第25話 重傷者と多重魔法






 夜中の二時くらいになると、モエギ団の連中がモゾモゾと動き出した。

 そのタイミングでバクレンが俺のところへ来て言った。


「祭りの時間だ」


 攻撃を始めるつもりか。

 それを聞いたリュウとスズも武器の確認を始める。

 ヤル気満々じゃねえか……


 俺がバクレンに「何か策でもあるのか」と聞いたのだが、「そんなもん必要無い」と返された。

 彼らはスカル団の本当の恐ろしさを知らないのだろう。

 スカル団の幹部、つまり一桁台の番号の奴らは、戦闘に抜きん出ている。

 そんな奴一人に対しても、まずモエモエ団じゃ歯が立たないだろう。

 バクレンの言動を考えると、彼らは精神論で勝てると思ってる集団だ。

 そんなもんで勝てる相手じゃないんだがな。

 そうなると何を言っても無駄か。

 これはチャンスを見つけ、早々に逃げ出さないといけないな。

 そんな事を考えながら、スカル団の村へ近付いて行った。


 そこでモエモエが、俺のところへトコトコと近付いて来る。

 そしてシールドと警棒を構えながら言った。


「ハコしゃっちょ、足でまといになるなよ」


 「お前に言われたくねぇよっ」と言いたいところだったが、今はヤンキーモードらしいな。

 それなら仕方無い……のか?

 何も言わずに軽く手を挙げると、モエモエは満足そうにモエギ団の中に溶け込んで行った。


 そこでスズがポロリと言った。


「元のモエモエが良かったっす……」


 俺も同意見だ。


 しばらくすると、モエギ団からは妙な声が響き渡る。


「うおおら〜」


 一人が叫び出すと、他の団員もそれに呼応するかのように、次々に雄叫びを上げる。


「うおおおら〜!」

「ううおおっ、おおおら〜!」


 そしてどこからかモエモエの声が響く。


「かましたれ〜〜!」


 声自体はモエモエのままなので、迫力なんて皆無である。


 そんな弱々しい掛け声とは裏腹に、熾烈しれつな突撃が始まった。


 こいつら本当に無策で突撃しやがった!

 しかも正面から!


 雄叫びを聞いたスカル団の村は、何事かと大騒ぎになり、暗かった村に次々と明りが灯る。


 仕方無く俺達も突撃に加わる。


 モエギ団は村の正面門に殺到。

 あっという間に門を突破し、村の中へとなだれ込んだ。

 敵からの反撃など皆無で、そのまま勢いに任せて大通りを突き進み、スカル団の要塞ビルの前まで突撃した。

 俺達もそれに必死に付いて行く。


 反撃が無いのはちょっと予想外で、おかげで俺は逃げ出す機会を逸してここまで付いて来てしまった。


 しかしここまでは問題なく来たが、目の前の要塞ビルはどう考えても簡単には落ちないだろう。

 機関銃で防備されたコンクリートで出来た壁のビルは、我々が近付こうものなら銃弾の嵐で穴だらけにされるのがオチ。


 それを理解してか、モエギ団は距離をとって突撃を止めた。

 ここは二足リュウの活躍に期待かな。


 案の定、二足竜がドスドスと前に出て止まる。

 そして騎乗する赤毛の女が腰の辺りをいじった。

 すると何か聞こえてきた。


 なに?

 魔法詠唱?


 違った。


 どうやらその音は、赤毛の女の腰辺りから流れてくる。

 よく聞いてみると、これは魔法詠唱ではなくラップとかいう音楽。

 これは音楽プレーヤーだな。


 驚いたことに、そのリズムに合わせて二足竜がその場で動き出した。


 踊っているのか?


 それはあまりに気味悪い光景だった。

 そしてしばらくすると突如、二足竜は叫び声を上げてビル目掛けて走り出した。


 ビルからは一斉に銃弾が飛んでくる。

 それをものともせず突撃。


 何をする気だ?


 二足竜はみるみる血だらけになる。

 そしてビルに到達するや、そのまま正面から壁にぶち当たった。


 その衝撃たるや凄まじく、砂埃すなぼこりと共にビルが揺れた。


 モエギ団から声が上がる。


「壁が崩れたぞ!」


 二足竜の衝撃で壁が割れたようだ。

 それを聞いたバクレンが叫ぶ。


「突撃!」


 やっぱ突撃なんだな。


 俺達はここで退散かなと考えていたのだが、そこでモエギ団の先頭になって突撃して行く“スズ”が見えてしまった。


「あのバカ、何を勝手に!」


 仕方無く俺も走り出す。

 するとリュウも「ったく」とか言いながら走り出す。


 恐らくスズは、赤毛の女を助けに行ったんだろう。

 二足竜が壁にぶち当たった時、赤毛の女も勢いで壁に激突していたからな。

 二足竜はピクリとも動かず、死んでいると思われる。

 ここからだと見えないが、赤毛の女もそれ相応の怪我をしているはずだ。

 正直言えは、生きていないと思う。

 

 ビルに据えられた機関銃が、突撃するモエギ団をなぎ倒していく。

 このままだと全滅するな。


「仕方無い」


 俺は魔法詠唱を始めた。

 空気中の水分を霧状にする魔法。

 早い話が煙幕だな。


 辺りが急に霧で包まれる。


 これで敵の機関銃手の目は塞いだも同然。

 一瞬だけ驚いて辺りを見回すモエギ団だったが、敵に姿が見えなくなったと理解するや、直ぐに気を取り直してビルの壁に取り付いていく。

 さらにこの霧に乗じて、負傷者を安全地帯へと運び出している。


 壁に取り付いたモエギ団の連中は、割れたビルの壁から中へと突入して行くようだ。

 こうなると、行く末にちょっと興味が湧いてくる。


 そんな事を考えていると、霧の中からスズの声がする。

 

「ハコ社長、手を貸して下さいっす〜」


 リュウと一緒に声の方へ行くと、赤毛の女をおぶっているスズを発見。

 安全な場所を選んで、赤毛の女を地面に降ろさせる。

 降ろすやスズが俺の手を掴み懇願こんがんする。


「治癒魔法を頼んまっす!」


 赤毛の女をチラリと見る。


 いや、無理だろ。

 重傷やんけ。

 肌に生気が全く無く、まるでゾンビだ。


「スズ、手遅れーー」


「お願いしまっす。何とか頼んまっすって!」


 ここまで言うスズも珍しい、っていうか初めてだな。

 リュウも呆れ顔をしながらだが、ボソリと言った。


「俺はしばらく囮をして、敵の機関銃を引き付けておけば良いんだよな?」


 そんな事を言ってくる。

 リュウは遠回しに、俺に治癒しろと言ってるらしい。

 う〜ん、無理だと思うがしょうがない。


「分かった。やってみるが望みは薄いぞ」


 するとスズ。


「それでも頼んまっす」


 スズは本気でこの赤毛の女に惚れたみたいだな。

 

 俺は詠唱を始める。


 恐らくだが一回の治癒魔法だけでは無理だろう。

 負傷の一箇所ずつを治癒することになる。どれも重傷だから、一箇所でも治癒魔法が効かなかったら、それで詰む可能性が高い。

 でもやってみる価値はありそうだ。

 久しぶりに全力を出してみるか。


 時間を掛けていると危なそうなので、一度に複数箇所に治癒魔法を試みる。多重魔法という、ちょっと高度高めの魔法だ。


 詠唱を始めると、負傷箇所に魔法陣が浮かび上がる。

 それも一箇所ではなく、その数は徐々に増えていく。

 そして主な重傷箇所の上に魔法陣が浮かび上がった所で、俺は一気に魔法を発動させた。


 すると動画を逆再生するかのように、赤毛の女の傷が癒えていく。

 変な方向へ曲がった足が、元の位置へと戻っていく。


 魔法を終えると、急激な疲労感が俺を襲う。


「大丈夫っすか!」


「ああ、これくらいはな。あともう少しだ……」


 再び魔法詠唱。


 治癒し切れないからもう一回だ。


 今度は赤毛の女の体全体を覆う程の魔法陣が出現。

 一気に魔力を放出する。

 

 塞ぎきっていない傷口が塞がり、曲がった手足が完全に元通りとなっていく。

 そして顔色が変わった。

 ゾンビの様な肌に生気が戻った。

 これは大成功じゃないだろうか。


 




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