ、リア。

貴女なら私を守れると判断したから、ミルラは自由に動けるようになったの」


「あぁ、守ってみせる。命に替えても……っていうのはレオノーラが悲しむから言わないけど。

絶対に生き残った上で、絶対に守ってみせる」


「分かってるじゃない。リアからその言葉が聞けて良かった。ふふ、安心したら眠くなってきちゃった……」


「そろそろ寝るか? 身体は、その……」


「最初のアレで満足したから大丈夫。言わせないでよ」


「ご、ごめん! じゃ、寝るか……」


「えぇ、おやすみなさいリア。明日から忙しくなるわ」


「望むところだ。食事中だろうと仕事中だろうと、集中出来る様に守るさ」


「頼もしいわね。……リア、愛してる」


「俺も、愛してるよレオノーラ」



向かい合い、見つめ合い、手を絡ませ合った二人。

軽く口付けを交わして、愛おしそうにおでこを少し擦り合わせて……安らかに眠りに就いた。

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