あの時の本当の気持ち
1時間経過
「でねぇ~こぉきめちゃおこってぇ」
ウヒャヒャヒャヒャヒャ!!
まだ根に持っていたらしい運動会のヤキモチ逆上案件。
そんな昔話をしつつ、一杯で帰ると格好良く言った後輩二人はもうグラス5杯。
瓶で注文すればよかったじゃないか。
「あ~~笑った~」
「岩本さんは彼女さんいないんですかぁ?」ゴクゴク
「いないいない
仙台で落ち着くなら欲しいと思ったけど
二月から海外だし~ブロンド美女探す~~」
「じゃあ英語喋れるんだぁ!」
「普通喋れるだろ」
「普通喋れませんよぉ」
うすうす気付いていた。
昔の話はしても、スズは別れた時のことには触れないし、今にも触れない。
酔って吐き出すかと思ったけど、酔ってもちゃんと場をわきまえているのか。
スズは昔から俺の仕事関係に対する応対が神だ。
しかし
それから更に1時間
「スズ、スズ」
「んーー…」
ご機嫌だったスズの口数が減ったかと思ったら、ゆらゆら揺れ始めた。
それと同時に正気に戻ったらしい下田。
「これいかんやつや」
「は?」
「さ、帰りましょう」
「朝霧さんあざーーす」
「スズっち帰るよ~」
「おんぶーー天城ちゃんーーー」
「天城はいないよ」
「岩本伝票取って」
「ごちになりまーーす」
とりあえず支払いをしにカウンターへ行き、支払って席に戻ると、帰る準備万端な二人と今にも眠りに落ちそうなスズ。
「スズ、帰るよ」
なんとか立ち上がり、下田がスズの上着を肩に掛けると条件反射のように腕を通した。
「ありがとぉ」
「いいえ」
思ったよりちゃんと歩けてる。
店員に丁寧にご馳走様でしたと礼を言い、店を出た。
「じゃ、朝霧さん自分あっちなんで」
「タクシー拾ってこい」
「あーたはこの時期に
流しのタクシー拾えるとお思いですか?」
「朝霧さん歩いて行きましょ〜!
京橋なんてすぐそこですよ!」
そんなわけないだろ
「スズ帰さないと」
「スズっち渋谷から歩きです」
「え、スズそんなとこ住んでんの?」
「いいとこ住んでますね」
「だいぶ階段登るらしいけど
大学も歩いて行けるって言ってたっす」
「へ~」
「うちも仙台のマンションだいぶ階段ですけどね」
「え、お前社宅?」
「榴岡駅の近くです
7階建てなのに階段です」
「うわ、それ嫌」
「下田さん社宅ですか?」
「独身寮入れてもらえた、馬喰町の」
「いいっすね」
ってそんなどうでもいい話をしていたら、トンっと背中に何か当たり、クイッと上着の裾が引っ張られた。
「スズ?」
「んー…」zzz
背中に寄りかかり、今にも寝そうなスズ。
その可愛さに心拍数爆上がり。
「さ、岩本くん帰ろうか」
「そうですね下田先輩」
そそくさと帰る二人。
気を利かせるのは今じゃねぇよ。
「おい!」
「神田先輩にスズっちの住所聞いて
マップラインしますね~」
「朝霧さん明日東京駅待ち合わせで~」
これを家に送って…
我慢する自信ねぇわ!
しかも歩きでこの酔っ払いをどうしろと!
気を利かせて送りは一緒にしろ!気ぃ利かねぇな!
「こぉき…」
はぁ…
「スズ、ほらおいで」
少し屈むと、スズは背中に乗った。
しばらく歩くと神田からマップが送られてきた。
『下の道までしか行った事ないから
ピンポイントはわからないけど』
と、メッセージ付きで。
その下の道が
「これかよ…」
階段そびえ立つ。
重くはないけど、飲んだ体で負ぶって歩けば結構ツラい。
そしてこの階段。
背中からは寝息。
ここに来て気付いた。
俺が取っていたホテルにスズを泊めて、俺は別のホテルでもカプセルでもネット屋でも行けば良かったんじゃないかと。
「スズ」
ちょっと揺すってみたけどダメ。
覚悟して階段を上り始めた。
平地を歩いてる時と違い、ズシッと足に重みがくる。
ハァ…ハァ…ハァ…
ようやく上がりきると
「どれや…」
立ち並ぶワンルームっぽい建物。
「スズ、スーズ!」
「ん…」
「家どれ?」
「あっち…」
あっち?
力なく指した方を見ると
「……」
更に階段
ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…
ここで力尽きたら二人して転げ落ちてしまう。
頑張れ俺!!
「こぉき…」
起きた?!
「ス…スズ?」ハァハァ
「気持ち悪い…うっ…」
は?!
ダダダダダダダダ!!
「家どれ?!」
「コンクリ…」
ダダダダダダダ!!
「何階?!」
「3…」
また階段かよ!
ダダダダダダダダダ!!
人間ピンチになると何かが覚醒するらしい。
知らなかった、こんなに体力と筋力あったとは。
玄関の前でスズを背中から降ろすと、スズはリュックの中をモタモタモタ
「鍵どこ?!」
「ポッケ…」ウップ…
ガチャガチャ!
オーーーープン
靴を蹴り脱ぎ、スズは家の中に入っていった。
力尽きた俺は開きっぱなしの玄関ドアに寄りかかりへたり込んだ。
一気に汗が噴き出した。
防風抜群の上着を脱ぎ、ネックウォーマーを団扇代わりで風を送る。
「スズ~大丈夫?」
息を整える。
しばらくしたらトイレの流れる音がして、ケロッとしたスズが出てきた。
「光輝ごめん…階段きつかったよね」
「いや…うんまぁ」
心の底から水ちょうだいと言いたいけど、そんな口実で上がり込もうとする持ち帰り男みたいな台詞だからやめといた。
家の中から流れ出てくる空気がスズの匂いだ。
背中に乗った時の
抱きしめた時の
2年前とは違う、今のスズの匂い。
「さ、帰るか」
立ち上がると、頑張った俺の足プルプル。
「ちゃんと鍵閉めろよ」
「光輝、休んで行く?」
や
それ誘い文句
意味分かってんの?
クスクス
「大丈夫、いい運動になった」
そんなウルウルしながら見ないでくれ。
抱きしめたくて仕方ないのに。
抱きしめたくて仕方ない手は、我慢してポンと頭を撫でて下ろした。
「じゃあな」
階段下るのツラいな。
足の筋肉が完全にいかれてる。
「ま…待って!」
スニーカーつっかけて、スズは玄関に鍵を掛けた。
「し…下まで送る」
「え、いいよ危ないから」
「でも…」
「大丈夫、寒いから入って」
「……」
「スズ?」
「あ…あのね!」
…ックシュ!
「ほら」
「昼間ね、映画見た後」
「ごめん」
「え…?」
「やっぱ下まで送ってもらう」
何か話したいのか
やっぱ察せないな俺
「うん」
マンションの階段を降り、道に出ると
スズはスーツの裾を握って歩いた。
静かな住宅街。
普通の戸建ても、学生や単身向けのワンルームのマンションやアパートもあり、階段はネックだけど階段さえ下れば通りには店もあった。
マンションの前の階段を下り、最初の階段と反対の方に目を向けると小さな商店があった。
「お茶でも飲む?」
「うん」
「気持ち悪くないか?」
「大丈夫」
商店の前にある自販機まで来ると、スズが手を離した。
なんか高橋商店思い出す。
「なんか高橋商店思い出すね」
同じ事を思ってスズが笑った。
あたたかいお茶を二本買って、その場で一口飲んだ。
スズの家に着いた時、あんなに暑かったのにもう冷めていた。
「あ、美味しい」
「飲んだ後のお茶美味いよな」
「ほんとだね」
「スズが酒飲んでた」クスクス
「もうハタチだもん」
「だよな、もうハタチなんだな」
あの時、どんだけ待ち望んだか。
スズが大人になるのを。
なのにスズが大人になる日を
それまでの日々を
一緒にいれなかった。
「ハタチのお誕生日ね」
「うん」
「なんか色々ツラくて
バイトの後一人でファミレスでご飯食べたの」
「そっか」
「ハンバーグ」
ハンバーグ…?
「誕生日はハンバーグでしょ?」
鮮明に思い出されるあの日のハンバーグ。
テーブルを弾くスズの指。
流れていたジュピター
「巧実さんがね…一緒に食べてくれたの」
「そっか」
「カラオケに行ってねオールしてね
初めてお酒飲んだの」
スズの目から涙が落ちる。
「いっぱいいっぱい助けてくれて…
毎日毎日…楽しくて…」
「好き?神田のこと」
「好き…」
「そっか…」
「好きで…大好きで…
運命だったんだって思ったの…」
涙を拭いてやっていいのかもわからなかった。
今日一日使ったハンカチはもう濡れたままだったけど、何も無いからそれを差し出すと、スズは渡したハンカチを握りしめ
涙を押さえ込むように大きく息を吸った。
やっぱりダメなのか。
神田がいいか。
「さっき…光輝がお店来てくれて…嬉しかった」
え?
「映画のあと…もう…
もう会えないかもって…思って
会っていいのかわかんなくて…」
俺は思わず抱きしめていた。
「私…ツラかったよ…
光輝にフラれて…ツラくて…
光輝は私の幸せのためって言ったけど…
幸せなんか…少しもなかったよ」
「うん…ごめん」
「光輝がいないの…怖かったよ…!」
あぁなんだ
そういう事だったのか
「怖かったのは…俺の方だ…
いつ会えるかもわからないのに
会えないのが…すぐに抱きしめられないのが怖くて
会えないから…そばにいれないから…
スズが…スズの気持ちが俺から離れたら」
結局それだ。
本当のところはそれだ。
スズのためだとスズのせいにして、カッコつけて表面取り繕ってただけだ。
やっとあの時の自分の心がわかった。
最低だ。
自分が傷つきたくなくてスズを傷つけたんだ。
「ひどい!
自分が怖いからって私のこと傷つけたの?!」
「ごめん…」
抱きしめていた腕の力は抜けた。
クスクス
「なにその顔~」
スズが顔を覗き込む。
悪戯な顔で。
「あれだ、光輝の子犬作戦の顔だ」クスクス
子犬?
「そんな顔しても
彼氏じゃないから抱きしめてあげないよ」クスクス
「腹立つけど
本当の気持ちが聞けてスッキリした」
スズはお茶のキャップを開けてゴクゴクと飲んだ。
「じゃ、帰るね」
それから家の方に歩き出した。
「スズ!」
「お友達だから遊んであげるね!」
「うん!友達でいい!
俺そこから頑張るから!」
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