第4話 缶詰の値段









 

 まずは恐怖で震える女性を何とかしないといけない。


「リュウ、その女性をハコバスまで連れて行って、何か飲ませてやってくれ」


「おう、了解だ」


 素直にリュウは女性を部屋から連れ出して行く。

 リュウも普通ではないが、この状況で襲いかかることはない、と信じよう。

 

 部屋の中はランプが置かれていて、その明かりでかなり明るい。

 この明るさは魔道具だな。

 ただ、俺の目の前に困った様子で立たずむ、強姦未遂女の表情は暗い。


「さてと、大体の成り行きは想像出来るんだがな、スズ。是非お前の口から説明を聞きたい。言っておくが誤魔化そうとしたら即解雇だからな。よし、説明開始」

 

 スズはこういう場面になると女っぽく成りやがる。

 モジモシしながら説明を始める。


「は、始めはゴブリンの巣かと思ったっす。でも入って行ったら人間の女がいたもんで、なんつうか、こう、ムラッとしたっていうっすか、つい、本能が表に出てきちゃいまして……あ、でもまだ何もしてませんっすよ」


 まあ、嘘は言ってなさそうだが、女の台詞とは思えんな。


「そうか、それなら地上に戻ったらまずはあの女性に謝れ」


「はい、了解っす……」


 俺とスズが地上に上がると、女性が美味しそうに缶ジュースを飲んでいた。

 甘い物は久しぶりらしい。

 明るい所で見ると、結構汚れた格好をしている。

 女性に名前を聞くとモエカ・モエギと言うらしい。

 16歳とまだ若い。


 そこでスズが女性に歩み寄り、直立不動の姿勢を取る。

 ちょっとだけ女性は驚いた様子をみせるが、直ぐに自分も姿勢を整える。

 そこで一際大きな声を張り上げるスズ。


「ムラムラしてすいませんでしたっす!」


 実にストレートな謝罪である。


「モエギさん、こいつも頭下げて反省してるんで、どうか許してやってはくれないか?」

 

 俺がスズの頭をペチペチと叩きながらそうフォローすると、モエギさんは恐る恐る答えた。


「あの~、それは構わないけど、実はお願いがあるんですよお」


 そうだよな、金か食料かそれと飲料水だよな。


「ああ、分かってる。で、何がほしい?」


「いえ、そうじゃなくて、私を故郷まで運んで欲しいっていうか」


「故郷?」


「故郷のビッグランドへ行きたいんですよ、ダメですかねえ?」


 なんでもモエギさんは人買いに捕まって、この土地まで連れて来られたらしい。

 そしてここを通る時に、人買いのトラックがゴブリンに襲われて、そのどさくさに紛れて逃げ出したそうだ。

 その時たまたま隠れた所に、運良く土に埋もれたこの建物があったという訳だ。

 ゴブリンに捕まってた訳じゃないようだ。

 それにゴブリン達は、あの地中に埋もれた建物に気が付いてなかったようだ。

 

 しかしこんな事になった直ぐ後に、それもその襲われそうになった犯人一味にこんなお願いするか普通。

 いや、こんな時代だから普通も何もないけど。

 

「う~ん、ダメじゃないんだがなあ、流石にそこまで行くにはあのバスが持たない。途中でちょくちょく発生する故障もあるし、燃料もどうにかしないといけないからなあ」


 するとモエギさんは、下を見ながら少し考えてから答えた。


「この建物な中には、缶詰めとか非常食が一杯あるんだけど。それをお金にできないかな」


 俺は反応した。

 缶詰めだと!

 非常食だと!


「スズ、リュウ、探ってこい!」


「了解っす!」

「そいつはすげえ、行って来るぜ!」


 金の話になると俺達は似た者同士になる。

 だがこの少女、本当に無防備だな。

 そんな話したら、物だけ奪って逃げる奴の方が多いぞ。

 この女、人を信用しすぎだな。

 

「モエギさん、建物には他に何か使えそうな物はないかな?」


「えっとモエモエって呼んでもらえると嬉しいかな」


 モエモエ……ねえ

 この世界にはまともな人間はいないのか。


「それじゃあ、モエモエ、何か珍しい物とかないのかな。魔道具とか」


「魔法のランプが何個かあるかな。他にはどうだろ、探してみないと分かんないかも」


 魔道具のランプは大して金にならない。

 結構沢山出回っているからな。


 あとはここがどういった建物かで、見つかる物も変わってくる。

 ま、探してみれば分かること。


 俺はハコバスで警戒をする。


 しばらくして二人が食料の箱を抱えて出てきた。

 そして箱を地面に置いてリュウが言った。


「全部で5箱はあるぜ。だが他に目ぼしいのはねえな。魔法のランプがいくつかあったが、ありゃあ金にはならねえな」


 食料品だけか、でもこれだけあれば金になる。

 まともな食料品は高値が付くからだ。

 ほとんどの人が毎日食べる物とは魔物肉や魔物植物で、過去の遺物である缶詰めや非常食の様な食べ物は珍しい。

 中には魔物肉でさえ、毎日食べられない人も大勢いる。

 カレーライスを食える俺達は、非常に裕福な生活をしていると言える。

 

 水もまた同様で、飲める水が限られている。

 そこらにある水を飲めば、徐々に身体と精神が変異して、遠からず魔物の仲間入りを果たすことになる。

 だから濾過装置を通さないと水は飲めないってのが現状だ。

 幸いなことに、濾過(ろか)装置は結構な数が出回っていて、安く手に入れることも出来る。

 ただし濾過(ろか)装置にはフィルターが必要で、そのフィルターの値段が高い。

 上手い商売をしやがるよな。

 それに水場もそう数がある訳じゃない。

 それも水の値段が高い所以でもある。


「モエモエ、交渉成立だ。今からあんたは我がハコバスのお客だ」


 俺はそう言って、モエモエをハコバス内へと案内する。

 スズには絶対に失礼の無いようにと厳命した。


 まずは最初の依頼の荷物をボルンの街へ届けないといけない。

 その足で街の買い取り屋の所へ行って食料品を金に換え、その金でバスの予備パーツを手に入れ燃料を満タンにする。


 俺は早速ハコバスを出発させ、ボルンの街へと向かった。


 バスで運んで来た依頼の荷物を引き渡し終わると、ワクワクしながら買い取り屋へと向かった。


「買い取ってもらいたい物がある」


 そう言って買い取りカウンターの上に、ドンと缶詰めを二つだけ置いて見せた。

 すると受付のオヤジの目つきが変わる。


「これをどこで手に入れた?」


 俺はその質問には答えずに、勝手に話を進める。


「これを幾らで買い取るか聞きたい」


「ちょっと待て」


 オヤジはそう言ってから缶詰めを手に取ると、目を細めながらクルクルと回して見始めた。


「そうだな、一缶につき8000チケでどうだ?」


「おいおい、ふざけてんのか。マグロと牛肉の缶詰めだぞ。そんな値しかつけないなら他へ行くぞ」


「待て、分かった。なら10000チケ出す、どうだ?」


 もう少し上げられそうだが、これくらいにしてやるか。


「まあ、良いだろう。で、幾つまで引き取れる?」


 オヤジはあからさまに表情を変える。


「おい、まさか大量に手に入れたのか……」


「俺の質問の答えはどうした」


「ああ、分かったよ。ちょっと待て」


 オヤジが裏の部屋へと消えて行った。

 少しして用心棒の男と一緒に裏の部屋から出て来るなり、受付カウンターの上にドカッと金を置いて言った。

 

「現金で100万チケある、100缶分買おうじゃねえか」


 なんと、丁度5箱分か。

 好都合だな。




 その後、禿(は)げ鷲(わし)の肉も売ろうとしたんだが、余りに安い買い取りだったので、干し肉にして自分達で食べる事にした。


 





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