恐怖の館

第2話謎の前兆

シンは館内を必死に走り続けた。足音を立てないように、体の奥底から湧き上がる恐怖を無視するように、意識して走る。しかし、その恐怖は無理に振り払おうとしても、身体中に絡みつくようにどんどん強くなっていく。

走りながらも、耳を澄ませて周囲の音を探る。館内には一切の人の気配はなく、ただ木材が軋む音、風が窓から漏れ入る音、時折耳に入る足音…その全てが、シンを圧倒的に孤独な存在にしていった。

彼の体内で、呼吸が速くなり、心臓が不規則に脈を打ち始めた。その音だけが、館の静けさに包まれて響くように感じられる。音を立ててはいけない、音を立ててはいけない…

シンは無意識にその呪文を自分の中で繰り返す。それが自分を守るための唯一の道だと信じていた。だが、走りながら思い出すのは、あの本に書かれていた一文、「音を立ててはいけない。音を立てる者は、最期を迎えることになる。」

本の内容がますます頭にこびりつき、恐怖を増幅させていく。シンの足は次第に重くなり、動くことが苦痛にさえ感じられるようになった。しかし、それでも立ち止まってはいけない。背後に迫るものがいる。

「だめだ、止まるな。」

シンは何度も自分に言い聞かせながら、足を進める。暗闇の中でどこへ向かっているのかも分からない。ただ、できるだけ音を立てず、出口を求めて走り続けるしかなかった。

その時だ。突然、背後からかすかな音が響いた。

シンは振り返ることなく、ただ速度を上げる。足元の床板が軋む音がわずかに耳に届く。それでも振り向くことはできなかった。振り向いた瞬間、何かが後ろに迫っているという恐怖が、現実に変わる気がしてならないからだ。

「いけない、絶対に振り向くな…」

必死で自分を奮い立たせる。だが、その音は、確かに後ろから、いや、館全体から響いているように感じる。音を立ててはいけない。それが唯一のルールだ。シンはそのルールが正しいことを、身体が教えているような気がしてならない。

突然、目の前の廊下が左右に分かれていた。右に進むか、左に進むか…。迷っている暇はない。背後の気配がますます強くなるのを感じた。

シンは、無意識に右の廊下を選んで進んだ。かすかな音が、ほんの少しだけ近づいてくる。その音に自分の全神経を集中させ、振り向きたくても振り向けない。しばらく進むと、左側に小さな部屋が見えてきた。ドアは開いている。

「そこに…隠れられるか？」

心の中で呟きながら、その部屋へ向かう。

部屋に足を踏み入れると、すぐにその部屋の特徴が目に入った。小さな机と椅子が一つだけ。窓があり、外の景色が見えるが、霧が立ち込めていて何もはっきりとは見えなかった。

しかし、気になるのはその部屋にあるもうひとつの物。机の引き出しがわずかに開いているのが見えた。シンは急いでその引き出しを引き、手を伸ばす。

中には、何も入っていないと思ったが、よく見ると一枚の薄い紙が落ちている。それを取り上げてみると、それはまたしても手書きの文字で書かれていた。

「逃げられない。音を立ててはいけない。目を閉じて進め。」

その文字を見た瞬間、シンの背中に冷たい汗が流れた。だが、同時にその紙に書かれた「目を閉じて進め」という言葉が、どこか意味深に感じられた。目を閉じて進む…それが、どうしても重要なことのように思えてならなかった。

シンは迷った末、思い切って目を閉じた。だが、目を閉じて進んだ先に待っていたのは、何もない空間のはずなのに、なぜか足元に感じる冷たい空気だった。

しばらく歩いていると、突然足元が崩れ、シンは床に転がり込んでしまう。その瞬間、周囲の空気が一気に重くなり、耳元に低く唸るような音が響き渡った。

シンは全身が凍りつくような感覚を覚えた。目を開けるわけにはいかない、そして逃げるわけにもいかない。その音は、確実に近づいてきている。

今、シンは分かっていた。目を開けてはいけない。そして、音を立ててはいけない。何もかもが、この館の中で恐ろしい真実を隠している。だが、その真実を知ったとき、何が待ち受けているのか。シンにはまだ分からなかった。