気を利かせる後輩たち

「お帰り~

 スーたん元気だった?」


本社に戻ると神田はまだいた。

夜は得意先の忘年会なんだとか。


「どうなった?」

「友達になった」

ブハッ

「ちょ…!なんそれ!」アハハハハハ

「彼女にならないの一点張りで友達に」

「さすが~頑固ちゃん」


「岩本は?」

「下田とポップコーン買いに行った

 そこに出来たお店」

なんだそりゃ

「これ光芝電機の分」

「サンキュ」

「印鑑は急がなくても俺が行ってもいいし」

「うん」


上着からスマホや財布を出し椅子に掛けると

「なんか落ちたぞ」

椅子の下に落ちた紙切れを神田が拾った。


「これ面白かった?」


映画の券だった。


「最後撃ってくれてちょっと面白かったけど」

「え、そういう系?

 配信始まったらみよ~」


神田は平気なのかよくわからない。

まぁ平気ではないと思うけど。

どうなっても遠慮したり話題避けたりしないと話したからそうしているのかもしれない。


「ちゃんと次の約束こぎつけた?」

「ラインは教えてもらえた」

「もしかして俺に気兼ねしてんのかな」

「さぁな」


スズはきっと神田のことを思い出しているんだと思う。

時々悲しそうな顔で意識がどっか行く。

スズには神田と暮らした時間、濃かったんだと思う。

やはり俺は余計なことを…


いや!考えるな!

スズも俺を好きだと言った!


じゃあ俺を好きだと言いながら、一人になりたいと思う真相はなんなんだ。

一人になって一体何を考えるのか。

自分のこと。

俺のこと。

神田のこと。


スズの気持ちは一体どこにあるんだろう。


「朝霧、俺そろそろ行くけど」

「あ、閉める?」

「いや、下田たちまだ戻ってないし」

「そっか」

デスクの上を簡単に片付け、神田はコートを羽織る。

「年明けまた来るよな?」

「うん、須藤社長の件もあるし」

「あそっか、じゃあまたその時」

「おう」


ホワイトボードもマグネットを帰宅に移し、神田はエネ開のエリアを出て行った。




「たっだいま~!」

「ただいま戻りました~」


甘い匂いぷんぷんさせて戻ってきた。


「あ、パイセンお帰りなさい

 どうでした?スズっち」

「ちょうどよかった

 昼飯の後すぐだったから

 ポップコーンは買わなかったんだ」

「朝霧さんこっちキャラメルです」

「サンキュ、そっちは?」

「黒糖」


キャラメルポップコーンをひとしきり食い、岩本と仕事に出掛けた。



「では契約書は後日他の者がお持ちします」

「うんうん

 年明けに連絡してもらっていい?」

「はい」


これは仙台のプロジェクトとは別件。

だからりぃは留守番だった。


「では失礼します」

「失礼します!」


そのせいか、仙台出発からプレゼンまで事がスムーズに進む。

きっとスズと映画に出掛けたら大ブーイングが起こっていたはずだ。




「あ~終わった」

「朝霧さんどうしますか?夕飯行きますか?」

時計を見るともう21時になろうとしていた。

「話し長ぇぇ」

「自分途中意識無かったです」

「俺もだ」

「腹減りましたね」


「岩本ごめん、俺行きたいとこあるんだ」


「あ、じゃあ自分適当に食べてホテル帰ります」

「いや夕飯はご馳走するから」



というわけでやって来ました。



「いらっしゃい…!ま…せ…」



音量が下降した。



「三人です」


「うっひゃ!居酒屋スズっち可愛い!」

「へぇ~可愛いですね

 あ、初めまして

 朝霧さんの相棒の岩本です」

「相棒は俺だって!

 お前は臨時相棒だろ!」

「でもブエノス行くし」

「俺もブエノス帰るし!」

「俺は朝霧さんが自ら呼んでくれたんで~」

ギャーギャーギャー



「スズ、空いてる?」



押しかけて、てっきり嫌な顔されると思った。


だけどスズは



「うん、空いてるよ」



なんか笑ってくれた。



「三名様ご案内しまーーす!」

「「らっしゃっせ~!!」」



「朝霧さん顔赤いですよ」

「何をときめいてんすか

 いい年したおっさんが居酒屋店員の女の子に」



可愛い。







「こちらにどうぞ

 ご注文お決まりになりましたら

 ボタンを押してお知らせください」

メニューを置き、台詞を言う。

冷めやらぬときめきの火照り。


「そこの顔赤い人、生でいいですか?」

「う、うっせぇな」

「スズちゃん生中3杯お願いします」

「生中3杯ですね!かしこまりました!」

「おすすめなんですか?」

「今日のおすすめはこちらです」

「ボク店員さんのおすすめがいいな」ニコッ

「岩本なんか口説いてない?」

「そうやっていつも店員口説いてんのか」


「個人的にはコロコロゆず胡椒チキンが好きです」コソコソ


勧めないといけないメニューが決まってんだろうな。

小声で身を潜めそう言うと、それが載ってるページを開いた。

「じゃあそれちょうだい

 あと適当にスズが好きなの注文入れて」

「うん」

端末をピッピ押しながら、店員さんは仕事に戻って行った。



「言うほど嫌がってないじゃないですか」

「俺も激おこスズっち見たかったな~」


それからスズが、このテーブルに料理を持ってきたり注文を聞きに来ることはなく、遠目に働くスズを見ながらスズが注文した料理を食べた。

おすすめのコロコロ柚子胡椒チキンとだし巻き玉子に山芋つくね。

ローストビーフのサラダとタコの唐揚げ。


それと


「うぎゃーー!辛い!!」


ロシアンたこ焼き。



「あ、普通に美味いたこ焼き」

「ほんとだ、美味い」

「うぎゃーーー!」



スズの姿は見えなかった。


「下田」

「辛いーーー!」ヒーヒー

「神田もここ来てた?」

「行ってたみたいですよ

 迎えがてら夕飯食べに」

「辛かったんじゃないのか」

「朝霧さんそこ気になるんですか?」

「そうでもないけど聞いただけ」



「スズっち電車が嫌いみたいだから」



え…?


電車嫌いなのか?

あんなに毎日電車に乗っていたのに。



知らないことだらけ。



全てを知っているような気がしていたのに、今初めて知ることが多々ある。

俺の中のあの頃のままのスズと、今改めて出会ったスズがまだ融合しない。


それは離れた月日の長さと


俺の時間とスズの時間の進むスピードの違いを感じた。


スズの目に写る俺も、変わっているのだろうか。




「あ、スズっち!」


え?


「おーいお疲れ」

「お前が慣れ慣れしくすんな!」

「朝霧さんの好きな人は俺の好きな人!」

「え?」

「え、それはライバル宣言?」



「まだいたんだ~」


店員さんじゃなくなったスズが来た。

昼間来ていた服と同じ。


四人がけの席で空いているのは俺の横。

スズはすんなり座ってくれた。


「私も飲んじゃおうかな~」

「いいね!飲もう飲もう!」

「え、スズちゃん何飲むん?」

「お前がスズちゃん言うな!」

「じゃあ…スズ?」

バチコンッッ!!

「…ってぇ~!」


「生搾りはこの前飲んだし

 ホットワインにしようかな~

 気になってたんだよね~」


スズが酒を飲もうとしている。


マジか~

スズと酒が飲めるのか~


このタイムスリップ感が、嬉しかったり寂しかったり切なかったり。



スズが呼び出しのボタンを押そうとした時



「待った」



下田はメニューを取り上げ、ボタンを手で塞いだ。



「店かえよう」



「え、ホットワイン」

「ホットワインのある店ね、オッケー」


俺も岩本も下田も、カップのお湯割りはまだ半分残っていたのに、下田は半ば強引に席を立った。

そしてそのままお会計。


「サンキュ、下田」

「下田さんあざ~っす」

「えぇ?!割り勘!」



「青井ちゃんお疲れさん」

「お疲れ様でした~」



酔ってはないが、お湯割りで熱くなった体に丁度いい冬の気温。

スズは寒そうにコートのボタンを留めた。


「スズちゃんワイン好きなんだ~」

「飲んだことないです」


前を行くスズと岩本。



「ふぅ…さすがにバイト先で

 あの潰れ方はいかんばい」


そう囁いた下田が店をググる。


「あったあった

 ここ気になってたんすよね〜」

「近く?」



「朝霧さんに言いたい事

 きっと沢山あると思いますよ」



下田は前を行くスズを見た。

もう岩本と馴染んでる。




「朝霧さん、俺と岩本は一杯飲んだら帰ります」




「サンキュ」







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