第15話

わかば探偵事務所は、いつも通りの(暇な)朝を迎えていた。 事務所のキッチンで朝のコーヒーを片付けていた相原が、手を拭いて若葉の元へやってきた。

「所長。大事なお話があります」

若葉はドキッとした。

 ついにか…。ついにこの日が来てしまったか。

若葉は平静を装って

「どうぞ。良かったら掛けなさい」とソファを勧めたが

「ここで結構です」とはねられた。

 

 今までよく我慢してくれた。君の存在が、私

 の支えだった。いつの間にかその環境に甘え、

 給料を上げてやる事もしなかった。

 そんな余裕も無かったんだけど。


若葉は深呼吸して「話しって、何かな」と分かりきっていたが念のため尋ねた。

相原は一瞬視線を落としたが、真っ直ぐ若葉を見つめて、

「私をお嫁さんにして下さい」

と告げた。

 あぁ、お嫁さんね、うん分かるよ。雑用ばっ

 かりさせてごめん…って、えぇっ!?お嫁さ

 ん?!僕の!?

相原は依然として真っ直ぐ若葉を見つめ、答えを待っている。

「ちょ、ちょっと待ってよ相原くん」

「聞かせて下さい。今ここで。お返事を」

彼女の真剣な眼差しにゴクリとつばを飲み込んで「相原くん…」と言いかけた時、

「あーっやっぱり待って!こわいから目をつぶりますから返事だけ聞かせてください!」

と彼女は両手で耳を塞ぎながら目を閉じた。

 …いやいやそれじゃあ答えも何も分からない

 でしょ。 久しぶりに見たよそのド天然ぶり。

だが視覚も聴覚も必要なかった。若葉の答えは、一つしかない。

若葉は相原を、ちょっとぎこちなく、そして力強く抱きしめた。



――― もう来てもいい頃だがな。

若葉はカランから送られて来るはずの報酬を待っていた。

打ち合わせの時に口座振込を提案したが、彼女達の国では王族のお金を海外に振り込むには手続きが大変らしく、郵送で送ると言った。

大丈夫かなと思いつつ他に方法も思い付かなかった。

金額を尋ねられた時、滞在費用で30(万)と伝えたら、そんな額でいいのかと言われた。そう言われるともっと吹っかけようかとも思ったが、欲を出すのはやめた。

匿うとは言ってもむさ苦しい所に(自分で言うのも何だが)押し込めて、やもすれば警備が万全に整った超一流ホテルを顔パスで利用出来るような王女様方に、大したおもてなしも出来ず。食費と宿代で妥当な線だと思った。二人分でちょっともらい過ぎかなとさえ思ったくらいだ。

チャイムの音がして、インターホン越しに

「若葉探偵事務所さん、書留でーす」と声がした。

やっと来たかと一階まで降りて対応し、封筒を受け取って戻ってきた。

宛名には『わかば探偵事務所さま』と書かれていて、外国から届いた物のようだ。本当に郵送したらしい。

ちょっと厚めじゃないかとドキドキしながら開封した。数字の1と書かれた紙幣が30枚ほど入っている。 分厚いのは紙の厚みがあるせいだった。

かの国の通貨は分からないが、これが一万円札だったら30万円ということになる。日本円にするとどのくらいの価値があるのかは分からないが、きっとこちらの希望通りの金額を入れてくれたに違いなかった。

「ちょっと出かけてくるよ」

若葉は助手、いや妻にことづてて換金のため銀行へ向かった。



銀行で番号札を取って換金を依頼した。 割とすぐ呼ばれたが「珍しい通貨ですので一旦アメリカドルに換金してから日本円でお渡しします」と言われ、別室で待たされる事になった。 まあそんなに急いでないし(仕事も無いし)涼しい所で冷たい飲み物まで用意してくれたので全く苦にならなかった。

しばらく経ってから受付の女性とは違う年配の行員が現れた。

「換金の方は完了致しましたが…。当行でご口座をお作りになりますか?」

と行員が尋ねてくる。

ははぁん。新規の口座を開設させるウマいやり方だなと思った若葉は

「いえ、封筒に入れてもらってそのまま持ち帰ります」と答えた。

がっつくつもりは無いが、今は現金が欲しい。

だが行員は「それはちょっと…難しいのではないかと…」と食い下がる。じれったくなった若葉は「大丈夫ですよ。もし必要ならいくつかの封筒に分けてもらってもいいですから」と答えた。

そこで行員は、個室にも関わらず若葉に耳打ちして、換金された日本円の金額を伝えた。

それは、アタッシュケースが必要な程の額だった。


新規の口座を開くため書類に書き込んだり指印が必要なのだが、手が震えて字もうまく書けない。若葉は相原、いや妻に電話して大至急応援を要請した。

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