第14話
空港第三ターミナル。 ここは要人やVIPが使用する特別な搭乗口だ。 民間人は一人もおらず、その代わりたくさんの護衛が見守るなか、サラサとカランに別れを告げる時が来た。
サラサは相原に抱きつき、泣きながら懸命にお礼を言っている。
若葉にも同様に感謝し別れを惜しんでいたが、護衛が周りに居るため握手にとどめた。だが力一杯、涙を流しながらお礼を言った。
カランは比較的クールで、さすがお姫様に仕える従者のわきまえを守っていた。
いよいよ搭乗口に向かう時、サラサは護衛に挟まれながら何度も振り返って手を振る。
並んでいたカランが突然車椅子を転回して若葉の元へ近づき、現地の言葉で伝えた。
[ォワラー ゥオロヨカバー テン ソニャヨカ]
そして初めて見せる顔でニコッと微笑んでみんなの元へ車椅子をこいでいった。
特別機は安定した離陸を見せ、二人が最後まで手を振り続けているのが小さな窓から見えた。その機影は瞬く間に、遠い空に消えていく。
見えなくなるまで見送っていた二人だが、若葉がふっと呟いた。
「なんて言ってたんだろうなぁ」
「ん?何がですか?」
「いや、最後にカラン王女が母国語で俺に何か言ったんだよ。でも意味は分からなかった」
相原は若葉をじっと見つめた。「え、なに?」
「気づいて無かったんですか?」
「ん?何が」
「王女はサラサさんで、カランさんが侍女だって事」
若葉はしばらく静止していた。
「ええぇ~!!そうだったのぉ?!」
はぁ…。やっぱりこの人ドンカンなんだ、と相原は思った。でも、そこがまたいい所なんだけど、とも。
「日本語で言わなかったって事は悪口でも言われたんじゃないですか」
「いやいやいや、なんであのタイミングで悪口だよ。無いってそれは、絶対」
「さぁ、どうだか」
相原の言ったこともあながち間違いでは無かった。カランはこう言ったのだ。
「あなたはへなちょこで、最高のヒーローです」と。
母国へ向かう機内で、カランは若葉に最初にもらった顔写真付きの名詞を大事に持っていた。
窓から下に見える異国の地が、遠く遠く離れて行く。
カランは目を潤ませながら優しく微笑んでいた。
―――
式典の前日、謀反者に対する裁きの場が設けられていた。
ラルゴ達の供述で、彼らに指示していた黒幕のイーガルも身柄を拘束された。 己の私欲のために王家の座を奪おうとした罪は重い。彼は処刑に値するとして城の裏庭に引きずり出された。
処刑台に括られ、王の前でまさにそれが執行されようとした時、
[待って下さい!!]
とサラサが駆けつけてきた。
サラサは王に異を申し立てる。
[この者のした事は、決して許される事ではありません。…そう考えるのが当然だと思います。でも彼は誰も殺したり、傷付けたりはしていません。私欲にかられた行為ではありますが、命を奪ってそれを償わせるのは、わたくしは行き過ぎだと…、間違っていると思います]
王は険しい表情で孫娘を見ている。
括られたままのイーガルは懺悔の気持ちと、自分が狙われたのにも関わらず慈悲深い救済を進言する王女に苦悶の表情を浮かべていた。
[それが、そなたの答えか]
王の問いに、サラサは
[はい]
と揺るぎない眼差しで答えた。
王は黙って、しばらく彼女を見つめていた。が、やがてフッと目を細めて
[国の未来は明るいな。ひと足早いが、これは今からそなたの物じゃ]
と、王の冠を脱いでサラサへ託した。
[新しい王よ、どうか貴女の裁量で、この者の審判を下し給え]
サラサは冠を頭に乗せ、括られている罪人に判決を言い渡した。
[あなたは、お金と権力に目を眩まされました。どちらも国を動かす者にとっては大切なものですが、それは時に人を狂わせ、盲目にしてしまいます]
イーガルは静かに聞いている。
[今日からあなたはこの国の民のために、その力を注ぎなさい。その賢い知恵を、国の安定と繁栄、そして民の幸せのために。どうか私に力をお貸し下さい]
イーガルは涙を流しながら何度も頷き、
[はい。仰せのままに…]と頭を垂れた。
少し離れた場所で、自分に課せられる罰を待っているラルゴにサラサは顔を向けた。
[王族や一部の者が富を得て、傲慢な欲を満たす国はいずれ滅ぶでしょう。国の繁栄とは、民の幸せのもとにこそ成り立つべきです。あなたの暮らす故郷も、農村も城下も関係なく、みんなが手を取り合って大きな輪になる様な。そんな国を、私はこれから創っていきます]
広場全体を静かな沈黙が満たした時、
[……新国王陛下…、バンザーイ!!]
と声を震わせながら誰かが叫んだ。
やがてそこにいる全ての人達が
[バンザーイ!バンザーイ!]と唱和した。
刑を執行するはずだった役人も、縄を解かれたイーガルも。
ラルゴは涙を流しながら、大きな声で新しい国王の誕生を祝った。
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