第2話 ようこそローグンマダンジョンへ。

 稲荷山地下墓地を攻略した3日後の月曜日。


 俺達は次のダンジョンを攻略する為に車で群馬県みなかみ町へと向かっていた。


 リレイラさんの車に乗って山間の道を進む。ポツポツと見える飲食店に、ヒスイのような色をした利根川が流れている。助手席からそんなのどかな景色を見ていると、本当にここにダンジョンがあるのだろうかと疑問が浮かぶ。


「今回の『グンマダンジョン』は挑んだ探索者が何人も行方不明になっている場所だ。管理局の依頼を受けた Aランク探索者もな。帰って来た者も数名いるが、内部構造についてほとんど語りたがらない」



 スーツ姿に羊のようなツノの生えた美女、リレイラさんが運転しながらダンジョンの情報を話してくれる。彼女が車の窓を開けると、紫の長い髪が風になびき、フワリと花のような香りがした。ツンとした表情と優しげな香り。対照的でなんだか面白い。



「あまりに攻略が進まない故に管理局としてもなりふり構っていられなくなったようだ。だからDランクにまで攻略要請の枠を広げたんだ」



 それでDランクの俺に声がかかったってことか。



 リレイラさんは俺の探索者生活をサポートしてくれるダンジョン管理局の担当魔族だ。


「私は最深部に何か秘密があると考えている。というのも帰還した探索者が地下26階まで潜ったと確認できたからだ。そこで何かあった……これは間違い無いだろう」


 この世界にダンジョンを出現させた魔族は、俺達探索者にダンジョンを攻略させて攻略データを収集する。そのデータを使って彼らの世界にあるダンジョンを強化するとか。


 その為に管理局の魔族は探索者をサポートしてくれるという関係性だ。



「君はボスの討伐数が多いからな。上の者も目を付けたらしい」



 今だに魔族を恨んでるヤツもいるが……俺はリレイラさんに感謝してる。引きこもりだった俺が探索者になれるように鍛えてくれたからだ。


 それはもう徹底的に……最初の3ヶ月なんて泣こうが喚こうが絶対トレーニングやめさせてくれなかったもんな。


 腕立て20回5セット、上体起こし20回5セット、スクワット20回5セットにマラソン10キロ。終われば剣術……それを引きこもりが毎日やるとか体バラバラになるかと思ったぜ。まぁ、そのおかげで探索の時に体力切れになる事は無いけど。


 探索中もインカムでフォローしてくれる頼れる相方……なんだがちょっと厳しいというか、冷たい所がある。俺としてはもっと仲良くなりたいんだけどなぁ……。



「人の話を聞いているのかヨロイ君? 今回のグンマダンジョンの特徴を復唱しなさい」



「え?」



「グンマダンジョンの特徴と、今回の目的を、復唱だ」



 横目でリレイラさんがジロリと見て来る。こういう時はホント怖ぇな。事前に言われていた内容を思い出す。


「管理局の情報ではグンマダンジョンは入る度に構造が変わる。俺達の目的はダンジョンに眠る『エモリアの魔除け』を手に入れて、ダンジョンの最深部にある祭壇に捧げること」


 挑むたびに構造が変わる……なんだかローグライクゲームみたいだ。いや、日本で言うなら不○議のダンジョンか? グンマだからローグンマダンジョン……そう考えるとちょっと面白いな。


 思わず笑いそうになったが、リレイラさんの視線の前で吹き出したら絶対怒られるので別のことを考える事にした。


「でもなんで魔除けを祭壇に捧げるんですか?」


「ダンジョンを消滅させる為だ」


「消滅させる?」


「そうだ。グンマダンジョンは先月突如として現れた。あれは時空の歪みによって生まれた……本来あってはいけないダンジョンなんだ」


 魔族は異世界とこの世界を転移魔法で行き来するらしいし、それで歪みってのが起きたのかな?


「放置しておくと何が起こるか分からない。だから私達に攻略要請が来たという訳だ」


「そんな危ない物、何で管理局が対処しないんですか?」


 俺としてはローグライクダンジョンに挑めるなんて嬉しいけど。


「……東京本部に調査班の依頼を出したがこちらに割ける人員は無いと言われたそうだ」


 ふぅん……魔族も人員少ないんだな。


「それに……」


「それに、なんですか?」


 リレイラさんが言い淀む。なんだろうと思っていると、彼女は一瞬だけ俺を見て視線を前に戻した。


「ヨロイ君は、グンマダンジョンの話を聞いてどう思った?」


「ん? 面白そうだなって思いましたよ?」


「死ぬかもしれないのに?」


「それを乗り越えてこそ脳汁出まくるんですよ! 難関ダンジョン! 厄介なモンスター! 強大なボス! その苦難を乗り越えてこそ達成感が──」


「ああ! 分かったから! 話が進まないだろう!? まぁ、その、あれだ……だから今回私達で行く事にしたんだ。いずれ挑むのなら、早い方がいいだろうしな」


 ちぇっ。ダンジョン攻略の良さをもっと語りたかったのに。


 グンマダンジョン……やっぱりすぐ攻略したらもったいない。慎重に進みながら変化するダンジョンを隅々まで味わわないと!


「楽しみだなぁ〜!」


「君はいつも楽しそうだな……」


 俺とは対照的に、なんだかリレイラさんの顔は寂しそうに見えた。




◇◇◇


 その後2時間ほど車で走って、俺達はみなかみ町に到着した。


「魔法障壁みたいなのがありますね」


「管理局の張った物ではないな。ダンジョンから発生しているのだろう」


 薄い青色をした魔法障壁を車で通り抜けて町の中へ。急な坂道を登って人通りの少ない道をさらに進むと、ちらほらと探索者が歩いているのが見えた。俺と同じように管理局から攻略を打診されたヤツらなのか宝目的か……いずれにせよ、グンマダンジョンは色んなヤツから目を付けられているみたいだな。


「宿泊場所は昔民宿だった場所だ。今は人が常駐していないから私達だけ。気楽だろ?」


「え、もしかして同じ部屋とか……?」


「そんな訳ないだろう。私が2階、君が1階だ。鎧を装備したまま階段を登り降りするのはキツイだろう?」


 ……まぁ、そうだよな。普通。


 リレイラさんが民泊の駐車場に車を停める。トランクから装備一式を宿に持ち込み。1階の和室で装備を整える。


 フリューテッドアーマーを着て、左耳に連絡用のインカムを付けた。腰へショートソードと投擲用のナイフを1本差して、バッグの中のアイテムを確認する。


「インカムは付けたな?」


 声に振り向くと、ふすまの所にリレイラさんがもたれかかっていた。俺のヘルムを持って。


 リレイラさんにヘルムを差し出される。顔を覆い隠すフルヘルム。その額部分に見たことのない模様が描かれていた。小さな魔法陣のような模様が。


「管理局の符呪士に頼んで君のヘルムには眼界魔法オキュラスの符呪を施して貰っている。私の視界に君の見た物が映る魔法だ」


「そんなの使っていいんですか?」


 魔族のフォローはあくまで助言程度のはずだ。聞いてみると、彼女は「今回は特別だ」と言った。それだけ管理局もグンマダンジョンに頭を悩ませているってことか。


 ヘルムを被る。縦のスリット入りの視界になると、集中力が一層上がった気がする。


 2人で民泊を出てグンマダンジョンへ。みなかみ町は元々温泉地らしい。だが、今は現れたダンジョンの影響でここにいるのはほとんど探索者だそうだ。先程見た攻略目的のヤツらから、それを相手に商売するヤツまで。宿を営んでいた人達は随分驚いただろうな。


 民泊から商店街になっている道を進み、T字路を左へ。忠霊塔公園と書かれた看板の前を通り過ぎ、坂道を登ってダンジョンの前まで来る。そのダンジョンは、異様な形をしていた。


 コンクリート造りの建物。教会? いや、違うな……。


 中央に地下へと続く門があり、その上には2本の柱のような物が伸びている。異世界から転移して来た建造物と融合してしまっているが「みなかみ町観光会館」という文字がうっすらと見えた。


 灰色の建物に門……その様子は威圧感があり、見ていると、背中にゾクリと悪寒が走る。


 扉を開けようとすると、リレイラさんが俺の肩を叩いた。


「いいか? 危険だと感じたら1度戻って来るんだよ。無理に進んで死んでしまえば元も子もない」


「分かってますよ」


 リレイラさんと目が合う。彼女は、俺の目からなぜか視線を逸らした。


 リレイラさん、どうしたんだ? 今日は様子が変だな。いつもならもっと気合い入る事言ってくれるのに。


「その……絶対無事に帰ってきて、欲しい」


「え?」


 彼女はボソボソと何かを言ったがよく聞こえなかった。彼女はコホンと咳払いすると、いつも通りの真面目な顔で俺を見る。


「なんでもない。気を付けてなヨロイ君。何かあったらインカムで連絡してくれ」


「はい!」


 気を取り直してグンマダンジョンへ向き直る。扉を開いて脚を踏み入れると、暗闇に続く階段があり、ヒンヤリとした空気が辺りに漂っていた。


 暗闇に続く階段は、探索者を飲み込もうと口を開く魔物のようだ。


 初めてのダンジョン、未知の冒険……ワクワクするな。



「よし! 行くぜ!!」



 グンマダンジョン攻略開始だ!!




───────

あとがき

 

 次回より本格的なローグンマダンジョンの攻略が始まります。どうぞよろしくお願いします。


 明日から毎日12:03に投稿致します。どうぞよろしくおねがいします!

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