決断
渋谷に戻って来たのは、スズのバイトに危うく遅刻しそうな時間だった。
渋谷駅から猛ダッシュでスズは消えていった。
水族館の後、そらまちで思いのほか盛り上がってしまった。
「朝霧!」
しばらく待ってやって来たのは静香。
「何してたんだよ」
「買物したり色々よ」
「えらい買ってんな」
「さすが東京よね、田舎とは違うわ」
「どっか行く?」
「あんたスズちゃんと会ってたんじゃないの?」
「まぁ…」
ガシッ
なんか急に肩組まれ、静香は山姥のように微笑んだ。
「何かあったの?」ホホエミ
駅の目の前にスズがいる居酒屋はあるけど、静香は少し歩いて適当に居酒屋に入った。
「生?」
「うん」
「すみませーーん、生二つ」
「はーい」
呼び出しボタンも無い小さな焼き鳥屋だった。
「わ、朝霧見て
山芋焼きに似てるやつあるわよ」
「ホントだ」
「懐かしいわねカワムラ」
「そうだな」
「よく行ったわよね」
「週2は行ってたな」
「こないだ片付けてたらビールの無料券出てきてさ
思わず手帳に挟んだわ」
スズも手帳に貼ってたな。
「生お待たせしましたーー」
「このお好み焼きみたいなの」
「あ、こちら山芋になりますが」
「朝霧食べる?」
「……」
「じゃあやっぱだし巻きとトマトサラダください」
「あざーっす」
「乾杯する?
それとも先に話聞く?」
「静香」
「決めるの早くない?」
「え?」
「無理だった?」
何も言えなかった。
だけど静香はそれを肯定と捉える。
「あんたはどう思ったの?」
「好きだ…変らないんだ
好きでたまらない…」
「うん」
「だけどスズは…」
「本人から聞いたわけじゃないんでしょ?」
「そうだけど」
「そっちだったか」
「わかってたのか?」
「どうかなって思ってた」
「気付いてないのね、あの子」
スズが俺を好きだと思ったのはきっと思い出だ。
思いがけず会ってしまい、俺のことを好きすぎた思い出が蘇ったんだ。
「朝霧はそれでいいの?」
「俺も…ただの思い出なのか?」
わからない。
違う。
スズを好きだ。
この先、本当に一緒に生きていきたいと思っている。
だけどスズはきっと違う。
自分の気持ちをわかっていない。
「朝霧」
「ん?」
「私にはもう何も出来ないわよ
スズちゃんが自分で気付いて決めないと」
「このまま…連れ去って幸せになるか?」
静香は答えられなかった。
「背中押したつもりだったんだけど」
「神田はなんで」
「スズちゃんの気持ちしか考えてない。
自分の気持ちを言えば
スズちゃんが身動き取れなくなるから」
言えばいいのに。
なにも考えずに、スズのことも俺のことも、何も気にせずに自分の気持ちを伝えればいいだろ。
「あの頃の二人を知ってるから…」
静香がため息をつく。
「私も迷ってしまったわ、ごめん」
「いや、静香が悪いんじゃない」
「朝霧とはまた違う…あの頃とは違う感じ
スズちゃん神田に甘えるのよ
なんていうか全身で、全部を預けてる感じ」
「勝ち目ねぇわ」
「もし出会う順番がちがったら…」
「もしもの話はいいんだ」
もし順番が違ったら
もしスキーに行かなかったら
もし修学旅行で会わなかったら
もしあの時別れを選ばなかったら
言っても仕方ない後悔に押しつぶされそうだった。
「諦めるの?」
「もうスズに…」
会えないのか?
「何が一番かってさ…」
「自分のこと考えなさいよ」
「スズ以外に大事なものなんてねぇわ」
『スーたんは何がそんなに不安なんだと思う?』
スズの不安はもうなくなった?
あの別れの真実は伝えた。
もう大丈夫だろ?
俺が押すよ。
神田の元で幸せになるように
俺が背中押すから。
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