第2話 死は安楽への近道

 生は難し死は易し。

昔の人はよく人間の心情を表している。


 生きることは難しい、死んでしまえば救われる。

――でも、それは本当に?


 自殺は考えなかったのだろうか。嘱託殺人なんていう言葉がある世の中だけれど彼女は僕にそれをさせようとしているのだろうか。でもそれって日本では犯罪なんじゃなかったっけ?なんて混乱する頭の中で冷静に考えた。


「自殺も考えたけれど上手くいきませんでした。だから殺してくれる人を探そうと……。SNSの掲示板にそういう集いがあると聞いたことがあったのでそこを当たってみようと思いました。でも、それを実行する前にあなたの情報を目にしたんです」


 その日の放課後にSNSの掲示板を覗こうと思っていた彼女の目に僕の情報が目に止まった。いかにも彼女が求めていそうな経歴を持っている僕に興味を持って調べたのかもしれない。そこまで細かく学校側に知らせた覚えはない。


「それで僕に君を殺せと?」


「はい」


 真っ直ぐに見据えられてその場に縫い付けられたように動けない。僕は深くため息をついた。死ぬ側はいいだろう、死ぬ瞬間は苦しくても死んでしまえばそれで終わりだ。対して殺した側は?苛まれ続ける苦しさを僕はこの街にいる誰よりも理解しているだろう。


「せめて……せめて理由を教えてくれ」


 頼みを聞くつもりは毛頭ないが、それほどまでに悩んでいる理由を聞くことはできる。つまるところ、その悩みを解決してしまえばその馬鹿げた頼みを聞かなくていいのだ。僕が彼女を救えばいい。


「それは関係性が構築されていないあなたにお教えすることはできません」


「……そんな奴に自分の命を握らせていいのかよ」


 また深いため息が出た。確かに今が初対面で、彼女は僕が父親を殺したことしか、僕は彼女が死にたいということしか知らない。僕の言葉は至極真っ当だったはずだ。


「それは……あなたしか身近に頼れそうな人が居なくて……」


「理由も知らずに殺すなんて出来ない。だから……僕は君と仲良くなる」


「え……?」


 月明かりに照らされた白い肌に映える青い瞳。僕を見つめて僅かに見開かれたような気がした。それも気の所為かもしれないけれど。


「仲良くなって君が死にたい理由を聞く。殺す殺さないの話はそのあとだ」


 殺す気など毛頭なかった。その場でそれを断る最前の方法がこれだったのだ。僕は彼女に手を差し出す。


「知ってるだろうけど、2年A組花川 明だ。よろしくな」


「2年C組青陽 美月です」


 彼女も釣られるように僕の手を取った。その手はひんやりと冷たくて彼女の纏う雰囲気によく合っている気がした。


 こうして僕と青陽 美月の奇妙な日々は始まった。




「購買行こうぜ〜」


「今日こそカレーパン手に入れるんやぁ」


 意気込む友人2人と購買へと向かう。そのために教室を出ると廊下に見知った顔を見つけた。僕はその姿に足を止める。


「どうした、明。美人に見惚れたか!?」


「いや、違う。多分今日から昼はこいつと食べるわ」


 いきなり言い出した僕に友人2人は仰天している。まあ、女っ気があるようなタイプでもないし相手はとびきりの美人だ。笑わないけれど。


「そうなんやぁ。花川にも春が来たってことやな、ほら行くで」


「お?おう!」


 そう言って購買へと向かう友人2人を見送ってから青陽に目を向ける。その手にはゼリー飲料が握られていた。これって一応お昼、だよな?


「お昼、一緒に食べに来てくれたんだろ?」


 彼女はこくん、と頷いた。僕は教室の中の様子を見る。人が多くいるので避けた方がいいだろう。青陽は人混みに紛れ込めるタイプには思えなかった。


「非常階段に行こう。あそこは静かだから」


 何も話さない青陽を後ろに従えて僕は非常階段へと向かった。先程までの喧騒が嘘のように静まり返ったこの空間は僕たちにはお似合いな気がする。そこで2人並んで昼食を摂ることにした。


「それで足りるのか?」


「大丈夫です。動ければいいので」


 そう言って彼女は黙々とゼリー飲料を飲み干す。僕は愛しの妹の手作り弁当を広げた。なんか隣で食べるのも気が引けるけど一緒に食べるということはそういうことだ。


「お昼、来てくれてありがとな」


「いえ、早く仲を深めたいので」


 青陽はこちらを見ずに言った。とても仲を深めたいと思っている人の言い方ではない気がする。どちらかと言えば距離を取りたい人の態度だ。


「協力的なんだな」


「できるだけ早く殺して欲しいので」


 お食事中にあまり宜しくない言葉が聞こえてきた。せっかくの美味い飯も台無しになってしまう。しかしやはり彼女は僕に顔を向けようとせず、ゼリー飲料の袋を綺麗に折りたたんだ。


「人のいるところではそれ、言うなよ?」


「もちろんです」


 ようやくこちらを向いた彼女は変わらず無表情だった。綺麗な顔立ちが無に帰すその真顔は僕的には残念に思えてしまう。そんなこと一切気にしていないであろう、というかそんなことに思考を費やすことをしないであろう彼女は口を開いた。


「ですから親睦を深めるために、今週の土曜日2人で外出しませんか?」

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2024年11月17日 00:00 毎日 00:00

殺したくない殺人犯と死にたい美少女たち 雪宮 楓 @yukimiya0715

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