第9話 ビールは男のロマンで出来ている








 わざわざ半日かけて、高い塀と武器で囲まれた城塞の様な街へと到着した。

 その街の名は「バリーヒルズ」の街。

 街といっても非常に小規模なもの。

 いや、街といえないのではといったレベル。

 高い塀で囲まれたその街は、人口はたったの二百人ほどで、街というよりちょっと大きめの道の駅である。

 街にしては敷地面積が小さいのだ。

 

 しかし、遠くからでもその違和感に気が付く。

 ビルが建っている。

 塀に囲まれた街の中に、八階建ての小綺麗なビルが建っているのだ。

 そんな高いビルは過去の遺物であり、現在でも綺麗な状態で地上に残っているのは珍しい。

 しかもそれが現役で使えているのは驚きである。

 そのビルのおかげで「街」扱いなのだろう。


 一応地図表示も「街」扱いである。

 街の基準が良く分からない。

 さらには定期的に輸送バスが立ち寄る場所でもある。

 その証拠に門の直ぐ横にバス停留所が見えた。


 俺達のバスも門の前で止まり、修理の為に中へ入れないか交渉する。

 すると入場税を払えば問題ないという。

 その辺は他の街と一緒なのだが、この街は普通の街のだいたい二倍の値段なのが気にくわない。

 だからといって許否する訳にもいかず、高い入場税を渋々払う。

 それで車内点検をされた上で、やっと塀の中へと入ることが出来た。


 実は俺もこの街へは初めて来たのだが、中へ入って驚いた。

 対外向けの売店や燃料補給所はあるのだが、値段が恐ろしく高い。

 それに警備員の装備が重装備な上に、銀行のように厳重警戒だ。


 売店の従業員によると、この「バリーヒルズ」の街は個人所有の街だと聞かされた。

 一人の金持ちとそれに関係する人々が集まって出来た街らしいのだ。

 つまりここに住む住人は全て、街のオーナーの関係者ってことだ。


 まずはバスの修理が最優先だ。

 修理工場へ真っ先にバスを持って行く。

 

 金は掛かるが仕方ない。

 燃料も高いが補充するしかない。


 その間に俺達はレストルームで待つのだが、変異人の二人は外で待つと言って聞かない。

 虐げれた過去のある二人は、人の眼が気になるらしい。

 といっても、俺達以外の客は殆どいない。

 結局彼らは室内には入って来なかった。


 それでレストルームなのだが、室内には巨大なモニターが設置されていて、食欲をそそる食い物の映像が永遠と流れ続けている。

 

 上手い作戦だ。

 レストルームで待つ客は、嫌でもそれを見てしまい、ついつい食べ物を注文してしまうのであろう。

 現に俺達以外の客は全員、何かしら食べている。

 

 リュウが声を上げる。


「ハ、ハコ社長っ、ヤバいぜ。これ見ろよ、これっ。ビールがあるぜ。ビール!」


 うるさい奴だ。

 興奮し過ぎだ。


「ビールなんかあるわけ――――ビールじゃねえかっ!」


 久しぶりに見るビール。

 一応確認はしておくか。


 今までに何度もビールと言われた飲み物を見たが、見た目から偽物だと分かるレベルが殆んどだ。

 全く泡立っていない黄色いだけのマズい水。

 見た目はビールだが、味は別物の甘い樹液の様な液体。

 誘惑に勝てずに飲んでみて、何度後悔したことか。


「店員、そこに置いてあるビールだが、どうせビールモドキだろ?」


 すると店員。


「おいおい、バリーヒルズ製ビールをなめてもらっちゃいけないな。そいつはな、ここで作ってる麦芽100%の混じりっけ無しのビールだよ。まあ飲んでみれば分かるよ」


 まさか、本物なのか……


 値段を見ると一本で10,000チケとなっている。

 思わず声が漏れる。


「マジか……」


 缶詰を売った時の値段と同じかよ。

 高い、偽物でこの値段はあり得ないだろ。

 まいったな。


 手持ちの金が無いリュウが俺にたかってくる。


「ハコ社長~、たまには奢ってくれよ~。ビール~」


 うざい!


「一本10,000チケだぞ、買える訳ねえだろ!」


「なら半分づつ飲みましょうや、二人で一本、ね、ね?」


 俺はしばらく悩んだ挙句。


「店員、ビール一本もらえるか」


 買ってしまったのだ!


 ・

 ・

 ・

 ・


「すっげ~、キンッ、キンッに冷えてるじゃねえかっ、気が利いてるぜ!」


 リュウが大興奮だ。

 反対に酒類は飲まないスズとモエモエは、炭酸コーラにポテトフライでご機嫌だ。

 

 二つのコップに瓶ビールをゆっくり注ぐ。


 シュワシュワと白い泡がたつ!


 俺とリュウは興奮を抑えながら、それぞれコップを握り締める。


「それじゃあ、リュウ、スズ、モエモエおつかれさんってことで乾杯だ」


 そういってグラスをコツンと合わせる。


「ングッ、ングッ、ングッ、ぷは~~、うめえ~っ!!!」


 リュウの飲みっぷりが凄い。

 俺も飲むか。


 ング、ング、ング……


「く~、うんまっ。ほ、本物じゃねえかっっっ。すげえ、これはすげえな。生きててよかった~~」


 気が付いたら叫んでいた。


 そこで俺は思い出す。




 『そう言えば、ビールは男のロマンで出来ているんだったな』




 一度財布の紐を緩めると、男のロマンは止まらない。

 気が付いたらリュウと俺は、それぞれの手に新しいビールの瓶を握りしめ、至福の時を過ごしていた。

 

 またポテトフライが抜群にビールのつまみに合うから困る。


 こん畜生め!


 さらにビールのお替りを買おうとしたところ、スズが俺の行く手を阻む。


「ハコ社長、こんなとこで無駄遣いしてても良いっすか?」


 さらにモエモエまでもが止めてくる。


「バスの修理代、いくらかかるか聞いてないんじゃなかったかな~」


 そうだった。

 バスの修理代がどれくらいの金が掛かるかまだ分かってない。

 

「なあ、モエモエ。まさか聞いてるのか、修理代……」


 すると意地悪そうな顔でモエモエは言った。


「うん、聞いてるけど~」


 その金額を聞いて俺は愕然とする。


 男のロマンが見事に崩れ去った瞬間でもある。


 ・

 ・

 ・

 ・


 バスの修理が終わり、翌朝にはこのバリーヒルズの街を出た。

 

『ハコ社長っ、後部機関銃座の機関銃がねえぞ!』


 無線からの怒鳴り声はリュウのものだ。

 

「リュウ、悪いが予算が足りなくてな。機関銃までは買えなかったんだよ。無線の横に立て掛けてある武器で代用してくれ」


『えっ、まさかこのポンコツ銃でか!』


「機関銃と同じ弾薬が使えるんだ、文句を言うな。新しい機関銃をあの街で買ってたら、お前らの給料が払えなくなるところだぞ」


 そう言ったらさすがにリュウも引き下がってくれた。

 リュウが言ったポンコツ銃とは、ボルトアクションライフルのことだ。


 ボルトアクション、つまり一発撃ったらボルト操作で次弾装填しなければいけない、ボルトアクション式の5連発式のライフル銃だ。


 元々バスに予備の銃として装備していた武器である。

 長らく使う機会が無かった銃でもある。

 はっきりいって骨董品だ。


 機関銃は途中立ち寄る街で購入した方が安いから、バリーヒルズの街では買わなかったという訳だ。

 といっても途中で立ち寄る街は一か所だけだが。


 その街の名は『バンロー』の街。


 大抵の武器は手に入る街。


 ちょっと治安に不安がある街でもある。

 言い方を変えると、荒くれ者が住まう街、それが『バンロー』であった。












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