第3話「服を手に入れろ」

 異世界に来て早々試練(?)を終えたオレは、ガイアとまた草原を歩いていた。

 この先数キロ歩いた場所に町があるから、そこで服なんかをそろえようとのことだ。

 確かに、今のオレはボロボロの学ランに血で錆色さびいろになった肩掛けの学生カバンという、事故当時のままのしどけない格好をしている。

 ガイアの身体を集めるためにも、早くこの世界に馴染まなければいめない。

 衣服調達がその第一歩ってわけだ。



「そういえばさ、お前の身体を集めるって言ったけど、場所とか誰が持ってるかとか、ある程度の目星はついてんの?」


「あ〜、それね。まあボチボチって感じかな」



 ガイアはクルリと振り返り、後ろ歩きのようにこちらを向きながらフヨフヨと前へ進む。



「ボチボチ?」


「うん。わかってるとこはわかってるんだけど、まだまだ情報不足」


「へぇ。どこまでわかってんの?」


「えっとねぇ、気性の荒い刀神が片足を持ってるってのと、魔界の貴族とか森の奥のエルフの集落とか……」



 ずいぶんと不確かなニュアンス、意外とわかってないんだな。

 コイツ本当に取り戻す気があんのか?



「うーん、わかってるのはここら辺までかな。あとは闇市とかで流されちゃって、なかなか足取りが掴めないんだよね」


「じゃあ、情報収集もしないといけないっとことか」


「そゆこと。そのためにも早く服を手に入れないとね!」





 しばらく歩くと、緑の先に人工物らしきものが見えて来た。

 よく目を凝らしてみれば、城壁の上に鋭くとんがった屋根のようなものが見える。

 町だ!

 天まで届きそうな城門をくぐるとそこはよく見る王都のような町並み。

 ロンデルガラスが太陽光を反射して照り輝き、まるでルネサンス建築のような外壁が中世ヨーロッパのフィレンツェを思わせる。


 そんな町中を歩くオレは、案の定奇異の目で見られていた。

 ほとんどの人は気付かず去って行ってしまうのだが、たまにギョッとした眼差しで2度見される。

 そこまで変な服装ではないはずなんだけど、まあ血がべったりついてるしなぁ。

 ちなみにガイアはというと、さすがにこの姿で歩くと町がパニックになるだろうとのことで、オレのカバンの中に入っている。



「看板見れば何屋かだいたいわかるからさ、自分で服屋見つけて入ってよ。あ、予算あんましないから、高そうなとこはやめてね」


「無茶言うなぁ」



 文字なんか読めないし、何より店が多すぎてどれがどれだか。

 どこもアパレルブランドの小売店みたいに外装が綺麗で、今のオレが入って良いのかすらも怪しい。

 ドレスコードとかあるかもしれないしなあ。



「予算っていくらくらい?」


「4000ルベルくらいかなー」


「……るべる」



 うん、当然通貨も違うよな。

 ルベルの価値はわからないが、円と同価値で考えたら4000円じゃ衣服一式揃えるのはとてもじゃないが無理がある。

 と言うことは価値は円より少し高いのか。

 いや、まずこの世界での服の相場をオレは知らない。

 とりあえず、適当なとこに入って値段を見てみるか。



「読めない…」



 入ったのは路地の手前の方の小さな店。

 民族衣装のようないたって質素な衣服が並べられた店内には、客がオレしかいなかった。

 服のそばに置かれた値札と思しき木の板には、見たことない文字が羅列している。

 何でオレはこの世界の数字が現世と同じと思ったのか。



「ガイア、これなんて読む?」


「ボク今目玉が無いもんで」


「そうだった……」



 ガイアもそこまで考えていなかったようだった。

 お互いよく考えればわかっただろうに。

 初めてのお使いに行かせられる子供の気持ちが分かった気がする。

 …いや、シチュエーションが違いすぎるか。

 オレが値札を眺めてながら死んだ目をしていると、店主と思わしきお婆さんが話しかけてきた。



「○#@△%&?」



 当然だが、言葉はわからずエッアッとドモりまくるオレを、お婆さんは不思議そうな目で見つめる。

 まずい、元々人見知り気味なのに、言葉まで通じないとなると相当キツイ。

 オレは小声でガイアに助けを求めた。



「ガイア、この人なんて言った?」


「賢吾、ボクに合わせて口パクして」


「は?」



 コイツはオレの声が届いていないのか?

 それともシカト?

 不服に思いながらも、オレはなんとかガイアの声に合わせた。

 相手はやっぱり不思議そうな顔をしていたが、どうにか会話は成り立っているようだ。



「賢吾のこと、服ボロボロだし目もうつろだったから心配してくれたんだってよ。”よかったらウチで買っていってください”だって」


「いくらだって?」


「そこの上着が3000ルベル」


「あー…」



 3000ルベル…円感覚で言えば安いくらいだが。

 上半身まとうだけでもうすでに半分以上とか、割と質素な服屋だと思ったけれど、一式手に入れるにはもっとランクを下げないといけないだなんて。

 諦めて店を出ようとした時、



「ちょっと待って賢吾」



 と、ガイアに呼び止められた。



「さっきの服、ちょっとボクに触らして」



 何を言い出すかと思えば、そんな不審者じみたことオレにやれってのか。

 若干嫌だが、オレはなるべく見えないように、服の袖部分をガイアに触らせた。



「もういい?何か分かった?」


「…高いなぁ」



 高い?高いのか?

 相場を知らないオレには分からないが。



「この素材は結構手に入りやすいはずなんだよ。装飾もあまり無いでしょ。なら、普通は1500〜2000ルベルくらいで手に入るはずなんだけど」


「そんなに安いの!?え、ぼったくられてる?あのお婆さんからはそんな感じしなかったけど…」


「多分、他に理由があるはずだよ。訊いてみよう」



 オレとガイアは再びお婆さんに話しかける。

 一通り尋ねた後、お婆さんは困ったような顔でポツポツと答えてくれた。

 訊けば繊維の素材を育てている畑がゴブリンに荒らされて困っているとのこと。

 売るものがないせいで金も稼げないので冒険者へ駆除の依頼も出せず、悪循環におちいっているらしい。

 そうか、異世界ともなれば畑を荒らす害獣はゴブリンみたいにある程度の知能を持ったものもいる。

 イノシシやタヌキならまだ自分で対策できるが、オレの知識がこの世界でも正しければ、冒険者にとっては雑魚敵のゴブリンでも一般人にとっては出会でくわせば命に関わるような怪物だ。

 討伐依頼をする必要がある。

 相場は知らないが、きっとそれなりの額するのだろう。

 気の毒に。



「これはチャンスだよ賢吾。ゴブリン退治の報酬を衣服一式にしてボクらが依頼を受ければ、タダで服が手に入るよ」



 確かに。

 それならば互いのニーズにも合致がっちするし、何よりガイアがこの提案を持ちかけるということは、きっと衣服一式の金額はギルドで冒険者に依頼するよりも低く済むのだろう。

 オレたちも手持ちを他に回せるし、両者にWin-Win。決して悪い話では無い。

 だがしかし、ひとつ問題がある。



「でもオレ、戦闘経験全く無いんだけど」



 そう。オレに武の心得はほぼ皆無。

 小学校の頃はサッカーのクラブチームに入っていたので運動は割とできたし、足も結構速い方だったと思う。

 だが中学に上がってからというものは、体育以外で体を動かすことなんてほぼ無かった。

 ゴブリンなんて群れで襲ってくるだろうし、太刀打ちできたとしても、長くは持たないだろう。

 そもそも経験のけの字もないのにいきなり実戦だなんて、そんなの死ぬに決まって……。

 いやまて、そうだ。

 オレ不死身なんだ。




 服屋を出た後、オレたちは近くにあった武器屋に入り、ゴブリン討伐に向けて武器を選んでいた。

 不死身だからと言って、ゴブリン相手に素手喧嘩ステゴロを仕掛けるほどオレも脳筋じゃない。



「やっぱりロマンは片手剣だよなー」



 そう言ってオレは酒樽に立てかけられている剣を一本手に取った。

 思った通り、ずいぶんと重みがある。

 さやから引き抜くと、灰色の刀身が窓から入る微かな日の光を反射し、キラキラと輝く。

 すると、ガイアがカバンからヒョコッと顔半分を出した。



「お、鉄の剣ね。ゴブリン討伐ならそれくらいのが妥当だとうかも」


「お前、見えないのに材質がわかるのか?」


「においと音で何となくねー。ここは鉄のにおいが強すぎて音でしか分からないけど」



 ずいぶんと卓越たくえつした感覚を持っているものだ。

 きっとコイツは視界から受ける分の情報を、嗅覚や聴覚で補っているのだろう。

 服屋での一件もあったし、たぶん触覚もそれなりにするどい。

 元からそうなのか、視覚を失ったことにより得た能力なのか。




 その後鉄の剣を購入したオレたちは目を覚ましたの木の近くへ戻ってきた。

 手持ちの8分の7が吹っ飛んだけど、まあこれも必要な出費だよな。

 日がかたむき始めたので、周りに落ちていた小枝を集めて組み、人生初の火起こしに挑戦した。

 コレが全く点かなくて、手の薄皮うすかわがむけ始めたころにやっと点いてくれた。

 昼は暖かかったが、夜はだいぶ冷え込む。

 日が完全に落ちる前に火が起こせてよかった。



「やっぱ火があると明るいねぇ」


「見えてないだろお前」


「何となく感じるの」



 温度ならともかく、目もないのに光なんて感じられるのか?

 まあ神の身体だし、考えもつかないようなことが起こったって不思議じゃないか。

 焚き火の周りをフヨフヨと飛び回るガイアの白い肌は、炎に当たって鮮やかなオレンジ色に染まっている。

 あ、そうか。

 ガイアは火も起こせないし、こんな姿だからむやみに人に近づくこともできない。

 ずっと夜は暗いままで過ごしてきたのか。

 見えていないとはいえ、冷え込む暗がりの中に一人は寂しいよな。



「やっぱまだ寒いなぁ。賢吾〜あっためて〜」



 ガイアが座っているオレのふところに無理やり潜り込んできた。

 布一枚しか着ていないせいでところどころ肌の感触がダイレクトに伝わってくるが、見た目がグロすぎるせいで興奮は全くしない。



「お前には恥じらいってものが無いのか」


「いーじゃん、別にボクで興奮しないでしょ〜?」



 布越しで肋骨ろっこつが太ももに当たって少し痛い。

 多分コイツは、人肌に触れるのも久しぶりなんだろうな。

 ほとんど無臭だが、少しだけ不思議な香りがする。

 清涼感があるけどどこかフローラルな、嗅いだことのない香り。

 これくらいに近づかなきゃ多分気付かない。


 パチパチと音を立てて、火の粉が飛んでは消える。

 腹減ったな。

 前の世界じゃこんな状況になるなんて考えもしなかっただろう。

 そういえば、家族は何してるかな。

 多分今ごろ、家か病院かで泣きくずれてるんだろうな。

 最後の会話が寝坊してされた説教だなんて。



「しょうもねー…」



 ふとガイアを見ると、スヤスヤと寝息をたてて寝ていた。

 本当、初対面の相手に対して警戒心のないやつ。

 ……いや、オレも大概か。


 オレはガイアが起きないようにそっと立ち上がり、剣が包んであった布を地面に広げた。

 燃え上がる焚火に枝をいくつか放り込んだ後、ガイアを抱えたまま横になる。

 見上げると、空には色とりどりにまたたく星が広がっていた。

 満点の星空というのは、きっとこういう空のことを言うのだろう。

 そんなことを考えていると、だんだんまぶたが重くなってきた。

 半日くらいしか動かなかったけど、歩いて走って驚いて、肉体的にも精神的にもずいぶん疲れた。

 今何時かな。

 まあ、どうだって良いか。

 オレは体勢を横向きに変えると、そのまま瞼を閉じて眠りについた。

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