第2話「ミッション第1号」

 オレはガイアと草原を歩いていた。

 この世界での目標…というより、彼女に頼まれた“身体を全て集める”という任務の元、まずはその1つを見つけ出すためにオレは彼女の案内でとある場所へ向かっている。


 歩きながらオレは、ガイアから色々なことを訊いた。

 この世界のことやガイア本人のことなど。

 時間だけは沢山あったので結構色々なことを聴けたし、何よりガイアがそれらをほぼ隠す気が無くなんでもペラペラと即答するもんだから、知らないうちに禁断の知識を得ていないか少し心配になる。

 信用しないとは言ったけれど、崖から落下するオレを身を挺して守ったくれたところを見るに少なくとも悪いヤツではなさそうなので、とりあえず当分の間はコイツに従うことにしたのだ。



「まずこの世界のことだけど、さっき言った通り、ここは人間と魔法や魔物、神といったものたちが共存してて、賢吾がいたとこと世界とは兄弟みたいなかんじ。二つの世界で生死を境として魂が循環してるの」


「じゃあ、元の世界で死ねば魂はこの世界で新たな命として芽吹くってこと?」


「そう。ちなみにだけど、転生する段階で記憶はちゃんと削除されるから、来世へ持ち越されることはないよ」



 なるほど、つまりオレが記憶を保っているのは、死んですぐ肉体ごと連れて来られたからということか。

 けど、その記憶はどうやって消すのだろう。

 そんなこと凡夫のオレが考えたところでわかるはずもないんだがな。



「まあ、たまに記憶が魂に付随ふずいしたままの人もいるけど、そこは管理がめんどっちぃし、断片的かつ小さなものだから大抵の人が想像力が豊かなんだな〜としか捉えないからって、管轄の神が放ってるよ」


「そういとこは雑なんだな…」



 神にもそういう節があるのか。

 なんだか人間臭くて親近感がく。



「ちなみにぃ、このボク命の神ガイアは結構上位の神様なんだよ?」



 まあ、そんな気はしていた。

 元の世界でガイアと言ったらギリシャ神話の大地の女神だが、コイツから地母神のような温情おんじょうや包容力は正直あまり感じられない。

 実際不死身の体を授かったわけだ、信じないことはないが、どうしても身を任せる気にはなれないな。


 その後はガイア本人について色々と訊いた。

 元は人間とほとんど変わらない姿だったが、訳あって今はこの姿になってしまっているとのこと。

 話の中で唯一そこだけを教えてくれなかった。

 何か悲惨な過去があるのかは知らないが、あまり他人の心をえぐるようなことはしたくないので、深くは訊かなかった。

 身体を探しを手伝って欲しい理由については、



「まあ単純に不便だからってのと、ボクの身体ってパワーがあるって言うか、パーツ一つ一つにボクの魔力がメチャメチャ詰まってるから、取り込むだけで簡単に生命力付いちゃうんだよね。んで、まあ悪用とかもされちゃうし、そーするとボクのイメージダダ下がりだから正直困ってるんだ」



 とのこと。

 また少しズレた話を。

 まあ、いはくある程度の力はあるけれど、力ずくになった時に太刀打たちうちできないからオレを戦闘要員にしたかったらしい。

 死んだら可哀想だから不死身にしたらしいけど、代償が重すぎるだろ…。

 神は契約の破棄も自由にできるらしいから、まあいいのか……?





 そんなことを話しながら歩いていると、鮮やかな若緑の先に濃い深緑の影が見えてきた。

 あれは…森?

 ガイアの後を着いて中へ入ってみると案外明るく、木々の間から差す柔らかい木漏れ日が足元をくっきりと照らしてくれる。

 毎日通学で小さな山を越えてきた身としてはなんてことない、むしろ通行人にはずいぶん優しめの森だ。



 森の中をしばらく歩いていると、ある洞窟の前についた。

 見た目は実にありきたりだが、生い茂る緑の後ろをよく見れば古いレンガのようなものが見える。

 ツタの垂れ下がった表面は、死んだ人工物に群がる生々しい自然の雰囲気をかもし出し、今にも体へ絡みついて黒洞洞こくとうとうの奥へ吸い込まれそうだ。



「それじゃあ賢吾くん、ミッション第1号だ!」



 洞窟とオレとの間へ滑り込むように割って入ったガイアが、まるで女児向けアニメの主人公のように快活な声で言った。

 


「ミッション?」


「そう!内容は簡単だよ。この洞窟のいっちばーん奥にボクの身体の一部が隠されています!それを見つけて帰ってくれば、ミッションはクリアーだよ!」



 え、それだけ?

 いかにも何か住んでいそうな洞窟だし、ゴブリンでも倒してこいとか言われるのかと思ってたけど、案外シンプルな内容だな。

 まあ、始めての任務としては妥当だとうか……。



「身体の一部って、こんなに近くにあるんだったら自分で取りに行けばいいのに」


「そりゃいつもならそうするよ。でも今回は賢吾の実力を試すいわば試練だからね、お友達に頼んで一個取って置いてきてもらったんだ。まあ失格したからって何かあるわけじゃないけどねぇ〜」



 その試練いるのか……?

 てか、そのために自分の身体を躊躇ちゅうちょなく使うとか、コイツ頭オカシイんじゃねぇの?

 洞窟の中をそっと覗き込む。

 耳を澄ましても物音ひとつ聞こえず、逆にその不気味さを増す暗闇に固唾かたずを呑む。



「大丈夫だよ、そこまで危険でもないし」



 ケラケラと笑いながらそう言ってのけるガイアを、オレはいぶかしげな瞳で見つめる。

 怖ぁ……でも助けてもらった恩義もあるし、手伝うって言っちゃったもんな。



「……ヨシ!」  



 意を決して、洞窟の中へ足を踏み入れる。

 外から見るに相当に暗そうだと思っていたが、意外にもその中は明るかった。

 穴の外ほどの鮮明な明るさではないものの、一面に生えるコケたちが淡く光っているので岩につまずいて転ばない程度には足元が良く見える。

 異世界ってだけあってやっぱり生える植物も珍しいんだな。


 そよ風の吹が吹き鳥のさえずる暖かい外とは裏腹に、穴の中はひんやりと涼しい。

 洞穴に入るなんて何年ぶりだろうか。

 小さい頃は田舎の方に行くと、そこに住んでる従兄弟いとこの兄ちゃんがよく連れてってくれたっけ。

 虫取りの合間におにぎりを食べたり、一緒にゲームしたり。

 常に日陰で涼しかったから、あんまり気持ち良すぎて2人して寝入っちゃったこともあった。

 親族総出で探しに来て、めっちゃ怒られたんだよな……。


 しばらく歩くと、先陣を斬って進んでいたガイアがいきなり静止して、クルリとオレの方へ振り返った。

 そして風に運ばれる風船のようにフヨフヨとオレのそばへ近寄ると、耳元で小さくささやく。



「ここから先は静かにね、足音もなるべく立てないように」


「足音も?なんで?」


「それは着けばわかることだから」



 ガイアはそう言い残し、またいそいそと無い足を洞窟の奥へ進めた。

 疑問を抱きながらもオレはガイアの言う通り、足音を立てないようにそっと穴の中を歩く。

 少し開けた場所に着くと、そこは狭い通路の途中にぽっかり会いた空洞で薄暗くてひんやりジメジメしている。

 今までとそこまで変わりは無いが、ほんのりドブのような臭いがする。

 何も無いじゃん、もっと奥か?

 そう思って、一歩を踏み出そうとするオレを、ガイアがサッと静止した。

 オレが怪訝けげんそうな表情で見つめると、ヤツは唇を鳥のようにとんがらせ、「上を見ろ」と言わんばかりにアゴをクイっとやった。



「!?」



 天井を見上げたオレはその光景にすっかり目を奪われ、思わず声をあげそうになった。

 それもそう、なんと空洞の天井は真っ黒な何かで埋め尽くされていたのだ。

 よく目を凝らしてみれば、その正体は大量のコウモリ。

 こんなに大量に……流石にキモいな……。



「賢吾、奥の方見てみて」



 ガイアにそう言われて目を凝らしてみると、群れの先に小さな木箱のようなものを見つけた。

 


「あそこの僕の身体が入ってるから、気づかれないようそっととってきて」


「え!こ、この中を!?」



 やべっ。

 思わず声をあげてしまい慌てて口を塞いだ。

 どうやら奴らには気づかれていない様子で、オレは再び空洞の中を見た。

 ここから箱までは見た感じ50メートルほどしかないが、その道のりはなんと言うか、よく見れば黒やら茶色やらのマーブル模様で、とても足を踏み入れる気にはなれない。

 多分コレ全部フンだよな、コウモリのフンって危険なんじゃなかったっけ。



「うう……やっぱドブ臭い…」

 


 ……って、そんなこと言ってても仕方ないよな。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、やるぞー!!

  いざと足を踏み出すと靴底を着いた瞬間にしたベチャリという音に驚き、一瞬天井を見上げる。

 倍化したミノムシのようにぶら下がって動かないコウモリたちに一度ホッとすると、オレは洞窟の奥へゆっくりと歩いて行った。


 空洞全体に広がるコウモリたちのフンは雨上がりの田舎道のように薄いぬかるみを作り、気を抜けば滑って尻もちをついてしまいそうだ。

 運動神経が悪いわけでは無いけれど油断は禁物。

 異世界に来て1発目、コウモリの肥溜こえだめですっ転んだとか笑い話にもならないからな。


 そうやって集中を切らさず進んでいれば、箱のそばへはあっという間。

 物音をたてないよう、慎重に慎重を重ねてゆっくりゆっくり持ち上げた。

 横20センチ、縦15センチほどの箱を頭上に抱えてクルリと回れ右をし、音を立てないように元来た足跡をなぞって進む。


 思ったより重いなこの箱。

 身体って何が入ってるんだろう。

 持ち上げた時ベチャっていったけど、まさか臓器とかじゃ無いよな……臓器じゃなくてもキモいけど。

 

 しかし、なんか異世界に来て1発目の任務がコレって地味だよな。

 せっかくの不死身も活かしきれていないし。

 けど多分不死身になったってだけで、頭脳やら身体能力やらのステータスはおそらく前の世界のオレの体と同じなんだろう。

 強くなるためにはそれなりの修行も積まなきゃいけないわけだし、何より相棒がアレだし、せっかくの転移ライフなのにそりゃ無いぜ。

 いや、でもよくよく考えれば、これこそが神様の与えたオレへの罰なのかもしれない。

 得体の知れないグロい女神の隣で、ヤツの身体を集めきるまで離れることのできないという罰。

 ……ちょっと軽すぎるか?


 ようやく通路の近くまで戻ってきた。

 「やっとこのドブ臭い空間から抜け出せる」そう思った矢先、踏み出した右足がツルリと滑った。



「うわっ!!」



 思わず声を上げてしまったが、オレは崩れたバランスをなんとか持ち直してなんとか転ばずに済んだ。

 ふとガイアの方を見ると、開いた口をワナワナ振るわせながらこちらを凝視している。

 オレはその理由を瞬時に理解して、天井を見上げた。

 心休まる寝ぐらに土足で入り込んだ侵入者を見据える、無数の赤い眼光が鋭く光る。

 


「賢吾走ってー!!」



 そう叫ぶガイアの声を皮切りに、硬直状態だったオレの足は出口へ向かって走り出した。

 ギャアギャアと騒ぎ立てながら後を追ってくるコウモリたちから、幾度となく転びそうになりながら一目散に逃げ帰る。



「もっと速く速く!!」


「これが全速力なんだよ!!」



 薄暗い洞穴の先に光が見えてくると、オレは火事場の馬鹿力で一層スピードアップした。



「ちょっと賢吾ー!どこまで行くのさ!」



 しばらく走ってからガイアの声に背後を振り返ってみると、狂乱の眼差しでオレを追っていたコウモリたちは跡形も無く消えていた。

 ガムシャラに走っていたせいで気付けなかったが、どうやらすっかり巻けたようだ。



「ハァ、ハァ、もぉ〜ちゃんと周り見てよぉ〜」


「ご、ごめん…つい……」



 いつの間にか森から出て、草原の小さな池のほとりまで来ていた。

 森があんなに遠く、ずいぶん走ったんだなオレ。

 そよ風に揺れる草花や水分を得ようと水辺に近づく小鳥を見ていると走った疲れがドッと押し寄せて、オレはその場に座り込んだ。



「でも、疲れたぁ……」


「そうだねぇ。それよりさ、その箱開けてよ」


「箱?ああ、箱ね…」



 コウモリの大群に追われ、決死の思いで持ち帰った木箱。

 いったい何が入っているのだろう。

 目玉か腕か、はたまた足か。

 金具を外してフタを開けると、赤い斑点の付いた白い布に包まれた何かが入っている。

 意外と大きいな……ってうっわ!

 持ってみると、手のひらの濡れる感触と共になんとも言えない生温かさが伝わる。

 まさか、まさかだよな……。

 布の端を指先で摘み、ゆっくりと剥がしていく……すると



「ナニ…コレ……」



 出てきたのは、全体的に赤黒い謎の物体。

 気味の悪い光沢とところどころに通う白いスジ、微かにドクドク脈打つ様子から、それがなんらかの臓器であると言うことが否が応でも伝わってくる。



「ウフフ。コレねぇ、ボクの肝臓〜」


「うっげ!?」



 驚き過ぎて危うく放り投げかけた。

 ウフフじゃねぇんだよ!!

 


「コレが試練…?」


「そう!案外簡単だったでしょ?」


「だいぶ追っかけ回されたけど」


「まあまあ、終わりよければ全て良し!ね?ささ、ソレをボクの身体に戻して。そしたら試練は完了だよ」



 なんだか強引に流された気がする。

 オレはため息を吐きながら手に持った肝臓をガイアへ近づけた。

 どうやって戻すんだ?こうか?



「ちょっとちょっとお客さん、ちゃんと手でやってもらわないと」


「はあ!?素手で掴めってか!?コレを!?」


「そうだよ?ボク目が見えないんだから、布まで一緒に入っちゃうかもしれないし」



 なんと注文の多い、しかもとんでもなく気持ち悪いものを。

 はぁ……ったく。

 仕方なくオレはヤツの肝臓を手で掴み取る。

 臓器を触るなんて機会は外科医でもなきゃあるわけないと思っていたけど……。

 どうしたら良いのかがわからなかったので、とりあえず肩から垂れ下がる布の下に右手を肝臓ごと突っ込み、手探りではめようと中をまさぐった。

 まあ、「はめる」っていう表現が合っているのかはオレにもわからないけど。

 その時、



「うわっ!!」



 オレの右腕に何かがシュルシュルと絡み付き、手に持っていた肝臓を華麗にさらっていった。

 あまりによろしくない感触だったために、とても情け無い声を上げてしまった。



「賢吾くぅ〜ん、良い反応するねぇ」


「誰だって驚くわ……」



 怪訝な表情をするオレの顔を、ガイアはニヤニヤしながら覗き込んでくる。

 本当イイ性格してるぜコイツ。



「とはいえ、コレで試練は終わり……ってことでぇ〜オメデトー!!」



 そう言いながらガイアがクルリと回ると、どこからともなくカラーテープや紙吹雪が飛び出し、オレの顔面へ大量に降り注いだ。

 異世界だし、魔術のたぐいだろうか。

 ナマの肝臓が目に焼き付いているせいで全然驚けない。



「まあ、おめでとうっても何かあるわけじゃないんだけどね」


「チュートリアル的なヤツか」


「そゆこと。こんな感じで身体集めてくからね!準備は良いか〜い?」


「今更 準備もクソも無いよ…」



 そう言いながらため息を吐くオレに、ガイアは小さく苦笑する。

 異世界での生きる目標が『女神の身体集め』だなんて、ずいぶんおかしな話だ。

 でも、たった今オレはその第一段階を見事クリアした。

 腕や足に腹部、直腸、目玉etc……神の身体なんて金銀財宝よりも価値があるに違いないのだが、やっぱりとてつもなくグロい。

 全て集めればコイツから解放される、戦闘要員のオレはきっと平和に死ぬことはできないだろう。

 元々楽に死ぬべき人間じゃないし、妥当っちゃ妥当なのかな。

 ヒトの役に立ってから死ねるなら、それはそれで良い死に方なんじゃないだろうか。

 ……でも、


 欲を言うなら、アイツの役に立ちたかったな。

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