潮の香り
やっぱすげぇなこの階段
ハァ…ハァ…ハァ…
渋谷のホテルがすんなり取れた。
スズのバイト先のすぐ近く。
昨日東京に着いてから、神田は泊まっていいと言ったがさすがに泊まるのは無理だった。
相部屋はあまり好まない。
さて、いきなり行って怒られるだろうか。
てか居るだろうか。
玄関の前で息を整える。
コホン…
ピンポーーーン
家の中からドタバタと音がする。
モニターなんかはないのだろうか。
いきなり開く扉。
「え、光輝?」
「おはよ」
アハハ
「急に来るね」
なんか笑ってくれた。
「スズ、デートしよ」
「入って待ってて
起きたばっかなんですけど」
「あ、じゃあどっかで待ってるな
カフェとかない?」
「ないよ」
「じゃあこの前の商店でお茶でも飲んで待ってる」
「いいから入って
待たれてるの気になるじゃん」
「でも…」
「じゃあデートは無理」
「はい、お邪魔します」
この前玄関まで来た時には、一歩も入らなかった。
玄関のとこの扉を開けると中は普通のワンルーム。ロフトがある。
ついぐるっと見てしまった部屋の奥に
黒いピアノがあった。
あの頃、つい買ってしまった白いピアノと似たような黒いピアノ。
「あ、ここね
ピアノ弾いていいマンションなの。
だから色んな楽器持ってる人とすれ違うよ」
蘇るスズの後ろ姿。
弾くのに没頭してる姿を、何度パソコン越しに見ただろう。
「なんか弾く?」
「え…いいのか?」
スズがピアノの前に座り振り向く。
「何がいい?」
脳裏にかすめるあの頃の感覚。
あの家の匂い、空気、吹き込む風。
「ジュピターがいい」
迷惑な女子高生が、テーブルを鍵盤にして口ずさんでいた。
嬉しそうに指を弾ませて。
可愛いと思ったのはあれが最初だったか。
ニコニコだったスズの表情が少し曇る。
「スズ?どうかした?」
「お腹空いたな
先になんか食べよう」
ピアノは蓋をし、スズはキッチンへ。
「光輝は?何か食べる?」
「え、作ってくれんの?」
「おうどんにしようかな」
「すげぇ、料理出来るようになってる」
「まぁね~だって巧…」
一瞬の間
「うどんうどん…あったちょうど2食分」
冷凍庫から出した麺。
スズは鍋に水を測る。
「玉子いれたい」
「うん、いいよ」
調味料を出し、今度はスマホ。
その手が止まる。
「スズ?」
「な…なにか食べに行こう?」
「スズ、こっち見て」
「……」
「思い出していいから」
上げた顔。目に涙が貯まっていく。
「神田のこと思い出していい」
「だって…!」
「思い出したこと聞かせて?
全部聞きたい」
「青いバラの花束くれたの
巧実さん、いっぱい応援してくれて…」
「そっか」
「おうどん…美味しかった」
「うん」
受け止める覚悟でいた。
スズの中にある神田に対する感情。
静香に言われ、そうだと思った。
受け止められると自信さえあった。
どうやって受け止めればいいのか、そんなこともわからないのに。
スズは黙ってしまった。
「スズ、神田に会いに行く?」
「いい!違うの!」
「バイト何時?」
「18時」
「じゃあそれまで出かけよう」
「うん…」
スズが準備するのを待って駅に向かった。
「どこ行くの?」
「スズ電車大丈夫?」
「え、うん」
スズは改札にスマホをかざす。
鞄から取り出すピンクのパスケースを思い出した。
「何?」
「や、ピンクのやつだったなって」
クスクス
「今時みんなスマホだよ」
「だよな
ま、俺はカードだけど」
「今時カードなの?」アハハ
「日本に帰ったらスマホに入れる」
「アルゼンチンは電車乗らないの?」
「最近はほとんど車だな」
「え、車も引っ越したの?」
「向こうで買ったの」
そんな話をしながら乗り込む。
「スズこっち」
年末で人が多い。
スズの腕を引くと、転がり込む腕の中。
ふいに、するはずないのに潮の匂いがかすめた。
「海の匂いがした」
スズが笑う。
「そんなはずないのにね」
金のボタンが
突然抱きついてきた小さな手が
すぐ側に見るセーラーが
「スズ」
「ん?」
「好き」
「ちょ…!」
小声で言ったつもりではあった。
「何言ってんの満員の電車で!」コソコソ
「聞こえないって」コソコソ
いや聞こえてたな。
おばさん微笑んでるし、おっさんチラチラ見るし。
そうして乗り継いだりしつつ到着したのは
「うわーーーーすごい!」
東京スカイツリー
「スズ初めて?」
「入学前にお父さんたちと来た」
「こっち行こう」
水族館
「可愛い!」
「うわ、マジ癒やし」
「光輝水族館来たかったの?」
「本当はスズと動物園行きたかったけど」
「あぁ、動物公園」アハハ
「オットセイ見に行こう」
「癒やしを求めてるの?」
「癒やしはスズ」
「そんなわけないじゃん」
確かに。
今は癒やしは求められない。
「手、繋いでいい?」
「ダメ」
「癒やし求めてますけど」
「ペンギンに癒してもらって」
ジーーーーー
「癒やされるね、ペンギン」
「確かに…」
ペンギンに癒やされてる気がする。
だけどスズが一番キラキラして見入っていたのは
「綺麗…」
珊瑚
「うわぁすごいなぁ……」
ホント可愛い。
抱きしめてぇな~
「……」
神田、好きなんだよな。
スズは…?
「光輝お待たせ」
「面白かった?」
「うん、心が洗われた」
「そりゃよかった」
カフェで可愛いアイスを食い
「可愛すぎて勿体ない!」
カシャカシャ
「いくら真冬でも溶けるぞ」
「光輝二つくっつけて持って」
「はいはい」
カシャカシャ
「スズこっち来て」
昔肉まんで写真撮ったな。
そんなことを思い出しながら、手を伸ばしてカメラを向け写真を撮った。
スズもスマホをインカメラに切り替える。
「スズ、あとで送ってやるから食おう」
撮らずにアイスを食べた。
ショップに沢山あったキラキラした珊瑚みたいなアクセサリーは買わなかった。
スズは嬉しそうに選んでいたけど
「スズ、時間ないし行こう」
買わなかった。
「あーー楽しかったな」
スカイツリーを見上げ楽しい笑顔をこぼす。
夜空に輝く星のようなイルミネーションを見上げるスズ。
「スズ」
「ん?」
カシャ
「あ、ちょっと急に撮らないでよ~」
「さ、帰るぞ
バイトバイト~」
「やだぁ~行きたくな~い」
ぎゅっと握りしめた手を、ポケットに隠して歩いた。
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